黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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第十話 矛先

 那田蜘蛛山での一件から半月以上が経過し、ある程度の現状把握が出来た。

 二年の時を越えた理由は未だ謎のままではあるが、誤った選択へ進むと、世界の歴史に修正が入り、何事もなかったかのように時間が巻き戻る。時の指輪を装着したことで認識する事が可能となり、同時に過去に行われた歴史修正を認識した。那田蜘蛛山で対峙した十二鬼月・下弦の伍とは別の下弦の伍、藤襲山で対峙した異様の手鬼との戦闘も記憶から抜け落ちていた。

 誤った道を辿ると、歴史は容赦なく正しい歴史へと修正が行われる。そしてその時を、時の指輪が知らせてくれる。

 世界の理を、禁忌を何度も繰り返し犯していたが、タイムマシンで歴史を改変する事とはまた、別領域の事柄ということなのだろう。その都度修正されている事は、せめてもの救い。歴史改変による、新たな時の指輪が生まれることはおそらくない。

 しかし私にはこの先、この世界が進むべき未来に対して過度な干渉は出来ないことに違いはない。逆に捉えれば、修正されない事案であれば干渉可能ともいえる。例えばそう、胡蝶を始めとした鬼殺隊の柱連中との手合わせ等が該当する。

 

「一撃もまともに入っていないな。素直に使えばいい」

「うるせェ! 外野は黙ってろッ!」

 

 任務帰り偶然近くを通りかかり、見学中の冨岡から発せられた野次に憤る不死川。

 

「どうした? 意気込んでいたわりに、この程度か」

「チッ! ざけんじゃねェ!」

 

 不死川との手合わせは、二年ぶりの再戦という形式になるが。自前の日輪刀、あるいは木刀を持てと進言したが、こちらが素手であることを理由に頑なに拒絶、素手での実戦組み手。不死川しかり、鬼殺隊の隊士は全員、日輪刀を標準装備しているため、刀を使わない肉弾戦では戦闘経験の差が顕著に表れる。

 振り抜かれた拳を受け止め、がら空きの鳩尾に掌底を打ち込む。苦痛にやや顔を歪め、すかさず距離を取った不死川は素速く乱れた呼吸を整え、回復に努める。

 

「交替してくれ。鳩尾を打たれた、短時間じゃ戻らない」

「ああん!? テメェ、ナメたこと――ゴホゴホ⋯⋯!」

 

 呼吸を整えている最中に激高したことで、激しく呼吸が乱れた。見かねた冨岡は、水筒と、笹の葉でくるまれた包みを差し出した。

 

「藤の屋敷で貰ったおはぎだけど、よかったら」

「⋯⋯チッ、五分だけだからな!」

 

 憤っていたわりに存外あっさり引き下がった。冨岡も首をかしげ、若干戸惑っている。不死川は庭先の縁側に座り、冨岡は鞘から抜いた刀を、逆刃で握り直した。

 

「全集中・水の呼吸、拾壱ノ型――」

 

 不死川の荒々しい暴風のような気配とは、まるで真逆の静な気配。しかし、型と口にしたが、冨岡はその場を動こうとしない。下弦の伍の攻撃を全ていなした拾壱ノ型、返し技の類いとみてまず間違いないだろう。

 

「冨岡義勇、見せてみろ」

「あれは⋯⋯!」

 

 手のひらを、冨岡に向けて照準を定める。

 

「ハァーッ!」

「――凪」

 

 衝撃波を、刀で受け流して耐え抜いた冨岡は、鋭い斬撃を繰り出す。予想通りの返し技、こちらの動きを見極め、寸分の狂いもなく首を目がけて刀を振るう。受け流してもいいが、相手は峰打ち。それは、野暮というもの。横払いの斬撃を掻い潜り、大きく開いた脇腹に拳を入れる。

 

「くっ⋯⋯参ノ型――」

 

 攻撃の手を休めず、同時に踊るような華麗な足の運びで体勢を立て直しをはかる足下を狙った足払いの蹴りを前転で避け、前転の勢いをそのままに振りかぶった刀を手放し、あらぬ方向へと放り投げた。

 

「はァ? 何してんだ、テメェは」

「あのまま振り下ろしていたら、折らていた気がした。胡蝶が、刀を折られたように」

 

 地面に刺さった刀を引き抜き、刃先の土埃を落として鞘に収める。

 

「そもそも、凪の初太刀を躱された時点で勝負はついていた」

「フッ、防御だったなら結果は違っていたと言いたげだな」

「⋯⋯そんなことはない」

 

 ややためて顔を背けた態度からして、初撃を防御された際には、更なる返し技を用意していたのだろう。まあ、いい。不死身でない分本気で打ち込めないもどかしさはあったが、相手にもならない下流の鬼よりは幾分楽しめた。

 

「褒美に忠告をくれてやろう。お前たちはすべて、刀で捌こうとするきらいがある。間合いの更に内側、密着された際の対処法を考えておくことだな」

 

 鳩尾と脇腹、不死川と冨岡の両名は共に、攻撃を受けた場所を気にする素振りを見せる。

 

「不死川、木刀借りる。これなら、思い切りいける」

「戯れてんじゃねェ。俺の番だ、テメェは引っ込んでろ!」

「まだ、五分経ってない」

「まとめてかかってこい。時間の無駄だ」

「なんだと⋯⋯?」

 

 身体に刻み込まれた痛みはいずれ、更なる飛躍を遂げるための大きな糧となる。またそうでなければ、鬼舞辻無惨の頸は疎か、100年替わることのなかった上弦の鬼と渡り合うことも不可能。

 

「見せてみろ、お前たちの底力を」

 

 もし、期待外れならば、それまでの事だ。

 

           ☆ ☆ ☆

 

 不死川邸から蝶屋敷に戻ると、屋敷の縁側で家主の胡蝶が、中庭で素振り繰り返している患者――竈門炭治郎を見守っていた。

 

「あら、お帰りなさい。いかがでしたか、不死川さんとの手合わせは?」

「二年前よりは、成長していた」

「ふふ、そうですか。あら? 道着、破れていますよ」

 

 胡蝶が指を差した箇所を見る。確かに、破れていた。気づかぬうちに掠めていたか。まんざら、期待外れでは無かったということか。

 

「脱いでください。縫いますから」

「仕立て屋に頼めばいい」

「まあまあ、ご遠慮なさらずに。このくらいならすぐに直りますから」

 

 懐に忍ばせていた、どう見ても医療用であろう裁縫箱を手に、満面の笑みを見せた。

 

「頑張ってますね、竈門君」

「機能回復訓練とは、別の鍛練のようだが」

 

 柱に背を預けながら、縁側に座って裁縫している胡蝶に問いかける。以前強引に受けさせられた時は、木刀での素振りはしなかった。それだけではない。庭の中を駆け回ったり、岩を括り付けた綱を引き上げたりと、様々な鍛練を行っている。

 

「全集中・常中の呼吸です。初歩的な技術ですが、全集中の呼吸を常時行うことで、基礎能力を飛躍的に上昇させる効果があります。慣れるまで大変な点は、気の鍛練に似ていますね」

 

 縫い合わせた先で縛った糸を歯で切り、道着を裏返す。

 

「あら、ここにもほつれがありますね。こちらも直しますね」

 

 背中の辺り、何かに引っかけた様なほつれ。

 ほつれの場所を見て、ほつれの原因が頭を過った。しかし、あの程度の力で⋯⋯。

 

「はい。終わりました、どうぞ」

 

 受け取った道着に袖を通し、赤い帯を縛る。

 そのまま道場に移動し、夕方の診察時間まで、道場で修練を積む胡蝶の傍らに立って腕を組み、静かに今日の出来事を思い返した。

 そして、夜。那田蜘蛛山で負傷した患者たちが寝静まった後、胡蝶に加え、非番の栗花落が参加しての、木刀を使った模擬戦。竈門が会得しようとしている全集中・常中の呼吸を使用する二人の戦闘は、胡蝶が経験の差を見せる。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ。カナヲ、ずいぶん動きが良くなりましたね。花の呼吸の精度も上がっていますよ」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 道場を出て行く栗花落を見送り、建物に被害が及ばないよう裏庭に移動し、素手での組み手。当初と比べると、飛躍的に伸びた。鬼殺隊の柱になっただけあって、ある程度の才気を持ち合わせている。たった数日で、舞空術を扱えるようになった。

 

「と言っても、まだ背丈と同じくらいまでが精一杯ですけどね」

「充分だろう、お前には」

 

 元々、一般人と比べ高い身体能力を持っている。空中で体勢を変える、止まる、これらを任意に行えるだけで空中戦では圧倒的に優位に立てる。

 

「気を放つには、どうすればいいのでしょう? こうしていましたよね」

 

 腕を伸ばし、こちらに向けた手のひらに気が集まっていくが、そこで滞る。

 

「銃、矢、何でも構わない。想像しやすい別のものに置き替えてみろ」

「なるほど。では、弓を引くような感じでやってみます。えい!」

 

 手のひらから放たれた、青色が強い藤色の小さな気弾がゆっくりと向かって来る。手の甲で弾き飛ばす。弾かれた気弾が当たった木の枝は音を立てて折れ、地面に落下。

 

「今の、今ので合ってますよねっ?」

「悪くはないが、実戦では使えん」

「私にとっては充分すぎる第一歩です。あら」

 

 胡蝶の視線の先、屋敷の屋根からこちらを窺っている人影が見えた。人影の正体は、竈門兄妹の兄・炭治郎。信じられないモノを見た、といった様子で呆然としていた。

 

「す、すみません、決して覗き見するつもりは⋯⋯。瞑想のために屋根あがったところ物音が聞こえて、気になってしまって」

 

 縁側で正座し、深々と頭を下げて陳謝。

 

「いえいえ、構いませんよ。顔をあげてください。夜遅くまで、頑張ってますね」

「不器用な俺には、愚直に頑張ることしか出来ません。それに、善逸と伊之助もどんどん力をつけてます。俺も、二人に負けてられません!」

「ふふっ、そうですか。頑張ってくださいね」

「はい! あの、先程しのぶさんの使っていた技はいったい⋯⋯」

「あれは、気の技のひとつです」

「気? 俺も、出来るようになりますか?」

「無理だ」

「そんなはっきり。少し言葉を選んであげてください」

「いえ、あの折れた木を見れば危険な技ということは分かります。それに、まったく嫌な臭いがしません。それは、全集中・常中の呼吸も満足扱えない今の俺では、危険だということですよね」

「ニオイ?」

「竈門君は、とても鼻が利くんですよ。私の本心も見抜かれてしまうほどの」

 

 独特の感性を持っている。相手の気配を、匂いとして識別しているということか。

 

「鬼舞辻と遭遇したそうだが、匂いで識別出来るか?」

「――はい。鬼からは鬼舞辻の匂いがします。でもあいつの、鬼舞辻無惨の臭いだけは絶対に間違いません⋯⋯!」

 

 産屋敷の話では、実の妹は鬼にされ、他の家族は惨殺されたと言っていた。竈門もまた、鬼舞辻無惨への怒りを原動力としている。そして、鬼という言葉を聞いた胡蝶の気配も変わった。

 

「そうか⋯⋯」

 

 ――ようやく、分かった。分かってしまえば、実に単純な理由(こと)だ。限界の壁を超えられなかった私に足りないもの、それは、怒りの感情。

 中庭に出て、気を高めようとしたところで気づいた。

 その場で振り向く。胡蝶と竈門は、不思議そうな顔をしている。

 

「どうかしましたか? 悟空さん」

 

 この二人⋯⋯鬼殺隊の隊士とは違う。

 鬼に対する憎しみ、恨み、鬼の始祖・鬼舞辻無惨に対する怒りがない。

 人間ゼロ計画の破綻と共に怒りを抱く対象も、ぶつける対象を失ってしまった今の私は、いったい何に対して怒りの矛先を、怒りの感情を抱けばいいのだろうか⋯⋯。

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