黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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第十二話 紡がれる想い

「検死の結果。キミが言った通り、杏寿郎の身体には上弦の参から受けた致命傷の一撃と複数の打撲痕の他に、一箇所刺し傷が残されていた。硬い骨を切断するほどの鋭利な刺し傷」

 

 産屋敷は、自身の腕を真っ直ぐ伸ばす。

 

「傷の深さと幅、形状からして、凶器は私の手より一回り程ある両刃の西洋刀と推察された。しかし、上弦との戦闘の最中あの場に立ち会った誰にも気付かれず、背後からひと突き。そのようなことが果たして可能なのだろうか?」

 

 疑いたくなるのは道理。上弦の鬼との戦闘に全神経を注いでいた煉獄が気付かなかったのは致し方ないことだったとしても、あの場に立ち会っていた感覚の鋭い二人、竈門と嘴平が気付かなかったこと。そして、私自身ですら身体を貫かれた痛みを感じるまで⋯⋯いや、痛みを感じた後でさえも、相手の気配を感じとることは出来なかった。

 背後からの不意打ちを食らい意識を失ったのち、時は戻され、上弦の参・猗窩座と相見えたこと自体がなかったことにはなった。この身体に傷痕は残らずとも、この身体に刻み込まれた痛みの記憶ははっきりと残っている。

 ――間違いない。

 上弦の参・猗窩座は鬼ではあったが、同時に、強者との戦いを望む、純粋な武闘家でもあった。不意を突くような無粋なマネはしない。今、この世界に存在している理由⋯⋯それは、気配を捉えることも叶わない存在を討ち滅ぼすこと。時の指輪が、煉獄と猗窩座との死闘を事前に見せたのは、世界の分岐点であったことを指し示していたのならば、幾分納得がいく。

 

「ありがとう」

「⋯⋯何だ、唐突に。礼を言われる覚えはない」

「杏寿郎の遺言だよ。杏寿郎は死の間際、言葉を、想いを残す時間を与えてくれたことを感謝していた。杏寿郎が託した想いは、必ず繋がっていく。いや、繋げていかなければならない。杏寿郎の想いだけではなく、散っていった者たちの想いも。今を生きる、私たちが――」

 

 想いを繋ぐ。千年の時を積み重ねても変わることのなかった世界の中で、長くとも百年で消えゆく儚い命の灯火。限られた時間の中で親から子へ、子から孫へと、鬼の始祖・鬼舞辻無惨に対する怒りや憎しみ⋯⋯。

 

「命を繋げることは決して、悲しみや苦しみだけを繋げることではないと、私は信じている。だからこそ、私の代で終わらせる。長きに渡る憎しみの連鎖は必ず絶ち斬る、その先にどのような未来が訪れようとも。少なくとも、理不尽に人を襲う鬼に怯えなくてすむ未来のために」

 

 絵空事をのたまう。結局のところ、抗うことを、戦うことを選んだことに変わりはない。

 しかしその執念は、先人の想いは、千年の時を途切れることなく積み重ね、継承され続けてきたことも紛れもない事実。

 

「産屋敷。貴様の信念、志が本気であることは理解している。だが――」

 

 あの時から心の中に渦巻く不快感は、醜く争いを好む人間に対して抱いていた時の感情の比ではない。あのような輩に遅れを取った己に対する失望⋯⋯そして、激しい怒り。

 

「お館様! ご無事――こ、これは⋯⋯」

 

 異変を察知し、慌ただしく次々と部屋にやって来る屋敷中の隊士たちの足は、部屋の襖を跨ぐ寸でのところで止まり。目の前に腰掛ける産屋敷もまた、異変を感じ取っている。

 

「悟空、キミはいったい⋯⋯」

 

 ――オレの邪魔はするな。

 

           ☆ ☆ ☆

 

 煉獄の死からひと月以上が経過し、任務で負傷した竈門、嘴平、我妻の三名の隊士が本格的な復帰に向けた鍛練を開始。蝶屋敷の三人娘を背中に乗せ、吹かれる笛の合図に合わせ、腕立て伏せを繰り返している。

 

「張り切っていますね、三人とも。無限列車の一件を引きずっていないか心配していましたけど。ところで、お館様から使いのカラスが来ました。お屋敷へお越しになっていただきたいとのことです」

「⋯⋯用件は?」

「さあ? そこまでは」

 

 使いのカラスでは伝えられない情報。仮に、上弦の鬼の情報ならば、あれ以来音沙汰がなかった時の指輪が、再び反応を示す可能性も高い。

 用件を聞くため額に指を添えたところ、胡蝶が突然、軽く腕にしがみついてきた。

 

「⋯⋯何のマネだ?」

「私もご同行します。今日は、予定が空いていますので」

「なぜ、ついて来る必要がある?」

「警戒されているからです。煉獄さんの一件で屋敷を訪れていたあなたが尋常ではなかったという噂が、鬼殺隊の間でまことしやかに流れています。私は、その場に立ち会っていなかったので真相は分かりませんけど」

 

 無意識のうちに限界の壁を超えられたことはいいが、また別の問題が生じた。まったく、面倒な。連れていった方が、事は円滑に進むことは確かではあるか。

 

「さあ、行きましょう」

 

 ひとつため息をつき、産屋敷邸に居る者の気を探り当てる。

 

「なっ!?」

「あら、伊黒さん。ご無沙汰ですね」

「こ、胡蝶? それと⋯⋯」

 

 移動先で捉えた一番大きな気を持っていたのは、白黒の縦縞の羽織を着用し、白蛇を連れた、左右で瞳の色が違うオッドアイの隊士。

 

「柱の古株がこぞって実力を認める黒衣の武闘家、孫悟空」

「ご存じでしたか。でしたら、紹介は不要ですね」

「先に行く」

「あ、はい。私は、中庭(ここ)でお待ちしています」

 

 胡蝶、伊黒と別れ、縁側から屋敷に上がり、産屋敷の気配を頼りに廊下を歩く。途中、産屋敷の妻あまねと出会い、産屋敷の部屋へ。膝を落としたあまねは、襖の越しに声をかける。

 

「孫悟空様が、お見えになられました」

「通してくれるかな?」

「はい。どうぞ」

 

 襖が開かれ、通された部屋には、金細工が施された屏風の前に正座した産屋敷と、両脇には白髪の娘が二人。

 

「わざわざ足を運んでもらってすまない。礼を言うよ」

「前置きはいい。用件を言え」

「ひなき、例の物を」

「はい。こちらを⋯⋯」

 

 娘のうちの一人が、屏風の前に供えられていた刀を差しだした。

 

「この刀を、キミに託したい。たった十回の素振りもままならない私のために、刀鍛冶の里の名匠が丹精を込めて打ってくれた渾身の一振り。キミであれば、必ず扱いこなせる」

「必要ない」

 

 限界を超えた今の私には、もはや無用の長物というもの。むしろ、かさばる分邪魔になるまである。

 

「無論、重々承知している。しかし相手は、西洋刀を扱う鬼。伝承されてきた記録の中には存在しないんだ。十二鬼月の勢力が変化しているのかも知れない」

「無用だという納得のいく理由を見せてやる。誰でも構わない、隊士を呼べ」

「分かった」

 

 部屋を出て、屋敷の中庭に回る。産屋敷が用意した相手は、だぼついた隊服に身を包んだ、あどけなさが残る隊士・時透無一郎。見た目とは裏腹に、刀を手にして僅か二ヶ月あまりで、鬼殺隊の柱にまで登り詰めた隊士。胡蝶と伊黒、屋敷に居た隊士たちが見学に来ている。

 

「俺が戦いたかった」

「仕方ありません。お館様のご指名ですから」

「分かっている。時透の次は、俺が申し込む」

「あらあら。お館様が、お見えになられましたよ」

 

 縁側に姿を見せた産屋敷に、隊士たちは全員片膝を付き敬意を払う。

 

「皆、楽にしてくれて構わないよ。無一郎、悟空、二人とも準備はいいかな?」

「はい」

「真剣を抜け」

 

 手にしているのは、刀ではなく木刀。それでは意味がない。

 

「本気で殺るつもりでかかってこい」

「無一郎、真剣で戦ってくれるかな?」

「分かりました。お館様がおっしゃるのでしたら」

 

 木刀を置き、白く輝く美しい刀身の刀を抜いた。同時に、表情もやや締まる。

 

「では、始め――」

 

 どこかふわついた感じだった時透だったが、振るった初太刀を、気を集中した人差し指一本弾き止められると、瞬時に考えを改めた。深い深呼吸をして、今度は、躊躇なく斬りかかって来た。

 

「霞の呼吸・参ノ型――霞散の飛沫」

 

 振り回された模擬戦用の木刀を中心に、周囲が白く霞む。目眩まし。小賢しいマネをする。気を張り巡らせて、張った網にかかった時透の位置を素速く察知。振り向くと、気配を消して後方に回ってた時透が、迷うことなく斬り掛かって来た。

 

「弐ノ型・八重霞⋯⋯」

 

 思い切りの良さ、急所のみを適確に突く素速い斬撃、身のこなし、切り返し。年齢による体格の面の劣りを感じさせない実力の持ち主、飛び抜けた剣の才があることも認める。しかし今のままでは、猗窩座の頸はおろか、煉獄の足下にも及ばない。

 

「はぁー!」

 

 放出した気で霞を飛散させ、太刀を弾き、土手っ腹に蹴りを入れる。目測より入りが浅い、だぼついた隊服を着ている理由はこれか。

 

「分かっただろう。今のお前程度では、かすり傷ひとつ負わせることすら叶わない」

「⋯⋯まだ終わってない。霞の呼吸――」

「愚か者が」

 

 再び霧のようなものを身体に纏いながら、性懲りもなく立ち向かってくる。間合いに入る寸でのところで体勢を屈めた時透は、滑るように懐に潜り込んだ。

 

「肆ノ型・移流斬⋯⋯」

「引き際をわきまえろ」

 

 刀が振られる前に一歩踏み込み、だぼついた隊服の襟元を掴み上げ、池に向かって投げ込む。大きな水しぶの音を聞き、産屋敷は手合わせの終了の合図を告げた。

 

           ☆ ☆ ☆

 

「気を極めると、刃も素手で受け止められるようになるんですね。伊黒さんも、驚いていましたよ。ところで手合わせの後、お館様と何をお話しになっていたのですか?」

「お前には、関係のない話しだ。お前こそ、何を持っている?」

「これですか? お館様の刀です。代わりにお預かりしました」

「余計なことを⋯⋯」

「いいじゃないですか。抜いて見ませんか? どんな色に変わるか興味があります」

 

 無視を決め込む。

 

「残念、ツレないですね」

 

 言葉とは裏腹に、残念そうな感じは伝わってこない。

 

「ふふっ、内緒です。さあ、帰りましょう」

 

 先を行く胡蝶の背中からは、どことなく穏やかさを感じる。先日、蝶屋敷へ戻って来てからそう感じることが増えた。何か、いいことでもあったのだろうか。まあ、どうでもいい。この世界の根幹に介入することが叶わない私は、この世界の行く末を見守り、見届けることしか出来ないのだから。

 しかし、見守る⋯⋯か。

 以前は諭された際、甘いとしか思わなかったが。今になって、その様な立場に立たされてるとは何とも滑稽な話しだ。

 残念だったな、産屋敷。

 私は、お前が探し求める「痣者」などではない。

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