黒衣の探求者 ~神殺しの刃~ 作:黒の夢
無限列車の任務で負傷を負った竈門たちが本格的に現場に復帰して数ヶ月が経ち。蝶屋敷では最近、瞑想中だろうがお構いなしに、胡蝶が自身の継子の栗花落と実戦稽古を行うことが増えた。新しい刀がまだ届かないため、現場復帰が遅れていることが大方の理由。鞘の中で調合した毒を打ち込む特殊な形状の刀は通常の刀よりも、打ち直しに時間がかかるようだ。
「花の呼吸・弐ノ型――」
「花の呼吸・弐ノ型――」
二人揃って、同じ呼吸の技の応酬。
「御影梅」
「御影梅」
壁や天井などを縦横無尽に使って戦う二人の模擬戦は、素早さでは胡蝶が、技の完成度では栗花落が優勢。しかし両名には、ある点において大きな差が存在する。
「花の呼吸・肆ノ型――紅花衣」
「ふふっ、花の呼吸・肆ノ型――紅花衣」
「あっ⋯⋯!」
空中で体勢を自在に変化させられる胡蝶の方が、圧倒的優位。角に追い込まれ、大きく跳び上がったところを狙われたが、栗花落の太刀を空中で身を翻して躱し、同じ技を返し技として打ち込み、足場の利かない栗花落が持つ木刀を弾き飛ばした。
「ありがとうございました」
「はい、お疲れさま」
手をつき、丁寧に頭を下げた栗花落は道場を去ろうとせずに留まり、どこか落ち着きのない様子を見せている。
「どうしました?」
「あの、その⋯⋯わ、私も、師範のように舞えるようになりたい⋯⋯です」
一瞬、驚いたような顔を見せた胡蝶は、普段の作り笑いとは微妙に差異のある笑顔をこちらに向けた。
「どう思われますか?」
「なぜ、意見を仰ぐ」
「他の柱、隊士たちに伝授していないですから。何か、特別な理由があるのではないかと思いまして」
百聞は一見にしかず。口で説明するより、見せた方が手っ取り早い。立ち上がり、視認可能な位まで気を高め、左肘を曲げて軽く拳を握り、軽く腰を落とし、右腕は腰の横に添え、左前の半身で構える。
「これが、通常の構え。そして⋯⋯――」
左前の半身なのは変わらないが、やや姿勢を正し、両手とも指先まで真っ直ぐ伸ばして、顔と同じ位の高さまで上げた構えに変更。
「なるほど。カナヲ、分かりますか?」
「はい。身体に纏っている蒸気のようなものの流れが淀んでいるに見えます」
「そうだ。身体に合っていない構えをとると、力が上手く伝わらない。気の扱いにおいても同等のことが起きる。扱っている呼吸や、技の型と合うとは限らない」
一時的に上げた気を、一番自然体でいられるところまで戻す。
「蟲の呼吸は、頸を斬る必要のない体術だから技の一部として昇華することが出来たということですね。大丈夫ですよ、カナヲ。今の私は、花の呼吸にも上乗せして使用しています。覚えのいいカナヲなら、必ず巧く昇華出来ます。一緒に鍛練しましょう」
「はい⋯⋯!」
二年間基礎鍛練を地道に繰り返していた下地があってこそのたまもの、そう易々とモノに出来るとは思えないが。時の指輪は反応を示さない、ならば大きな問題はない。それにしても、継子の栗花落カナヲ。ここ数ヶ月あまり、特に数日前から自身の感情や本音を以前よりも表に出すようになった。
「生前、姉が言っていました。きっかけさえあれば、人の心は花開くと⋯⋯――」
任務に向かう栗花落の背中を見守るような眼差しで見送った胡蝶は、模擬戦で使用した木刀を片付けながら話す。
「ところで宇髄さん達の方は、いかがですか?」
「進展はない」
若干弱りつつあるものの、宇髄天元の三人の嫁も。先日、宇髄と共に任務に向かった竈門たちも揃って健在。任務に向かう前に聞いた方角を探ってはいるが、猗窩座に匹敵するような力を持つ鬼は存在しない。気配を隠していることも十分考えられるが、本性を見せれば即察知可能。とはいえ、相見えることが叶うかどうかは定かではない。
「そうですか」
「複雑な心境のようだな」
「お館様がおっしゃっていました。竈門君は引きが強い、そういう星の下に生まれてきたのかもしれない、と。ご存じと思いますが、竈門君は、異なった二つの呼吸を使用しています。先程教わったことを助言してあげられていればと⋯⋯」
「産屋敷が何を根拠に言ったかは知らんが。本物であれば、生き残る」
どんな絶望の淵に立たされようとも、何度でも這い上がり、必ず立ち上がる。そう、あの者たちと同じように。
そういえば、竈門の額には――。
「胡蝶」
「はい?」
「お前は、身体に痣はあるか?」
「痣ですか? ありますよ。ほら」
アサギマダラ柄の羽織をはだけると、稽古着の袖をまくる。
「見てください。この、立派な青アザ。先日の組み手の際に負った打撲の痕ですよ。あっ、こちらにもありますね」
「もういい⋯⋯」
「そう言わずに。ほらほら、ちゃんと見てくださいよー」
防御痕を嬉々として見せつけてくる、あるいは皮肉を込めた嫌がらせか。どうにせよ、呼吸を扱う剣士に出現するという特徴的な「痣」とは明らかに異なる。今の胡蝶に現れていないことを鑑みれば、絵空事の世迷い言である可能性も幾分出てきた。
「しのぶ様。恋柱の甘露寺様がお見えになられました。しのぶ様にご相談したいことがあるそうです」
潜入捜査のため、神崎と共に宇髄に拉致されかけた二つの結びの三つ編みおさげの娘――高田なほが、胡蝶を呼びにやって来た。礼を返した胡蝶は、はだけた羽織を着直し、手ぬぐいで汗を拭いながら、客間へと向かった。
「やれやれ⋯⋯」
これで、少し静かになる。
目を閉じ、一度深呼吸をして一気に気を高める。
「――フッ!」
急上昇した気は黄金の輝き放ち、身体を包み込む。そして、更に。
「ハァーッ!」
もう一段階、壁を超える。この変身にもだいぶ慣れた。沸き上がる高揚感、やや好戦的になる感情の高ぶりも制御出来るようにはなってきた。しかし今は、ここ止まり、ここから先が滞っている。超えることが出来ない新たな壁が立ちはだかる。手を開いたり閉じたりを繰り返しながら、拳を交えた時のことを思い返す。
黄金を更に超えた先――神に等しい青色の気を纏う二人⋯⋯。いや、あの二人だけではない。どこまでも強くなれる身体を持つオレと、不死身の身体を持つもう一人のオレを相手に、たった一人で抗い続けた奴も、あの二人と同じ領域に到達しかけていた。
本来であれば、神の気を持たない人間⋯⋯奴らに出来て、オレに出来ないはずがない。今は操れずとも、同じ戦闘民族の血が流れる身体を持つ身、必ず辿り着いてみせる、あの領域へ――。
☆ ☆ ☆
甘露寺が帰った夜、隊服に着替えた胡蝶と神崎が、道場にやって来た。産屋敷の刀を持って。
「一度手入れをしたいので抜いてください」
「お前たちが抜けばいいだろう」
「そういう訳にはいきません。日輪刀は、抜いた人によって色が変化します。アオイ」
「はい。こちらが私の刀です」
神崎が抜いた日輪刀は、微かに青みがかっているように見える。
「水色は。私が、水の呼吸の適性があることを示しています。熟練の方でしたら、もっと明確に表れます。呼吸と刀の相性が悪いと本来の力を発揮出来ません」
あまねも、そのようなことを言っていた。ある程度の才能がなければ色は変わらないと。産屋敷は、変わらなかったということか。
「使う使わないは別として、一度色が変わった刀は後から色が変わることはありませんから」
刀を抜くだけで気が済むのならば、手早く済ませるとしよう。宇髄たちが捜査へ向かった遊郭の方向で、やや動きがあった。受け取った刀を、鞘から引く抜く。すると、刀の色がみるみるうちに変化していく。
「白⋯⋯いえ、光の加減で何色にも見えますね。まるで、鏡。虹色とでも表現すればいいのでしょうか? 竈門君の漆黒と同様に特殊な変化ですね」
「綺麗ですね。でも、どの呼吸に該当するのでしょう?」
「さあ、どうでしょうか。虹色は、記録に残されていません」
無数の色に輝く刀身。さすが刀鍛冶の名匠が打った刀。確かに、見惚れてしまうほど美しいが、実戦で使用することはないだろう。胡蝶に、刀を差し出す。
「確かに、お預かりします。あら⋯⋯」
「えっ!?」
刀を鞘に戻そうした手が止まり、握られた刀を見た神崎は、目を丸くして驚愕している。それもそのはず、想定がのことが起きた。
美しい七色の光を放っていた刀は、胡蝶が手にした途端、薄紅色と青が強い紫色の二色に変貌を遂げた。