黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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第十四話 岐路

 禍々しい二つの鬼の気配が消えていく。

 竈門たちは、上弦の鬼を討ち滅ぼした。しかし、支払った代償は大きい。瞬間的に気を高めた竈門を含めた四名の隊士⋯⋯特に、宇髄と嘴平は致命傷を負っているか、気の乱れが激しい。おそらく、このままでは煉獄の後を追うことになる。それに――。

 

「⋯⋯行けというのだな。時の指輪よ」

 

 右手の人差し指で光る指輪に目を落とし、部屋の隅に置かれた刀へ視線を向ける。別名、色変わりの刀――日輪刀。先ほど胡蝶が手にした時、色が変わったように見えたが、実際には変わってはいなかった。鏡のように光を反射して虹色に輝く刀身、角度の関係でそう見えただけで。今も、虹色の輝きを放っている。

 

「さて⋯⋯」

 

 では、行くとしよう。時の指輪が導くままに。額に指を添え、戦場に居る隊士たちの中で、もっとも高い気を持つ者の元へ飛んだ。

 

「ひぃ! な、なに!? 上弦の鬼!? 炭治郎と宇髄さんが倒したんじゃないの! 俺、両足潰れて動けないんだよ!? もう無理、無理無理無理ーッ!」

「静かにしろ、我妻」

「あ、蝶屋敷の⋯⋯」

 

 潜入捜査は俗物の色町と聞いたが、辺りの建物は全て倒壊しており、面影すら残っていない。倒壊した家屋の屋根の上で仰向けに倒れているのは、嘴平か。近くに、竈門兄妹が居る。

 

「鬼の気配は消えた。じきに後処理の(カクシ)も来る」

「ほ、ほんと⋯⋯?」

「大人しくしていろ」

 

 会話を交わしているうちに、嘴平の気が安定し始めた。両足が負傷してはいるが、比較的軽傷の我妻の元を離れ、竈門兄妹と嘴平の元へ。

 

「竈門」

「ご、悟空さん?」

 

 倒れている嘴平の左胸はひと突きにされていた。雑な傷口からして、おそらく歪な形の刃物。しかしこの状態で、よく生きながらえているものだ。

 

「禰豆子が、鬼から受けた毒を燃やしてくれたんです。俺も、禰豆子のおかげで助かりました」

「むーっ!」

「鬼の血鬼術というやつか。ならば手遅れになる前に、宇髄の毒を燃やしてやることだな。長くは保たん」

「宇髄さんが! 悟空さん、伊之助をお願いします。禰豆子!」

 

 妹の背に担がれた竈門は、宇髄の元へ急ぐ。

 受けた毒は飛んでいるが、ケガが治った訳ではない。(カクシ)を待つべきなのだろうが、あまり時間はかけられない。

 

「は、腹減った⋯⋯め、飯――」

「無駄口をきくな。気を分けてやる」

 

 煉獄の時と同じように気を分け与えると、呼吸の方も安定し始めた。額に指を添えて、瞬間移動。ちょうど宇髄が火葬されている現場に居合わせた。毒で爛れた紫色に変色した皮膚が、正常の肌の色に戻っていく。

 

「信じられねぇ、毒が消えた⋯⋯」

「ずいぶんと派手にやられたものだな、宇髄天元」

「孫悟空か? どうして、ここに居る?」

「悟空さん? 伊之助は――」

「問題ない。それより、動けるか? 動けなくても動け」

「む、無茶言わないでくださいっ! 天元様、さっきまで死にそうだったんですよっ!?」

「そうです。せめて、(カクシ)の方々が来るまで⋯⋯」

「待て、お前ら」

 

 憤る三人の嫁を止めた宇髄は、神妙な面持ちを見せる。

 

「居るんだな? 煉獄を殺った、上弦が――」

「そ、そんな⋯⋯!」

「そいつかどうかは知らんが。ハァーッ!」

 

 気功波を放ち、瓦礫の山を吹き飛ばす。

 退路は造った、これで心置きなく力を出せる。気配が消えかけている二体の鬼の近くを通るが、今の状態であれば問題ないだろう。

 

「伊黒が近くまで来ている。後は、自力でどうにかしろ。ここは、再び戦場になる」

「俺も、戦いま⋯⋯ぐっ!?」

 

 無謀にも立ち上がろうとした竈門は、胸を押さえてうずくまる。

 

「邪魔だ、引き際をわきまえろ」

「恩に着る。撤退だ。善逸と嘴平を回収して戦線を離脱するぞ」

 

 嫁たちに支えられながら、ゆっくりした足取りで退路を歩いていく。

 

「悟空さん。上弦の参・猗窩座は、あなたと同じで武術を使います。気をつけてください⋯⋯!」

 

 森へ姿を隠した後を追う直前にまで時を戻されたため、猗窩座との戦闘もなかったことになったんだったな。

 

「二人は、(カクシ)が回収する。速やかにこの場を離れろ。巻き込まれた際の無事は保証しない」

「はい。行こう、禰豆子」

「むー!」

 

 宇髄の後を追って走り去って行く姿を見送り、振り返る。

 

「お前、上弦の鬼だな。何番だ?」

「あれあれ? どうして気付いたんだ? 気配は完全に消してたんだけどなあ」

 

 物陰から、白橡色の長髪に黒い帽子を被った鬼が姿を現した。七色の瞳の中には、上弦と弐の文字が刻まれ。両手に黄金の扇を携えている。

 

「お前からは、不快な血生臭さが漂っている」

「ああ~、そっか。さっき食べた女の臭いが残ってたんだね。さて、どうしたものかな? あの方の命令は、遊郭(ここ)で鬼狩りを始末しろだったんだけど」

 

 辺りを見回した後、不満げな顔を浮かべながら視線を戻した。

 

「キミしか残ってないね。遊郭(ここ)には、女の子が大勢いるから食べられると想って素直に来たんだけど。妓夫太郎と堕姫は負けたみたいだね。せっかく、俺が血を分け与えてやったのに。でも、仕方ないよね。弱いのが悪いんだから」

 

 よく喋る。緊張感の欠片もない。しかしこの鬼は、猗窩座と同等⋯⋯それ以上の力を持っていることもまた事実。

 

「俺、男は好きじゃないんだ、栄養価も高くないし。それに人間も、部屋も綺麗な方が好みなんだ。美しいものを見ていると、心が安らぐんだ」

「ほう、美的感覚を持ち合わせているとは。ふふ、なかなか面白い鬼だ」

「へぇ、珍しいなあ。鬼狩りに褒められることなんてないから新鮮だよ。うーん、あ、そうだ、良いこと思いついた。鬼にしてやるよ。何だか気が合いそうだし、友人になれると思わない?」

「丁重にお断りしよう。代わりといっては何だが、見せてやろう。本物の美しさというものを⋯⋯はあーッ!」

 

 月と、星が瞬く空の下、身体を纏う金色の輝きが周囲を明るく照らす。

 

「どうだ? この輝き、美しいだろう。美しさの頂点とまではいかんが、いい線をいっていると思わないか? 上弦の弐」

「スゴいね、キミ! 何それ? どうなってるの? 髪は金髪になったし、眼の色も変わったし」

「フッ、今から死ぬ奴に教えたところで無駄なことだ」

「あ、やるつもりなんだ。キミがその気なら、殺してやるよ。男だから食べないけど、顔は綺麗だから特別に活けてあげる、いつもはお気に入りの女しか⋯⋯あれ?」

 

 饒舌に無駄口を叩いている隙に、鳩尾に拳を叩き込む。

 

「⋯⋯話してた途中なんだけど?」

「先に仕掛けて来たのは貴様だ。その扇か? 妙な冷気を放っているのは」

 

 身体を貫通した腕を引き抜くと、瞬く間に鳩尾に空いた風穴が塞がった。猗窩座と同等以上の再生力、まったく不死とは理不尽なものだ。

 

「バレちゃった? 洞察力も高いね。分かったところで、意味ないけどね!」

 

 振られた扇の軌道を沿って形成された氷の刃が飛んでくる。

 攻撃自体は大したことはないが、扇が振られると同時に広範囲に発生する粉状の氷、この氷は厄介、この鬼の血が混ざっている。何かしらの小細工が仕掛けられている、ならば――吸わなければいいだけのこと。高めた黄金の気は、鬱陶しい粉氷を寄せ付けない。

 鬱陶しく逃げ回る上弦の弐の動きを先読みして撃ち込んだ数発の気功弾の一発が直撃、身体の一部を抉り取った。

 

「へぇ、猗窩座殿と同じで打撃を飛ばせるんだ。素手で俺の体を貫いたり、ホントに人間なの? けど、猗窩座殿より俺の方が強い」

 

 威力は抑えたとはいえど、抉り取った身体の一部は瞬く間に再生した。

 

「夜明けも近いし、終わらせてもらうよ。血鬼術――え?」

 

 対の扇を振られる前に、片手で頭を抑え込む。

 ――陰った。来たか。

 

「失せろ三下、貴様に付き合っているほど暇ではない」

 

 至近距離で気功弾を撃ち込む。咄嗟に防御した両腕を破壊した直後、瞬間移動で背後を取って無防備になった背中を蹴り飛ばし、すぐさま後ろを振り向く。

 振り向いた先には、神である証の白髪のモヒカン頭、神の法衣に身を包んだ者が背で腕を組み、不敵な笑みを浮かべ佇んでいた。

 

「フッ、ようやく対面を果たせたな。もう一人のオレよ」

「フッフッフ、いい余興だったぞ。もう一人の私よ」

 

 やはり、存在していた。改めて向かい合う。

 

「まさかとは思ったが、やはりお前も存在していたか。もう一人の私よ」

「お互い様だ。なぜ、今まで姿を現さなかった?」

「お前の方こそ、なぜ姿を見せなかった。神の気を探れば容易に見つけられたはず、まさかとは思うが⋯⋯」

 

 まるで全てを見下すような冷めた視線。物音がし、瓦礫の中から上弦の弐が這い出て来た。

 

「今の、見えなかったなぁ。あれ? キミは⋯⋯」

「フン!」

 

 もう一人のオレが放った神の気弾が、這い出てきた鬼を吹き飛ばした。身体の大半が消滅したが、存在自体は残っている、やがて再生してくるだろう。

 

「どうした、何を憤っている?」

「神の会話を遮る鬼とのたまう下等生物に神罰を下したのみ。お前に指摘される言われはない。お前の方こそ人間の逃げ道を作るなど言語道断。我らの理想を忘れたとは言わせんぞ?」

「フッ、勘違いも甚だしい。オレは貴様と違って、不死身の身体ではないのでな。利用しているに過ぎん。神が略奪など美しくないだろう」

「ふ、ふふふ、なるほど。不便なものだな、人間の身体というものは。では、あの人間は始末しなければな」

「ああ、聞かれたからには生きて還すわけにはいかん」

 

 踵を返す。この場に駆けつけた鬼殺隊の隊士、アサギマダラ柄の着物を身に付けた娘――胡蝶しのぶ。オレの気の高まりを感じ駆けつけたか。だが、これは好都合。伊黒であれば面倒だった。

 

「理想の世界を創るため、醜い人間は一人残らず根絶やしにしなければならない」

「貴様には、ここで消えてもらう」

「あ、あなたたちは――うっ⋯⋯」

「さらばだ」

 

 距離を詰め、左腕で背を抱き寄せ、気を集中した右手を突き立てる。糸が切れた操り人形のように力なく倒れ掛かって来た胡蝶は、鬼の血だまりの横でうつ伏せで地面に着き、貫かれた羽織が徐々に紅く染まっていく。

 

「どうした? 手元が狂ったか? まだ息が残っているではないか。私が、とどめを刺してやろう」

「捨て置け、長くはない」

「苦しませて殺すか。人間には相応しい末路。ん? なんだ、あのカラスは? 死肉を喰らいに来たか。ずいぶんと鼻が利く」

「死など、よくあることだ」

「そうだな、鬼狩りの死などよくあること」

 

 倒れた胡蝶の傍らに胡蝶の鎹鴉、艶が寄り添い、数秒足らずで飛び立っていった東の空は、夜明けが近づいていることを告げるスミレ色の空に変わり始め。時を同じくして、身体の再生が八割方進んだ上弦の弐は、おぼつかない足取りで離れようと足掻いている。気を溜めた手のひらを叩かれ、とどめを刺すことを止められた。やはり、コイツは⋯⋯。

 

「何のマネだ? 貴様、鬼を庇うつもりか」

「見るに堪えない醜い鬼とはいえ、奴らは人間を襲い、喰らう。目的は違えど、結果は同じだ。まとめて始末すればいい」

「それもそうだな」

 

 そうこうしている間に急速に回復した上弦の弐は、瞬く間に戦場から消え去った。まるで、この空間から消え去ったように。まあ、いい。本題に戻るとしよう。

 

「話しの続きといくぞ。神の気は隠せ、気付かれる。以前、市場ですれ違った。違う着物を着ていたおかげでやり過ごしたがな。奴は、神の気を我がモノにしていた」

「なんだと、いつの話しだ⋯⋯?」

「一年前。貴様とて、よもや、あの屈辱を忘れたわけではあるまい」

「⋯⋯先に狙われるのは、不死身の私ということか。どうやら、我々は別行動を取るべきのようだな」

「臆するな。今は功を焦らず機会を待つ時だ」

「いいだろう。我らが再び手を組めば容易いが、機が熟す時を待とうではないか。我らの――」

「我らの――」

 

 ――理想郷のために。

 合図は、俺が神の気を解放した時もしくは鬼舞辻無惨が行動を起こした時と定め。互いに後ろで手を組み、誓いを立てる。

 その後、もう一人のオレは行方を眩まし、人の気配も、鬼の気配も、神の気配もこの場から消えさった。

 

「⋯⋯去ったか。さて、少々急がねばな」

 

 目の前で横たわる胡蝶の羽織を染めた血が、陽光を浴びて蒸発していく様を見つつ、心の中で問いかける。

 ――これでいいのだな、時の指輪よ。

 戦場に朝日が差し込み、辺りを明るく照らした。

 それはまるで、岐路を示すかのような眩い光だった。

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