黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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6月7日、前半部分に柱との戦闘描写を追加しました


第十六話 兆し

「行くぞ、甘露寺⋯⋯」

「はい、伊黑さん!」

 

 木刀を構えた二人が、同時に飛び込んでくる。伊黑は地を駆け、甘露寺は宙を舞う。甘露寺はしなやかな体術と見た目とは裏腹な腕力を持ち、伊黒は剣の太刀筋はやや読みづらさがある。

 

「えい!」

「チッ!」

 

 宙を舞った甘露寺の前転からの上段斬りを躱し、懐に潜り込んだ伊黒の横払いの太刀は避けずに受けとめる。

 

「くっ!」

「フッ」

「えっ!?」

「な――」

 

 その場で跳ぶ。力尽くで押し込もうと足掻いていた伊黒と、背後から斬り掛かって来た甘露寺の頭同士がぶつかった。両者共に、尻もちをつく。

 

「い、いった~い」

「つぅ⋯⋯大丈夫か? 甘露寺⋯⋯」

「は、はい、なんとか」

「威勢がいいのは結構だが、闇雲に闘志を剥き出しにした戦いは命取りだ。気配で悟られる」

「えー、でも、痣を出さないで、上弦や無惨と戦えるのかな?」

「両立しろ。高い体温と激しい鼓動を維持しつつ、冷静さを保て」

「簡単に言ってくれる⋯⋯」

 

 不服と言いたげな顔。気配を殺しながら、気を高める。

 対峙していた二人だけではなく、この場にいる全員が異変を感じ取った。特に敏感に感じ取っているのは嘴平と宇髄、悲鳴嶼。

 

「ど、どうなってやがんだ? 肌が、全身がビリビリしやがる、上弦とやった時以上だぜ⋯⋯!」

「なんつー圧迫感だ。前に手合わせてした時の比じゃねぇ」

「確かにただ事ではない。しかし、気配に熱気を感じられない。おそらく、痣は出現していないはず」

「オレは、呼吸の使い手ではない」

 

 以前、産屋敷が話していた。ひとり痣者が現れれば連鎖するように広がっていく、と。実際、時透と甘露寺は先の戦闘で身体に痣を出現させた。まんざら、おとぎ話ではなかった。だが、爆発的な力を発揮する痣者の代償は重い。所詮、命の前借りに過ぎない諸刃の剣。

 

「呼吸を使わないで⋯⋯。カナヲも、前より強くなってた。しのぶさんと一緒に、悟空さんの指導を受けたからなんですか?」

 

 遊郭の一件以降、胡蝶とも、栗花落を含めた蝶屋敷の住民とも一切の連絡を断った。栗花落がどれ程の力を伸ばしたかは定かではないが。

 

「栗花落は逐一教えを請うことはなかった、とだけ言っておこう」

「実際、手を合わせて昇華していったんですね。よし、お願いします!」

「出しゃばるな。お前は、正座してろ」

「ゴメンね、炭治郎君。ちょっと待っててね」

「はい、すみません!」

 

 竈門は律儀に正座し、甘露寺と伊黒が立ち上がる。

 

「簡単ではないが、極力気配を殺して戦おう」

「はい、必ず一撃入れましょう!」

「志が低い。一撃とは言わず、殺す気で来い」

「で、でも――」

「気にするな。孫悟空は、時透の剣を指一本で弾き返す化け物だ」

「無一郎君の剣を!?」

「刀鍛冶の里が上弦の攻撃を受けていなければ、躊躇なく真剣を使ってる。それ程の相手だ」

「よ、よーし、思いっ切り行きます!」

 

 迷いがなくなった分、動きがだいぶ良くなった。切りの良いところで切り上げ、竈門との実戦訓練。竈門は、二人の教訓を活かし最初から出し惜しむことなく連続して持てる技を繰り出す。

 

「ヒノカミ神楽――円舞!」

 

 煉獄の炎の呼吸の型よりも深い赤、真紅の近い色を放つ型。

 呼吸の練度、型の精度でいえば煉獄の方が上だが、純粋な技の威力は比ではない。おそらく、炎の呼吸の型よりも上位。

 

「ヒノカミ神楽・火車! 炎舞! 灼骨炎陽! ヒノカミ神楽――」

「甘い」

 

 次々と繰り出す型の返しの隙、次の型を繰り出すための切れ目を狙って胸ぐらを掴み上げたはずが、竈門の身体をすり抜けた。

 

「幻日虹⋯⋯え? うわぁ!」

「残像だったな。残像を使えるのは、お前だけではない」

 

 気配を纏わせた残像を残し、背後を取ったまでがいいが、結果は空振り。羽織の襟を掴んで放り投げる。受け身を取り損ねた竈門は、派手に床を転がった。

 

「おしい! 今の、完全に背中を取ってたよっ」

「ありがとうございます。でも、避けられてしまいました」

 

 模擬戦を観戦している甘露寺に礼を言い、すぐに立ち上がる。

 

「まだまだ遅いということですよね。無惨を倒すにはもっと速く、正確に、連続して技を繰り出せるようにならないと⋯⋯!」

 

 遅い、という表現が正しいかは判断しかねる。全盛期に到っていない体格の問題もあるだろうが、技そのものに身体が追いついていない上に意図的に出力を抑えているようにも感じる。おそらく、完全に極めることは叶わないだろう。

 

「替われ、炭八郎! 次は、俺様の番だ!」

「俺は炭治郎だよ、伊之助」

「おおそうか、炭三郎」

「少し近づいな。つーか、何回間違えるんだ?」

 

 柱稽古の最終を飾る、岩柱・悲鳴嶼の訓練を突破したのは竈門、嘴平、不死川の弟、不死川玄弥の計三名。筋力強化訓練を棄権した我妻はひとり、個人的な修業に励んでいる。

 

「皆さん、お疲れさまです。昼食の用意が出来ました。休憩なさってください」

 

 蝶屋敷の神崎と栗花落が、煉獄の屋敷の稽古場まで大量の食事を配達に来た。もう見慣れた光景。朝と夜は、(カクシ)の隊士たちが交替で炊き出しを行っている。

 

「飯だーッ! 食うぞーッ!」

「ありがとう、アオイさん、カナヲ。一緒に食べよう」

「うん」

「甘露寺さん、こちらもどうぞ。桜餅です」

「わぁ、ありがとー!」

「俺のは!?」

「はいはい、皆さんの分もちゃんとありますから」

 

 席を立ち、屋敷の中庭へ向かう。静かな空間、まだ冷たさが残る春の風が抜ける。柱たちとの実戦の成果は実感している、だいぶ身体に馴染んだ。後は、実際に拳を交えるのみ。

 

「鏡⋯⋯か」

 

 中庭の池に反射して水面に映し出された自身の姿を見て、産屋敷の言葉を思い出した。無数の輝きを放つ刀身は、己を表す合わせ鏡。ならば、あの赤とオレンジが強く示した輝きは――。

 

「ん?」

 

 小さな鬼の気配を、頭の先で微かに捉えた。しかし、それらしきものは視線の中にない。鬼の気配の替わりに、皿を持った神崎が道場の入り口から出てきた。

 

「ちゃんと食べないといざという時、力が出ませんよ」

「いらねぇーなら、俺が食う!」

「あ、コラ、もう食べてたでしょ」

「食ったら勝負の続きだ! 俺が、一番に先に倒す! ハハハハ!」

「まったく。あっ、またキズが増えてる。叱られても知りませんからねっ?」

 

 腕の擦り傷を指摘された嘴平は、握り飯を両手に掴んだ手を止め、急に大人しくなった。

 

「しのぶ、柱稽古やらないのか? しのぶも柱だろ」

「重要な任務に就いていらっしゃいます。私も、詳しくは存じていませんが⋯⋯悟空さん、しのぶ様にお声をかけていただけませんか?」

「なぜだ? お前が声をかければいい」

「私では駄目です。逆に気を遣わせてしまいます。ですがお二人は、師弟関係です。だから、しのぶ様もきっと⋯⋯」

 

 師弟⋯⋯弟子にとった覚えはないが。それ以前に、力量を買ってくれた師を自らの手にかけた身。しかしあの方は、身体が引き裂かれる最期の瞬間まで、我らのことを――。

 

           ☆ ☆ ☆

 

「さて⋯⋯」

 

 気配を探る。昼に感じ取った、微かな鬼の気配。肆と刻まれた眼球の鬼。小刻みに震えてはいるが、逃げも隠れもしない。

 

「屋敷の周辺を探っていたのは、貴様か。肆⋯⋯上弦か下弦か知らんが本体ではないな、これも血鬼術とやらか。まあいい、不死身とのたまう鬼が相手ならば手加減する必要はない。姿を見せないのならば――」

 

 額に指先を添え、石になったかの様に微動だにしない眼球の鬼と同様の気配を持つ鬼の元へ、瞬間移動。

 

「ここは?」

 

 一瞬座敷のような部屋を見たはずが、今いるのは家屋が立ち並ぶ夜空の下。どうやら、鬼の血鬼術でここへ移動させられたようだ。右手の人差し指と中指を額に添え、先ほどの鬼の気配を探ろうとした時、別の鬼の気を近くで感じとった。それも今まで対峙した鬼とは一線を画した鬼の気配。ちょうどいい、探す手間が省けた。

 背後の十字路の陰から、鬼が姿を現す。長い髪を後頭部で一本に結い、藤色と黒の石畳柄の着物を身に着け、腰には脇差しを差し。姿形は剣客だが顔には竈門に似た痣があり、左右に三つ計六つの眼を持つ鬼。真ん中の左右の瞳にはそれぞれ「上弦」そして「壱」の文字が刻まれている。

 

「何者だ?」

 

 時の指輪が歴史修正の兆候を示している。上弦の壱との交戦は誤った歴史――いや、猗窩座と拳を交えた時と比べると幾分反応が小さい。別の要因⋯⋯ならば。

 

「どこを見ている?」

「知る必要はない。貴様が、鬼舞辻無惨の片腕ということなのだろう。上弦の壱」

「⋯⋯鬼殺隊の隊士。あの御方の名を気安く口にするな」

「元鬼殺隊が、鬼舞辻の下僕に成り下がったか。産屋敷が姿を隠すのは、貴様の様な裏切り者が居たためか。鬼舞辻を前にして命乞いでもしたか?」

「私が鬼となったのは、私自らが望んだこと。怖じ気づいたからなどでは――」

「貴様の生い立ちに興味などない。御託はいい。刀を抜け」

「⋯⋯抜かせてみせろ。身の程を知れ」

 

 苛立ち殺気立っている。どうやら、この安い挑発は上弦の壱にヒットしたらしい。しかしこれは、どういうことだ。殺気立った直後、歴史修正の兆候がやや強まった。

 

「どうした? 刀を抜け」

「生憎、自前の刀は持ち合わせていない。代わりに、手刀(これ)で相手をしよう」

 

 右手を上弦の壱へ向けて伸ばし、軽く振り下ろす。

 

「戯れるか。その態度改めさせてくれ――なんだ⋯⋯?」

 

 脇差しに添えようとした左の手首がないことに上弦の壱は、地面に転がっている自身の手首をじっと凝視している。

 

(⋯⋯斬り落とされた? 毒か⋯⋯いや、この男は丸腰。毒を盛るには刀、クナイ、針などで体内に直接撃ち込む必要があるはず。私の手首はなぜ落ちた? 動作といえるものがあったとすれば、右手を振り降ろしたくらい⋯⋯)

 

 失った手首を再生するのを忘れるほど困惑している。地面を蹴り、距離を詰める。接近に気づいた上弦の壱が抜こうとした刀の柄の頭を、右手で押さえつける。

 

「くっ!? 抜けぬ、バカな⋯⋯!」

「ひとつ教えてやろう。俺は、貴様たちの居場所、力量が手に取るようにわかる」

「戯れ言を――」

「猗窩座は今、琵琶の鬼に近しい場所に居る。無惨も同様、離れてはいるが同じ空間に居る。遊郭で対峙した扇使いの鬼⋯⋯童磨と言ったか、ヤツは遊郭で負った深傷の回復に手間取っているようだな。もうひとつ最近になって、貴様に似た気配の鬼が生まれた。この気配は、呼吸の使い手。貴様と同じ鬼殺隊の裏切り者か? そうだろ? 上弦の壱。フフフ⋯⋯」

(⋯⋯戯言ではない。先日、私が鬼にした剣士ことも。無限城への侵入を許した際鳴女が即刻排除したが、我々の存在と居場所は完全に掌握されている)

 

 上弦の壱は斬り落とされた左腕を再生させると、真後ろへ素速く後退。素速く、刀を抜く。抜かれた刀は、いくつもの目玉が付いた面妖な刀身。

 

「気品の欠片も感じない醜い刀だ。仲間を裏切り、剣士としての誇りを棄ててまで手に入れた力が、その刀か。フフフ」

 

 今度は、挑発に乗らない。それどころか、達観したかのように妙な落ち着きを払っている。

 

(――私は、ここで死ぬ。瞬きする間もなく死ぬ。格がまるで違う。解るのだ。六つの目を透して見る鍛え上げられた肉体は、私の弟――継国縁壱をも遥かに凌駕し底が見えぬ。加えて、人間も、あの御方を含めたすべての鬼も持たぬ、黄金の輝きを放つ未知の細胞が身体中を巡っている。この男は、あと1,000年鍛練を重ねようとも到達出来ぬ別領域に居る。しかし、もう二度と叶わぬと思っていた「剣士として死」を与えてくれるのならば⋯⋯)

 

 抜いた刀を鞘に収め、右前の抜刀術の構えを取った。

 

「名を教えてくれ。私の名は、黒死牟。人間の名は、継国巌勝」

「剣士の誇りは捨てていなかったか。孫悟空」

「孫悟空⋯⋯参る――月の呼吸・壱ノ型――闇月・宵の宮」

 

 高速の抜刀。まずは、正面から力量を量る。気を纏った右の手刀で刀を受ける。突き抜けた斬撃が後方の木塀を切り裂いた。

 

「ほう」

「月の呼吸・弐ノ型――珠華ノ弄月」

 

 素速く一歩後方へ引き、下段から刀を振り上げた。斬撃を半身で躱す。庭の植木の枝がバッサリ落ちた。鬼殺隊の隊士たちと同様、刀を振ると出現する月形の幻影は見掛け倒しではなく、実際に質量を有している広範囲の斬撃。猗窩座と似た能力、質量を持った斬撃を飛ばす血鬼術。

 

「月の呼吸・参ノ型――厭忌月・銷り」

「遅い!」

「ぐっ!?」

 

 横薙ぎ払いの一撃目を掻い潜り、連撃の二撃目が繰り出される前に胴体に蹴りを入れる。三度地面に身体を打ち付けながら十数メートル転がった黒死牟は、刀を地面に刺して立ち上がる。内臓ごと背骨を砕いた手応えがあったが、やはり通常の打撃では致命傷にはならない。

 しかし、意識は別の方へ向いている。時の指輪の反応がやや強くなった。網を広げて、原因を探る。そうか、そういうことだったのか。しかし、鬼に関してはどうしようもない、となれば。

 

「目は離すな。月の呼吸・肆ノ型――」

「おい、うるさいぞ! ケンカはよそでやれ!」

 

 突然の怒鳴り声に、技を繰り出そうとした黒人牟の動きが止まった。騒ぎに気づいた住民が次々と表に出てきた。

 

「あっ、庭木が!」

「うちなんて塀だぞ!」

「お前たちがやったのか!? 警察に突き出して――うっ!」

「⋯⋯黙れ」

「ば、化け物だー! ひぃっ!」

「死にたくなければ失せろ。なに!?」

「フッ――」

 

 鬼の顔を見て腰を抜かし、その場にへたり込む住民を眼力で威圧する黒死牟の肩に触れ、右の人差し指と中指を額に添えて、瞬間移動。移動先最初に目に入ったのは、5人姉弟の中で唯一父親譲りの黒髪をしたお河童の子供。

 

「――は、母上!」

「何ごとですか? 悟空さんと侍⋯⋯上弦の、壱――」

 

 移動先は、産屋敷の屋敷。あまねと子供たちの私室。襖で仕切られた隣の部屋からは、産屋敷の弱々しい気を感じる。

 

「あまね。中庭を借りる」

「⋯⋯わかりました。ご案内します」

「母上」

「お止めなさい。剣士の戦いの邪魔をしてはなりません。ひなき、あの刀をお持ちなさい」

「は、はいっ!」

 

 刀を取りに行ったひなきとは別の襖から、部屋の外へ。

 

「妙な気を起こすな。屋敷の者に手を出せば殺す。尊厳のある死など迎えられると思うな」

「⋯⋯わかった」

「こちらへ――」

 

 あまねの後に続き部屋を出て、廊下を歩き、縁側から中庭へ下りる。屋敷に常駐する鬼殺隊隊士が臨戦態勢で周囲を取り囲むように控えているが、黒死牟は一切気に止めていない。

 

「悟空様、日輪刀です」

「下がっていろ」

「はい」

 

 一礼したひなきは、早足であまね下へ駆けていく。互いに距離を取り向かい合う。黒死牟は静かに、刀を抜いた。

 

「刀を抜け」

「使う必要はないが、まあいいだろう。が、その前に少々時間をもらう」

「⋯⋯今、なにをした? この場から気配が消えた」

「ただの厄介払いだ。貴様も戦いの邪魔はされたくはないだろう」

 

 思った通り、時の指輪の反応が若干弱まった。オレの想像以上に警戒している。これは利用できる。刀を鞘から抜く。

 

「朱と橙混じりの三稜鏡を通したように光り輝く鮮やかな刀身⋯⋯炎の呼吸の適性なのでしょうか?」

「わかりません。輝利哉、しっかり見届けなさい。目を離してはなりませんよ」

「――はい!」

 

 右手で持った刀を軽く振り、感触を確かめる。

 向けた切っ先を降ろしたのを合図に、黒死牟は臨戦態勢に入った。

 

「月の呼吸・陸ノ型――」

「こ、呼吸!?」

「上弦の壱は、鬼殺隊の隊士だったのか!?」

 

 鬼の口から呼吸と聞き、屋敷中の者たちがざわめき立つが、黒死牟は戦闘に集中し気に止めない。技が繰り出される前に瞬時に距離を詰め、懐に入り、急所の頚を目掛けて刀を振るう。黒死牟は繰り出す寸前で刀の軌道を変え、刀の側面で防御。防御で意識が疎かになっている足を払い、逃げ場を失った顔面に向かって左拳を振り下ろす。

 

「よくぞ躱した」

「くっ!」

 

 空中で身体を強引に捻り、受け身を取った黒死牟は素速く起き上がり再び向かってくる。攻防の最中、時の指輪の反応が再び強まる。

 

「月の呼吸・捌ノ型――月龍輪尾」

「フッ――」

 

 強烈な横払いに合わせ再び瞬間移動、移動先で工作を行い黒死牟の目の前へ移動、両腕を斬り落とす。

 

「⋯⋯なぜ、頸を斬らない? いとも容易く斬れたはず。愚弄するか⋯⋯!」

「薄々勘づいていただろう。戦いの最中、何度かこの場から姿を消していた。非礼を詫びよう。最後にいいものを見せてやる。はぁ⋯⋯――」

 

 鞘に収めた刀を松の根元に放り投げ、気を高める。

 共鳴するように大地が揺れ、周囲の砂利が浮き上がり、弾け飛ぶ。闇夜を照らす、黄金の気を身に纏う。

 

「どうだ? この髪の色、美しいだろ? これが、人間という器の限界を超えた姿」

「お前は、いったい――後退り? わ、私が⋯⋯?」

「今までと違い、肌で感じているのだ。例え天地がひっくり返ろうとも決して揺るがない力量の差を。先に詫びておこう。この姿になると軽い興奮状態になる、手加減が難しくなる――」

「くっ!?」

 

 再生させた両腕で握った刀を気を纏った手刀で真っ二つにへし折り、無防備の身体を切り刻む。肉体の強靱さ、再生の速さも猗窩座以上。しかし、もはや見る影もない哀れな姿になった黒死牟の首を掴んで持ち上げる。刻まれた身体、失った四肢を再生させ、反撃の拳を繰り出した。

 

「悪くない拳だ。だが、所詮は剣士の拳。猗窩座にも劣る。しかし、残酷なものだな、如何ともし難い本物の実力の差というものは」

 

 手首を握り潰す。

 

「お、お前はいったい⋯⋯わ、私は知っている? これは、あの御方の記憶⋯⋯」

「何を言っているのかは知らんが、フィナーレの時間だ。もう二度と会うことはないだろう。月を背に死ねるのなら本望だろ?」

「な、なにを――」

「さらばだ、上弦の壱・黒死牟――」

 

 上空へ放り投げ、手のひらを黒死牟に向けて気功波を放った瞬間、時間は巻き戻された。眼球の鬼のことは放っておき、時の指輪を右手の人差し指に付け直して屋敷に戻り、縁側で夜空に浮かぶ月へ視線を向ける。

 

「上弦の壱、呼吸を使う鬼」

 

 殴られた場所に触れる。痛みは感じない。

 しかし、記憶には確かに刻み込まれている。

 上弦の壱・黒死牟。呼吸を扱う異質な鬼ではあったが――まずまずの相手だった。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 翌日の夕刻過ぎ、柱稽古を終えた柱たちが合流。一番手は、岩柱・悲鳴嶼行冥。以前の手合わせでは、綱と木刀だったが。今手にしている武器は、鎖で繋いだ鉄球と斧。道場では床が破壊される恐れがあるため、中庭に移動しての手合わせ。

 

「既に実力は知っている。遠慮せず行かせてもらう」

「賢明な判断だ。来い」

 

 盲目の悲鳴嶼の鉄球を振り回し間合いを測りながらの攻撃は、牽制にもなり、防御にもなる二段構え。地面に穴が空くほどの重量のある武器を、間髪を入れず何度も振り回せる腕力、体力、技術も持ち合わせている。

 

「スゴい! あの悟空さんを近寄らせないなんて。私、まともに当てられなかったのに」

「悲鳴嶼さんは、柱の中でも頭ひとつ抜けてるからな。けど、アイツはまだ本気じゃねェ」

「ああ。遠当てを使ってない」

「どういうことだ? 説明しろ。不死川、冨岡」

「石でも投げるの?」

 

 初めて呼び出された柱合会議にいなかった新参の柱、甘露寺たちと柱稽古突破組は首をかしげている。

 

「使わぬのか? 不死川を弾き飛ばした、あの力」

「使わせてみせろ」

「では、参る! 岩の呼吸・参ノ型――岩軀の膚!」

 

 牽制時の振りとは比にならない速さで鎖を振り回す。間合いは既に測り終えたということか。この感覚の鋭さ、鬼殺隊の中でも群を抜いている。ちょうどいい、実戦で試すいい機会。集中力を高め、振り回される鎖の中へ飛び込む。不規則に飛び交う鎖を全て躱しきり、悲鳴嶼の肩に手を触れ、そのまま反対側へ抜ける。感触は、まずまず。

 

「⋯⋯私の負けだ。触れられた時点で勝敗はついていた。しかし、皆目見当がつかない。まるで全てを見透かされてたような異様な感覚⋯⋯」

「お前は、引き際を心得ているようだな。悲鳴嶼」

 

 しかしこちらも今は、制限がある中ではここが限界点。上弦の壱との戦闘は多少なりとも糧となったが、やはりこれ以上は、更なる実戦でなければ得られない。休憩を挟まず続けて時透、一度は引退を宣言した宇髄と順番に手を交え、日付が変わる前に切り上げ、翌日も実戦訓練。

 

「ゴボッ!?」

「その痛み、身体の芯に刻み込め」

「玄弥、大丈夫か! ゆっくり深く呼吸して!」

 

 殴られた鳩尾を抱え込んで膝をつき激しく咳き込む、玄弥。すぐさま駆け寄った竈門は、玄弥の背中に手を添えて介抱。

 

「容赦ねぇな。おい、手を貸してやらねぇのか?」

「このまま離脱しちまえばいいんだ、満足に呼吸も使えねぇようなヤツはなァ⋯⋯」

「素直じゃねぇな」

「⋯⋯うるせェ、引退したヤツは黙ってろォ!」

 

 外野が騒々しい。柱を引退した宇髄と共に来た三人の嫁は、甘露寺と会話をしている。

 

「けどよ。この面子が一堂に会するなんて、柱合会議以外じゃ初めてじゃねぇか?」

「通常であれば皆、それぞれ任についている故。しかし⋯⋯」

「胡蝶が居ない」

 

 出入り口の支柱に寄りかかった冨岡が言った言葉に、柱たちは黙り込み。玄弥の咳き込む呼吸と甘露寺たちの話し声が響く中、近づいていた足音が止まった。

 

「呼びました?」

「⋯⋯お前、胡蝶か?」

「当たり前じゃないですか。もしかして、頭打ちました?」

「打っていない。一瞬、カナエに見えた」

「ああ~、髪を下ろしているからですね」

 

 小さく笑い、目の前までやって来る。

 

「お手合わせお願い出来ますか?」

「どうやら、決めたらしいな」

「はい。私は、鬼殺隊・蟲柱です」

 

 道場の中央で向かい合う胡蝶は、刀を抜いた。調合した毒を打ち込むため、物打ちのない特殊な形状の刀。

 

「蟲の呼吸・蝶ノ舞――」

 

 宙を舞い向かってくる刃先を躱し、勢い余って通り過ぎた首に手刀を振るおうした時、予想外のことが起きた。逆手で刃を受け止める。

 

「お前⋯⋯」

「ふふっ、蝶の羽は“二枚”あるから舞えるんですよ?」

 

 日が暮れ始めた頃、各々の屋敷へと帰って行く。鬼を人間に戻す薬が完成したと胡蝶から聞いた竈門は一足先に、妹の元へ向かい。玄弥は、悲鳴嶼と共に。嘴平は身を寄せている、蝶屋敷へ。その蝶屋敷の主は、煉獄の屋敷に留まっている。

 

「無理なお願いをして困らせてしまいましたけど。この刀が、私なりの答えです」

 

 鞘から抜かれた刀は、桜色の刀身。抜き方を変えることで、同じ鞘から二種類の刃を使い分けられる特殊な細工が施されている。しかし変化は、この刀だけではない。胡蝶自身にもある。

 

「答えは、見つかりましたか?」

 

 見つかってなどいない。

 なぜ、無意味だとわかっていることに自らの命を顧みず行動するのか。

 

「きっと、理屈に合わないことをするのが人だと想います。頭で考えるよりも先に、身体が動いてしまう。あなたも、同じではありませんか?」

「さあな」

 

 確かに、あの時は勝手に身体が動いた。川に入っていった三毛猫を助けに行った幼い子供、道着を傷つける程の力を⋯⋯今、朧気ながらうっすらと見えた気がした、答えの兆しが。

 縁側に座る、胡蝶に目を映す。不思議そうに首をかしげると、夜空を見上げた。

 

「今日は、月が綺麗ですね」

 

 同じように夜空を見上げる。雲ひとつない夜空に満月が浮かんでいた。

 

「敵襲! 敵襲! 緊急招集発令! 鬼舞辻無惨、襲来!」

 

 胡蝶のカラスが騒ぎ出す。遂に、始まったか。

 

「――無惨が!? お館様⋯⋯!」

「待て」

 

 刀を鞘に戻し、走り出そうとした背中を呼び止める。額に指を添え、屋敷の気配を探る。屋敷の近辺には計七つの気配、鬼と断定出来るものはひとつだけ。他には⋯⋯見つけた。少し離れた場所にもうひとつ、飛び抜けた気配がある。

 

「先に行く」

「私も、ご一緒に――」

「無惨の元ではない。お前は、上弦の弐を始末することだけを考えていればいい」

 

 瞬間移動で、産屋敷邸に出現した鬼の始祖・鬼舞辻無惨の元へ飛んだ。けりをつけるために。

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