黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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第十七話 神の正義、神の責務

 瞬間移動先に居た鬼は、スーツをスタイリッシュに着こなす小洒落た格好の男。上空から見た後ろ姿だけでは、鬼と指摘されなければ気付かない普通の人間に見える。しかし、気配は鬼そのもの。今まで対峙してきた中で、一番大きな力を持っている。

 

「ヤツが、鬼舞辻⋯⋯」

 

 何処かで会ったような気がしないでもないが。それより今は、優先しなければならないことがある。気配を絶ったまま、更に上空へ移動し、不敵な笑みを浮かべるもう一人の自分と合流を果たす。

 

「やはり、お前も来たか。もう一人の私よ」

「当然だ。鬼の始祖が動いたのだからな。もう、人間は用済みだ」

 

 返事を返し、屋敷を見下ろす。気配は、七つ。産屋敷、あまね、柱合会議が執り行われる中庭で、紙風船を弾ませ遊ぶ子供が二人。そして、鬼の始祖・鬼舞辻無惨と、鬼に近い気配を持つ者が二人鬱蒼とした林の中に身を潜めている。

 鬼殺隊の連中も必死に迫ってはいるが、屋敷の中には他の気配は感じない。

 

「フフフ、愚かな鬼狩りどもが集まって来た。これから自身の身に何が起きるかも知らずに」

「いい頃合いではないか。機は熟した、始めるとしよう」

 

 伸ばした右手を、産屋敷邸に向ける。すると、すぐさま止めに入って来た。

 

「まあ、待て。奴らが集まってからまとめて始末すればいい」

「ずいぶんと慎重だな。まあ、いい。今宵、我々の目的は達成される」

「理想郷のために⋯⋯」

 

 伸ばした手を戻した直後、突然、産屋敷邸が大爆発を起こした。

 轟音が響き渡り、爆風に乗って、屋敷の残骸が周囲に飛び散る。

 

「これは、いったい⋯⋯」

 

 爆発と共に産屋敷も、あまねも、子供二人の気も消滅した。だが、鬼舞辻無惨と、林の中の気配は健在。

 

「⋯⋯この様な卑しい手段を使うとは。やはり、愚かな人間は根絶やしにしなければならない」

 

 眉間にしわ寄せて嫌悪感を剥き出しにし、爆発炎上した屋敷を蔑んで見つめる鋭い視線、その表情。

 

「もう、いいだろう。始末するぞ」

「⋯⋯分かっている。私に、指図するな」

「フッ。ハァーッ!」

 

 気を高め、限界を超える。これで、アイツは気付く。そして、これで分かる⋯⋯はっきりする。抱えている疑惑は解消される。

 炎が上がる中、鬼舞辻と思しき物陰に照準を定め。互いに、手のひらに気を集中させる。

 

「我らの理想郷のため⋯⋯」

「愚かな人間に、神罰を――」

 

 集中した気を放つ間際、身体の向きを変え、鬼舞辻に定めていた腕とは逆手の手首を掴みあげる。

 

「――な、何のマネだッ!?」

「それは、オレのセリフだ。貴様こそ、この手は何だ?」

 

 刃状にした気を纏った右手。掴まれた手を強引に振りほどき、背で手を組んでゆっくり距離を取った。

 疑惑は、確信に変わった。鬼狩りという鬼が使う名称、上弦の弐を攻撃したのも。やはり、コイツは⋯⋯もう一人のオレは、鬼舞辻と通じていた。

 

「神ともあろうものが、鬼なんぞと手を組むとは」

「手を組むだと? フフフ、笑わせてくれる。利用したに過ぎん」

 

 地上で音がした。屋敷に駆けつけた胡蝶たちの気配が散り散りに移動。どこへ行った? 上手く気配を感じ取れない。

 

「気になるか? いいだろう、付いてこい!」

 

 地上へ急降下、後を追う。地面に複数の襖が敷き詰められている。襖のひとつに気弾を撃ち込み、中へ入っていった。襖の中は、廊下、扉、壁、床が上下左右関係なく無作為に入り組んだ空間。様々な場所で、人と鬼の気配を感じる。

 

「鬼舞辻無惨が造り出した異空間、無限城。まったく、創造性の欠片も感じない」

「同感だ。悪趣味にも程がある」

「美的感覚だけは、損ねていないか」

 

 軽く笑うと、遊郭の跡地で相見えた時と同様の全てを見下す様な視線を向けて来る。

 

「しかし、人間に手を貸すとは堕ちたものだな。人間ゼロ計画に人間の身体を用いた堕落した神よ。いや、もはや神ですらない。神に歯向かう、野蛮なサイヤ人。一時でも、お前と一体化していたと思うと吐き気を催す。私、唯一の汚点」

「フッ、お互い様だ。不死身の身体に甘んじて己を高めることを放棄した堕落した神よ。今の貴様を見ていると、虫唾が走る」

「やはり我々は、元来別人だったということか。ザマスという唯一神は、二人として必要なかったのだ」

 

 神の気が高まる。一体化する以前を遙かに凌駕する程の高まり。

 

「どうせお前は、最初から消す予定だった。人間を全て滅ぼした後、最後にお前という人間を消し去ることで“人間ゼロ計画”は真の完遂を迎えるのだ」

「愚かな、本気で出来ると思っているのか? 孫悟空という人間に敗れた貴様が、孫悟空であるオレに」

 

 余裕の表情で、薄ら笑いを浮かべた。

 

「この世界に、私を超える者は存在しない。故に、不死身の我に敗北はない。始末する前に教えてやろう。お前は、私の弱さから生まれた存在なのだ」

「何を戯けたことを⋯⋯」

「無知とは、実に滑稽なものだ。あの敗北は、愚かな師・ゴワスの言葉に揺れた弱さ、躊躇い、戸惑いがもたらした結果。あの忌々しい光の剣で身体が切り裂かれた時、再び我らは二つに別れた。その片割れが、お前だ。人間という醜い身体、そして、私の中に残っていた弱さ、甘さ。不要なモノを全て削ぎ落とし、高貴な神の姿と、神の力を全て継承した今の私こそ、完全無欠の唯一神! 絶対神・ザマス!」

 

 この世界に存在した時から常々疑問に感じていた。人間に対する憎悪が薄れていたことも、神の気を扱えなかった理由も。コイツは、オレよりも後にこの世界へ来た。もし、本当にそれが事実ならば――。

 

「天は、我を選んだのだ! 醜い人間と鬼が蔓延る汚れた世界を浄化し、真の理想郷を築けと。私が築く理想郷に、お前は必要ないのだ」

「その、気まぐれな天に礼を述べよう。純粋に自らの弱さを認めることが出来たお陰でオレは、まだ見ぬ未到の境地へと登り詰めることが出来る。はぁ⋯⋯――!」

 

 爆発的に気を高め、更に限界を超える。黄金の光は更に輝きを増し、閃光がほとばしる。

 

「なんだ? その、みすぼらしい変身は。神の力を持たねば、その変身が精一杯か? フフフ⋯⋯」

「貴様程度を滅ぼすのに、神の力など不要。この姿に敗北したこと、忘れたわけではあるまい」

「⋯⋯超サイヤ人2、何とも醜い姿だ。神々が創り出した最大の失敗作、サイヤ人⋯⋯存在そのものが癪に障る。目障りだ、一掃してやろう⋯⋯!」

「フッ!」

 

 神の気を纏い振りかざされた手刀を、確実に受け止める。間違いない。この刃状に形成した気を纏う手刀が煉獄を、オレの身体を貫いた。鬼舞辻が造り出した無限城の中、攻防を繰り広げる。

 

「どうした? 大口を叩いていた割に、その程度か?」

「フッ、笑わせるな」

 

 瞬時に背後を取り、蹴り飛ばす。複雑に入り組む無限城の通路の壁を突き破り出た先は、広い空間。

 

「な、なんだ!?」

「この匂いは、悟空さん!?」

「悟空? あれが⋯⋯」

「⋯⋯なんという闘気、底が見えない! いったい、何者だ!」

 

 竈門と冨岡、それと、猗窩座。ならば、他の隊士たちも無限城の中で戦っている。近くに居るのか。複雑に入り組んでいて、上手く気の位置を探れない。

 

「目を逸らすな、炭治郎! そいつは、悟空に任せろ!」

「⋯⋯はい!」

「いい判断だ、冨岡。貴様たちは、猗窩座をやれ。さっさと立て」

 

 土埃が立ち込める瓦礫を押し退け、無傷の状態で出て来た。

 

「瞬間移動⋯⋯煩わしい技だ。しかし、不死身の我には傷ひとつすら与えることも叶わない」

「愚かな。本質を見極めることすら出来んとは。さあ、続きだ。かかってこい」

「小癪な。無駄な足掻きを!」

 

 ――速い! 目の前から消えた、だが。向かって右側に拳を振り抜き、壁にめり込んだところへ気功波で追撃、すぐさま後を追う。感触はあったが、貫いた壁の先の部屋で何事もなかったように服の埃を払っていた。

 

「今の速さについてくるか。落ちぶれても、私ということか」

「戯れるな。臆病者が」

「なんだと⋯⋯?」

「アイツが、トランクスが神の気を身に付け、この世界に居ると聞いた時、貴様は揺れた。万が一を考え、オレの処遇を保留した」

 

 猗窩座の時と同様上弦の弐と相対していた時も、気を高め周囲への警戒が怠る場面を背後から狙っていた。対面した際の、あの嫌悪感に満ちた目。かりそめの同盟を組んだ折も、自身から提案を持ちかけながら手を差し出すことはせず、背で手を組んだままだった。

 しかしその判断は、神の気を扱えなかったオレに、きっかけを与えてしまった。そしてもうひとつ、探し求めていた足りないものを見つめる時間を――。

 

「あの時、始末しておくべきだったな」

「何をのたまうかと思えば⋯⋯聞いて呆れる。今、殺そうが同じこと。私にダメージを与えられないことに変わりはない!」

「フフ、ならば何故、貴様は恐れた? 分かっている。貴様は一度、封印されかけたからだろう」

「⋯⋯黙れ」

「滑稽だったぞ。必死に探し逃げ回る貴様は。いったい世界を何周した?」

「今すぐ、その口を閉じろ!」

 

 弱さを棄てたと言っていたが、痛いところを突かれた際の沸点の低さは相変わらず。心ではなく、身体の問題か。限界を感じたオレが、孫悟空という最強の身体を求めた最大の理由。攻撃を先回りして受け流し、時折正面から応戦を繰り返すも、地力に勝る相手に徐々に押され始めた。左頬を掠める。攻撃を受けた場所に意識が向いた隙を突かれた。

 

「逃しはしない!」

「くっ!」

 

 たたみ掛けられ、防戦一方。捌くだけで手一杯。強烈な拳の一撃で防御をこじ開けると、後方上空に飛び上がり、紫色の追尾気弾を連発で発射。執拗に追いかけて来る気弾を躱しきれず、防御越しに数発もらう。凄まじい威力の神の気弾を受け、片膝をつく。

 

「さっきまでの威勢はどうした? 何とも無様な光景だ。神に歯向かう不届き者には似合いの姿か」

「フフフ⋯⋯」

「何を笑っている? 恐怖で気でも狂ったか?」

「唯一神とやらの力とは、この程度なのか? だとすれば、期待はずれもいいところだ。人間に敗れたのも道理というもの」

「最期の台詞が負け惜しみとは、実に情けない」

「ぐっ⋯⋯」

 

 平静を装っているが、眉間に皺を寄せている。蹴り飛ばされ、身体を打ち付けながら廊下を転がり、うつ伏せに倒れ込む。

 

「もう、いい。もう十分だ⋯⋯」

「ようやく観念したか。しかし、何と惨めな様だ。ひと思いに消してやろう」

 

 先程の追尾気弾とは比較にならない気弾を、寸でのところで上方へと弾き飛ばす。無限城の天井に巨大な風穴が空いた。

 

「なに!?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、もう一人のオレと向き合う。

 

「ふぅ、なかなかいい攻撃だった。前菜としては、最高の評価を与えてやろう」

 

 大きく息を吐き、荒々しい気を鎮め、身体と心の中に落とし込む。赤とオレンジが混ざり合ったような輝きを放つ、神に等し輝きを、この身体に宿す。

 

「お前、その姿は⋯⋯!」

「忘れたのか? この身体に刻まれた痛みは――オレを強くする」

 

 産屋敷よ、お前の推察は正しかった。

 今、この身体を包む燃えさかる太陽の光のような輝きは、産屋敷の元で抜いた刀と酷似した輝き。刀を持つ者を鏡のように映し出す、あの輝きはこの姿を暗示じていた。

 

「⋯⋯神もどきの気を目覚めさせたか。しかし所詮は、後天性の紛い物。神として天性の素質を持つ、この私の敵ではない」

「天性だと? 前任の師の死後、空いた席に座っただけの仮の神の分際で」

「美しい宇宙を、世界を汚す悪を野放にし、神としての正義を遂行しない者などに神を名乗る資格はない。故に、始末したのだろう。我らの師・ゴワスを。お前が⋯⋯」

 

 そう、その通り。卓越した武術の才能を買ってくれた師を二度も、この手にかけた。だが、目の前に居るもう一人オレ――ザマスもまた、同じことを企てていた。遅かれ早かれ同じ道を歩んでいたに違いない。

 そして、その道の先に待つ結末もまた同じ――破滅の境地。

 

「愚かな師ではあったが、罪は罪。己の師を手にかけた罪、私が断罪してやろう。神が自らを裁くことで、犯した罪は浄化される。神聖なる裁き、謹んで受けるが――」

 

 両腕を広げて得意気な表情で浸っている顔面に、拳を叩き込む。反応速度も、腕力も格段に向上した。これが、純粋なサイヤ人の神の力。元来持っていた神の気と混ざり合っていた時とは、やや感触に差異はあるが、この程度の違和感であればすぐに払拭できるはず。

 

「いつまでふざけているつもりだ?」

 

 何事もなかったかのように立ち上がり、不快感に満ちた視線を向けてくる。

 

「裁きを受けるどころか。あまつさえ、気高き神の顔に拳を振るう暴挙。罪を更に重ねるか、罪人」

「三文芝居は止めろ、時間の無駄だ」

「鬼狩りと鬼、醜い者同士の争いが気になるか。やれやれ、我ながら心底あきれ果てる。ずいぶんと毒されたものだな。人間でいた時間が長すぎたか⋯⋯!」

 

 斜め前方に振られた斬撃を避け、そのまま接近戦に持ち込む。互いのスピードは、ほぼほぼ互角。この姿であれば、遅れはとらないが――。

 

「バカのひとつ覚えとはこのこと。効かぬというのが分からぬか!」

「くっ⋯⋯!」

 

 攻撃を受けようが、お構いなしに反撃を繰り出してくる。痛みすら感じない不死身の身体のうえに、純粋な気の量に圧倒的な差が存在している。壁の畳を突き破り受け身を取った先は、吹き抜けになっていてる広い空間、視認できるだけでも十数名の隊士が、上下左右の概念もない無限城に蔓延る魑魅魍魎の鬼と戦闘を繰り広げている。おそらく、無限城の中心部に近い。

 

「伝令! 伝令ッ!」

「カラス⋯⋯」

 

 目のような模様が書かれた紙を付けた複数羽の鎹鴉が忙しなく、無限城の中を飛び回っている。

 

「ん? あれは――」

 

 無限城の中を駆ける隊士の中に、見知った顔を二つ見つけた。瞬間移動で、二人の元へ。

 

「ご、悟空さんっ? 悟空さんも、居たんですね!」

「その、炎の呼吸を纏ったような姿は――」

「気にするな。手早く説明しろ。カラスが付けている紙は何だ?」

 

 甘露寺と伊黒によると、鎹鴉は味方の鬼の血鬼術を用いて情報の共有、伝達のため城内を飛び回っている。そして、この無限城は、琵琶を弾くひとつ目の女の鬼の血鬼術。鬼舞辻が造り出した空間と話していたが、ザマスは知らされていない。互いに信用はしてはいないということ。

 

「あの鬼の頸を斬れば、この奇妙な空間も消滅するはずだ」

「でも、攻撃をしようとすると別の場所に飛ばされちゃうんです」

「見つけたぞ。どこへ行ったかと想えば、鬼狩りと合流したか」

「何だコイツ、新手の鬼か?」

「顔色と目つきが悪いですね⋯⋯」

「お前たち⋯⋯気高き神に対する冒涜、暴言、決して許されん――」

「フッ!」

 

 背後を取って、背中を蹴り飛ばす。蹴り飛ばした線上に座る琵琶の鬼に当たるかと思った直後、突如として現れた襖に飲まれ、別の場所へ放り出された。

 

「なるほど、ああいうことか」

「はい、あんな感じになります。それと、壁同士をぶつけて⋯⋯」

 

 押しつぶすことも可能。不用意に近づけない以上、目を盗んで近づくか、琵琶を弾かれる前に頸を刎ねる以外方法はない。

 

「あの鬼の頸、斬れませんかっ?」

「お前たちでやれ。オレは、ヤツとケリをつけなければならない」

「あの攻撃を受けて、無傷だと? アイツも、空を飛べるのか⋯⋯」

 

 底が見えない吹き抜けから、額に青筋を立てて浮上してきた。

 

「神の言葉を遮るとは、不届き者が⋯⋯!」

「貴様こそ、戦いの最中に目を切るな、愚か者。場所を移すぞ、再び無様に足蹴にされたくはないだろう?」

「⋯⋯いいだろう。邪魔者が入らない場所で始末してやろう」

 

 畳の壁に気功波を撃ちこみ、ザマスを引き連れてこの場を離れ。周囲に人も、鬼の気配もない畳張りの和室で立ち止まる。

 

「死に場所はここでいいのか? 助けはこんぞ? 無様な死に様を晒したくはないか、フフフ⋯⋯」

「笑わせるな。貴様は、オレを殺せない」

「何を根拠に」

「フッ、言わずとも分かっているだろう。ハァーッ!」

 

 つい先程身に付けた神の気を更に高め、超サイヤ人ゴッドの壁を超える。太陽ような輝きの神の気から一転、青空のような輝きの神の気を纏う。

 

「青い気、超サイヤ人ブルー⋯⋯やはり、紛い物の神か。孫悟空も、ベジータも、トランクスも、不死身の身体に傷ひとつ付けることすら叶わなかった変身、所詮は、無意味な抵抗。なぜ人間とは、敵わぬと知りながら抗うのか。まったく、理解に苦しむ」

「御託はいい。欲しいのだろう? これが――」

 

 右の手を上げて見せると、顔色が一変。

 思った通り本命は、時の指輪。

 

「⋯⋯それは、選ばれた神のみが使用を許される神具。素直に差し出せ」

「正式に認められていない見習いの分際が何を言う。欲しければ、奪ってみるがいい。オレ自身が相手となれば、メインディッシュとしては申し分ないだろう」

「舐めた口を⋯⋯きくな!」

 

 前方に振られた右手の軌道に沿って部屋が切り裂かれ、足場と天井が斜めにずれ込む。しかし、空中戦であれば足場は関係ない。斬撃を繰り出させないため、再び接近戦を挑む。攻撃力は更に向上したが、素早さが若干劣る。その点を補いながら戦い、確実に有効打を決めるも――やはり、無傷。しかし、ザマスの方は憮然とした表情を浮かべている。

 

「なぜだ⋯⋯なぜ、私が押されている? 二人分の神の気を持ち圧倒的に優位であるはずの、この私が⋯⋯!」

「当然だ、その力は孫悟空という身体があって初めて成立するもの。その身体では、莫大な神の気も宝の持ち腐れだな」

「くっ!」

 

 前方から、伝令のカラスの声が響いた。我妻が、上弦の陸を討伐したという知らせと、他の隊士たちの動向も入手できた。

 

「どこを見ているッ!」

 

 強力な威力の気功波を掻い潜り、鳩尾に拳を打ち込むも、手応えがない。不死身の相手にまともに戦ったところで、体力の消費を考慮すれば、限界はこちらが先に向かえる。悟られる前に、決着をつけねば――。

 しかし、原理が不明な封印技は使えない。不死身の身体を持つ相手、どう始末すればいい。

 打開策を模索しながら戦っていると突然、真横の壁が突き出し間を隔てた。琵琶の鬼の血鬼術の影響か、周囲の気配が目まぐるしく変化している。

 

「この気は⋯⋯ん?」

 

 目の前の壁が吹き飛んだ。土埃の中から現れたザマスの背後に、見覚えのある物が落ちてた。産屋敷に返した刀、爆発を免れたか、あるいは爆風に巻き込まれたか。

 

「無惨⋯⋯出来損ないの分際で私の邪魔をするとは、鬱陶しい限りだ⋯⋯!」

「チッ!」

 

 怒りのまま、周囲に気弾がばら撒かれ、部屋中の壁に空いた無数の穴は、無限城の至る場所へと通じているようだ。右の振り下ろしをいなし、左のなぎ払い合わせて蹴りを叩き込む。完璧に入り過ぎた。気付かれた可能性があるが⋯⋯蹴り飛ばした先は、睡蓮の花が浮かぶ池に複数の橋の足場がある部屋。そこには、見知った顔ぶれが揃っていた。

 

「騒がしいなぁ、また誰か来たの? あれ? キミは⋯⋯」

「貴様、上弦の弐か」

 

 負傷を負った栗花落と素顔の嘴平が、上弦の弐に立ち向かい。二人の近くで、胡蝶が倒れている。

 

「⋯⋯悟空さん?」

「しのぶ姉さん! よかった⋯⋯」

「お前、ツンツン頭なのか!? 目の前に居るのに気配をまったく感じねぇ、どうなってんだ?」

「ずいぶん苦戦しているようだな」

「⋯⋯あの鬼には、毒が効きません。刀も⋯⋯」

 

 毒を撃ち込む目的の刀とは別の、花の呼吸用の刀は根元から折れている。上弦の弐の風貌と気配は以前、遊郭の跡地で相見えた時と比べ禍々しさが増している。

 

「再生するのに力を使ったからね。栄養価の高い女を大勢食べた俺の頸は、簡単には斬れないよ? 信者も減っちゃったから新しく集めないとなぁ」

「⋯⋯読めたぞ。お前の戦いの秘密⋯⋯」

 

 部屋の一番奥、崩れた瓦礫の山を吹き飛ばし、ザマスが出て来た。やはり、バレたか。完璧に入れすぎた。

 

「あれ? ザマス殿と戦ってたんだ。あの時は、仲よさそうに見え――」

「我の言葉を遮るなーッ!」

 

 放たれた神の気弾が鬼が居た場所を直撃。消し去ったかと思いきや、片足と腹部の一部を消失しただけで原形を留め、すぐさま再生に入る。

 

「猗窩座殿といい。俺、何かしたかなぁ?」

 

 理不尽な八つ当たりに不満を漏らしながらも、薄ら笑いを浮かべた表情は変わらない。

 

「胡蝶、栗花落、嘴平、まだ戦えるだろう?」

「――はい」

「姉さん⋯⋯はい!」

「あったりめぇだ! あのクソ野郎は、この伊之助様がぶっ殺す!」

「でも、姉さんの刀は」

 

 この部屋に来る前に拾った産屋敷の刀を抜き、床に突き刺す。今の姿に合わせて蒼になるかと思いきや、バラ色を思わせる真紅の刀身の刃。立ち上がった胡蝶に肩に手を置き、分け与えた気と共に、産屋敷の刀を託す。

 

「使ってみせろ。蝶の羽は、二枚あるのだろう?」

「お借りします⋯⋯!」

「ふぅ、ようやく治った。相変わらず容赦ないなぁ、ザマス殿は。へぇ、柱の子、まだ立てるんだ」

「カナヲ、伊之助君、行きますよ」

「はい⋯⋯!」

「クソ野郎の頸は、俺様が斬るッ!」

 

 毒を撃ち込むための刀と、紅の刀の二刀流。嘴平と栗花落も加わり三人は、再生が終わった直後の上弦の弐に向かっていく。その背中に向けられた、ザマスの腕を掴み上げる。

 

「な、何をする!?」

「貴様の相手は、オレだ。アイツらの邪魔はするな」

「なんだと? あの娘、あの時の⋯⋯。なるほど、お前が人間などに入れ込んでいる理由は、それか」

 

 呆れ果てて答えることすらも馬鹿らしく想える。

 適当な鬼の気を頼りに瞬間移動で戦場を離れると、強引に腕を振りほどき、距離を取った。

 

「貴様、それでも本当に神か? オレは、神としての責務を全うしているまで。この、時の指輪の導きのままに⋯⋯」

「やはり、時の指輪を使用していたかッ! 我の攻撃を先読みし、歴史を変えるなど言語道断! 決して許されることではないぞ!」

「変えるだと? 勘違い甚だしい。歴史は変わってなどいない。本来あるべき姿へと進んでいる」

 

 その証拠に、時の指輪は歴史修正の兆候を一切示さなかった。間違っていない確たる証拠。時の指輪は、闘うことを容認した。

 

「さあ、続きといこうではないか」

 

 確実に近づいている。

 決戦が始まる前に視た未来で、辿り着いた答えに――。





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