黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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第十八話 命の灯火

 散っていく――大勢の命が散っていく。

 数え切れないほど多くの命の灯火が、無限城での戦闘の中無情にも消えていく。

 

「冨岡義勇! 竈門炭治郎! 激闘ノ末、上弦ノ参ヲ撃破ッ!」

「伝令ッ! 胡蝶シノブ、栗花落カナヲ、嘴平伊之助! 上弦ノ弐ヲ撃破ッ! 嘴平伊之助、負傷! 胡蝶シノブ、栗花落カナヲ、重傷ッ! 至急、救護ニ向カエッ!」

 

 竈門たちが、猗窩座を討伐した。三人とも負傷を負っているが胡蝶たちも、上弦の弐も倒した。後は、鬼の始祖・鬼舞辻無惨と無限城を統括する琵琶の鬼、上弦の壱を残すのみ。時透と玄弥の気が極端な低下傾向にあるが、鬼の気配も乱れている、決着の時は近い。

 牽制目的も兼ねた気弾を連発し、動きを鈍らせようと試みるも。動じないどころか、技量不足を補って余りある莫大な質量の気弾で応戦してくる。気弾を弾き、懐に潜り込んで接近戦に持ち込む。互いの力量は、ほぼ互角。無限城のいたるところを破壊するほど、激しい戦闘。

 

「堕落してもオレ、と言うことか」

「人間の身に甘んじたお前などに、神である私が遅れなど取るものか!」

「フッ。しかし、オレの方が上だ!」

 

 攻撃を受けとめ、腹部にゼロ距離で気弾を撃ちこみ、体勢を崩した無防備の相手にたたみ掛けるも、与えたダメージは瞬時に回復されてしまう。

 

「カァーッ! 伝令、伝令ーッ! 上弦ノ壱撃破、撃破ーッ! 時透無一郎! 不死川玄弥! 格闘ノ末ニ死亡ッ!」

 

 時透と玄弥が、逝ったか。しかしその信念は、必ず誰かに引き継がれる。猗窩座との死闘の末に散った煉獄、死期が近いと知りながらも命を賭した産屋敷の信念が受け継がれたように。

 

「フフフ、何とも喜ばしいことではないか。これで邪魔者は、お前と無惨を残すのみ。また一歩、理想の世界へと近づいた。間もなく正義は遂行される。この、私の手によって⋯⋯!」

「人間に阻まれたことを忘れたのか? その理想を」

 

 人間は時に、神の想定をも凌駕する力を発揮する。

 未知なる力の根源が分からなければ、再び同じように阻まれることになるだろう。

 

「まあ、先に消えたお前が知らぬのは無理もないことか。冥土の土産に教えてやろう。我らの理想は、人間に阻まれたわけではない。世界は、私を認めていた! しかし、想定外のことが起きた。宇宙ごと消されさえしなければ、理想は現実のものとなっていたのだ!」

「なんだと⋯⋯?」

 

 突然、周囲の景色が目まぐるしく変化を始めた。無限城を制御する琵琶の鬼は未だ健在、甘露寺と伊黒の気配は生きてはいるが、多くの命が一斉に散った。鬼舞辻に次ぐ気を持つ鬼⋯⋯上弦の壱の更に上位の配下がいたというのか。

 

「無惨め、ようやく重い腰を上げたか」

 

 この気配が、鬼舞辻無惨のもの⋯⋯産屋敷邸で感じた気配とは別物。琵琶の鬼からも、妙な違和感を感じる。確かめに行くとしよう。

 

「ヤツが動いたとなれば、鬼狩りの命運も尽き――なっ!?」

 

 目を離した隙をつき、瞬間移動。隊士が二名、琵琶の鬼の背後を取っていた。騒ぐ隊士を無視し、両手を鬼の頭にねじ込んでいる隊士に問いかける。

 

「貴様、鬼か? カラスの眼の」

「⋯⋯そうだ。この琵琶鬼の眼を奪って、無惨を欺いて⋯⋯くっ、もう殺しに来た!」

 

 琵琶の鬼の頭が砕け、無限城が揺れ出した。

 

「マズい⋯⋯城が崩壊する! 潰される前に、地上へ――」

「時間を作ってやる。持ちこたえろ」

 

 ちょうどいい。鬼の始祖・鬼舞辻無惨の顔、一度見てみたいと想っていた。激しい戦闘の気配を頼りに、鬼舞辻の元へと飛ぶ。移動先では、数名の柱と竈門が、鬼舞辻と対峙していた。周囲には、おびただしい数の死体。

 

「鬼舞辻無惨だな」

 

 目の当たりにした無惨は、産屋敷邸で見た後ろ姿からは想像出来ない風貌。白髪の長髪、身体のいたる所に奇妙な痣と口、牙を携えた化け物といって相応しい醜い姿をしている。

 

「お前は、あの時の⋯⋯!」

「何のことだ?」

 

 鬼舞辻の口ぶりと表情は、以前遭遇したことがあると言いたげ。あるいは、ザマスからオレのことを聞いていたか。まあ、どちらでもいい、些細なことだ。

 

「ご、悟空さん⋯⋯!」

「炭治郎、援護するぞ!」

「は、はい!」

「手出しするな。下がっていろ、竈門、冨岡。鬼舞辻無惨、鬼の始祖の貴様の力が如何ほどのものかは知らんが、あの程度の爆発で致命傷を負うとは底が知れたというもの。期待外れもいいところだな」

「くっ⋯⋯!」

 

 時の指輪は現時点で反応を示していない、多少許される。

 背から生えた薄気味悪い複数の触手が鞭のように撓って襲いかかってくるが、別次元の領域に達している今では、無惨の挙動全てが遅く感じる以前に避ける必要性すらない。神の気を纏った身体は、無惨から繰り出された触手を寄せつけず弾き返し、お返しに気功弾を放つ。

 

「どこを見ている。こっちだ」

「な――」

 

 気功弾は寸でのところで躱されるも、回避運動で無防備になった正面から落とした神の気を宿した手刀は床に着き、斬撃状に衝撃波が無限城の壁もろとも無惨の身体を真っ二つに切り裂いた。身体の半分を失った無惨は片足立ちで蹌踉けながら、ジリジリと後退りしていく。

 

「す、凄い、あの無惨を素手で圧倒するなんて! あれが、悟空さんの本気⋯⋯!」

「まだだ、無惨の首を斬るぞ! 上弦は、急所の首を刎ねても再生しかけた! だが先ずは、首を刎ねなければ始まらない!」

 

 冨岡の言葉通り、切り裂かれた無惨の身体は瞬く間に再生、爆発的な突進から振り下ろされた右腕を掴み取る。なるほど、そういうことか。鬼舞辻無惨が見せた動揺の理由が判明。あの雪の日と同じように、掴んだ手首を握りつぶす。潰された腕を強引に引きちぎった無惨は後方へ跳び退き、破れた皮膚から血が滴り落ちる腕を再生させた。

 

「そうか、貴様だったか。フフフ、鬼舞辻無惨、冥土の土産に教えてやろう。ハッ!」

 

 放り投げた鬼舞辻の手に気功波を撃ち込み、細胞ひとつ残らず消し去る。

 

「貴様相手に、刀を使う必要ないのだ」

「――ば、化け物め⋯⋯」

 

 時間稼ぎには充分だろう。

 

「フッ、その台詞を貴様に言われるとはな。さて時間だ」

「な、何を――」

 

 突如、無限城が軋み音を立て崩壊。いつの間にか地上へと押し出された。周囲は、建物が建ち並ぶ市街地。眼の模様が描かれた紙を付けたカラスが月夜の空を飛び回り、日の出までの時間を知らせる。

 

「夜明ケマデ、1時間半ッ!」

「おのれ、珠世の鬼め⋯⋯!」

 

 用向きは済んだ。姿は見えないが、ザマスの気は消えていない、近く地上へ姿を現すことだろう。鬼舞辻に、背を向ける。

 

「危ない!」

 

 竈門の声。背後から伸びた触手を躱し、夜空を舞い。触手が届かない上空から、鬼舞辻を見下す。

 

「諦めの悪いヤツだ、人間の名残か? フッ、デザート前のデセールにしてやってもいいが⋯⋯どうやら、オレが手を下すまでもない」

「なんだと」

「無惨ーッ!」

 

 戦力を立て直した竈門を始めとした鬼殺隊隊士が一斉に、鬼舞辻無惨に斬りかかっていく。不死川、悲鳴嶼、他の柱たちも合流し、鬼舞辻無惨との戦闘は本格的な死闘へと発展。鬼殺隊と無惨との戦闘を見つめながら、無限城の残骸の中の気を探っていると、胡蝶を支える栗花落、嘴平、我妻が瓦礫の山から這い出て来た。

 

「あ、悟空さん!」

「栗花落か」

 

 上空から地上へ降り立つ。

 

「上弦を討ったそうだな」

「フフーン! この伊之助様にかかれば、上弦だろうと敵じゃねぇ! なっ、紋逸!」

「善逸だよ。てかホントに、蝶屋敷に居た人なのっ? 髪とか逆立ってるし、何か青く光ってるしっ!」

「姉さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。急所は外れていますから⋯⋯」

 

 血の気が引いた顔で強がる。左の脇腹に鋭利な刃物で斬られた切り傷。緊急処置が行われているが、患部に巻かれたアサギマダラ柄の羽織は、赤い血が滲んでいる。

 琵琶の鬼を操っていた鬼の隊士が、駆け寄って来た。

 

「珠世様と、薬の研究をしてた柱だな? こいつの治療は、俺が引き受ける。柱じゃない女、イノシシ、黄色い頭、この呪符を体に付けて行け。無惨の目も欺く目眩ましだ」

「それは便利なモンだな! よっしゃ! その辺に落ちてるやつも拾ってくぜ! 行くぞ、善逸!」

「ああっ!」

「私も⋯⋯」

「馬鹿か! 相手は無惨だ、動けないヤツは足手まといになるだけだ!」

 

 鬼の隊士に一喝され、額に青筋を立てながらも黙り込む胡蝶。

 

「お前を死なせたら俺は、珠世様に合わせる顔がない。分かったら大人しくしろ」

「⋯⋯カナヲ、無理をしてはいけません。カナヲも、右目の視力を完全に失っているのですから。髪飾り(コレ)を、髪がかかって見えにくいでしょう」

「はい、行ってきます!」

 

 先に行った嘴平と我妻の後を追い、鬼舞辻と戦う竈門たちの加勢へ向かっていく。

 

「ここじゃまともな治療が出来ない。向こうに、簡易の救護施設を作った。運んでくれ、一瞬で移動出来るんだろ?」

「捕まれ」

「お手数おかけします⋯⋯」

 

 袖を強く掴んだ胡蝶と鬼の隊士諸共、救護施設へ瞬間移動。(カクシ)や非戦闘員の隊士たちが、次々運ばれて来る負傷した隊士たちの救護活動を休むことなく行っている。鬼の隊士も胡蝶の隊服を脱がすと、早速治療に取りかかった。

 

「腹の傷は、内臓までは届いてない。肺の、血鬼術の方が不味いな。血気止めと、麻酔打つぞ。手ぬぐいを噛め」

「つっ⋯⋯」

 

 変身を解き、乱れた呼吸を整える。さすがに長時間の変身は堪える。まだ完璧に扱えていない証拠。僅かでも回復に努めなければ、再びやり合うために。

 治療を受けた胡蝶の浅かった呼吸が徐々に落ち着いていく。

 こちらもだいぶ、身体を休められた。

 

「行くのか? 眼紙は、必要ないな。おい誰か、刀を――」

「相手は、無惨ではない」

「お前と闘っていたヤツなら、城の最深部に閉じ込めて――」

 

 やや離れた場所で、大爆発が起きた。大地は揺れ、周囲の建物が倒壊し、土煙と共に瓦礫の破片が飛び散る。

 

「な、なんだ!?」

「来たか」

「悟空さん⋯⋯」

「ここを下げろ。死にたくなければな。フッ――」

 

 青い神の気を纏い、救護施設から飛び立つ。

 爆発の震源地、無限城の跡地は大きく抉られ、中心部にはザマス。

 

「生きていたか、しぶといヤツめ」

「不死身の私が、死ぬわけがないだろう」

「その割には、這い出てくるのに時間がかかっていたではないか」

「⋯⋯フン。ん? 鬼狩りと戦っている醜い生物は、無惨か?」

「それがどうした」

「まあ、いい。いい加減決着をつけるぞ。今度は逃がさんぞ、徒花と散れ!」

「フッ、美しい戦いにしようではないか」

 

 向かい合い、互いに繰り出した衝撃波がぶつかり合う。

 戦いの合図。拳を交えた瞬間、ザマスの身に起きた異変を感じ取った。感じ取った二つの異変から、複雑に入り組む無限城の最深部から抜け出すのに苦戦したことが窺える。

 

「多少は出来るようになったようだな」

「その上からの態度改めさせてくれる⋯⋯!」

 

 神の気を全開に放出し、攻撃を仕掛けて来た。青黒い気が、赤黒い気に変化している。これが感じ取った二つのうちの一つ、神の気を扱う精度の上昇。合体していた時の力を我が物にし始めている。同時にもう一つの変化が、打開をもたらす鍵となる。

 

「くらえ!」

 

 巨大な気弾を寸でのところで躱したところを狙われた。回避先を薙ぎ払うように放たれた気功波を両手で防御するも、あまりに強力な威力にダメージを負う。

 

「⋯⋯力任せとはいえ、やるではないか」

「何度も同じ手を喰うか!」

「ならばオレも、本気を見せてやろう。かめはめ――」

「愚かな。不死身の私には、どのような攻撃も意味がないと何度言えば⋯⋯」

「――波ーッ!」

 

 瞬間移動で距離を詰め、かめはめ波を至近距離で撃ち込む。不意打ちをまともに受けたザマスは、受け身を取る間もなく建物に打ち付けられ、倒壊した瓦礫の下敷きになった。

 そこは奇しくも、鬼殺隊と鬼舞辻が戦闘を繰り広げている向かい側。

 

「あの時の新手! 悟空さん!」

「攻撃の手を止めるな、竈門炭治郎! 足手まといになるだけだ、孫悟空に任せろ! ここで今、俺たちが無惨を討たなければ二度と機会は訪れない! 動き続けろ、死んでいった仲間たちのために!」

「伊黒さん⋯⋯はいッ!」

 

 崩れた瓦礫を吹き飛ばし、眉間に皺を寄せて出て来たザマスを無惨が怒鳴りつけた。

 

「ザマス! 何をしていた!? 人間を消し去ることがお前の望みではなかったのか!?」

「黙れ! 醜い出来損ないの分際で、神であるこの私に偉そうな口を聞くなッ! この死に損ないがッ!」

「出来損ない? 死に損ない? 違う違う違う違う⋯⋯ッ!」

 

 竈門と伊黒を相手をしながら、言い争いを始めた。他の柱、援軍に向かった嘴平たちの気は消えていないが、その殆どが風前の灯火、瀕死の重傷を負っている者も少なくない。

 

「私は、限りなく完璧に近い存在。いずれ太陽の光も克服し、永遠の存在となる!」

「笑わせてくれる。その様な老いた姿で永遠を謳うとは、身の程を知れ!」

「⋯⋯老いた姿だと? そうか、そういうことだったのか。珠世め!」

 

 ――珠世。確か、胡蝶と薬の研究してたという者の名。あの白髪と気の衰えは、何らかの方法で投与した薬の影響によるものか。

 

「カァーッ! 夜明ケ迄、三十五分!」

「くっ!」

「マズい! 分裂して逃げる気だ!」

「させるか!」

 

 膨張を始めた無惨の身体が停止。更には、血反吐を吐き、この場から走って逃走を図った。竈門と伊黒が懸命に無惨の後を追い、無惨にやられた手負いの隊士たちも傷ついた身体に鞭を打ち、二人の後を追っていく。

 

「見苦しい醜態をさらす⋯⋯目障りな鬼狩り諸共消し去ってくれる」

「戦う相手を間違えるな。貴様の相手は、オレだ」

「お前も⋯⋯いい加減、我の邪魔をするなーッ!」

 

 ザマスの気が爆発的に上昇、銀色の神の気をその身に纏い、背中に光の輪を出現させ、襲いかかってくる。一撃一撃が今までとは比にならないほど重く、素速い攻撃。

 

「そうだ、これだ、この力だ。この身に宿る二つの力が溶け合っていく。見よ! この美しい輝きを! 孫悟空の身体を必要なくして今、絶対の力をこの手にしたのだ!」

「チッ⋯⋯!」

「崇めよ、讃えよ。そして我の前に跪け、罪人よ」

 

 想定外の力。ここまで急速に使いこなすとは。コイツも怒りを力に――いや、執念。しかしここを凌ぎきれば、勝機は見える。

 

「フフフ、安心しろ。殺さない程度に力は抑えてやる」

「見え透いた戯れ言をのたまうな。"殺せない"の間違いだろ」

「減らず口を。汚れた身にとくと刻むがいい、裁きの刃!」

 

 光の輪から発射された禍々しい赤黒い無数の気の刃が襲う。

 回避運動を取るも、地面に突き刺さった刃が爆発を引き起こし、爆発の震動で建物の看板が落下。看板の真下に、逃げ遅れた(カクシ)と負傷者、民間人――。

 

「人間を庇うとは。堕ちたものだな、罪人よ」

「くっ!?」

 

 左手に生成された気の刃が振り下ろされた。瞬間移動は、間に合わない。身体に衝撃が走る。しかし、不思議と痛みは感じず、代わりに鮮血と、折れた刃が目の前に飛んだ。

 

「何ッ!?」

 

 倒れかかって来た華奢な身体を抱き留め、額に指を添え、鬼の隊士の元へ飛ぶ。

 

「柱の女!? その怪我は⋯⋯!」

「なぜ間に入った、胡蝶。力量を測れないほど愚かではないだろう」

「⋯⋯なぜ、あの方たちを助けたのですか? そういうこと、ですよ⋯⋯」

 

 血の気が引いていく顔で微笑み、ゆっくりとまぶたが閉じられていく。

 

『本気の本気で怒ったぞ!』

『罪と呼ぶなら呼ぶがいい!』

『あいつを絶対に許さんということだ!』

『助け合って生きる! それが、俺たち――』

 

 騒がしい声が飛び交う中、様々な言葉が頭に浮かんでは消えていく。

 ――そうか、そういうことだったのか。

 今、全てを理解した。随分と遠回りしたが、ようやく辿り着いた。足りなかったもの、未知なる力の答えに。

 

「これも、罪か⋯⋯」

 

 ――許せ、お前の願いを聞いてやったのだ。

 見せてみろ、底知れぬ人間の底力を、その可能性を。時の指輪に触れ、胡蝶の身体に全ての気を送り込む。

 

「お前、その姿――」

「貴様、名は?」

「⋯⋯愈史郎だ」

「愈史郎、胡蝶を任せる。まだ、伝えなければならないことがある」

 

 愈史郎に瀕死の胡蝶を預け、暴れ回る愚か者の元へと飛んだ。

 

           ☆ ☆ ☆

 

「その姿は、超サイヤ人ロゼか? いや、雰囲気が異なる⋯⋯」

「もう一人のオレよ。なぜ、幼い子どもが猫を追って、流れが急な川へ入っていったのか。理解できるか」

「何を言っている。恐怖で頭がおかしくなったか?」

「やはり、理解できないか。それが、貴様の限界だ」

 

 すれ違い様に、素速く拳を打ち込む。

 

「⋯⋯血? ば、バカな、我は不死身のはず。なぜ、流血が⋯⋯」

「なるほど。同一の神の気を有する者同士であれば、ダメージは入るようだな。当然だ。オレたちは元々、ひとつの身体から別れた存在――」

「くっ⋯⋯! 同じ神ならば、より高貴で気高い気を持つ我の方が上だ!」

 

 攻撃を掻い潜り、全てに反撃を叩き込む。自身でも驚くほどの反応速度。そして、身体の底から力が沸き上がってくる。しかし、攻撃の反動で身体の至るところが軋む。

 

「今の動き⋯⋯まさか、極めたとでも言うのか。身勝手の極意を!」

「身勝手だと? 所詮、うわべだけの知識でしか測れないか。オレは今、この世界で目覚め探し求めていた領域に居る。貴様には、決して辿り着くことの出来ない未到の境地」

「ふ、ふざけるな、馬鹿も休み休み言え。二つの神の力を操る我こそ、選ばれた存在! 絶対神・ザマス!」

 

 指先に、強力な気弾を作り出した。

 

「正統なる神の力を思い知れ! 聖なる逆鱗!」

 

 強力な気弾を片手で受け止め、気を流れを掌握し相殺させる。

 

「ば、バカな、何かの間違いだッ!」

「何度やろうと結果は同じ。いや――」

 

 同じ結果どころか、半分は元々自身の気。攻撃を受ける度に、身体が自然と学習し、精度が増していく。衝撃波で体勢を崩し、急所を的確に叩く。

 

「不死身の優位がなければ、この程度か。呆気ないものだな」

「まだだ、まだ終わってなどいない!」

 

 焦りの感情のまま、強力な気弾を連発。

 もし、地面に打ち込まれでもすれば、繁華街を廃墟にしてしまうほどの。しかし、ある時を境にピタリと止まった。

 

「無駄打ちし過ぎたな。身体は不死身であっても、有する気は無限ではない」

「⋯⋯仕方あるまい。これだけは使いたくなかったのだがな――」

 

 懐に手を入れ、翡翠色のポタラを取り出し、素速く右耳に付けた。

 

「お前は、私だ! 完全な神の気を身に付けた今ならば、完全な一体化が可能! 神もどきの気を捨てたことを後悔するがいい!」

 

 ポタラの力で、互いの身体が引かれ合う。互いの身体が触れる寸前、強制的に引かれ合う力が止まった。

 

「お、お前、ポタラを⋯⋯!」

「忘れたのか? 元々、オレの技だ」

「そ、そんな――」

「さあ、終わりにしようではないか」

「くっ⋯⋯! ん? ふ、フフフ、今のお前に私は殺せない。私が、時の指輪に拘った理由と同じ――」

「それがどうした。この世界に不要なのだ、貴様も、オレも――」

 

 辿り着いた答えだ、もはや一片の迷いもあるものか。ポタラを破壊した、右手に作り出した鮮やかな薄紅色に光り輝く気の刃で、身体を貫き、何度も斬りつけ、地上へ打ち落とす。地上に降り、跳ね返りの痛みに耐えながら身体の横で構えて、残る全ての気を集中させる。

 

「ば、バカな⋯⋯こんな、こんなことが。またしても、理想は潰えるというのか⋯⋯」

「最期に教えてやろう、もう一人のオレよ。貴様の怒りは結局、己のためだけのもの」

 

 ――欠けていた。守るべきものがなかった。

 最期の時まで、孤独だった。理解しようとしないから、理解されなかった。最期の力を振り絞り、全力のかめはめ波で撃ち込む。まともに受けたもう一人のオレの気は、完全に消滅した。

 戦いが終わった時には既に夜は明け、朝日が昇っていた。

 1000年間もの間、人を襲っていた鬼の始祖・鬼舞辻無惨は滅んだ。長きに渡る戦いも終結の時を迎える。

 そして、オレの役目も終わりの時を迎えた。

 身体が薄れていく中、周囲を見渡す。悲鳴嶼、伊黒、甘露寺⋯⋯他にも数多くの命の灯火が消えていく。他は、上手く探れない。

 身体だけではなく、意識も薄れてきた。

 ふと、懸命の治療を受けている隊士の姿が目に入った。

 伝え損ねてしまった、導き出した答えを――。

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