黒衣の探求者 ~神殺しの刃~ 作:黒の夢
胡蝶視点での補完エピソードです。
番外編 スボ手牡丹
あの日、千年もの長きに渡る戦いが終わりを告げた。
戦闘の最中、瀕死の重傷を負った私が屋敷のベッドの上で目を覚ましたのは、戦闘が終結してからひと月あまりが経過してのこと。意識を取り戻した時、看病を続けてくれていたアオイや屋敷の子供たちは大声で泣き、カナヲも目に涙を浮かべて声を殺して泣きついて来た。突然のことに困り果ててしまいましたが、薬学に精通する医師の端くれの身からすれば正直、助からないと自覚していた私の治療に当たってくれていた鬼――愈史郎さんが口にした「奇跡は起こるんだな」という言葉、右手の人差し指で光る指輪、鬼の頸を斬ることも叶わなかった華奢な身体に巡る不思議な感覚の気が、奇跡の理由を物語っていた。
――私は、あの方に救われたのだと。
無惨との死闘で負った傷が癒えていないにも関わらず、お見舞いに足を運んでくれた冨岡さんと不死川さんから、無惨討伐時の詳しい経緯を教えていただいた。逃亡を図った無惨と鬼殺隊の死闘の最中、攻撃が届かない上空から無差別に、街を破壊する化け物を相手にたった一人で戦い、無惨の消滅と時を同じくして、忽然と姿を消してしまった。それはもう、三ヶ月も前の出来事。
「しのぶ様、お客様です」
「よう、胡蝶」
「あら、宇髄さん。ご無沙汰ですね」
警戒するアオイに案内されて、可憐な花束と共に宇髄さんがお見舞いに来てくださった。アオイは昼食の支度に戻り、宇髄さんは身体を起こそうとしたところを制止し、布団脇の座布団に腰を降ろす。
「お一人ですか?」
「竈門のところだ。元柱のよしみってやつさ。どうだ?」
視線を横に向ける。開いた襖の先の庭、薄紅色の花を咲かせる桜の木が見える。街を破壊して回る化け物を切り裂いた光る刃を振るっていた方が纏っていたという輝きに似た色。
その後誰も、あの方の姿を見ていない。
もしかすると、夢を見ていたのではないかとも。ただ、右手の人差し指に光る指輪は、現実であることを証明してくれている。
「西洋には、意中の女に指輪を贈る風習があるらしいぜ」
「そう、思われますか?」
「ねぇな」
間髪を入れず、返答が返って来た。同意見。お互い笑みが零れた。この指輪は、そういった類いの代物じゃない。今回は、以前の行方不明とは違う。姿を消した場面の目撃者の数は多数にのぼり、戦況を伝えていた鎹鴉の眼を通してお館も確認済みと、ご足労をいただいた折におっしゃっていらした。
まるで無惨の消滅と同調するように、目映い朝日に照らされて姿を消した、と。
底知れない力の気の刃で切られた身体には、左の肩口から腹部にかけて、鋭い裂傷を縫合の痕が刻み込まれている。自己診断では、全快まで数ヶ月⋯⋯最低でも半年はかかる見立て。ただそれは、合併症や感染症を発症しなければの話しで、通常であれば致命傷に至るには十分な負傷。回復の呼吸と、最終戦を前に珠世さんが開発した抗生物質を投与しているとはいえ、まだまだ油予断は許されない。預かった刀で受けていなければもっと、深い傷を負っていたことも⋯⋯それを思えば――。
「生きていることが、奇跡です」
「悪運が強かったってことだな、互いに。胡蝶、俺達は死んでった奴らの分も生きなきゃいけねぇ。生き残った者としてな」
姉の仇――上弦の弐・童磨。捨て身の特攻で自身を囮にし、カナヲと伊之助君が隙を突いて頸を斬り落とした。姉の仇を討った今、いったい何を目的に生きていけばいいのでしょう。
「ん?」
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
――今一瞬、指先に違和感を感じた気が⋯⋯。
ともかく本当に厄介なのは、身体に仕込んだ“藤の毒”。指摘を受けて、毒の摂取を止めたものの、身体の回復を妨げになっている。自分で蒔いた種とは正に、このことですね。
「ゆっくり考えようと思います。先ずは、身体を治してから」
「そうか。なんなら、嫁に迎えてやって――」
「とっとと帰れ、人攫い」
「そんだけ言えるなら心配いらねぇな」
そう言って笑った宇髄さんは、奥さんが作ってくれたという「生姜の佃煮」の小鉢と、姉と両親の仏壇に供える花束を机に置き、席を立つ。
「ありがとうございました」
「またな」
背中を向けたまま軽く手を振って答えて部屋を出て行く後ろ姿を見送り、布団から起き上がる。座布団を持ってまだ、痛む身体で縁側に出る。心地よい春の日差しを浴びながら静かに、ゆっくりと眼を閉じる。耳をずませば聞こえてくる、とても賑やかな声に耳を傾けていると、カナヲと炭治郎君が庭に出てきた。
初代の花の呼吸の剣士が植えた満開の桜を、二人肩を並べて、仲睦まじく眺めている。
――きっかけさえあれば、人の心は花開くから。
頭を過った、姉の言葉。今のカナヲを見ていると「ああ、やっぱり正しかったんだ」と、思わず微笑んでしまう。
その時ふと不思議な気配を感じ視線を上げると、思いがけない方が視界に写った。
☆ ☆ ☆
それから、数ヶ月。身体の方もだいぶ癒え、夏の終わりが近いことを思わせる盆を迎えた。鬼や、無限城の戦闘で犠牲になった隊士、人々を供養する行事が産屋敷邸で執り行われ、末代のお館様――産屋敷輝利哉様、お二人の姉妹と改めて、柱合会議とは別の形式でお話しの機会を設けられた。歴代のお館への感謝の気持ちを伝え。生き残った隊士たちと夕食を共にし、思い出話に花を咲かせる。
やがて日が暮れて、殆どの人たちが帰宅の途についた頃、屋敷の縁側に腰を落ち着ける。少し離れた場所で一筋の閃光が夜空に向かって延び、大きな破裂音と共に、光り輝く大輪の花を咲かせた。
「うおっ! なんじゃありゃあ、空が爆発したぞ!? 敵襲か!? 全員、戦闘態勢に入れ! この伊之助様が、先陣を切る! 後に続けーッ!」
「違うよ、伊之助。あれは、花火だよ」
「今まで見てきた中で、一番綺麗」
「私もです。あんなに大きくて綺麗な花火の初めて⋯⋯」
「禰豆子ちゃんの方が百倍綺麗だよ!」
次々と打ち上げられる花火の下、同期のカナヲたちと、炭治郎君の妹、人間に戻った禰豆子さんを加えた五人が賑やかに談笑している。
「どうだ? 特注の打ち上げ花火の感想は」
「宇髄さん。とても綺麗ですよ」
「花火職人になるのか?」
「日ノ本一ド派手な花火を上げる花火職人か。それも悪くねぇな。お前らは、どうする?」
宇髄さんの質問に対し、特に決まっていないと、冨岡さんと不死川さんは答えた。お三方の視線が向く。生ぬるい風に吹かれ「オレもまだ、半人前だ」と、お返しした指輪の代わりに頂いた、左耳に付けた耳飾りが揺れる。
「――私は、医学の道を志してみようと思います」
医者の鬼、珠世さんが長い年月をかけて培った豊富な知識と、自分の持つ薬学の知識を、病や怪我に苦しむ人の役に立てたい。それはきっと、あの人が生きた証になる。
一際大きな花火が上がり、辺りに静けさが戻った。
「今ので最後か?」
「手持ちがある。ほらよ」
「なんだァ、これは?」
「スボ手牡丹つってな。関西の線香花火だ」
カナヲたちと、輝利哉様と姉妹お二人も集まり、ロウソクを囲って火で点す。火の点いた火薬が丸まり、辺りに火花を散らす。
「お前にしては、地味な花火だなァ」
「嫌いじゃない」
「ふふっ、私は、好きですよ」
「派手さじゃ敵わねぇが。負けねぇ粋な逸話があるのさ」
スボ手牡丹は火花の状態から、蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊と姿を変えていく。その様を、人の一生になぞられえ思いを馳せる。命を宿す「蕾」から始まり、葉を落とす「菊の花」のように静かに生涯を閉じる。
私も⋯⋯私たちも、この花火のように残された時間を生きていく。
どんなに苦しくても、どんなに辛い現実が待ち受けていようとも。託された願いを胸に。
今を、この時を生きる命として――。
これで本当に最終回。