黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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前話と話しが繋がっていないように感じるのは、物語構成上の仕様になります。


第三話 鬼殺の柱

 始祖の鬼、鬼舞辻無惨から波状した鬼の中でも、強力な力を持つ十二鬼月。その危険さを説く、アサギマダラ柄の羽織を着た娘は、先ほどの仕留めた鬼を凌ぐ鬼が近くに身を潜め、こちらの様子を窺っていることに気づいていない。まあ、それはいい。今は、確かめたいことを優先するとしよう。

 

「下がっていろ。巻き添えを食うぞ」

「はい?」

 

 距離を置き、月明かりが差す広場の中心で目を閉じ、深く呼吸して、先ほどの戦闘から高ぶっている心身を落ち着かせる。

 

「――⋯⋯はあーッ!」

 

 肩幅と同じ位に足を広げ、拳を握り、軽く両肘を曲げ、体内に渦巻く気を一気に解放。大気と大地は震え、周辺の木々は激しく揺れ動き、異変を感じ取った動物たちがざわめき立つ。

 

「ふぅ⋯⋯」

 

 解放した気を抑え、静かに呼吸を整える。肉体の限界を超えるとまでは至らなかったが、少しばかり感覚が戻った。大した相手はなかったが、まんざら役立たずだったというわけではなかったようだ。やはり、戦いの記憶がこの身体を強くする。

 草むらに視線を向けると、こちらの様子を窺っていた鬼は姿を消していた。恐れおののき尻尾を巻いて逃げ去ったか、今の実力を試したかったが致し方ない。鬼狩りをしていれば、いずれどこかで対峙する機会が訪れるだろう。

 

「何を惚けている、戻るぞ」

「は、はい!」

 

 呆然と立ち尽くしていた娘に声をかけ、下山。

 

「先ほどのは、いったい⋯⋯。途轍もない威圧感を放っていましたが?」

「フッ、ただの余興のようなものだ。それより、鬼が多く出没するエリアは?」

「エリア⋯⋯地域のことですね。鬼は、人を襲います」

 

 餌となる人間が数多く集まる場所⋯⋯町、村、繁華街。太陽の光が弱点のため、昼は日が当たらない鬱蒼とした森や洞窟、廃屋の中などに身を隠す習性がある。道理で昼間は、鬼の気配を感じ取りづらくなる訳だ。

 

「居場所を特定しても、鬼は巧妙に姿を隠します。鬼殺隊の気配を感じ取れば、すぐに行方を眩ましますし。中には、人の姿に擬態して周囲に溶け込む鬼もいます。今まで何十名、何百名もの隊士が犠牲になりました。容易な相手ではありません」

「頸を落とせば済む話しなのだろう?」

「ただ頸を斬るだけでは、鬼は倒せません。対鬼専用の特殊な刀――⋯⋯」

 

 左腰に帯刀している刀の鍔に手を触れた。

 

「日輪刀で斬らなければ、鬼の息の根を止めることは出来ません」

 

 日輪刀――陽光山なる山で採取される特別な鉱物を用いて打たれた刀。鬼殺隊が抱える刀鍛冶に依頼しても、完成までには時間がかかる。仮に日輪刀で頸を斬らず、跡形もなく消し去った場合はどうなる。次の鬼を相手にした時にでも試してみるとしよう。

 

「鬼でなくても、私がお相手しますよ」

「何の冗談だ? 娘」

「冗談ではありません。こう見えても私は、鬼殺隊の柱です。十二鬼月の下弦の鬼を倒した経験もあります。その辺の鬼よりも、ずっと強いですよ?」

「フッ、なるほど。だが、願い下げだ」

 

 万全でない者を相手にしたとて、鍛錬にはならない。何より誤って殺しかねない。それに比べて不死身を謳う鬼は、何とも都合のいい相手。適当な鬼を見つけ、息の根を止めない程度に戦闘を繰り返す、この上ない実に理想的なサイクルではないか。

 

「残念。ところでその、娘という呼び方は止めていただけませんか? 私には、胡蝶しのぶという名前があります。孫悟空さん。親しみを込めて、孫くんと呼ばせていただきますね」

「⋯⋯止めろ、その呼び方」

 

 その呼ばれ方に、何故か妙な抵抗を覚えた。痒いところに手が届かない、どこかむず痒い感覚。

 

「では、名前で呼んでください。さん、はい」

「調子に乗るな」

「あらあら、女性に対してそんな乱暴な言葉遣いは関心出来ませんよ? 孫くん」

 

 この娘――⋯⋯胡蝶しのぶ、お前のその作り笑顔の仮面の下の面、いつか必ず大っぴらにしてやる。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 鬼との戦闘から一夜が明け、蝶屋敷の道場で気のコントロールの修練を積んでいた。昨夜の戦闘の記憶は確実にこの身体に残っている。まるで血液の様に体内を巡る気の高まり、あの感覚の精度を高めていけば、いずれは限界を超えるまでに至るはず。神の気を取り戻すことにも繋がるかも知れない。

 そのためにも、雑音すらも遮断する高い集中力を身につける必要がある。

 

「昼食の時間です、時間厳守でお願いします!」

 

 例えばそう、世話焼きの小煩い娘の小言などだ。

 

「鍛錬もいいですが。今日は、柱合会議に呼ばれているそうではないですか。余裕を持って行動なさってください」

「柱合会議?」

「柱合会議とはですねー」

 

 世話焼きの娘、神崎アオイの後ろから現れた胡蝶しのぶが、柱合会議について詳しく話し出した。鬼殺隊の中でも最上位の精鋭と位置づけられた「柱」と呼ばれる者たちが、鬼殺隊の本部である産屋敷耀哉の屋敷に半年に一度の頻度で集い行う、報告会の通称。

 

「お館様から、あなたにも参加していただきたいと直々に連絡をいただきました。柱合会議は、一刻後に予定されています」

「丁重にお断りしよう。鬼殺隊とやらに入隊した覚えも、柱とやらでもない」

「そういう訳にはいきません。あなたの生活は、お館様のご厚意で賄われているのですから。顔を出すのが、最低限の礼儀というものです。それに⋯⋯」

 

 顔を近づけ、小さな声で耳打ちしてきた。

 

「柱合会議では、今後の活動方針が示されます。各柱が集めた鬼の情報を下に。それに今回の柱合会議は、通常よりもひと月以上早い時期です」

 

 特別な事情。より強力な鬼の情報⋯⋯十二鬼月の情報が手に入る可能性があるということか。話しを聞く価値はゼロではない。上手く隠すと言っていた通り、強力な鬼の気配は感じられない。ならば、探っている者たちから直接情報を得る方が効率的ではある。

 昼食を済ませ、屋敷の外へ出る。覆面を被った隊士が二名待ち構えていた。

 

「先日と同じく、お館様のお屋敷までは私たちが交代でご案内いたします。どうぞ、背にお乗りください」

「断る」

「えっ? こ、困ります、規則ですので⋯⋯」

「まあまあ、そうおっしゃらずに。お屋敷のお屋敷は鬼殺隊の要所。柱の私も正確な位置は知らされていませんので」

「ならばお前は、そうすればいい。鬼殺隊とやらではない私は、規則に従う道理はない。先に行く」

「分かるんですか?」

 

 森を指差す。ここから直線距離で歩いて一時間もかからない。

 図星。二名の隊士は、互いに顔を見合わせた。

 

「はぁ、と言うことらしいので。今回は、特例でお願いします。お館様へのご説明と責任は私が負います」

「わ、わかりました。胡蝶様がそうおっしゃるのでしたら⋯⋯」

 

 二名の隊士に見送られ、胡蝶しのぶと共に柱合会議とやらが行われる産屋敷耀哉の屋敷へ向かった。

 無駄に広い中庭に集まる柱連中の訝しげな視線を無視して、庭に植えられた松の木に背を預けて腕を組む。どんよりとした灰色の雲から、白い雪がちらつき始めた頃、二人の子供と共に姿を見せた産屋敷耀哉を見た途端に畏まる柱達。

 

「約四ヶ月振りだね。皆、息災だったかな?」

「は! お館様におかれましてもご健在で何よりです。僭越ながら。さっそく、臨時で柱合会議を招集した理由をお聞かせください」

「その前に、雪が降り始めたようだね。中で話しをしよう。二人も上がってくれ」

 

 私と、柱連中から離れた場所で畏まって正座している襟足が赤みがかった金髪の隊士に声をかけた。

 

「お館様。何故、柱合会議に柱でもない隊士が居るのですか? それも二人も⋯⋯!」

 

 柱の中の一人、顔や身体に幾つもの傷痕がある血の気の多そうな隊士が疑問を投げかけた。私も同意。何故、呼びつけたのか疑問は残る。隊士は、更に言葉を続けた。

 

「それに、炎柱の煉獄槇寿郎殿はどうされたのですか?」

「父上は⋯⋯」

「おい。お前に柱の代わりが務まんのかァ?」

 

 自分で聞いておきながら、答えようとした者の言葉を遮るとは⋯⋯何と愚かな。産屋敷耀哉も見かねたようで、突っかかった隊士を嗜める。

 

「実弥、あまり苛めちゃいけないよ。その説明をしてもらうために杏寿郎を呼んだんだ。皆、槙寿郎の心配をしてるんだ。彼の様子を教えてくれるかい?」

 

 屋敷の中に入り、煉獄杏寿郎と呼ばれた隊士が話し出して数分後、屋敷の中から怒号が飛んだ。疑問を投げかけた隊士が煉獄杏寿郎の襟を引っ張り、中庭に連れ出した。背を預けていた松の木から離れ、出口へ向かう。

 

「どこへ行くんだい? 孫悟空」

「くだらない内輪揉めを見せるために呼び出すな。今後は、胡蝶しのぶを通せ」

「テメェ! お館様に向かって何と言う口の利き方を――!」

 

 煉獄杏寿郎を突き飛ばし、こちらへ向かってくる。

 

「よせ、不死川。隊律違反だ」

「悲鳴嶼さん⋯⋯分かってるが、お館様を侮辱する奴は許せねぇ! お館様、どうかお許しください」

 

 深々と頭を下げた不死川と呼ばれた隊士が、いきり立って向かって来る。

 

「フッ、どうしようと言うのだ?」

「決まってんだろがァ。二度とふざけた態度が取れないように口の利き方ってヤツを叩き込んでやらァ!」

「実弥――」

「止めるな、産屋敷耀哉。止めるのは野暮というもの。ちょうどいい。鬼殺隊の柱とやらの実力、この場で見せてもらおう」

 

 左を前に半身になって構える。

 

「何だ? 下っ端風情が柱に勝てると思ってんのかァ?」

「口先ではなく、力を示せ。愚か者が」

「上等だ! 骨の二、三本覚悟しろやァ!」

 

 対峙する不死川実弥は、額に青筋を立てて突進してきた。その速度は、昨夜対峙した鬼を遙かに凌ぐもの。勢いをそのままに繰り出した右の上段蹴りを左腕で受け止め、右の拳を振る。

 

「チッ!」

「ほう、躱すか」

 

 足場のない空中で身体を翻し、強引に体勢を立て直した。戦闘民族でもない人間にしてはなかなかの身のこなし。更に、絶えず連撃を繰り出せる体力を持ち合わせている、その分一撃は軽いが、十二鬼月とやらを相手に対抗出来るというのは伊達ではないらしい。

 

「マジかよ、全部受けきってやがるぜ!」

「それだけじゃない」

「どういうことですか? 冨岡さん」

「あの場から一歩も動いていない。一見一方的に思えるが、右足を軸に円を描くようにして全ての攻撃をいなしている」

 

 気づいた者が居た。左右非対称の片身替わりの羽織を着用した隊士。冨岡という名、何処かで⋯⋯。

 

「よそ見してんじゃねぇ!」

 

 ――足払い。

 その場で跳んで躱して無防備になったところを狙い澄まし、足払いの遠心力を利用した回し蹴りが飛んできた。

 

「どうした? 柱とやらもこの程度の実力でしかないのか。ならば期待外れもいいところだ」

「おいおい、上体反らして避けやがったぞ!?」

「⋯⋯不味い」

「悲鳴嶼さん?」

 

 距離を取った不死川実弥は、大きく息を吐いた。雰囲気が、空気が変わった。

 

「――この感じ、まさか、呼吸で!」

「不死川の奴、マジでキレちまいやがったぞ!」

「宇髄、胡蝶、不死川を止めるぞ」

「動くな、黙っていろ」

 

 止めに入ろうとした傍観者を静止。ようやく、本気を見せた。

 

「オラァーッ!」

 

 一撃一撃の精度、戦闘力が大幅に向上した。何より荒々しい言動とは裏腹に、瞬時に戦法を切り替えながら攻撃を繰り出す柔軟性と冷静な判断力。なるほど、これが柱の実力か。鬼とはまた違った領域での力を持ち合わせている。刀を手にした時、どのような変化を見せるか若干興味が湧いた。右の拳を左腕で受け止め、押し返した弾みで後方へ飛んだ不死川実弥は、手をつき受け身を取って着地、すかさず顔を上げて前を向く。

 

「少々甘く見過ぎていたようだ。お前の評価を改めてやろう、不死川実弥。お前は、私が戦うに値する。受けきってみせろ」

「ああん!?」

 

 右手を伸ばし、手のひらを不死川実弥に向けて照準を合わせる。

 

「いくぞ。ハァーッ!」

「――な、なんだ!? 音、風!? ぐおっ!?」

 

 放たれた衝撃波をまともに喰らいながらもどうにか持ちこたえた不死川に向かって、追撃の衝撃波を放つ。上体を崩していたところに二度目の衝撃波を受けたことで大きく尻餅をついたところを一気に距離を詰め、たたみ掛ける。

 

「終わりだな」

 

 無防備の身体に拳を打ち込む寸でのところで邪魔が入った。

 間に割って入って来たのは、不死川実弥に因縁をつけられていた、煉獄杏寿郎。

 

「何の真似だ?」

「既に勝負はついた。これ以上は、ただの暴力だ。我らの敵は、人を襲う鬼! 力をぶつける相手が違う!」

 

 真っ直ぐな目で、おののくことなく言ってのける。

 

「しかし、二人が拳を交えたのは俺のせいだ! すまない! そして、ありがとう! 素晴らしい戦いを見せてもらった!」

「ば、バカにしてんのか!? テメェ!」

「そんな事は決してない! 柱の強さしかとこの目に焼き付けた!」

 

 興醒めだな。

 その後、臨時の柱合会議は、煉獄杏寿郎が新たな柱となるための指令が与えられ幕を下ろした。

 そして――。

 

「どうかな? 実際に、拳を交えてみた感想は」

「ヤツは、刀を手にしていなかった。本来の実力の半分も発揮していないだろ。十二鬼月⋯⋯上弦の鬼と言ったか、どの程度かは知らんが。百年倒せていないという事はそういう事なのだろう」

 

 暫しの間黙り込んだ産屋敷耀哉は、重い口を開いた。

 

「彼らに稽古を頼めないだろうか? 私の代で決着をつけたい。彼らが本来護るべきものは、鬼の居ない未来なんだ」

「フッ、鬼とは戦ってやるが。産屋敷耀哉、お前の一族の私怨に手を貸すつもりはない」

「では、何を目的に戦うんだい?」

「ふふふ、知れたこと。私は――」

 

 ――私のために戦う。

 先ほどの、不死川実弥との手合わせで確信した。

 私は、この身体は、強者との戦いを望んでいる。本気をだした不死川実弥と打ち合って負った痛みもまた、私を強くする糧となる。

 そして、更なる高みへ。

 そのためとあれば、何でも利用する。

 鬼であろうと、人間であろうと――⋯⋯。

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