黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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第四話 原動力

 産屋敷耀哉との会談後屋敷を後にすると、胡蝶しのぶと、不死川実弥との手合わせの間に割って入った鬼殺隊の隊士、煉獄杏寿郎が、屋敷の門を抜けた先の歩道で言葉を交わしていた。待っていた、というわけではない。任務に当たるに至って傷薬の譲り受けと、自身の弟子⋯⋯継子の面倒の依頼。

 

「ところで、風柱を弾き飛ばした力には感服した! 扱う呼吸は、いったい何の呼吸だ? 風か? 音か?」

「呼吸?」

「それが、呼吸を使っている感じに見えないんですよねぇ。先日、鬼をいたぶっていた時も素手で殴り飛ばしていましたし」

「何と! 呼吸を使わずか! それは、是非とも手合わせを願いたい!」

 

 鬼殺隊の隊士は皆、身体能力を強化する特殊な呼吸法を体得している。そして、複数存在する流派の技を駆使し、鬼と戦う。手を合わせた不死川実弥と同様にこの二人が纏う妙な気の流れも、その特殊な呼吸法による影響。

 

「長々と引き留めてしまってすまない。胡蝶、夕刻に顔を出す」

「はい。確かに、お引き受けしました。用意しておきますね」

「うむ、感謝する」

 

 白い羽織をマントの様に翻し、蝶屋敷とは別方向へ歩いて行った。

 

「お館様とは、どのようなお話しをなされたのですか?」

「取るに足らない事だ、わざわざ話す価値もない」

「はぁ、責められるのは私なんですよ? 口の利き方がーとか、お館様や柱に対する敬意が足りないとか」

「知ったことか。鬼殺隊とやらではない私には、関係のないこと。話しは終いだ」

「そういう訳にはいきません。先程お話したように、あなたの生活の基盤はお館様のご厚意によるものです。最低限の礼儀は払っていただかないと」

「鬼とは戦ってやる」

 

 既に失ったはずの命。使命に掲げた人間ゼロ計画は破綻し、目標を失った私は、死の訪れを待つだけの身だった。しかし、人間を襲う鬼、鬼殺隊の柱不死川実弥と戦いを経て朧気ながらに見えたのだ。私が今、求めているものが。

 

「強力な鬼、十二鬼月とやらの情報は得られたか?」

「いいえ、有力な情報は。ただ、鬼の勢力が上昇傾向にあることは確かなようです。煉獄さんも、新たな任務を請け負ったそうです」

 

 それは、何とも喜ばしいことではないか。鬼の絶対数が殖えれば、強力な鬼の数もおのずと殖える。その思惑通り、日暮れ前、蝶屋敷まであと僅かのところで、視認不可能な山の中に蠢く複数の鬼の気配を察知した。

 

「あの方角はおそらく、産屋敷が管理する山――藤襲山だと思います。生きたまま捕らえた鬼を、鬼が苦手とする藤の花が囲う山中に幽閉して、鬼殺隊入隊試験最終選別に利用しているんです。最終選別は、鬼が潜むあの山で七日間生き延びること⋯⋯」

 

 助けは入らず、失格は死に直結する試験。何とも悪趣味な試験。しかし、生き残ることこそが勝利。どれ程強い力を持っていたとしても、どれ程の高い志を掲げでも、敗北すれば全てが露と消えるということを、この身を持って知っている。

 運も実力の内⋯⋯いや、それだけではない。私には、何かが欠けていた。怒りの感情だけでは埋まらない何か。それが、絶望の淵であろうとも何度も這い上がってくる、あの者たちとの決定的な差――その差は、いったい⋯⋯。

 

「夕食の時間です! 悟空さん、聞いていますか!?」

「⋯⋯聞こえている」

「でしたら、返事をしてください。時間厳守でお願いします! まったく」

 

 神崎アオイ、相変わらず小煩い娘だ。夕食の最中、煉獄杏寿郎が約束通り屋敷を訪ねて来た。玄関先から響く声を聞き、胡蝶しのぶは用意していた薬袋を持って応対に向かった。その間に食事を済ませて道場に戻り、鍛錬中を続行。日付が回った頃、道場と病室を繋ぐ廊下で漏れる灯りが見えた。

 

「あら、まだ起きていらしたんですね。夜更かしは、身体に障りますよ」

「お前こそ、何をしている? 胡蝶しのぶ」

「見ての通り、薬の在庫確認です。止血剤と鎮痛剤が少々心許ないので、買い付けに行く必要がありますね。ところで、どうして氏名呼びなのですか? アオイも不思議がっていますよ」

 

 フルネームで呼ばれることに抵抗を受ける者も居るようだ。フルネームで呼ぶ方が確実だが。まあいい、こちらとしてもフルネームで呼ぶよりある程度の手間は省ける。

 

「ひとつ、お伺いしたいことがあります。不死川さんを触れずに弾き飛ばしたあの、遠当て⋯⋯あれは、どのような技なのですか?」

「知ってどうする?」

「近づくと危険な鬼も少なくありません。遠距離攻撃は、鬼に対して非常任有効な攻撃手段になります」

「着替えて来い」

 

 着物から隊服に着替えた胡蝶しのぶと、五メートル程の距離を置き、道場で相対する。

 

「不死川とまでいかずとも、それなりに出来るのだろう?」

「柱ですから」

 

 産屋敷の私怨に手を貸すつもりはないが、胡蝶しのぶ――対等の相手が存在しない世界であろうとも、この娘が多少なりとも強くなれば、鈍った感覚を取り戻すための、ひいては更に強くなるための糧に成りえるか。

 

「お前が言う遠当てとは、気による作用が起こす現象。気合いや気迫などに用いられる字を当てる」

「気合い、気迫の気⋯⋯」

「体に秘められた潜在能力と表現すれば多少は理解出来るだろう。気は全ての生物が有している。自在に操る事が出来るようになれば、戦闘能力の向上は然る事ながら、相手の気配や力量を探る事も可能になる。当然、鬼の気配も」

 

 作り笑いの感情を抑えた微笑みは崩さないが、華奢な身に纏う気の流れまでは隠せていない。この気の変化を、私は知っている。

 右腕を軽く前に伸ばして手のひらを上にし、手鞠ほどの大きさの気弾を作って見せる。

 

「それが、気というものなのですか?」

「そうだ」

 

 興味深そうに近くに寄って来られるのは、いささか鬱陶しい。

 しかし、造り出した気弾の色は、白色に近い黄色。やはり、神の気とは別種の気。

 

「初歩的な技術ではあるが、この手鞠程度の大きさの気の塊には、この屋敷を破壊するには十分な威力を秘めている」

「屋敷を⋯⋯」

「予め断っておくが、仮にお前が気を使える様になったとて、鬼の頸を刎ねられる様になるとは限らない。お前の器量次第だ、胡蝶」

 

 それは、かつての私と同じ――強い怒り、激しい憎悪、殺気を帯びた気の巡り。幾度か手合わせを申し出た理由も、全ては己の目的のため。怒りが原動力になることは間違いない。

 

「⋯⋯僅かでも今より強くなれる可能性があるのでしたら、私は――。ご指導のほどお願いします」

「フッ」

 

 ならば、利用させてもらうまで。私の目的のために。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 翌日の昼前、蝶屋敷で預かっている孤児の三人娘が客人を、道場まで連れてきた。昨日話した煉獄の弟子、継子の娘。

 

「お邪魔します~。師範の⋯⋯煉獄さんの紹介で来ました、甘露寺蜜璃ですぅ?」

 

 気の扱い習得に集中している胡蝶は、訪ねてきた上下袴姿の娘、甘露寺の存在に気づいていない。彼女はやや戸惑いながらも、扉柱に背を預け腕を組んでいる私に尋ねた。

 

「あの~、蟲柱の胡蝶さんはどちらでしょうか?」

「その娘だ。お前、その頭⋯⋯」

「えっ! えっと~」

 

 何故か目を泳がせ、おどおどしてやや顔を伏せた。

 

「なかなか美しいではないか」

 

 全体的に薄紅色で先端に向かうにつれて萌葱色が掛かった三つ編み、美的センスは悪くない。袴の上も黒で統一すれば、更に映える事だろう。私も、一刻も早く、あの美しい輝きを取り戻したいものだ。

 

「ふぅ⋯⋯あら、そちらで惚けていらっしゃるのはもしかして、煉獄さんの継子の方ですか?」

「あっ、はい! 師匠⋯⋯煉獄さんの継子、甘露寺蜜璃です! 最終選別までの間、ご指導・ご鞭撻の程よろしくお願いします!」

「この蝶屋敷の主、鬼殺隊・蟲柱、胡蝶しのぶです。綺麗な髪ですね、羨ましいです」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 先程のおどおどした不安げな表情とは打って変わって、顔の血色も良くなり、やや黄緑掛かった瞳を輝かせている。詳しい話しをするため道場を後にした二人は、三十分程で戻ってきた。胡蝶の継子、栗花落カナヲを連れて。

 

「それでは、始め」

 

 胡蝶の合図で始まったのは、稽古ではなく、甘露寺と栗花落の追い回し。隣に来た胡蝶は静かに腰を降ろすと、聞いてもいないのに理由を話し出した。

 

「剣術の基本は既に、煉獄さんから叩き込まれているそうです。後は、呼吸を長く保つ持久力があれば。最近、カナヲのこともあまり構ってあげられていないので、きっかけになってくれればいいんですけど」

 

 追いかける甘露寺の手を軽やかに躱す栗花落は、まるで欠落しているかのように感情を表に出さず、発する言葉数も極端に少ない。はっきりものを言う神崎とは、真逆の性格をしている。一瞬崩れかけた感情を抑えた作り笑顔を戻した胡蝶は、微笑みを向けた。

 

「それにしても、気の習得は難しいですね」

「慣れろ。一度感覚を掴めば、意識せずとも使えるようになる」

「全集中の呼吸と同じですね」

 

 訓練三十分、休憩十分のセットを日暮れまで繰り返し、甘露寺が酸欠で気絶したところで初日の指導は終わりを告げた。翌朝、朝食のあと、胡蝶は薬の買い付けに出かけ。甘露寺は、事前に伝えられた訓練に励み。そして私は一人、近日最終選別が行われるという、藤襲山を訪れていた。

 無数の藤の花に囲われた山道へ続く階段を登りきった先の広場に鳥居があり、見覚えのある子供と母親が、鬼殺隊の隊士数名と共に最終選別の準備を進めていた。

 

「おい、あんた、ここは立ち入り禁止だ」

「お待ちください。孫悟空さん、何故ここに?」

「身体が鈍っていてな。少々使わせていただく」

「⋯⋯分かりました。では、こちらをお持ちください」

「刀か」

「はい。念のため」

「あまね様、その刀は――」

「構いません。主人には私から事情を報告いたします。どうか、お持ちください」

 

 必要ないが、まあ、いいだろう。

 産屋敷の妻あまねから受け取った刀を持ち、鬼の気配が漂う山道に足を踏み入れた。

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