黒衣の探求者 ~神殺しの刃~ 作:黒の夢
鬱蒼とした深い木々に囲まれた藤襲山は、日中であるにも関わらず薄暗い。道らしき山道はあるが、平坦な場所は少なく起伏が多く、倒れた木、沢、滝、崖などが行く手を阻む。並の人間ならば、遭難することは必至。
目的地を定め、時間内に到達を条件としても試験として成り立つだろうが、しかしここの山には、人間を襲う鬼が放たれている。この山で七日間生き延びることが試験、甘露寺ほどの使い手であれば選別の突破は難なく突破は可能だろう。
「久々の人間だ! おいお前、お前は運がいい。このオレ様に――」
何故なら今、目の前に現れた見るに堪えない醜い姿をした鬼は、甘露寺の足下に及ばない下等な鬼。
「御託はいい。さっさとかかって来い」
あまねから受け取った刀を地面に放り投げ、ハンドジェスチャーで鬼を挑発。わなわなと肩を震わせ、不快な歯軋りを立てる。
「望み通り、骨の髄も残らず喰ってやる! 死んで後悔――」
跳びかかってきた鬼の鋭い爪を持つ腕を振り下ろしに合わせて、カウンターで右足を振り抜き、ほぼ真上に蹴り飛ばす。頭上を覆う木々の枝を何本かへし折り、姿が見えなくなった鬼が暫く待っても落ちてこない来ないところをみると、どこかに引っかかったか。まあ、いい。実験台は、まだ数多く残っている。放り投げた刀を拾い上げ、更に山の奥へと進む。
二体目の鬼も、すぐに見つかった。むしろ逆、鬼の方から来てくれた、が正しい。これは、実に好都合。相手が動くより先に間合いを詰め、袖の上から掴んだ腕をへし折る。呻き声を上げて、折れた腕を押さえながら後ずさり、そのまま逃げ去るかと思いきや、へし折った腕を庇いながら反撃を仕掛けてきた。
「ならば、フッ!」
消し去ってしまわない程度に威力を落として放ったエネルギー弾が、鬼の身体に命中、右の脇腹に風穴が空いた。通常の人間であれば致命傷に相当するダメージだが、絶命する事は無く、激しい呻き声を上げ、見苦しく地面をのたうち回っている。しかし、それもやがて止まり、血反吐を吐きながらも、おぼつかない足取りで立ち上がった。
「やはり、頸を刎ねなければ始末出来ないらしいな」
「グッ⋯⋯!」
刀に手を触れようとしたところ、生い茂る草むらへ姿を消した。とどめを刺す――必要はない。また別の鬼が出現、それも複数同時に。
ただ闇雲に探すより、
「なんだなんだ? 妙に騒がしいなぁ」
まだ足を踏み入れていない山道の影から、巨体を引きずった異様な姿の鬼が姿を現した。十本近くある手で身体を守るように覆い、薄気味悪い薄ら笑いを浮かべている。その異様な姿の鬼は、地面に転がる再生途中の鬼を掴み上げ、丸呑みにした。
「やっぱり、鬼は不味いなぁ。お前も、そう思わないか? 人間」
共食いとは、化け物に似つかわしい吐き気を催す醜い行為だ。
「今回は、来ていないのか? 狐の面を付けた人間は。俺は、狐の面付けた人間を喰い殺す事が楽しみなんだ」
「フッ、それは残念だったな。今、この山に居る人間は、私だけだ」
「そうか。まあ、いいさ。どうせ、性懲りもなくまた来るだろうからな。ところで今、明治何年だ?」
「知らん。知ってどうする?」
「不親切な奴だな。いいさ、次の狐が来たときの楽しみに取っておくか⋯⋯お前を喰いながらなァ!」
顔を目がけて身体に巻き付いていた無数の手の中から伸び迫り来る手を、手の甲でいなして受け流す。触れた感じ、伸縮性が高い割に、硬度もそこそこ備わっている。更に伸びて来る手を避け続けるていると、木の幹に立て掛けて置いた刀が、面妖な手鬼の攻撃の震動で倒れた。
「お前、バカだなァ。鬼を相手に、大事な刀を置きっぱなしにするなんてなぁ!」
「フッ、めでたいヤツだ。周囲の状況から判断出来んとは」
「周り?」
手鬼の周囲に転がる鬼共はどれも灰塵になること無く、姿形を現世に留めている。
「お前たち相手に、刀を振る必要など無い。ちょうどいい、試したいところだった。日輪刀で頸を斬らなければ、鬼は殺せないらしいが⋯⋯」
手鬼の攻撃を受けて飛散した鬼の一部を蹴り上げ、気功波で消滅させる。
「跡形も無く消え去れば、どうなる? 無からでも再生出来るのか?」
「な、何だ今のはっ! お前、何をしたァ!?」
「フッフッフ、見ての通りだ。お前にも、同じモノをくらわせてやる」
余裕の薄ら笑いが消え、必死の形相に変わった。同時に攻撃も激化。急所の頚の周囲を覆う手以外の手を全て駆使し、近づかせないように必死の抵抗。それらの攻撃を全て躱して詰めより、手のひらを手鬼に向ける。
「これで、終わりだ」
「お前がなァ! き、消え――」
「残念だったな」
死角からの攻撃を避け、後ろに回り込み、面妖な手鬼に向けて気功波を撃ち込んだ。
☆ ☆ ☆
山を下り、鳥居を抜ける。産屋敷耀哉の妻あまねと子供、頭と口元を隠した鬼殺隊の隊士数名が待ち構えていた。入山時に預かった刀を、あまねに返す。
「ご使用なさらなかったのですか?」
「何故、分かる?」
「日輪刀は別名、色変わりの刀と呼ばれています。打たれた刀を抜いた者によって、峰や刃文の色が変化するのです」
しかし、鞘から抜かれた刀に変化はない。ある程度、剣術の才能がなければ色の変化は起こらないとのこと。
「あまね様、ご無礼をお許しください。早急に確認したい事がありまして⋯⋯」
「構いませんよ。どうぞ」
「失礼します! あんた、日輪刀は抜いて無いって言ったけど、山の外に飛び出てきた鬼は?」
最初に遭遇した鬼は森を突き抜け、日の光を浴びて滅んだか。道理で落ちてこなかった訳だ。
「素手で戦って、山の外までかち上げたのかっ!?」
「血塗れで下山してきたと思ったら、かすり傷一つ負ってないし、どっちが化け物よ⋯⋯」
「ああー⋯⋯ぶっちゃけ頭の理解が追いついてないんだけど、他に何体始末した?」
「あの鬼だけだ」
まともに動ける鬼が何体残っているかは知らんが。身体の再生に相当な体力を費やしていた、数日で力が戻るとは到底思えない。近々執り行われるという最終選別参加者は、実に運がいい。
「損失は、1体と」
「補充しますか? 最終選別に必要な下級の鬼でしたら、今からでもギリギリ間に合います」
「1体だけなら、最終選別に支障が出るほどじゃないだろ。それより、準備を進めるぞー。各員、持ち場に戻れー。あまね様、お屋敷までお送り致します」
「お構いなく。
あまねと二人の子供を共に、街道を行く。上品な雰囲気を纏って歩く姿に、すれ違う通行人は漏れなく目を奪われていた。だが、気にする素振りは一切表に見せない。
「先日の柱合会議での騒動と今回の一件で、主人が、あなたに拘る理由が分かった気がしました。もしかすると、あなたでしたら届くのではないかと、私も期待しています。千年届くことのなかった、鬼舞辻の頸に⋯⋯」
小さく微笑みかけながら、隣を歩く子供たちの頭を優しく撫でる。街道を抜けて、人里を離れた人気の少ない通りに出ると、最終選別の準備をしていた
蝶屋敷に戻り、洗面所で手と顔を流す。排水口に流れていくる水の流れを見つめながら、産屋敷の妻あまねとの会話を思い返していた。
千年もの間変わることのなかった、人と鬼との関係性。凶悪な鬼は、人間を襲い。人間は、危害を及ぼす鬼を斬る。逆に言えば、千年途絶えることなく紡いで来た。産屋敷は、自分の代でこの宿命を断ち斬るという確固たる信念を持っている。
しかし⋯⋯はっ、として顔を上げる。
「今、何を感じた⋯⋯?」
今、一瞬何かが頭を過った。言葉、感情、それとも別の何か⋯⋯。
「あ、お帰りになったんですね。って、水出しっぱなしじゃないですか!」
「⋯⋯神崎か」
「水は貴重なんですから、大切に使用してください!」
蛇口を閉めると眉尻を上げて説教を始めたが、頭には何一つ入ってこなかった。ひとしきり苦言を吐き出し終えたらしく、最後に大きなため息をついた。
「その汚れた道着も着替えてください。こちらをどうぞ。道着を預かっていた折に採寸して、拵えていただいた着物です。それから、甘露寺さんが甘味を持参してくださったので、縁側に来てください」
一方的に用件を言うと、踵を返して去って行った。
考え事の最中にまた小言を言われては敵わない。客間で着替えを済ませ、指定された縁側へ向かう。少々甘ったるい匂いと共に、どこか懐かしい香りが漂っていた。
☆ ☆ ☆
「気の流れが乱れている」
翌夕刻、薬の買い付けから戻った胡蝶は夕食も摂らず、冷たい夜風がなびく蝶屋敷の屋根の上で一人、静かに瞑想を行っていた。
「身の入っていない鍛錬は無意味だ。むしろ悪影響を及ぼし兼ねない。案じている事案があるのなら、先ずは解消に専念しろ」
「⋯⋯そうですね。揺れています、集中出来ていません。ですが、私の悩み事を解消するには強くなるしかありません。決して揺るがないように――」
旅先で何があったかは知ったことではないが、信念が揺らぐ様な出来事があったことは間違いないだろう。しかし、葛藤を乗り越えることが出来れば、確実に一回り成長する。
そして抱えている葛藤の答えと、求めるモノと直結しているのならば――。
「何故、強さを求めた?」
「それは――」
「それを忘れるな」
強くなる以外方法はない。そして、怒りは原動力になる。
「降りろ。甘露寺が、茶と茶請けを置いていった」
「あら。もしかして、淹れてくださるんですか?」
「自分で淹れろ」
「今、好感度が下がりました。嫌われちゃいますよ? 誰かさんみたいに」
「心底どうでもいい」
茶は、淹れた者の心情を表す――そんなことを、いつかどこかで耳にしたような気がする。