黒衣の探求者 ~神殺しの刃~ 作:黒の夢
「杏寿郎が見事、十二鬼月・下弦の弐を討った。短期間で、下弦の上位を複数回討伐した。無惨も、心中穏やかではないだろう」
冬が過ぎ去り、眠っていた桜の薄紅色の花が散り始めた春の終盤を告げる頃。十二鬼月・下弦の弐との戦いに勝利した煉獄杏寿郎の、鬼殺隊・柱着任式が執り行われた後、産屋敷と対談を交わす機会が設けられた。産屋敷の後ろにはあまねと、最終選別の準備時に居た黒髪の子供が同席している。
「これで鬼殺隊の柱は、六本。杏寿郎と共に戦った蜜璃もいずれ、柱となれる素質を持っている。彼らの下にも、才ある子供たちが控えている。長いこと揃うことの無かった九本の柱が、そう遠くない未来に立つと確信している。けれど、柱が真っ直ぐ立つには、頑丈な基礎を必要なんだ」
この私になれとでもいうのか、柱を支える土台に。
「しのぶは、ここに来て力を伸ばているそうだね。皆、驚いているよ」
「産屋敷。お前は、思い違いをしている。私は、頭ごなしに拒んではいない。私怨ならば、自身で討てと言ったまでだ。申し出るのであれば、組み手の相手はしてやる。しかし、私の使う技術を覚えたところで、技量が向上するとは限らない。おそらく、少なからず悪影響を及ぼす可能性の方が高い」
隊士の戦闘を何度か観察した際、鬼殺隊の隊士は各自、呼吸法と流派の技を使用して任務にあたっていた。流派の技を繰り出すには、技に応じた呼吸、型を構える必要がある。
「胡蝶は、例外だ。腕を振る力が乏しい胡蝶は、急所の頸を斬ることではなく、作り出した毒を“突き”で撃ち込む事で補っていた。相手の攻撃を掻い潜って突く打撃、特定の構えを取る必要がある斬撃ではない。だから、そのまま技の中に気を落とし込めた。だが、他の連中は違う。長い時間を費やし、実戦の中で試行錯誤を繰り返し、磨き上げ、確立した戦い方を変える事は、そう容易な事ではない」
前提として、気での戦闘は剣術ではなく、主に肉弾戦に比重を置いている。私の身体を切り裂いた者のように、剣を使用するものも居なくはないが。扱っている力の仕組みが異なる鬼殺隊の面々が会得するには、身に付けた技量を一度全て崩し、新しく組み込み直さなければならない。それこそ、土台から。
そしてそれは、実力者であればあるほど、身に付けた技術や癖を削ぎ落とす事に時間が必要。加えて、気の扱いにも呼吸術や剣術と同じく、才能が求められる。潜在能力や技量如何によっては、現在よりも劣ってしまう事も十分考えられる。この身体を得た直後が、正にその状況だった。順応するまで時間を要した。
「そうかい。剣術を会得していない私が、自らの拳を振るう事が出来れば⋯⋯この身体が妬ましい。たった十回の素振りを行うことも出来ずに脈が狂ってしまう、この脆弱な身体が⋯⋯」
普段弱みを見せない産屋敷を案じ、そっと寄り添うあまね、幼いながらに目を伏せた子供を気遣い、産屋敷は二人を安心させるように微笑んで見せた。互いが互いを気遣う、人間同士の慈しみ⋯⋯この慈愛の心は、家族だからなのか、それとも――。
「悟空、キミの言い分は十分理解したよ。正しいのだろう。けれど、キミと手合わせをする事で、力の底上げをはかれると私は考えている。どうだろうか?」
下級の鬼と何度戦ったところで、大した経験にはならなかった。巧妙になりを潜める十二鬼月と戦う機会がない以上、下弦の鬼を討てる実力を持つ柱を相手に出来るのであれば、こちらとしても魅力な提案であることは間違いない、が⋯⋯。
「鬼殺の任務よりも、ケガ人や病人の治療に比重を置いている胡蝶は、空いた時間で鍛錬や組み手をしている。他の連中は、どうなのだ?」
「隊士たちの配置転換を含めて、調整は全て私の方で行う。藤が花を咲かせる季節が近づいて来た今、鬼の活動が若干緩やかになるまたとない機会、この機会を逃す手はない。詳しいことが決まり次第、しのぶへ伝令を送る」
例のカラス――鎹烏の事か。鬼殺隊の隊士には、人の言葉を話す面妖なカラスが与えられ、産屋敷の指示や、鬼の情報の共有などに使われている。手紙以外の連絡手段が限られているこの世界では、利便性のある連絡手段。
産屋敷の提案を受け入れ、蝶屋敷へ戻ると。玄関前の掃き掃除をしていた三人娘が、玄関に向かって声をかけた。すると返事と共に、旅支度を済ませた胡蝶と、看護服を身に着けた神崎が出てきた。
「それではさっそく、指輪を探しに行きましょう。アオイ、後はお願いしますね」
「はい。あっ! そこの方、また逃げるつもりですねっ? 帝都で負傷した身体はもう、完治しているんです。機能回復訓練に戻ってください! では、お気をつけて」
神崎、三人娘に見送られ、蝶屋敷を後にして、私が倒れていたという人里離れた山中へと向かう。
「何故、歩いていく? お前の足であれば、一時間も掛からない距離なのだろう」
「いいじゃないですか、たまには。息抜きも必要です。それに、待ち合わせの時間まで少し余裕があるんですよ。えーと⋯⋯あっ」
山間の宿場町、とある屋台の前を通りかかった際、胡蝶は足を止め、飯屋の屋台の店主と少々やり取りをして、蝶屋敷から持参した小さめの鍋を差し出した。どうやら、売っている料理を持ち帰ることが可能か確認していたようだ。鍋を持って、戻って来る。
「お待たせしました。これを持って行くと、話しが円滑に進むんです。では、参りましょう。こぼれてしまわないよう、ゆっくり歩いて」
不便なものだ、いろいろと。小さな宿場町だが、不便さを感じさせないほど人々は活気に溢れている。
しかし、つくづく可笑しなものだ。あれ程嫌悪感に満ちていた感情が、今ではよほどの事が無いかぎり、いきり立たない。完全に敗北したためか、あるいは神の気を失った事で使命感と共に失ってしまったのか。どちらでもいい。私も今は、神ではなく、孫悟空という名の一人の人間なのだから。
「あ、居ましたね。お待たせしました」
宿場町を抜け、山里を越えた先の登山道の入口付近で、片身羽織の着物を身に付けた鬼殺隊の隊士が待っていた。確か名は、冨岡。雪に埋もれていた私を発見したという、鬼殺隊の柱を務める隊士の一人。
「遅い。俺は暇じゃない。夜には、任務がある」
「分かっていますよ。はい、どうぞ。お詫びの印です。夕食にどうぞ」
「何だ?」
「鮭大根です、お好きでしたよね? 奮発していただけたのはよかったんですけど、持ち運ぶのに手間取ってしまいました。あれ? 冨岡さん? 冨岡さーん、聞いてますかー?」
「⋯⋯急ぐぞ。こっちだ」
「あらあら」
受け取った鍋を抱きかかえ、早足で山道に入って行く冨岡の後を追う。雪が解け、鮮やかな萌黄色の新芽を付けた森の中を横道に逸れ、事前に草が刈り取られた道を進む。そして、やや開けた場所に出た。
「この辺りだ」
「思ったよりも草が生い茂っていますね。探しに来るのが少し遅かったかも知れませんね」
「それで、何を探すんだ?」
「指輪です。何色ですか?」
「シルバー、銀色だ」
宝石の類いは付いてなく、メビウスの輪のような装飾が施されているが、説明しても分からないだろう。到着予定時刻よりも遅れはしたが、ちょうどいいタイミングで傾き始めた太陽の日差しが広場に差し込み、茂みの中でキラリと反射するものがあった。間違いない、時の指輪。やはり、ここに落ちていた。雪に埋もれていたら見つけ出せなかった。
「見つかったか?」
「それが、探し物の指輪。不思議な模様していますね」
見つけた時の指輪を、以前と同じ右手の人差し指に嵌めた、次の瞬間――。
そうか、私は、酷い思い違いをしていた。
私は、罪を犯していた。取り返しのつかない過ちを⋯⋯何度も、何度も。
それでもまだ、ここに存在しているのならば、私は――。
使命を全うしよう。神としてではなく、鬼が蔓延る、この世界に生きる一人の人間として――。