黒衣の探求者 ~神殺しの刃~   作:黒の夢

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第九話 修正

「単刀直入に言おう。おそらく私は、鬼舞辻無惨の頸を落とせない」

 

 冷静に受け止めた産屋敷は、当然の事ながら理由を求めた。

 

「理由を教えてもらえるかな? 無論キミの力を持ってしても、そう易々と倒せるとは思ってはいない。だが、確信めいたモノがあるように感じる」

「話したところで、常人には到底理解する事は出来ない話しだ」

「そうか。常人離れした力を持つキミが言うのなら、そうなんだろうね。実のところ私も、無惨の頸は取れないのではないかと考えているんだ」

 

 自分の代で終わらせたいと意気込んでいたわりに、ずいぶんと弱気な発言と思ったのも束の間、話しには続きがあった。

 

「正確には、頸を斬り落とすだけでは倒せないのではないかと」

「お前も、何か確信を持っているようだな」

「無惨は、鬼殺隊のことを私の想像以上に脅威と感じている、そう考えると行動の本質が見えてくるんだ。十二鬼月などという配下を置いていることもね」

「ならば、せいぜい策を練ることだな」

 

 背を預けていた柱から離れ、部屋と通路を隔てる襖に手をかける。

 

「これから、どうするつもりなんだい?」

「知れたこと。成すべきことを成すまでだ。来るべき時が訪れるまで――」

 

 鬼の始祖・鬼舞辻無惨の頸は落とせずとも、持てる力を尽くさねばならない時が必ず訪れる。そうでなければ今、私がここに存在している意味がない。

 

「なるほど。次の機会を楽しみにしているよ」

 

 どこか嬉しそうに言った産屋敷の言葉に返事は返さず、部屋の襖を閉じ、屋敷を出る。外に出た時には夜空で、銀色の月と共に無数の星々が瞬いている。二年の時が経っても、自然が醸し出す美しさに変わりはない。そんな星空の下、記憶の中よりも僅かに大人びた娘――胡蝶が、待ち構えていた。

 

「お館様とのお話しはお済みになられたみたいですね。それでは、お話しの続きをしましょう」

 

 引き下がるつもりはないと見える。ひとつため息をつき、蝶屋敷へ向かいながらの会話。

 

「時間を越えて来たと言うのは、本当なのですか? 確かに、歳を重ねた様に見えませんけど⋯⋯」

「事実だ。お前は――」

「ふくよかになった、と言いたげですね」

「勝手に思考をねつ造するな。若干容姿が大人びたと感じただけだ」

「ふう⋯⋯そういうことにしておきます。実際、その通りですし。身長も、二年前と変わりません。今が、私の全盛期です。この先、今の身体を保つことは難しくなっていきます」

 

 一瞬覗かせた愁いを帯びた顔を無理矢理作り笑顔に戻し、話題を変える。

 

「屋敷に戻ったら、いの一番に謝罪をしてくださいね」

「何故だ?」

「心配させたからに決まっているじゃないですか。アオイも、カナヲも、あの子たちも必死に探し回ったんです。蝶屋敷に身を寄せている人は皆、人の死に敏感です。もちろん、私もですよ。特に私は、この件もありますから」

 

 胡蝶は、左腰に差した鞘の刀を抜いた。刀身が真っ二つに折れた物打のない特殊な刀。那田蜘蛛山の一件で竈門兄妹の妹禰豆子を、事情を知らない胡蝶が毒殺しようとした際に抜いた刀を、力加減を誤って叩き折ってしまった。その折れた刀の峰が運悪く、兄・竈門炭治郎の頭部を直撃し、そのまま気絶。今日の昼過ぎに開かれた柱合会議に、鬼の妹と共に強制出席させられ、不死川と何やら一悶着あったそうだが、二人に対する今後の扱いについては、ひとまずの決着がついたと言っていた。

 

「おかげで、刀を新しく打ち直してもらわなければなりません」

「毒に頼らず戦える様になれ」

「それを教わる前に、突然姿を消してしまったんです。責任を取ってください。夕食の後、修練をお願いします」

「私には、やらなければならない事がある。構っている暇はない」

「あらあら、女性にはもっと優しく接しないと嫌われちゃいますよ? 孫くん」

「頭に乗るな、小娘⋯⋯」

「ふふっ、それでは、少し急ぎましょう。気の鍛錬は継続していました。以前より速く――」

 

 駆け出そうとした胡蝶の肩を抱き、右手の指先を額に添える。

 

「あのー、これはいったい⋯⋯?」

「静かにしろ、気が散る。離れるな」

 

 困惑する胡蝶を後目に、蝶屋敷の住民の気配を探り出し、瞬間移動を使用。肩に抱く胡蝶もろとも、縁側に座って夜空を見上げていた娘、栗花落カナヲの近くに移動。

 

「し、師範?」

「カナヲ!? ここ、屋敷の庭? まさか今のが、宇髄さんがおっしゃっていた――」

「夜分に騒がしいですね、どなたですか! 消灯の時間は過ぎているんです、病室に戻ってくだ⋯⋯えっ?」

 

 縁側に座ったまま呆然としている栗花落も、持っていた水桶を落とした神崎もまた、記憶の中の姿よりも成長している。

 

「カナヲ、どうして教えてくれなかったの!」

「聞かれなかったから」

「知らないんだから聞ける訳ないでしょ、まったく。お二人は、夕食はお済みですか? まだでしたら、すぐにご用意します」

「じゃあ、お願――」

「止めておけ」

 

 言いかけた胡蝶の言葉を遮り、距離を取る。

 

「悲惨なことになる」

「⋯⋯お願いします。アオイ、後でいいから」

「分かりました。では私も、ご拝見させていただきます」

 

 栗花落の隣に膝をついて座り、胡蝶はやや緊張した雰囲気に滲ませ対面で向かい合う。消えてしまっていた間も、胡蝶は鍛錬を続けていたと言った。ならば、どこまで許されるか見定める。

 しかし、宣言したものの、向かい合う胡蝶の作り笑いは崩れ、緊張の面持ちをして微動だにしない。初めて組み手をした時よりも呼吸は浅く、徐々に速くなっている。額から滲んだ汗が顔の輪郭を伝い、顎の先から水滴になって零れ落ちた。

 

「胡蝶様?」

「師範が動けない」

 

 ただならぬ異変を見せる胡蝶の姿に、栗花落と神崎は困惑している。

 

「虚偽ではないか。感じ取れるようだな」

「⋯⋯は、はい。気を張っていないと、今にも倒れそうになります⋯⋯」

 

 向けていた敵意を抑える。すると、胡蝶は両膝に手を付き、肩で大きく息をして、乱れた呼吸を必死に整え始めた。悔しさを滲ませ、うつむき加減で唇を噛んでいるが、相手の力量を肌で感じ取れるようになったのは、基礎鍛練を続けてきた証拠。

 

「殺気は消してやる。息が整ったら、栗花落の刀でも借りて全力でかかってこい」

「いえ。素手でお願いします。折られてしまったら困りますから」

「まあ、いいだろう」

「行きます――」

 

 今度は、怯むことなく距離を詰めてきた。

 胡蝶の動きを観察しながら、繰り出される拳と蹴りを躱し続ける。拳を軽く握ると、危険を察知した胡蝶は大きく後方へ跳び、着地と同時に思い切り地面を踏み込んで繰り出した渾身の右の拳を振り抜いた。避けずに左の手のひらで受け止める。生身の人間としては申し分ない突進力だが、如何せん軽い。そのまま押し返す。

 

「あっ!?」

 

 簡単によろけて、バランスを崩した。

 

「単純な実力の差だけではない。今のお前は、ただ力任せに振り回しているだけだ。呼吸を使う剣術も同じか?」

「⋯⋯そうですね、安直でした。もう一度、お願いします⋯⋯!」

 

           ☆  ☆  ☆

 

「宙に浮くのは、反則だと思いますよ」

 

 神崎が用意した手ぬぐいで額の汗を拭いながら、不満混じりの苦言を漏らした。

 

「私が知るかぎり、気という概念の技を扱う方は他に存在しません。ですので、各呼吸のような育手も居ないんです」

「お前の呼吸は、独自のモノなのだろう?」

「そうですけど。大元を辿れば、水の呼吸です。水の呼吸から派生した花の呼吸、花の呼吸から派生したのが、蟲の呼吸です」

「同じことだ。気の扱いを教え、基本の気弾も見せた。後は、すべて応用。どのような形にも変化していく。発想力が問われる」

 

 気功波を夜空に向かって放つ。

 黄色掛かった閃光が夜空を照らし、やがて消え去る。

 

「あの移動、瞬間移動もですか?」

「そうだ。目標の気のありかを掴めば、距離も場所も関係なく任意に移動できる」

「その技を一番教わりたいです」

 

 鬼を探すために、と言ったところだろう。鬼は巧妙に行方を眩ます。瞬間移動ならば、姿を隠そうが関係ない。

 

「先ずは、相手の気配をより正確に感じられるようになれ」

 

 気を探れるようになったところで、鬼舞辻や、十二鬼月・上弦の鬼を捉える事は難しい。強力な鬼ほど、安易に気配を見せない。実際見つけれるのは、下級から中級の中途半端な鬼の気配ばかり。

 そもそも、瞬間移動はこの身体の細胞が記憶していた技。どのような原理で移動しているのか言葉では説明出来ない、感覚的な技。限界の壁を越えられない理由も、同じような理由なのかもしれない。中庭に出て、自問自答を行う。

 

「あの時の⋯⋯」

「悟空さん?」

 

 ――感覚を呼び起こせ。高まる高揚感の中に感じる、軽い興奮状態。頭ではなく、この身体の細胞に刻み込まれた感覚に身を任せろ。

 

「な、何ですか、地震ですかっ!?」

「地震?」

「こ、怖いですーっ」

「きゃー!」

「大変ですっ! みなさん、起きて逃げてくださーいっ!」

 

 聞こえた悲鳴に、気を抑える。同時に、大気と大地の揺れも徐々に収まっていく。

 

「大丈夫です。もう収まりましたから。さあ、もう遅いから早く寝てくださいね。カナヲは、この子たちを。アオイ、患者さんの様子を確認に行きましょう」

「はい」

 

 栗花落、神崎、三人娘は先に屋敷に戻り。胡蝶は、普段よりも笑顔を崩して確認に来る。

 

「今の地震、悟空さんが起こしたものですよね? あの時のように」

「⋯⋯今の私は、以前とどこか変化したことはあったか?」

 

 胡蝶の答えは――。

 

「いいえ。ですが、二年前以上の威圧感を放っていました」

「そうか」

 

 身体に刻み込まれた記憶に身を任せるだけでは足りないか。

 しかし、方向性は間違っていないはず。後は、何かきっかけがあれば目覚める。その域までは来ていることは間違いない。

 

「さあ、休んでください。また明日、手合わせをお願いします」

 

 静けさが戻った夜空を見上げた後、蝶屋敷に戻る。

 ――今はまだ、これでいい。何より収穫があった。

 那田蜘蛛山で下弦の伍の頸に刃を振るった時とは違い、胡蝶との手合わせでは⋯⋯修正は行われなかった。

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