□【魔術師】アリシア・ノイモント
これは少し当てが外れたかもとアリシアは思った。
<墓標迷宮>
ゾンビ・スケルトン・ゾンビ・ゾンビ・ゴースト・スケルトン・ゾンビ・ゾンビ
次々と現れるモンスターを《ファイアーボール》で倒していく。
アンデッドは【魔術師】にとっては相性が良い。
ゾンビやスケルトンには火属性がよく効くし、物理攻撃では倒せないゴーストも魔法であれば倒すのもそう難しくはない。
しかし、
「【拳士】のレベリングはどうしようかな」
【拳士】ではゴーストを倒せそうにない。
ゾンビは別の意味で素手では倒せそうにない。
効率が悪くてもフィールドの方にも向かうしかないかなとアリシア思い始めていた。
◇
8月15日
<Infinite Dendrogram>ゲーム機本体がいよいよ販売再開された。
初出荷分を購入できなかったものたちはこの機会を狙い、購入するために奔走していた。
そしてデンドロ内ではプレイヤー数の増加に合わせて初めてのイベントが開かれることになる。
スタートダッシュイベント
スタート地点周辺のエリアに初心者用モンスターが大量に現れるようになります。
効率良くレベリングし、いち早く初心者を脱しましょう。
あからさまなテコ入れである。
運営としても多くのマスターがなかなか初心者エリアから抜け出せない状況は苦々しく感じていたのだろう。
そしてこれは、【拳士】でのレベリングに困っていたアリシアにとっても都合が良かった。
◇
□【拳士】アリシア・ノイモント
イベントということでいつもと予定を変更して、朝からアリシアはデンドロにログインしていた。
フィールドに次々と現れる【リトルゴブリン】や【パシラビット】を殴って倒していく。
初めはかわいいと感じて殴るのに抵抗があったウサギも、牙を剥き出しに襲ってくればそういった感情もすぐに無くなる。
武器を持てない代わりに以前【墓標迷宮探索許可証】を購入した骨董屋でSTR上昇のアクセサリを購入している。
そのためか、思った以上に容易にモンスターを倒していくことができていた。
(素手で殴って倒すのにも慣れてきたな)
初めは正しい殴り方すら分からなかったアリシアだが、《体術》のスキルを覚えると次第に動きの最適化ができるようになっていた。
ときどきジョブにも就かずに戦っている<マスター>に遭遇すると街でジョブに就くようにアドバイスをしながら、レベリングを行う。
まだそれほど多くは無いが、現実世界で午後以降、デンドロ内では明日以降は新規の<マスター>が急激に増えるはずだ。
それまでの間に初心者エリアを抜けても大丈夫だと自信を持って言えるだけの技術は身に着けておきたかった。
その日は丸一日をかけてレベリングを行い、レベル20を超えることができた。
◇
翌日は少し遠出を行うことにした。
ついでに冒険者ギルドに赴き、ギルドクエストを受けてみる。
そういえば冒険者ギルドに来るのは初めてである。
冒険者ギルドは討伐、護衛、収集、雑事など多岐にわたる依頼の斡旋所だ。
もっとも定番もののように依頼書が壁に貼り付けられているわけではなく、クエストカタログにまとめられている。
いろいろなクエストがあるが無難なので言えばこの辺りだろう。
【難易度二【討伐依頼ー【ゴブリン】】
少し数は多めであるが、ファンタジーの定番とも言えるこのモンスターはそれほど強くはない。
もっとも一部には【ゴブリン・キング】のように強力な個体も存在するそうだが。
なお、討伐依頼には【リトルゴブリン】は含まれないそうだ。
当然と言えば当然であるが。
逆に【ゴブリン・ウォーリアー】や【ゴブリン・アーチャー】などの上位種は含めても良いらしい。
東門を抜けて<イースター平原>のフィールドに出ると数多くの<マスター>達がそこかしこで戦っているのが見える。
アリシアは彼らの邪魔をしないように街道沿いを東に駆けて行った。
目標はアジャニ伯爵領との中間辺りにある山岳地帯。
冒険者ギルドで聞いた話によれば、そのふもとにある洞穴に【ゴブリン】が住みついているのが確認されているらしい。
◇
洞穴の入口に【ゴブリン】が2体見張りに立っている。
(できれば音を立てさせずに倒したいところだけど・・・)
無音で歩くことはできる。
《フットワーク》を上手く使用すれば、そのようなことも可能になった。
ただ、それでは音を立てないだけで姿を見られないようにすることはできない。
アリシアは別に自身を《隠蔽》できるスキルは持っていない。
(となると、奇襲か釣り出しだけど)
どちらも賭けにはなる。
奇襲を行うのであれば、声を上げられる前に倒せるか。
釣り出しであれば、あまり警戒を与えすぎないように行えるかだが。
(まあ、どう考えても奇襲は無理よね)
1体であれば可能かも知れない。
だが、2体となるとまず無理だろう。
となると釣り出す方法だが......いや。
どうせひと昔前の創作物のように中で女性が囚われているとかではないのだ。
となればいっそのこと......
◇
洞穴の周辺から煙で燻す。
それがアリシアの立てた作戦であった。
見張りのうち片方が慌てて内部へと警告に行ったスキにもう片方を倒した。
その後ゴブリン達が出てくる前に洞穴の中も煙で充満させていった。
そうして明かりもないまま洞穴の中入っていく。
内部から慌ててゴブリン達が出ようとするが、光の入らない洞穴の中でさらに煙がある状況では視界がほとんど効かない。
一方、アリシアは自身の<エンブリオ>のスキルにより、視界が効かない状況でも周囲が把握できる。
アリシアは順調にゴブリン達を倒していった。
(あきらかに格が違うのが1体いる・・・)
暗闇の中で順調にゴブリンを倒していったが、当然すり抜けて入口に向かう個体も現れてくる。
そんな中のうちの1体にあきらかに強力な個体が含まれていた。
【ゴブリン・ウォーリアー】や【ゴブリン・アーチャー】と比較しても頭がひとつ抜けているその個体名は【ハイゴブリン・チャンピオン】。
各物理ステータスがそれぞれ1000を超えた亜竜級モンスターであった。
洞穴の中の敵をあらかた片づけた後、入口に向かうと4体のゴブリンが待っていた。
「グギャギャギャ」
残念ながら《魔物言語》はまだ習得していない。
ただ、怒っていることはその様子からわかった。
(まあ、イキナリ住処を襲われたら当然よね)
【ハイゴブリン・チャンピオン】に常に注意をはらい、対峙しながら周囲も警戒しておく。
こういう時に周囲のことがわかるスキルは便利だ。
合計レベルが高めとは言えアリシアのHPもENDもそれほど高くはない。
【ハイゴブリン・チャンピオン】の攻撃をそう何度も受けることはできないだろう。
攻撃力の方もそう高くはないのだが、一応倒す方法の当ては持っていた。
一方、相手の狙いは分かりやすい。
3体のゴブリンがアリシアの足止めを狙い、その隙を【ハイゴブリン・チャンピオン】が攻撃するのだろう。
それはわかっているのだが下手な反撃を恐れているのかゴブリンが接近してくることはなかった。
アリシアもできれば待ち構えて相手の動きに合わせて攻撃したかったのだが
(時間をかけると常時MPを消費するこちらが不利)
相手にそれが分かっているとは思えないが、状況は膠着状態へと陥っていた。
まだまだMPには余裕があったが、かといってのんびりと構えているわけにもいかない。
自身の<エンブリオ>の特性を考えると相手の動きに合わせてカウンターを決めるのが良いものだと思っていたが、今のままではそれは無理だろう。
となると......
(仕方ないか・・・)
方針を変えたアリシアは勢いよく全力で【ハイゴブリン・チャンピオン】へと近づく。
一瞬意表をつかれた【ハイゴブリン・チャンピオン】は慌てて攻撃を繰り出すが、アリシアはそれを紙一重で躱しながら顔面へと一撃を叩きこんだ。
《クロスカウンター》。
相手の攻撃に合わせて攻撃するときに、自身の攻撃力に相手の攻撃力を上乗せすることができるスキルである。
防御力がアリシアの攻撃力を上回っている【ハイゴブリン・チャンピオン】だが、自身の攻撃力を上乗せされたこれにはまともにダメージが入り、堪らず距離を取る。
そのスキに、アリシアはすかさず反転し3体のゴブリンを倒しに向かった。
相手がただのゴブリンだけであれば、対して手間取ることもなく倒すことができる。
こうして【ハイゴブリン・チャンピオン】と1対1の状況を作ることはできた。
「グギャギャ」
だが、【ハイゴブリン・チャンピオン】は笑う。
先ほどは不意を突かれてダメージを受けた。
だが、《クロスカウンター》でさえ、そこまで大きなダメージを与えたとは言えない。
今のやり取りでそれがわかった【ハイゴブリン・チャンピオン】はむしろ余裕ができていた。
相手にはたいした攻撃力はない。
《クロスカウンター》は気を付けるべきだが、それを受けたとしてもHPにはまだまだ余裕がある。
であれば、数発攻撃を受けることを覚悟の上で捕まえてしまえばロクにスキルを使わせる暇もなく一気に倒すことができるだろう。
そう考えて今度は【ハイゴブリン・チャンピオン】の方から攻勢に出た。
そうして《クロスカウンター》に気を付けつつもアリシアに近づいたそのとき
「《ファイアーボール》」
目の前に炎が炸裂した。
そう、《クロスカウンター》ではなくこちらがアリシアの切り札。
ラキトスが言っていたようにスキルが使えなくても自身の才覚で魔法を使うことは可能である。
まだまだ練習不足であり発動には時間がかかるし、形は綺麗な球形を維持できず、真っすぐ飛ばすこともできてはいないが、発動するだけであれば今のアリシアでもできるようになっていた。
動き回る相手に当てるのは困難ではあるが、相手の動きさえ予測がつけばそこに置くことはできる。
とは言え所詮は《ファイアーボール》であり、亜竜級モンスターを倒せるほどではないのだが
「グギャギャ、ゲギャギャギャ」
目を直接焼かれれば完全に失明してしまい、【ハイゴブリン・チャンピオン】は動けなくなっていた。
「《アクアバレット》」
そこを口の中へ水の魔法を叩き込み窒息させる。
「ゴボボボボ」
「《アクアバレット》《アクアバレット》《アクアバレット》」
弾バレットというには不格好なそれだが、ダメージを与えるのではなく呼吸を阻害するには十分なものであり、常に水を補充するように繰り返し放つことで完全に窒息させた。
そうして【ハイゴブリン・チャンピオン】は陸上で溺れ死んだのであった。
「ふぅ・・・」
地面にドロップした【上位小鬼代闘士の宝櫃】を拾いながら、一息つく。
どうやら、【ハイゴブリン・チャンピオン】はボスモンスターであったらしい。
思わぬ強敵と戦うことになったが、それでも倒すことができた。
また、その過程で得られたものも大きい。
相手の動きを把握できる<エンブリオ>を有しているからからと言って後の先にこだわる必要はないのだ。
今回は初めから狙ったわけではないが、自分が先に動くことで相手がそれに合わせてきた。
そうすると逆に相手が次にどう動くのかなんとなくわかった。
つまりは単純に相手がどう動くかを読むだけではなく、相手をどう動かせば良いかを考える。
戦いにおいてはそれがより重要になってくるのだろう。
おそらくは武術において演武のような形があることも、フェイントという技術があることもここにつながるのではないか。
ボスモンスターからはそれほどの経験値が得られることはなかったが、そのことがわかった今回の戦いはレベリング以上の意味合いがある経験が得られたのであった。
戦闘描写って難しい。
捏造設定
【ハイゴブリン・チャンピオン】
亜竜級ボスモンスター。
ここで言うチャンピオンは王者ではなく代闘士。
「先生お願いします」「どうれ、任せろ」というやり取りがあるとかないとか。
なお【上位小鬼代闘士の宝櫃】からは【上位小鬼代闘士の腰帯・ネイティブ】が得られた模様。
装備条件は合計レベル200以上。
効果はシンプルに各物理ステータスの固定値上昇。
《体術》
素手での攻撃の仕方がわかる【拳士】系統のセンススキル。
【剣士】の《剣術》、【槍士】の《槍術》のようなもの。
《クロスカウンター》
攻撃に相手の攻撃力を上乗せする【拳士】のスキル。
ボクシングで言うと腕が交差する形のものを言うらしいが、ここでは攻撃に合わせればそれでよく、極論相手が素手で無くてもよい。