「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」
気がつくと書斎のような部屋に居て、ベストを来たかわいい猫が椅子から二足で立ちあがり、語りかけてきた。
「・・・ここがチュートリアルですか?」
「正確にはちょっと違うけど大体合ってるよー。
ここで色々設定してもらってから<Infinite Dendrogram>に入ってもらうんだー。
あ、僕は管理AI13号のチェシャだよー。よろしくねー」
「・・・不思議の国のアリス?」
「そうだよー。趣味で各管理AIにコードネームが付けられているだけー」
であれば、管理AIには白うさぎとかもいるのだろうか。
「まずは視覚設定から入ろうかー」
そんな想像をしている間にも話は進んでいた。
リアル、CG、アニメーションから視点を選べるようだが。
「じゃあリアルでお願いします」
「プレイヤーネームは何にするー?」
「アリシアで」
あらかじめ決めておいた名前を選択する。
「その名前はすでに使われているけど、どうするー?別に同じ名前でもできなくはないけどー」
(ありふれた名前だから、そりゃ使われているよね)
「・・・なら、苗字を設定することはできますか?」
「可能だよー。というか、そういう人も多いねー」
「なら苗字をつけてアリシア・ノイモントにしてください」
日富を裏返して新月。それをドイツ語読みしただけである。
安直とも言えるが、この程度の捻りでもさすがに本名を連想することはできないだろう。
「了解ー。じゃあ、次に自分のゲーム内でのアバターを作ってね。
あ、性別を変えたり動物型にもできるよー」
かなり自由度が高くアバターの容姿を決められるようだが、創作物の定番としてはあまり自身からかけ離れた体形にすると身体を動かすのにも苦労していたはずだ。
まあ、大抵はそれを乗り越えて無双するようになったりもするのだが。
だが、ここは自分の体格を基本にすれば良いだろう。胸を大きくするという誘惑にもかられたが。
ただ、ネットリテラシーとして顔だけは変えておく。
ともすればキツイ印象を与えがちなリアルの容姿をもっと柔和にし、髪もショートからセミロング程度に伸ばすと、ほぼ完全に別人だ。
後は髪と瞳をブラウンに変更すれば終了である。
「じゃあ、これでお願いします」
「了解ー。次は初期装備を決めてねー」
いろいろな民族衣装などもあるが、とりあえず無難に長袖のシャツとロングパンツを選択する。
もし野外で活動をするとなると足などの素肌はあまり晒さない方が良いと考えた。
「初期武器は何にするー」
「・・・ナイフを」
武器としてはリーチが心もとないが、取り回しが良いし、武器以外の用途でも活用できるだろう。
「っと、そうそうアイテムボックスと初期用費用を渡しておくねー」
鞄と銀貨5枚が渡される。どうやら、鞄は見た目の容量を超えて収納できるらしい。
「それじゃあ<エンブリオ>を移植するねー。説明はいるー?」
「お願いします」
「オッケー。移植された<エンブリオ>は、願望・悩み・人格・行動パターンなどを反映して持ち主に合わせて進化していくよー」
ただし、その中でも大枠のカテゴリーがあり
武器や防具、道具型のTYPE:アームズ
モンスター型のTYPE:ガードナー
乗り物型のTYPE:チャリオッツ
建物型のTYPE:キャッスル
結界型のTYPE:テリトリー
などに分類されるらしい。
「人によってはこれら以外のレアカテゴリーになることもあるけどー」
「なるほど」
「どんな<エンブリオ>になっても本人のパーソナルデータを読み取ったものだから、結局納得することが多いねー。
っと説明をしている間に移植完了だよー」
「ありがとうございます」
「最後に所属する国を決めてねー」
机の上に地図が広げられると、光の柱が立ち上り、各国の様子が映し出されている。
「この光の柱が立ち上っている国が初期に所属可能な国だよー」
それぞれの光の柱の周囲には、国の名前や説明が光の文字となって浮かんでいる。
(なるほど。情報が錯綜していたのは、選んだスタート地点により環境が大きく変わるためでもあるのね。
・・・どの国も面白そうで目移りしてしまうな。)
「これって各国が同じ地図の上にあるけど、別の国への移動は可能なのですか?」
「大丈夫だよー。もっとも初めは移動するのはすごく難しいと思うけど―」
「ありがとうございます。なら初めの所属国はアルター王国でお願いします」
「オッケー。ちなみにどうしてその国を選んだのか聞いてもー?」
「どの国も面白そうだったから・・・
一番初めに目に付いた国にしました」
「なるほどー。じゃあさっそくアルター王国の王都アルテアに飛ばすねー」
「あ、ちょっと待ってください」
「んー?」
「ゲームを始めたらもうこの部屋には戻れないのですよね」
「そうだねー」
「なら、もう少しこの部屋に居ても良いでしょうか?
本棚の本も気になるし、机の上の道具も知らないのが多いので、いろいろと調べてみたいのですが・・・」
そう言うと同時に左手の<エンブリオ>が光を放ち......消えた後には立方体のような紋章に変わっていた。
「え?」
「あ、他のプレイヤーの案内もしないといけないから、チュートリアルはここまでだよー。アルター王国に飛ばすねー」
その言葉と同時にそれまで居た書斎は消え去り、気が付くと空中を落下していた。
「え?ええぇぇぇ?」
焦っている間にも地上が近づいてくる。
(落ち着いて・・・。確か高所からの着地のときには五点接地で・・・)
つま先から転がりながら衝撃を逃がそうとしたが
(あれ?)
実際には大した衝撃も無く、ただ着地後に地面を一回転しただけであった。
(まあ、開始から死ぬようなことはしないわよね)
すこしバクバク言う心臓を押さえつける。
(ん?アバターの心臓が暴れている?)
リアリティを求めるための設定と言ってしまえばそれまでだが......。
(そういえば、<エンブリオ>も孵化したんだっけ?他にもいろいろと調べてみることが多そうだな)
そうして、アリシアは初めてのゲームを開始した。
◇◆◇
□■???
「ビックリしたなー。まさかゲーム開始前に<エンブリオ>が孵化するなんて。」
アリシアを投下した後チェシャは独り言つ。
たしかに移植した後であればいつ孵化してもおかしくはない。
だが、ほとんどの人間は孵化には1日前後かかるはずだ。
まだそこまでログインしたプレイヤーが多いわけではないが、チュートリアル中に孵化するのはかなり異例だと思われる。
そしてあの状況での孵化を考えると
「ほぼ間違いなく何かを調べるための<エンブリオ>。
それでこの部屋をあまり調べられても困るんだよねー。」
<Infinite Dendrogram>とは別の空間に作られたこの場所はいろいろと機密事項に繋がりかねない情報も隠れている。
本人が言うような本や机の上を調べられた程度ではなんともないが、万が一ということもあり得る。
「あ。いつもの台詞を言うのを忘れてたー。まあ、いいやー。
ようこそ<Infinite Dendrogram>へ。
君のような子が<超級>まで進化するのを期待しているよ」
チェシャはそのまま別のプレイヤーの対応にその演算能力を移すことにした。
スタート地点からサバイバルをすることも想定している辺り、今まで読んだ創作物に思考が毒されている気がする。
ゲーム開始前に<エンブリオ>が孵化したことには大した意味はありません。
あくまで特別感を出すためのフレーバーみたいなものです。