□【賢人】クラシス・リール
この世界に<マスター>達が急増してから一月以上が経過した。
ジョブにも就かずモンスターへ向かっていき死亡するもの、道端で突如として奇声を上げるものなど、奇行が目立つ<マスター>達ではあるが、クラシスがこれから向かう図書館で会うであろう<マスター>もかなり変わっていると言える。
図書館、正確には王立学術院付属図書館。
学問系ジョブを統括するギルドに相当する学術院における知識の宝庫と呼ぶべき場所であり、王国誕生から集め続けた莫大な学問資料が収められている。
その他にも様々な物語も集まっており、利用には一定料金がかかるが一般公開もされている。
さらに追加料金を支払うことで貸し出しも認められており、学者の多くが自身の研究室へと借りにくる。
「こんにちは、アリシア」
受付で本を読んでいる少女に声をかける。
《速読》や《高速思索》を併用して使用しているのだろうが、それでもページをめくる勢いが尋常ではない。
(というか、仮にも受付なのに自分が本を読んでいていいのだろうか・・・)
「あ。いらっしゃいませ、クラシスさん」
「先生に頼まれた本があるのだけど、少し探して貰えるかな。これがリストだよ」
「あ。はい。見せていただきますね。・・・公開書架では見覚えがないですね。
書庫の方にないか確認してきますので少々お待ちください。
・・・すみませーん」
受付を他の者に代わり奥へと入っていく彼女が件の<マスター>である。
この世界へとやってきて初めに図書館へとやってきたとき、利用にお金がかかることがわかると【司書】となって働きながら蔵書を読み漁ることにしたらしい。
その後図書館を利用しに来た師である【賢王】や【数学王】、【大博物学者】ら学術院の重鎮と知己を結び、それぞれの研究室へと頻繁に訪れるようになった。
確かに<マスター>だけが持つという彼女の<エンブリオ>の固有スキルは多くの学者達にとって喉から手が出るほど欲するものであり、その能力を遺憾なく発揮している彼女が彼らに好かれるのは時間の問題ではあったが、変わり者の多いことで知られる彼らにわずかな間でここまで馴染むのは驚きである。
おそらくは類は友を呼ぶという奴であろう。
しかし、あっさりと書庫に探しに行ったものである。
(公開書架だけでもかなりの量があるけど、もう覚えたのだろうか)
受付としての態度はいかがなのものかと思うところもあるが、かなり優秀なのは間違いがない。
【賢人】であれば、全てを記憶するスキルがあるが彼女はまだ下級職である。
しばらくするとアリシアが数冊の本を手に戻ってくる。
「こちらがリストの本になります。
すべて貸し出しですと1000リルになります」
「じゃあそれでお願いするよ。
今日も先生のところに来るのかな」
「はい。もうすぐクエストで受けた時間が終わりますので、そうしたら学術院に寄ってから伺わせていただきますね」
そう言って別れると、また本を読んでいた。
◇
「先生。ただいま戻りました」
研究室へと戻り自身の師である【賢王】カドモス・アイレスへと挨拶する。
「おう、おかえり。で、彼女は今日も居たかの」
「ええ。後でこっちに来ると言っていましたよ。
というか、様子が気になるなら先生自身が行ったらいいじゃないですか」
「まあ、やっておきたいことがあってな。
ジョブクエストも発注しておいたから楽しみじゃな」
この世界へに急激に<マスター>が増え始めてから、この師は<マスター>のことを研究することにしたらしく、話を聞くために頻繁に学術院からジョブクエストを発行している。
と言っても、これを受けるのはいつも同じ人物なのだが。
学者系統には様々な分野のあるが、その中に<マスター>のことに関する研究分野は存在しない。
そのため、各分野のスペシャリストではなくあらゆる分野に対応した【賢人】系統の頂点に立つ【賢王】がこれを調べるのは必然であったとも言える。
「いやぁ、楽しみじゃな」
ただ、それを待っている態度は学術院のトップには見えず、まるで子供のようであった。
◇
「こんにちは。ジョブクエストを受けて来たのですが」
そうこうしているうちに、アリシアがやってくる。
「おお、来たか。待っておったよ」
あるいは孫に会うのを楽しみにしていた祖父のようにも見える。
「では、早速死ぬところを見せてくれるか」
「ブッーー」
イキナリのことに思わず吹きだしてしまった。
「やだ。クラシスさん汚いですよ」
「何をやっとるんじゃ」
「え、今の僕が悪いんですか?」
前言撤回である。祖父は孫に自害を強請ったりはしない。
「いやいやいやいや。いったい何を要求しているんですか」
「しかし、話によれば<マスター>は不死身の存在で、死んだとしても数日後にはまた戻ってくるそうじゃないか。
であれば、その現象がどのように起こるのかを知りたいと思うのは、学者として当然の欲求じゃよ」
「学者としての欲求はともかく、人として絶対にダメな要求ですよね」
「おお、上手く韻を踏んでおるな」
「流石ティアンの身で【賢人】に至るだけはありますね」
あらゆるジョブに就く万能の適性を有している<マスター>と違い、ティアンにはそれぞれ限界レベルがあり、さらに就けるジョブが各自によって異なる。
そのため、【賢人】に就くためには複数の学者系統に適性を持った上でさらに【賢人】にも適性が無ければならず、必然ティアンでの成り手は他の学者系統と比べて格段に少ない。
その【賢人】に就いているクラシスはある意味エリートとも言えるのだが。
「優秀な弟子を持っててワシは幸せじゃよ」
自身をはるかに上回る天才に褒められても皮肉でしかない。
「まあ、それはさておき、クエストの難易度も高めでしたから経験値報酬も期待できますし、私も死んだ経験は無いのでどうなるのかについては興味がありますので丁度良いです。
今日は長く死を体験するために【死兵】にも就いてきましたし」
「うむ。そこで好きに転職できるのは素直に羨ましい限りじゃよ」
それについてはクラシスも同感である。
先ほどはエリートだと言ったが、それでもクラシスの才能は合計レベル450で頭打ちになってしまった。
そのため合計500レベルを学者系統で埋める必要がある【賢王】に就くことはできない。
このまま【賢王】の座が空位になれば、おそらくはこの妹弟子がその座に就くことになるだろう。
「では、ワシは【魔法カメラ】の準備をしてくるぞ。
いやぁ、楽しみじゃのぅ」
この爺はあと10年は殺しても死なないだろうが。
「あ、私も少し向こうで準備してきます」
そう言ってアリシアが消える。
なんでもこちらの世界で死ぬことであちらの世界の自分がどうなるのかを調べたいらしい。
◇
「お待たせしました。
それでどのように死にましょうか」
「ここはオーソドックスに自身の胸を刺すのが良いんじゃないかの」
オーソドックスな死に方とはなんだろう。
「わかりました。初期武器の最初の使い道がコレになるとは考えもしませんでしたが。
あ、胸を刺すのは別に良いのですが」
良いとも思えないが。
「かなり血が飛び散ると思いますが、この部屋でやるとかなり汚れてしまうのではないでしょうか」
「その辺りは対策を練ってあるから心配は要らん。
<マスター>は死ねば一度消えるそうじゃが、そのとき飛び散った血がどのようになるのかも確認したいのじゃよ」
「なるほど。それでこの死に方なのですね。
では早速・・・確か真っすぐ刺すと肋骨が邪魔になるから下から・・・」
先ほどまで威勢よく死のうとしていたアリシアの動きが止まる。
やはりなんだかんだで怖いのだろう。
「・・・こちらは準備ができているから、いつでも構わんぞ」
「・・・・・・ふぅ。・・・ふぅ。・・・えい」
掛け声と同時にアリシアが勢いよく胸を刺す。
「あううぅ・・・。ぎぃ・・・」
ひどく痛そうだが、<マスター>とは痛覚を遮断できるのではなかっただろうか。
「まさか痛覚を入れているのか?」
そのまさかである。
死を体感できる機会などそうはないため、アリシアは痛覚をオンにしていた。が、
「え・・・。うぅ・・・」
想像以上の強烈な痛みに全ての神経が支配されてしまい、何もできなくなった。
自分の意志とは別に身体は丸まり、自分の意志で動かすことができない。
「先生。これ大丈夫なんですか?」
「黙って見ておれ」
おまけに【内臓損傷】と【失血】によってHPが全て失われた後も【死兵】のスキル《ラスト・コマンド》により苦しみが続く。
痛覚をオフに戻すこともできず、アリシアは若干後悔していた。
やがて《ラスト・コマンド》の効果も切れ、身体が完全に動かなくなった後数秒が経過してからアリシアの身体は光の塵となり、その後には少量の金貨銀貨とアイテムが残されていた。
「・・・なんだか思っていたのと少し違いましたね。
もっと<マスター>と言うのは大して苦しまずに軽い感じで死ぬのかと思っていました」
ジョブにも就かずにモンスターに殺されに行く<マスター>が多かったのも有名な話だ。
「うむ。じゃが、良いデータが取れたぞ」
「・・・もうこういった依頼はやめましょうね」
「わかっておる。
アリシアのおかげで十分なデータが取れたから、しばらくは要らんじゃろ」
この爺、たぶんわかっていない。
捏造設定
王立
王国にある学問を統括する場所
学者系統のギルドを兼ねている
教育も行っており、貴族学校などもここの管轄である
この物語で学園編が始まったりはしないが
【
複数学者系統複合上級職
転職条件:
①3種の学者系統のカンスト
②3報の論文の受理
③3人の学術院重鎮の推薦
ジョブスキル:
《
自身の得た知識を完全に記憶・検索・想起する。
辞典の名前からわかるようにどちらかと言えば覚えるためのスキルではなく、すでに得た知識を検索・想起するためのスキルである。
思い出すのにはこのスキルを使用する必要があるが、覚えるときにはこのスキルが使用できない状況であっても問題ない。
備考:転職条件①は【哲学者】【大哲学者】のように同一系統の下級職・上級職を取っていても1種としてカウントする。
分析・観察するための魔法装置を使うためにMPが、スキルで探知・解析するためにSPが、思考速度を上げるためにAGIが若干高めという設定。
当然ステータス特化型ジョブに比べると低いが。
【
賢人系統超級職
備考:転職条件の一つに学者系統で合計レベル500分以上を埋めるというものがある。
しかし、実は超級職が含まれても構わないため、限界レベルが500で無いティアンであっても満たすことができる。
というか、歴代の【賢王】の中にはそうやって条件を満たしたものも多い。
ただし、転職クエストで多分野の知識が求められるため、1分野特化のティアンだと就くのが難しい。