キングヘイローまとめ   作:瑞穂国

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十一話です。
イベントの無料配布用に用意したお話です。
時期的に近かったのでクリスマスのお話となりました。


駅に流れるクリスマスイブ

――窓際に飾られたクリスマスツリーに、白銀の煌めきが重なる夜になった。

 

 

 

 ふと顔を上げてみると、日も落ちて幾ばくかの時間が経った駅の改札には、私と同じようにして立っている人影がちらほらと見受けられた。ある人はスマホの画面を気にして、ある人はしきりに腕時計を確認し、またある人は窓の向こうに雪降る空を眺めている。雑踏に紛れるその姿はバラバラだけれど、不思議と私と同じ目的なのだとわかった。だって、全員が全員、どこかソワソワと落ち着きなく、電車が到着するたびに改札口へ目を向けていたのだから。

 息を吐くと、薄っすら白い靄になって冬の空気へ溶けていく。丁度、目の前を小さな子供さんが改札口へ駆けて行った。その後にお婆さまと思しき女性が続いて、子供さんを追い駆ける。人の波をものともせず、元気よく俊敏に駆けて行った小さな影は、やがて勢いそのままに改札から出てきたばかりの女性に飛びついた。笑顔で子供さんを抱き留めたのは、どうやらお母さまらしかった。「ママおかえり!」という元気な声が人波の合間を縫ってこちらまで届く。ケーキの相談をしながら仲良く手を繋いで歩く姿に、自然と私の心まで温かくなった気がした。

 その時、新たなメッセージの着信を報せてポケットのスマホが鳴る。送り主に心当たりのある私は、首に巻いたマフラーへ溜め息を吐き出しながらスマホを取り出した。手袋を外して画面のロックを解除すると、見覚えのあるアイコンからウマインにメッセージが届いていた。トーク画面を開く。

 

『メリークリスマス』

 

 一日早いそのメッセージを表示すると、ウマインの粋な計らいでトーク背景に雪が降った。

 しばらく、他愛もないやり取りを繰り返す。最後にサンタのスタンプを送る頃には、すっかり手がかじかんでしまった。折角の手袋もこれでは意味がない。真っ白な息を吹きかけて指先を暖め、数度手のひらを擦る。一瞬温かくなったうちに素早く手袋をはめた。でも結局寒くて、私はもう一度、合わせた手のひらの内に息を吹いた。

 改札から溢れ出てくる人だかりに探している顔が見つからないと、私はやることもなくて空ばかり見つめた。降り始めた雪は強くなる一方だ。もしかすると、明日には積もってしまうかもしれない。元々トレーニングはオフだからいいけれど、有マ記念に出走する子たちにとっては悩ましいところだろう。

 ……また、レースのことを考えている。思わず自分で自分に苦笑い。もうこれは職業病と言えるかもしれない。こういう日ぐらい、少しロマンチックなことを考えつかないものだろうか。

 唇の合間から漏れた息が、また白くなった。首元が寒い気がして、巻いたマフラーに口元を埋める。遠くに聞こえるクリスマスソングを、ほんのちょっとだけ口ずさんだ。マフラーの中が一瞬だけライブ会場になる。

 歌詞がうろ覚えになったところでもう一度目線を窓へ向けた。外の様子に、あまり変化はないように見えた。蒼を極限まで濃くしたような夜空から、ふわふわと白いものが舞い降り続けている。思えば、子供の頃はそれだけで大はしゃぎしていた。雪が降った日は、決まってお母さまが家で仕事をしていたからだ。だから夜空に雪がちらつき始めると、いつもウキウキしながらお母さまの帰りを待っていた。

 今も、あの頃と同じかそれ以上に、不思議と胸を躍らせて人を待っている。

 

「……キングを待たせるなんて、いい御身分ね」

 

 ぽつりと呟いた言葉の最後が、微かに笑って冬の空気に溶けていった。何をするでもなく、手持無沙汰に、ふと辺りをぼんやり眺めながら人を待つ。たったそれだけのことが楽しくて堪らない。こういうことが最近はなかったからだろうか。寒い風が吹いても大して気にならなかった。

 ……一体、彼はどんな反応をするだろうか。驚くだろうか。微笑むだろうか。お土産を用意しているだろうか。「メリークリスマス」と言ってくれるだろうか。もしかして、その全部だろうか。改札口を見つめるたび、そんなことばかりを考えた。そして考えれば考えるほど、霜焼け気味の頬が緩んだ。誰にも見られないのをいいことに、マフラーの内で何度もにやけた。無性にくすぐったくてパタパタとブーツで足踏みする。その音色が我ながら愉快だった。

 浮かれている。その自覚はある。でも、それはもう今日という日のせいにしておいた。今日という日に街中に溢れるメロディーのせいにした。今日という日に心弾ませる人々のせいにした。今日という一年に一度の素敵な夜が私を浮かれさせるのだと、そう思うことにした。

――やがて、ホームへ電車がやって来る。それから少しのタイムラグがあって、ぞろぞろと人が改札口へ現れた。流れの邪魔にならない位置から私は降車客の顔を窺う。私と同じようにしている人が、やっぱりちらほらと数組ほどいた。

 改札から出てきた彼氏を、鼻先を赤くして笑う彼女が出迎える。お揃いの手袋が暖かさを求めるように重なるのを見届けた時だ。

 

「――キング?」

 

 私の名前を呼ぶ人がいた。

 自動改札機にウマモをタッチして出てきたやや赤い顔は、私を見つめてどこか間の抜けた表情をしていた。厚手のコートにマフラーという、私と同じ完全防備のせいか、普段よりいくらか膨れて見える。色合いもあって、どことなく子供のペンギンみたいだなと思うと、少し可笑しかった。

 歩調を早めてこちらへやって来るトレーナーの方へ、私も二歩三歩と歩み寄る。浮かれた笑みをもう一度だけマフラーの内に零して、それから彼の前に立った。研修という名のクリスマスプレゼントを受け取ったばかりの彼は、瞳の内にクリスマスカラーを揺らして私を見つめる。

 

「キングが出迎えてあげたのよ。もっと喜びなさいな」

「……それはもちろん、嬉しいけど。それ以上に驚いた。待ってるなんて聞いてなかったから」

「だって言ってないもの」

 

 種明かしをしてしまうと簡単なことだ。二時間ほど前、今日のトレーニングを済ませて、後輩たちとミーティングもして、渡されたメニューを全て終えた私は、彼にそれを報告した。そして私の報告に対して、彼は「お疲れ様」と「こっちはあと一時間で終わる」と返事を寄越したのだ。

 彼としては、単に事務的に、いつも通りの返事をしただけだったんだろう。私もそれをわかっていたし、最初は「気をつけて帰っていらっしゃい」とだけ返事を送るつもりだった。でも、送信ボタンをタップする直前にふと思ったのだ。会いたいな、と。

 そう思うと、途端にいてもたってもいられなくて、私は手早く着替え、コートとマフラーを掴み、門限の延長申請をしてブーツに足を通していた。そうして、学園の最寄り駅に一人立ち、彼を待っていたのだ。

 ……まあ、でも。ここまでの顛末は、今はいい。

 

「折角のクリスマスイブだし、あなたの顔でも見とこうと思ったのよ」

 

 経緯を語るなんて野暮なことはせず、私はそれだけを彼に告げた。彼は驚いた様子で目を見開く。開きかけの唇から、今しも「どうして」とさらに問いかけが零れそうだ。でも、私はそれ以上答える気はなかったし、問わせる気もない。

 もう半歩、彼との距離を詰める。

 

「――おかえりなさい」

 

 頭半分ほど背丈の違う彼を見つめて、私は一言だけそう言った。寒さで突っ張った頬が自然と解れて緩んでいく。やっぱり浮かれているかしら、とそんなことを思いながら、私は彼に笑みを向けた。

 赤鼻のトレーナーも、私と同じようにかじかんだ目元を緩めて、白い息とともに答える。

 

「――ただいま」

 

 たったそれだけのやり取りに口元のにやけが止まらなくて、やっぱり浮かれてるなと確信しながら、マフラーの中に表情をごまかした。

 

「――しかし、随分降って来たね、雪」

 

 駅出口の軒下までやって来たところで、彼が夜空を見上げてそう呟いた。口を開いた拍子に彼の息が真っ白な靄に変わってクリスマスの空へ昇っていく。私も頷いて「そうね」と呟くと、同じように随分はっきりした白い息が漏れる。二人分の息が混じり合って、雪舞う夜にゆっくりと溶けていった。

 

「キング、傘は?」

 

 尋ねた彼に首を振る。

 

「持ってないわ。そんなに降ってなかったのよ、私が来た時は」

 

 ほんの少しだけ見栄を張った。本当は天気のことなんてちっとも気にしていなかった。衝動のまま彼を迎えに来たものだから、防寒着のことしか頭に入っていなかった。駅の近くで雪がちらつき始めた頃に「しまった」と思っても遅い。

 こんなこと、彼には言えない。浮かれていたのがバレてしまう。まるで……恋人を待ちわびる、年頃の乙女みたいではないか。

 

「これ、使って」

 

 ひらひら舞い落ちる雪を手のひらにすくいつつ、さてどうしようと考えていた私に、彼はおもむろに折り畳み傘を差し出した。バックの中に常備しているものらしい。サイズ的に、人一人くらいは雪を凌げる。

 差し出された折り畳み傘を一瞥して、私は黙ったまま彼を見た。

 

「俺は大丈夫だから。キングが使って。君に風邪を引かせるわけにはいかない」

 

 ……どうして。この人はいつも、こうなのだろうか。

 わかっている。トレーナーとして、彼は私を気遣ってくれている。いつでも、何よりも、私や他の担当ウマ娘を優先してくれている。

 でも、このキングに限って言えば、その言葉は不正解だ。私が欲しいのはそんな言葉じゃない。

 あからさまに大きな溜め息を一つ、吐いてみせる。

 

「……あなた、まさかこのキングに傘を持たせるつもり?」

 

 彼へ詰め寄るようにして傘を押し返す。当惑した顔の彼へ手袋をした指をさし伸ばし、朱い鼻先に触れた。白い吐息の向こうで、クリスマスを反射する瞳が揺れ動いていた。

 

「あなたが傘を差しなさい。それで、二人で使いましょう。――わかったかしら?」

 

 有無を言わせぬよう、多少凄みをつけて言うと、彼は観念したようで「わかった」と頷いた。私はそれに満足して、突き付けた指を離す。

 彼が差した傘に二人で身を収め、軒下を出る。折り畳み傘は、二人で使うにはやはり小さかった。彼の肩に雪が解けるのを見つけて、私は多少強引に彼の腕を取り、引き寄せる。

 

「くっついた方が寒くないでしょう」

 

 私の言い訳に、彼は「そうだね」と答えて、優しく微笑んだ。その笑顔を目にすると、自分の言葉通り体が暖かくなる。頬なんて熱いくらいだ。それをマフラーでごまかしながら、彼と歩いていく。

 うっすらと積もり始めた雪の上に、ブーツと革靴が足跡をつけていった。

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