キングヘイローまとめ   作:瑞穂国

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十二話目です。
クリスマスに合わせて書いたお話でした。
キングの実家にもクリスマスの朝はやって来る。


私の優しいサンタクロース

 ……きっと、サンタクロースはいる。こんなへっぽこの私にもプレゼントをくれる、とびきり優しいサンタクロースが。

 

 

 

 朝日が照らす庭園には、昨夜降った雪がうっすらと積もっていた。

 テラスへの扉を開くと、冬の朝が容赦なく私の体を刺す。ストールを羽織ったくらいではどうにもならない冷たさで、吐いた息が瞬時に白くなったのがその証拠だ。雪を降らせた曇天が晴れて、青空ばかりが広がるいい天気だというのに、冬の空気は今日も凍てついている。肩のストールを引き寄せて両腕で体を抱いた。花も落ちた庭園に、私の息だけが広がっていく。

 一歩を踏み出して、テラスから庭園に足を降ろす。薄い雪の感触はほとんどなく、靴の形だけがくっきりと跡を残した。それだけでは味気なかったけれど、なんとなく足が向いたので、私はそのまましばらく庭園を見て回った。

 我が家の庭園は、メイドたちが丁寧に手入れをしてくれているけれど、さすがに冬となると見どころはない。季節ごとに色とりどりの花を咲かせる花壇も、お屋敷自慢の薔薇も、今は真っ白な雪をかぶって春を待っている。閑散とした空気がそこには満ちていた。

 ……でも。雪の日は決まって、この庭園に一等綺麗な花が咲いていた。

 

――「お母さま!」

 

 雪が降ると、早起きのキングが私の手を引いて、朝の庭園へと連れ出してくれた。愛らしい鼻とふっくらした頬を赤くするのもいとわず、真っ白な世界を駆け回って笑うキングは、雪の妖精さんみたいだった。一度、たっぷりと雪が降り積もった時は「雪だるまを作るわ!」なんて言い出して、お屋敷みんなの雪だるまを作り終わる頃には小さな手を冷たくしてしまった。私が手のひらで包んで暖めると、キングは「お母さまの手、あったかい」と言って楽しそうに笑った。

 

「……さすがに、もう雪ではしゃぐような歳じゃないわね」

 

 雪が器用に乗った薔薇の枝をつつくと、降り積もった結晶がパラパラと落ちた。ふうと吐いた息が雪に負けないくらい白い。凍てついた風がひゅうと吹いて残る雪もかき落とした。私はまた、肩のストールを手繰る。

 

「――奥様?」

 

 ふと、テラスより私を呼ぶ声がした。振り返ると、扉を開いてメイド長が顔を覗かせている。不思議そうな顔をした後、彼女もまたテラスへと出てきた。きっちりとまとめた錦糸の髪に、彼女の吐いた白い息がキラキラと輝きを添えた。

 寒そうなそぶりは見せず、メイド長はぺこりと頭を下げた。

 

「おはようございます、奥様」

「おはよう。冷えるわね」

「はい。奥様も、そのままですと風邪を引かれますよ」

「そうね。戻るわ」

 

 頷いて、足をテラスへと向ける。メイド長が開いてくれた扉から室内へ戻ると、濃厚な甘い香りがしていることに気づいた。ココアの香りだ。

 ダイニングへ戻ると、大きめのマグカップを携えた爺やが待っていた。ストーブの近くへ腰を降ろした私に、マグカップを差し出す。中身は、香りの通り、淹れたばかりの温かなココアだった。

 

「ありがとう。――ココアなんて、あったのね」

 

 少し前――キングが小学校に入る前までは、屋敷にもココアを常備させていた。でもこのところは、特に買い置きはしていなかったはずだ。メイドの誰かが購入したのだろうか。

 爺やはニコリとして答えた。

 

「いえ、そちらは頂いた物でございます。今朝、届いておりました。宛先は私になっておりましたが、お屋敷の皆さんで楽しんでほしいとのことでございましたので、まずは奥様からと」

「……頂いた物? 一体どなたから?」

「……さあて、どなたでございましょう。送り主は『サンタクロース』と名乗っておりましたが」

 

 やや含みのある言い方で、爺やは目を細めた。もう少し問い詰めたかったけれど、その間に折角のココアが冷めてしまうのはもったいなくて、私は口を噤んだ。爺やは一礼して、キッチンの方へ下がっていく。

 ストーブの明かりをぼんやり見つめながら、ココアの入ったマグカップを両手で包んだ。淹れたばかりだけあって、じんわりとした温かさが陶器のカップから伝わってくる。ストーブと合わさって、冬の朝に冷えた手が暖められた。

 凍てつく両手をゆっくり解しながら、ココアの香りを吸い込む。甘やかな香りで胸を一杯にすると、どうしようもなく息が漏れた。鼻先をくすぐる湯気が暖かいから、どこかほっとして気が抜けてしまう。寒さに強張った体から力が抜けて、ゆったりとした気分になる。不思議な心地だ。

 マグカップに口をつける。一口すすると、濃厚な甘さと包み込む暖かさが口の中に広がった。椅子に背を預けて思わずほうと溜め息を吐いた。ココアの存在感が舌に残る。でも嫌な感じはしない。甘いことは甘いけれど、チョコレートらしい苦味が残されている。朝の寝起きでぼんやりとして冷えた体には、とてもよく染みる暖かさだった。

 二口、三口とゆっくりココアを楽しむ。しばらくして感想を訪ねた爺やに、「おいしい」と答えると、嬉しそうに目を細めた。

 

「そうです、奥様――」

 

 ココアを飲み終わって冷えた体がすっかり温まった頃、着々と朝食の準備を進めていたメイド長がカウンター越しに私へ声をかける。マグカップを爺やに下げてもらい、私はメイド長の方を見遣った。彼女には珍しく、柔らかな笑みを見せていた。

 

「――今年も、サンタクロース様より、お預かり物がございます。先程、お部屋の方へお持ちいたしました」

「……そう」

 

 頷いて、すぐに席を立った。朝食の時間まではもうしばらく時間がある。毎年恒例になっているサンタクロースからのプレゼントを、確かめるくらいの時間はあるだろう。

 朝食の支度が出来たら呼ぶように言づけて、私は朝降りてきたばかりの階段を二階へと上がっていく。パタパタと踏み締めるスリッパの歩きにくさが、今はもどかしい。やっと階段を上りきって、自分の寝室へと廊下を小走りに進む。ドアノブに手をかけて、ふとしばらく主人の帰っていない隣の部屋を見遣った。

 ぴたりと閉じられた扉に、懐かしいことを思い出した。クリスマスの朝は、よくその扉がわずかに開かれていて、そして隙間から栗色の瞳が私の様子を窺っていた。いつもそれに気づいていないふりをして、サンタクロースからのプレゼントを確認していた。

 ほんのちょっと寂しさを唇から漏らして、自室の扉を開く。開け放ったカーテンから冬の朝が見えるけれど、まだ少し薄暗い。壁際のスイッチを押して照明を灯すと、ベッドの上に小包を見つけることができた。トナカイとサンタがあしらわれた緑色の包装紙に、クリスマスカラーのリボンが巻かれている。

 ベッドに腰掛けて、小包を手にした。リボンの間にカードが差し込まれている。「親愛なる」とわざわざ前置いて私の名前が書かれていた。その下にはQRコード。携帯を取り出して読み込むと、音声ファイルが再生された。「We wish you a Merry Christmas」と、どこかで聞いたことのある女性の声がアカペラで歌い出す。携帯をベッドへ置いて歌を聴きながら、私はカードをめくった。雪の降る夜を駆けるサンタクロースのイラストが描かれた下に、短く言葉が添えられていた。そして差出人は――サンタクロース。

 歌はまだ流れている。それを聴きながら、特に何をするでもなくカードを眺めていた。サンタクロースと名乗る差出人の、随分と綺麗になった文字を指先で何度もなぞった。

 

「……バレていないつもりなのかしら」

 

 どうしようもなく頬を緩めて呟いた。

 サンタクロースから初めてプレゼントをもらったのは、もう十年ほど前のことだ。初めて私にクリスマスカードを書いてくれた時、サンタクロースはまだ文字を覚えたばかりで、拙い平仮名で手紙を書いてくれた。年を追うごとに随分と上達して、今ではすっかり綺麗で整った文字を書くようになった。でもずっと見慣れてきた筆跡だから、一目見れば誰が書いたかなんてすぐわかる。

 

――「おかあさまっ! サンタさんはきましたか?」

 

 ……サンタクロースはいる。とびきり優しいサンタクロース。私を世界中の誰よりも笑顔にしてくれるサンタクロース。

 ……大好きな娘一人、満足に励まして応援してあげることもできない、こんなへっぽこな私にもプレゼントをくれる、お人好し過ぎるサンタクロース。

 携帯から流れていた歌が最後まで流れ終わる。目尻を指先で弾いて、それから携帯を取り、メッセージアプリを開いた。ホーム画面一番上のトークを開き、すぐに通話ボタンを押そうとして思い留まる。一度考えて、「おはよう」「少し電話してもいいかしら」とメッセージを送る。

 返事はきっとすぐに来ないと、そう思って包みの方を開こうとした。けれど今まさに置いたばかりの携帯から着信音が鳴り響く。設定してある曲のおかげで誰からの着信かはすぐにわかった。驚きが先に立って、慌てたまま携帯をお手玉する。何とか手の内に掴んで一度呼吸を落ち着けて、なんとはなしに髪を整えてから、応答ボタンを押した。電話の相手がすぐに口を開く。

 

『メリークリスマス、お母さま。どうされたんですか』

 

 

 

 私が遅れるのをわかっていたように、メイド長はできたての暖かい朝食を出してくれた。

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