キングヘイローまとめ   作:瑞穂国

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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

新年最初はキングヘイローです。
高等部三年になったキングがお母さまと初詣に行く話。


キング親子の初詣

「初詣、一緒に行きませんか」

『いいわね。丁度、話したいこともあったし』

 

 そんな通話をしたのは、高等部生として最後の新年を迎えてすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 伝えた待ち合わせ時間の一時間前だというのに、あの人は参道の入口に一人立ち、どこか落ち着きなく人の流れを見つめていた。

 初詣の参拝客で賑わいを見せる三が日最終日。行き交う晴れ着美人の合間に目当てのコート姿を見つけた私は、人の波を極力避けつつそちらへと歩み寄っていった。決して目立つようなところ――例えば背丈があるだとか、格好が派手だとか、そういうことはない人だけれど。昔から不思議と、人波の中にその姿を見つけるのは容易かった。

 あと少しで声が届くだろうか。そんなところで、あの人がこちらへ目を向けた。スッと右の手が上がる。小さな動きで遠慮がちにひらりと振られる手が、あの人が私を見つけた合図だ。私もそれに、軽く手を挙げて応える。マフラーに吐いた息が微かに白くなって後ろへ流れていく。

 

「あけましておめでとうございます、お母さま」

 

 あの人――お母さまの前に立ち、私は真っ先に新年の挨拶をした。まあ、挨拶自体は、元旦に電話で済ませているけれど。折角こうして顔を合わせたのだし、改めて言っておいても罰は当たらないだろう。

 私を見つめる目を、お母さまはわずかに細める。私と同じように白い息を吐き出しながら、お母さまは答えた。

 

「あけましておめでとう、キング。――随分、着くのが早かったのね」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげます」

 

 待ち合わせの一時間前に来ておきながら、自分のことを棚に上げて一体何を言っているのか。

 私の返答にお母さまはもう一度目を細める。白い息を吐いた唇が、「それもそうね」と微かに呟いた。何かをごまかすように右の手が肩に流れる髪に触れる。

 

「……折角早いのだし、ゆっくりお店を見て行きましょう」

 

 お母さまの提案に頷いて、私たちは揃って参道へ足を向けた。並んで仲良く写真を撮る晴れ着の学生さんや子供さん連れの家族を横に見つつ、見上げるほど巨大な提灯の下をくぐる。

 一本道で続いていく参道の両脇には、初詣客を引き入れようと気合いの入ったお店がずらりと並んでいる。飲食店、雑貨屋、土産物店。なかでも賑わいがあるのは、やっぱり飲食店、特に食べ歩きができるような手軽なものを売っているお店だ。店頭からいい匂いが漂うお店が多くて、それに引き寄せられるように人が列を成している。今も、小さな子供さんがお母様の手を引いて、あれを食べたいとせがんでいる。引っ張られている方のお母様は根負けした様子で、しょうがないなあと苦笑しながら子供さんと列の方へ向かっていった。見慣れた初詣の光景だ。

 ふと懐かしい気持ちになって、マフラーの内で頬が緩む。お店の横を通り過ぎる時には、親子は列に加わって見えなくなった。目線を前に戻そうとして、隣のお母さまが私のことを見つめているのに気づく。

 

「……なんですか?」

「……あれが食べたいの、キング?」

 

 私を見つめる目が微かに光る。私の顔と、先程のお店を、お母さまは交互に見遣った。

 言葉に詰まると共に、頬がほんのり熱くなるのがわかった。ごまかすように視線をお母さまから逸らす。まさかバレているなんて、迂闊だった。食い意地が張っていると思われただろうか。

 

「べ、別に……そういうのじゃないわっ」

 

 否定の声は自分でも驚くくらい子供っぽくなる。本当に、食べたくて見つめていた訳ではない。ただ目に入った親子の姿が、いつかの自分自身に重なって見えただけ。懐かしむ気持ちで目を向けてしまっただけだ。

 あの年頃だった自分の姿は、今は随分遠いもののように思える。

 

「……そう?」

「ええ、そうよ。――ほら、行きましょ」

 

 なおも尋ねたお母さまに今一度頷く。なおもお店の方を気にするお母さまを促して、参道の先へと歩き出した。早めた歩調に、お母さまは小走りに追いついて来て、すぐに私の隣へ並んだ。

 参道は奥の方へ行くにつれて人の密度が増していく。参拝を待つ人たちの最後尾に並んだ私たちは、ぽつぽつと話をしながら順番が来るのを待っていた。取り立てて話題もなく、他愛もない話があちらへこちらへと行ったり来たりする。少し――二年くらい前だったら、こうしてまた普通の親子みたいにお母さまと話せるなんて、考えられなかった。

 

「――今年も、」

 

 お母さまの声色がそれまでと変わったのは、お寺の本殿まであと数分というところまで辿り着いた時だった。ほんの少し身構えて背筋を伸ばし、チラリと隣を流し見る。お母さまは白い息をマフラーのうちへ吐き出しながら、変わらずに列の前へ目を向けていた。私もそれに倣って、前を向いたままお母さまの話を聞くことにする。きっとこれから話すことが、今日のお母さまの本題だ。

 

「今年もトゥインクル・シリーズで走るそうね」

「……ええ、そのつもりです」

 

 少し前に正式に発表したことだ。

 競技ウマ娘、特に学外への進学を予定している子は、高等部三年の冬にはトゥインクル・シリーズからドリーム・トロフィー・リーグへ移籍するのが一般的だ。それは、一般大学に通いながら、トゥインクル・シリーズのローテーションに対応するのが難しいという現実があるからだ。そしてトレセン学園の大学部とは違い、基本的にはそうしたレースのローテーションを一般大学は考慮してくれない。その点、ドリーム・トロフィー・リーグは大きなレースの間隔が広く取られており、一般大学に通いながらでもローテーションの調整が容易になっている。

 私は今、高等部三年。今年の三月には高等部を卒業し、四月からは大学生だ。受験はこれからだが、トレセン学園の大学部ではなく、一般大学への進学を予定している。当然、ドリーム・トロフィー・リーグへの移籍を予定していたけれど――

 

「まだ、やり残したことがあるのよ」

 

 もう労わる必要のない左脚を、無意識に手で押さえた。痛みはもうない。けれどこの脚に、大きな宿題を残している。

 トゥインクル・シリーズ最後の春シーズン……になるはずだったシーズンのローテーションを詰め、ドリーム・トロフィー・リーグへの移籍も決めた直後のことだった。私の左脚が違和感を訴えた。幸い大事には至らなかったものの、お医者様からはしばらく走ることは控えるように指示を受けた。折角立てた春のローテーションはすべて白紙となり、唯一出走できた安田記念も満足のできる内容とはいかなかった。

 ……このままドリーム・トロフィー・リーグに進む、という選択肢はもちろんあった。秋に関してはローテーション通りに満足いくレースができていたことだし、受験が控えていることを考えてもそれが妥当な判断だったはず。どこからも文句は出なかっただろう。

 けれど、「やり残した」という思いが、わずかながらもしこりとなって心に残った。そしてそのしこりを放ったまま次のステージに進むことなどできなかった。

 

「……口で言うほど簡単なことじゃないわ。わかっているの?」

「ええ、わかってるわよ。トレーナーにも散々言われたわ」

 

 でも、彼は認めてくれた。大学に通いながらトゥインクル・シリーズで走ることがどれだけ大変なことかを淡々と説明しながらも、「それでも走りたい」と言った私の言葉には一も二もなく頷いてくれた。

 

――「キングが決めたことなら、俺は全力でサポートするよ」

 

 トレーナーは、私の答えには納得していた様子だった。むしろ、私が移籍を取りやめることを、確信していた節もある。

 ともかく、これはもう、私もトレーナーも了承していることだ。お母さまが何と言おうと、今更覆す気はない。

 次にお母さまの唇から漏れたのは、いつも通りの心配性な小言ではなく、多分に諦観が混じった小さな溜め息だった。

 

「……何を言っても無駄みたいね。あなたは、こうと決めたら絶対に曲げない子だもの」

 

 誰に似たのかしら。微かに漏れ聞こえてきた呟きに、「あなたよ、あなたっ」というツッコミを辛うじて堪える。せめてもの抗議で眉間に力を入れてお母さまの横顔に目を向ける。変わらずに列の前を見遣るお母さまは、そのままゆったりと目を閉じた。長い睫毛に冬の空気がキラキラと光る。マフラーに埋まる口元がほんの少し緩んだ気がした。どこか……嬉しそうに見えたのは、見間違いだろうか。

 

「やり残しだけはしないようになさい。それがあなたの望んだ道なら、尚更。……やり残した、という後悔ほど虚しいものはないわ」

「……お母さまは、」

 

 その先を口にする前に列が動き出す。目を開いたお義母様と視線がぶつかる。細くなった目が「行くわよ」と私を促した。開きかけた唇からうっすら白い息を吐き、そのまま噤む。余計なことでしかない質問は胸の内へ飲み込むことにして、階段を登り切り、私たちは本殿に足を踏み入れた。

 周りのカップルや家族連れに混じってお賽銭を投げ入れる。ご本尊に向かって手を合わせ、首を垂れた。特別な願い事は何もない。レースでの活躍は、すでにトレーナーと行った初詣で誓っている。自身の健康は、友人たちとの参拝で祈願済みだ。であれば、残すところはもう、今隣で一緒に手を合わせている人のことくらいしかなかった。

 お母さまが幸せな一年を過ごせますように。改まってそんなことを願うのはどうにもむず痒くて、カバーをした耳が疼くのが自分でもわかった。

 ゆっくり十秒ほどをかけて参拝を終え、本殿を後にし、元来た参道の方へと向かって行く。本殿の階段からは参道の全貌がよく見えた。とは言ってもほとんどが参拝客で埋め尽くされていて、石畳が見える隙間はどこにもない。私たちが並んだ時よりも、本殿へと続く人の列は長くなっていた。待ち時間と寒さを紛らわす人たちの話声が、残されたわずかな隙間も覆っていく。

 この後の予定は特に決めていないけれど……早々に移動するなら、メインの通りではなく横の道から抜けてしまった方が良さそうだ。

 

「――キング。少し、待っていて頂戴」

 

 年明けの喧騒を観察していた私は、そう声をかけてきたお母さまの方を振り向く。ソワソワと妙に落ち着かない様子のお母さまは、チラリと一瞬だけ人波に視線を向けて、そして私の目を見つめた。

 

「ええ、わかったわ」

「すぐに戻るから」

 

 近くに見えたベンチで待つことを伝えてお母さまを見送る。お母さまは小走りに参道の方へと向かい、決して背丈があるわけではない後ろ姿はすぐに人波に紛れてしまった。

 お手洗いにでも行きたかったのかしら。そんな風にぼんやり考えながらベンチに腰を下ろした。手袋を外して、コートのポケットから取り出したスマホを開く。LANEにいくつかメッセージが届いていた。この冬に帰省している友人たちからだ。

 メッセージを確認して、返事を返していく。一つ返信するたびに、顔を上げて人波の方を見遣った。お母さまはすぐには戻ってこない。指先を擦り合わせて、またスマホの画面に目を落とし、送られてきた内容にクスリと笑ったりしながらまた返事を書く。皆実家にいるからか、内容は家族とのことが多かった。

 大きな魚とおじい様と一緒に映るスカイさんの写真へ返事をしたところで、ようやくお母さまが戻ってきた。スマホの画面を落としてコートのポケットへねじ込む。ベンチを立って出迎えようとしたところで、ふとお母さまが紙袋を手にしていることに気づいた。さして大きなサイズではない、手で持ってしまえる程度だ。並んでいた出店で何か買ってきたのだろうか。

 

「お待たせ」

「なにを買ってきたの?」

「これよ」

 

 お母さまはそう言って、口を折っただけの紙袋を開いた。中を覗くまでもなく、ふわりと温かな湯気が立ち昇り、そして鼻先を包む柔らかな甘い香りが辺りに広がる。懐かしさと共に、幼い興奮を――お祭りの喧騒に並んだ時のような高揚を感じた。

 紙袋の中身は、一摘まみ程の大きさをしたカステラのお菓子――人形焼きだ。さっき、私が目で追っていた親子が並んだお店で売っていたものだった。

 目の前のお母さんと人形焼きを、数度交互に見遣った。私によく似た栗色の瞳は、何も言わずに私を見つめている。ああそういえば、私を見つめるお母さまの目は、いつだって優しさで満ちていたなって、今更になってそんなことを思い出した。

 

「お母さま、これ――」

「――言ったでしょう。やり残しは、しないようになさい」

 

 私が尋ねる前にお母さまは答えて、そして今一度紙袋をこちらへ差し出した。

 とても自然に、唇から笑みが零れた。トレーナーや友人と過ごす時と同じように、ごく自然に頬の筋肉が弛緩する。それは、人形焼きのおかげ、ではない。お母さまがどう思っているかは知らないけれど、それだけじゃない。

 

「ありがとう、お母さま」

「いいのよ。ほら、できたてのうちに食べましょう」

 

 たった今立ち上がったばかりのベンチに、今度は二人並んで腰を下ろす。口の開いた紙袋から人形焼きを一つ摘まんで、熱いのを冷ましながら一口かじった。花弁がゆっくりと開いていくように、カステラの爽やかな甘みと、餡子のしっとりした甘みが口の中へ広がっていく。その味を、やはり懐かしく感じた。

 今更ながら今日一日の予定を二人で話す。まずはおみくじを引こう。これでも、五年連続で大吉を引けている。お店も、参道を歩いている間にいくつか目星をつけていた。屋敷の爺ややメイドたちにお土産として買わないと。それから友人たちにも。お昼は近くのお蕎麦がいいだろうか。最近話題のパフェも食べに行きたい。近くのお店も事前にピックアップ済みだ。お母さまも、やるなら全部やろうと張り切り始める。

 その日は、何年振りかの、いつもと変わらない初詣の一日になった。

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