昨年の夏に頒布した小説同人誌「キングヘイロー/zero」に収録したお話です。
レースと花には切っても切れない縁がある。
レースを走るウマ娘が花を受け取る機会は多い。レースに出走したり、ライブに出演したり、URA主催のイベントに参加したり、そうした折につけてファンやスポンサーが花を贈ってくれる。贈られる花の形態も、花束だったり、フラワースタンドだったり、アレンジメントだったりと様々だ。人気の高いウマ娘ともなれば、控室の一角にこんもりと花の山ができる。過去には花だけで控室が埋まってしまった、なんていう話もあるそうだ。
俺の担当ウマ娘であるキングのもとにも、ファンたちから頻繁に花が贈られてくる。GⅠを含む重賞戦線の常連で、ライブパフォーマンスも一流であり、かつファンサービスも手厚く、メディア露出もそれなりにあるとなれば、キングが相応の人気を獲得しているのは当然のことだ。でも、キングに花を贈る人が多いのは、それだけが理由ではない。
キングはとにかく贈られた花を大切に扱っていた。もらった花束やフラワースタンドとは、必ず一つひとつ一緒に写真を撮って、後日学園が運営するファンクラブサイトへ掲載していた。お礼のメッセージとサインまで添える徹底ぶりだ。ウマッターやウマスタのアカウントを開設してからは、ウイニング・ライブ後にすぐそうした写真をアップしていた。
写真だけでなく、キングはできる限り、もらった花を引き取るようにしていた。ウマ娘宛に贈られた花、特に大きくて持ち帰るのが困難なフラワースタンドなどは、URAやイベント運営の方でまとめて回収するのが常だ。でも、キングは別で業者にお願いして――もちろん、手配するのは俺だ――自分宛ての花は全て学園まで持ち帰り、トレーナー室に飾っていた。
――「お花をもらったのは私なのだから、どうするかは私の勝手でしょう」
そう言って、毎日せっせと花の手入れをしていた。俺もちょこちょこ水を換えたりしていた。おかげで、レースやイベントの後しばらくはトレーナー室が花で彩られ、退屈しなかった。
これだけ大切に扱ってもらえるのなら、花を贈る方としても嬉しい気持ちが大きいのだろう。キングにはすっかり花束を贈る固定客がついていた。
「この花束、持って帰ってもいいかしら。部屋に飾りたいの」
トレーナー室に引き取った花束のうち一つを取り上げて、キングがそんなことを尋ねた時があった。花を移し替える花瓶やらなんやらを用意していた俺は、妙なことを訊くなと思いながら「もちろん」と答えた。
「キングがもらった花だから、キングが好きにしていいよ」
「……それもそうよね」
変なことを訊いてしまった自覚はあったのだろう。キングは微かに頬を染めて頷き、花束を引き取っていった。
それからというもの、キングは時折自室にも花束を引き取っていくようになった。本人は「部屋に飾るのに手ごろなサイズを探してるの」と言っていたけれど、それにしては熱心に吟味――というよりも、最初から決まった花束を探しているように見えた。それも何度か繰り返せば、いつも同じ花屋からの花束を持って帰っていることに気づいた。花屋の名前は「リ・ブラン」といって、学園から少し離れたところに構えた個人経営の店らしかった。キングのお気に入りの花屋なのかなと、ぼんやりそんなことを思っていた。
花屋の名前を憶えると、別のことにも気づいた。同じ名前の花屋から、キングだけでなくチームメイトのもとにも花束が届けられることがあった。チーム全員で学園主催のライブに参加した時には、チーム宛の立派なフラワースタンドまで。全国規模で展開しているフラワーギフトのサービスならまだしも、個人経営のお店に複数のファンが偶然花束を注文した、なんてことは考えにくかった。だから多分、キングに花を贈ってくれるファンと同一人物なのだろうと思った。キングを応援するうちに、俺が担当するチーム全体まで応援してくれるようになったのかもしれない、そんなことを想像した。担当トレーナーとしては、ただただ嬉しく、ありがたい限りだった。
気づけば俺も、レースやイベントの度に、同じ花屋からの花束を探すようになった。
ある日、チームのメンバーがまだやって来ないうちにトレーナー室を訪ねたキングが、お母さまへ花を贈りたいと言い出した。なんでも、近々お母さまが主催するファッションショーがあるとかで、そのお祝いにとのことだった。キング個人ではなく、チームの連名で贈りたいらしく、だから俺のところへ話を持ってきたそうだ。
業界でも一、二を争う一流の勝負服デザイナーであるキングのお母さまは、勝負服のファッションショーを時折開催していた。俺も何度かキングに誘われて見に行ったことがあった。キングはいつも興奮気味にあれこれショーや勝負服の話をしてくれて、ショーを楽しんでいるのはよくわかった。でも、こうして花を贈りたいと言い出したことはなかった。当人からも花を贈ったという話は聞いたことがなかった。
ともかく、俺としては反対する理由がなく、また二人が歩み寄るきっかけとしてもいいだろうと思って、俺はキングの申し出を了承した。キングは気恥ずかしそうにお礼を言った後、花屋の名刺を俺に渡してそのお店を使うよう指定した。受け取った名刺には、例の「リ・ブラン」という花屋の名前があった。
点と点が線で繋がった俺が名刺から顔を上げると、キングは顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。
「……そういうことよ」
まだ何も言っていないのに、キングは俺の考えを肯定した。そして明後日の方角を向いたままの赤い顔で、あれこれとお母さまへの文句を言い始めた。やれ、これでバレていないつもりなのか、だの。やれ、こんな回りくどいやり方するなんて、だの。そんなキングに俺は堪らず吹き出した。それはもう、ただ母親へ素直になれない、反抗期の少女にしか見えなかった。すでにその時期を過ぎた俺からすると、くすぐったいほどに可愛らしかった。
キングはあまり怖くない怒り方で抗議を寄越したけれど、可愛らしい彼女の様子に今更込み上げるものを堪えることもできず、俺は甘んじてその「へっぽこ」呼びを受け止めることにした。
――後日、お母さまから俺のアドレスへメールが一通入っていた。「花束の御礼」と題したメールの宛名は、どこかわざとらしい俺のチーム宛。添付されていた画像ファイルには、照れた様子で笑って花束を抱えるお母さまが映っていた。