キングヘイローまとめ   作:瑞穂国

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三作目です。
キングが五歳くらいの頃のお話。


わらっておかあさま。

――この前買ったばかりのお洋服が、もう小さくなってしまう。

 

「キングちゃん、こっちのお洋服はどうかしら」

 

 ラックからいくつかを見繕って取り出した私は、選んだ洋服を広げて娘に披露した。世界で一番可愛い娘だから、何を着たって似合うけれど。個人的には、あっちのロリータ服を着せてみたいのだけれど。今手に取っているデザインのものが、年相応でより可愛らしくなると思うのだ。

 けれど、キングちゃんはいやいやと首を振った。私と同じ色の髪が、ふわりと風を孕む綿毛のように揺れる。その合間で、林檎の頬を一杯に膨らませて、キングちゃんは拒絶の意を示した。

 

「いいえ、ちがいますっ」

 

 駄々のコネ方すら愛らしい。落胆しながらもどこか得した気分で、私は選んだ洋服をラックへ戻した。

 キングちゃんはまだプリプリと頬を張っている。私を見上げる顔に目線を合わせようと、膝を畳んだ。間近に迫った栗色の瞳が、何かを訴えて私を見る。

 

「……キングちゃんは、お母さまの選んだお洋服を着るのは、イヤ?」

「ち、ちがいますっ! そんなこといってません」

 

 ただ、とそう前置いて、キングちゃんは唇を尖らせた。やっぱり頬を林檎のようにしてそっぽを向く。それが、最近の娘の甘え方だって、私だけは知っている。

 

「キングには、おかあさまみたいな、おとななふくがにあいますわっ」

 

 キングちゃんの言葉に目を見開いた。

――この前買ったばかりのお洋服が、もう小さくなってしまう。毎日顔を合わせていると、些細な変化にはなかなか気づかなくて。けれどふと、その変化に気づかされる時がある。

 お気に入りだった服に、袖を通せなくなった。

 届かなかったはずの戸棚へ、手を伸ばせば届くようになった。

 絶対嫌と言っていたピーマンを、苦い顔をして食べるようになった。

 一人でできることが増えていって。

「おかあさま!」と私に助けを求める声が減っていって。

 我が子が、健やかに逞しく育っているのだと実感して。

 私は一人、嬉しくも寂しくなる。

 そんなに、急いで大人にならなくてもいいのよ。もう少しゆっくりだっていいのよ。……まだ、子供でいたって、いいのよ。

 そんな風に思ってしまう私は、きっとダメな母親なのだろう。この子のために、世界一の母親になろうと、そう決意したはずなのに。世界一の娘のために、胸を張って誇れる「お母さま」になると、そう誓ったはずなのに。

 喜びは、いつだって寂しさと背中合わせだった。

 私が、キングちゃんのためにしてあげられることなんて……本当は、どこにも無いのかもしれない。

 

「――おかあさま、かなしいのですか」

 

 気づくと、キングちゃんがこちらを不安そうに見つめていた。小さな手が私の頬に触れる。栗色の瞳がこちらを覗き込んで揺れていた。

 ああ、本当に、ダメな母親だ。愛しい娘に心配をかけて、こんな顔をさせている。本当に、どうしようもない。

 精一杯笑って、私は首を振った。

 

「ううん、大丈夫。――キングちゃん、大人になったなぁ、って思っただけよ」

「キングがおとなになると、おかあさまはかなしいのですか」

 

 幼い娘の鋭い疑問が胸に刺さる。痛む心を押さえながら、私はもう一度首を振った。

 

「そんなわけないでしょう。――キングちゃんが笑っていたら、お母さまはそれだけで幸せよ」

「……そうなのですか?」

「ええ。そうよ。キングちゃんの笑顔以上に嬉しいものなんて、お母さまには無いわ」

「そうですか」

 

 答えたキングちゃんは、何かを決めたように力強く頷いた。栗色の瞳が笑う。えっへんと胸を張って逞しく立ち、小さな唇の端を一杯まで持ち上げた。

 

「わかったわ。キング、たくさんわらいます。――おかあさまが、たくさんわらってくれるように」

 

 そうして、娘は高らかに笑った。小さな体を全て使って。力一杯声を響かせて。まるで私を励ますように。私を勇気づけるように。私に力を与えるように。

 眩いその笑顔が、何ものにも替え難い、私の宝物。

 

「――ふふっ。ありがとう、キングちゃん」

 

 娘を抱きしめた。まだこの胸の内に抱くことのできる、私の娘。きっといつか、この胸の内には収まりきらなくなる、私の可愛い娘。誰より強くて優しい、私の愛しいキングちゃん。

 零れてしまった涙は、抱きしめたキングちゃんには気づかれていなかったはずだ。

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