キングが五歳くらいの頃のお話。
――この前買ったばかりのお洋服が、もう小さくなってしまう。
「キングちゃん、こっちのお洋服はどうかしら」
ラックからいくつかを見繕って取り出した私は、選んだ洋服を広げて娘に披露した。世界で一番可愛い娘だから、何を着たって似合うけれど。個人的には、あっちのロリータ服を着せてみたいのだけれど。今手に取っているデザインのものが、年相応でより可愛らしくなると思うのだ。
けれど、キングちゃんはいやいやと首を振った。私と同じ色の髪が、ふわりと風を孕む綿毛のように揺れる。その合間で、林檎の頬を一杯に膨らませて、キングちゃんは拒絶の意を示した。
「いいえ、ちがいますっ」
駄々のコネ方すら愛らしい。落胆しながらもどこか得した気分で、私は選んだ洋服をラックへ戻した。
キングちゃんはまだプリプリと頬を張っている。私を見上げる顔に目線を合わせようと、膝を畳んだ。間近に迫った栗色の瞳が、何かを訴えて私を見る。
「……キングちゃんは、お母さまの選んだお洋服を着るのは、イヤ?」
「ち、ちがいますっ! そんなこといってません」
ただ、とそう前置いて、キングちゃんは唇を尖らせた。やっぱり頬を林檎のようにしてそっぽを向く。それが、最近の娘の甘え方だって、私だけは知っている。
「キングには、おかあさまみたいな、おとななふくがにあいますわっ」
キングちゃんの言葉に目を見開いた。
――この前買ったばかりのお洋服が、もう小さくなってしまう。毎日顔を合わせていると、些細な変化にはなかなか気づかなくて。けれどふと、その変化に気づかされる時がある。
お気に入りだった服に、袖を通せなくなった。
届かなかったはずの戸棚へ、手を伸ばせば届くようになった。
絶対嫌と言っていたピーマンを、苦い顔をして食べるようになった。
一人でできることが増えていって。
「おかあさま!」と私に助けを求める声が減っていって。
我が子が、健やかに逞しく育っているのだと実感して。
私は一人、嬉しくも寂しくなる。
そんなに、急いで大人にならなくてもいいのよ。もう少しゆっくりだっていいのよ。……まだ、子供でいたって、いいのよ。
そんな風に思ってしまう私は、きっとダメな母親なのだろう。この子のために、世界一の母親になろうと、そう決意したはずなのに。世界一の娘のために、胸を張って誇れる「お母さま」になると、そう誓ったはずなのに。
喜びは、いつだって寂しさと背中合わせだった。
私が、キングちゃんのためにしてあげられることなんて……本当は、どこにも無いのかもしれない。
「――おかあさま、かなしいのですか」
気づくと、キングちゃんがこちらを不安そうに見つめていた。小さな手が私の頬に触れる。栗色の瞳がこちらを覗き込んで揺れていた。
ああ、本当に、ダメな母親だ。愛しい娘に心配をかけて、こんな顔をさせている。本当に、どうしようもない。
精一杯笑って、私は首を振った。
「ううん、大丈夫。――キングちゃん、大人になったなぁ、って思っただけよ」
「キングがおとなになると、おかあさまはかなしいのですか」
幼い娘の鋭い疑問が胸に刺さる。痛む心を押さえながら、私はもう一度首を振った。
「そんなわけないでしょう。――キングちゃんが笑っていたら、お母さまはそれだけで幸せよ」
「……そうなのですか?」
「ええ。そうよ。キングちゃんの笑顔以上に嬉しいものなんて、お母さまには無いわ」
「そうですか」
答えたキングちゃんは、何かを決めたように力強く頷いた。栗色の瞳が笑う。えっへんと胸を張って逞しく立ち、小さな唇の端を一杯まで持ち上げた。
「わかったわ。キング、たくさんわらいます。――おかあさまが、たくさんわらってくれるように」
そうして、娘は高らかに笑った。小さな体を全て使って。力一杯声を響かせて。まるで私を励ますように。私を勇気づけるように。私に力を与えるように。
眩いその笑顔が、何ものにも替え難い、私の宝物。
「――ふふっ。ありがとう、キングちゃん」
娘を抱きしめた。まだこの胸の内に抱くことのできる、私の娘。きっといつか、この胸の内には収まりきらなくなる、私の可愛い娘。誰より強くて優しい、私の愛しいキングちゃん。
零れてしまった涙は、抱きしめたキングちゃんには気づかれていなかったはずだ。