キングヘイローまとめ   作:瑞穂国

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お久しぶりの投稿です。
キングがお母さまにお小遣いの追加をお願いするお話です。
キングが高等部くらいの想定です。


おねがいお母さま

 胸ポケットの内で震えるものに気づいて、タブレットに集中していた顔をゆっくりと上げた。

 途端、肩から首のあたりに鈍い痛みが走る。思っていた以上に集中していたらしく、凝り固まっていた筋肉が悲鳴を上げていた。動かした肩からは嫌な音もする。

 一体どれだけ時間が経っただろう、そう思って左手首を見ると、腕時計はすっかり夕刻を指し示していた。なるほど道理で、事務所内に差す光も夕焼け茜色に染まっている。窓の外には、夜の帳がそこまで迫っていた。

 胸ポケットから私用スマホを取り出した私は、そのままチラリと事務所内を見遣る。すでに終業時間は過ぎているけれど、まだ仕事に勤しんでいるデザイナーがちらほら見えた。鳴りっぱなしのスマホを手にしたまま、私はデスクから立ち上がる。この場で私用の電話に出ることは憚られた。

 

「少し電話に出て来るわ」

 

 近くにいたデザイナーへ一言告げて、そのまま足早に席を離れる。事務所を出て、エレベータのエントランスまで足を運ぶ間にコール音が五回ほど。いつもの癖でサッと髪を整えてから、私は応答ボタンをタップした。

 

「――もしもし。随分珍しいこともあったものね」

 

 率直な感想を述べる。相手とはしょっちゅう通話しているけれど、向こうから掛かってくることは稀だった。

 私の言葉に対しても、電話の相手は丁寧に――いっそ丁寧過ぎるくらいに返事をした。

 

『ご機嫌よう、お母さま。――お元気にしているかしら、と思っただけです』

 

 私の娘――キングの声がスマホ越しに聞こえてくる。ハキハキとよく通る声だ。それでいて落ち着きと気品がある。私から電話を掛けると、いつも若干ぶっきらぼうにしているけれど、今日はそんな様子もない。声だけ聴いていると、ともすれば立派な大人の女性と話しているように思えた。

 とはいえ、声は所詮声。昔から随分大人びた()だったとはいえ、歳相応に幼い点があることも私は知っている。

 

「ええ、元気にしているわよ。あなたこそ、体調を崩してはいないかしら」

 

 特段、調子が悪くなったという話は聞いていない。体調面が安定していることは、一日に一度くらいは返って来るLANEで知っている。でも折角だから、声を聴いて確かめておきたい。風邪でも引くと、すぐ空元気を装うので、声に出るのだ。

 もっとも、どちらかといえば丈夫な子だ。小さい頃から、頻繁に体調を崩すようなことも無かった。でもそれは、体調管理を徹底するようにと、メイドたちが躾けてくれたからだ。キング自身が特別頑丈ということではないと、私は思っている。

 

『問題ありません。――元気にしてますよ』

 

 キングの返答に「おや」と内心首を傾げる。いつもなら、「もう子供でなし、体調管理くらいできています」などと、多少反抗的な言葉が返ってくるところだ。けれど今日はそれがなく、穏やかな答えのみが返ってくる。

 しばらく他愛もない会話が続いた。調子も良さそうだということは、早々に感じ取れたので、以降は私も純粋にキングとのやり取りを楽しんでいた。キングの受け答えは相変わらず小気味が良い。こちらの話をよく聞き、打てば響く答えを返す。

 ……いいえ、むしろ今日は、私の話をよく聞き過ぎている。いつもなら、途中何度か適当に受け流しているだろうに、そういうことが一切ない。私の話にも一つひとつ丁寧な返事がある。

 何か裏が――本題が別にある。最初から漠然と感じていた予感がほとんど確信に変わった。そしてこういう時、キングが一体何を言い出すのか、ある程度察することができる。

 そろそろだろうか。そんな風に思っていると、キングがようやく本題を切り出した。

 

『――それで、お母さま。一つ、お願いがあるのだけれど』

「あら、何かしら」

 

 それまでとは一転して、若干の言い淀む間がある。どこか歯切れの悪い調子で、キングはさらに続けた。

 

『……お小遣いを追加して欲しいです』

 

 想像した通りのお願いに、私はとりあえず小さな溜め息を吐いた。

 キングには毎月お小遣いを渡している。カフェテリアで昼食をとったり、友人と遊びに行ったり、遠征先でお土産を買ったり、そういうやり繰りはお小遣いの中でするよう言いつけていた。大抵の場合、キングはキチンと与えられたお小遣いの中でやり繰りができている。けれどこうして、お小遣いが足りなくなり、私に相談してきたことも何度かあった。

 別段、完璧にやり繰りができるとは思っていない。臨時の出費があれば、時には足りなくなることもあるだろう。私自身、そういう経験があったから理解できる。

 ただ、母親として何も言わない訳にはいかない。

 

「いつも言っているでしょう。お小遣いは計画的に使いなさい、って」

『……はい、わかっています』

 

 聞こえてくる返事はいつになく殊勝だ。画面の向こう側、両耳をぺたんと寝かせてしまうキングの姿が見えるようだった。可哀想ではあるけれど、言うべきことは言わなくては。

 

「何に使ってしまったの」

 

 私が問うと、キングは渡したお小遣いの使い道を律儀に列挙していく。カフェテリアでの昼食。読み続けている小説の最新刊。新しいトレーニングシューズと蹄鉄。遠征先のお土産。後輩たちに驕ったパンケーキ。友人たちと食べたパフェ。そして毎月の貯金。すぐに洗いざらいしゃべれるあたり、キチンと管理する意志は感じられる。この分だと、予想外の出費はシューズと蹄鉄、パンケーキ、パフェあたりだろうか。

 

「貯金を切り崩すわけにはいかないのかしら?」

『それは、その……近々使う予定があります』

 

 やはり歯切れの悪い回答がある。私は頭の中にカレンダーを広げた。今は一月の後半で、もう少しすればバレンタインだ。毎年友人やトレーナーさんにはチョコを渡しているようなので、その予算なのだろう。

 私はまた一つ息を吐いた。

 

「いい、キング。私がやってほしいことは二つだけ。お小遣いの使い道に計画性を持つことと、収支を把握することよ」

『……はい』

「あなたもいずれ、『生きて行くためのお金』を管理しなければならなくなるわ。これはその練習。だから、キチンとできるように努力なさい」

 

 私が話を区切ると、とても神妙な声色で了承の返事がある。レースのことを除けば、言い聞かせて理解できない娘ではない。小さい頃からとても聞き分けの良い子だった。……むしろ、良すぎたかもしれない。

 それ以上小言を続ける気は無かった。私は意図的に一つ咳払いを挟む。

 

「――それで、いくら欲しいの」

 

 スマホの向こうで、キングが驚いたように息を吸う気配がした。

 

『……いいんですか?』

 

 元より、反対する気は無い。母親として、一言も注意しない訳にはいかないけれど。でも、それだけだ。

 ……キングは、誰かに頼ったり、甘えたりするのが苦手だ。そう育ててしまったのも、それに気づくのが遅れたのも、私に責任がある。キングにお願いやおねだりをされたことなど、数えるほどもあっただろうか。

 だからできるだけ、キングのお願いには応えてあげたい。私はそう思っている。

 

「もちろん、使い道次第よ。何に使うつもりなの」

『後輩を応援に行くための交通費と、後は新しいお洋服です』

 

 念のための確認には、すぐに具体的な返事があった。学生の使い道としては真っ当だろう。私はすぐに頷いた。ただし、一つだけ条件を付け足しておく。

 

「いいわ。交通費は出してあげる」

『……お洋服はダメですか』

 

 しおらしい反応に、私は今日一番の溜め息を吐いた。

 

「いつも言っているでしょう。お洋服くらい買ってあげるから、そんなことに大事なお小遣いを使わないの」

 

 小さい頃からお洋服や靴なんかが大好きな娘だ。私と買い物へ行くと、いつも目をキラキラさせていた。それにセンスもいい。アイテムを選ぶのも、それを着こなすのも、どちらもだ。大抵のものは着こなしてしまうので、選ぶこちらもつい熱が入ってしまう。そして身に着けたものを見せつけ、一等嬉しそうに笑うのだ。

 思えば、お洋服を一緒に選んで買ってあげることが、私がキングにできた唯一母親らしいことかもしれない。

 私が加えた条件に、電話口のキングが難色を示す。

 

『い、いえっ。そういう訳にはいきません。お洋服くらい、お小遣いで買いますからっ』

「ダメよ。新しいお洋服が欲しいのなら、私と買いに行きなさいな。欲しいものを選ぶ権利をあげるわ」

 

 私の言葉にそれ以上の反論は無かった。ぐぬぬ、と低い抗議の唸り声が聞こえたけれど、それを無視する。そもそもお洋服を買うお小遣いがキングの手元にはないのだ。やり繰りもできない。

 勝利を確信した私はすぐに話を畳みにかかる。どちらにしろ仕事中だ。それほど長く席を外すわけにもいかない。

 

「それじゃあ、そういう訳だから。あとで私の空いてる日程を送っておくわ。行き先はキングの好きな場所にしなさい」

『……わかりました。その代わり、お母さまのお洋服も選ばせてもらいますからねっ』

「あら、ありがとう」

 

 追加のお小遣いは、明日にでもメイド長に届けさせる。そう告げた私に、キングはやはり丁寧なお礼の言葉を残して、通話を切り上げた。

 ホーム画面へ戻ったスマホのロックを早速解除し、自身のスケジュールを確認する。直近の空いてる時間をいくつかピックアップして、立ち上げたLANEからキングへと送った。既読がすぐについたことを確認して、そのままLANEを閉じる。仕事でもしながら待っていれば、すぐに返信があるだろう。

 数段軽くなった足取りで自分のデスクへと戻る私は、さてどんな流行(はやり)のお洋服を着せようかと、そんな楽しいことばかりを考えていた。

 

 

 

 後日。私の写真フォルダが随分と潤ったのは、また別の話だ。




ちなみにこれは特に関係のない余談なんですけど、お母さまの元ネタであるグッバイヘイローさんの誕生日は2/12です。いえ別に、本編とは特に関係のない余談なんですけど。
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