メイクデビュー戦。
それはウマ娘にとって大きな意味を持つ。
トゥインクルシリーズの最初のレース。つまり、このレースに出場することによって、長い戦いに身を投じることになる。出発点なのだ。
このメイクデビュー戦で勝利したり、勝つまでも行かなかったとしても好成績を残すことによってファンが着き、G1レースに出場する機会が出てくる。
手の抜けない戦いだ。
さて、そんなレースで一緒に走るメンバーが少し前に発表された。
注目されているのは3人。
一人はジャラジャラというウマ娘。
実は僕はこのウマ娘と走ったことがある。未登録バ戦で三番人気になったウマ娘だ。入学してから何度か話しかけたがその度に泣きそうになってたので、枕を涙で濡らしながら友達になるのは諦めた。
この子は2番人気だ。
そして、一番人気はメジロモンスニー。
言わずと知れたメジロ家のご令嬢。長距離を得意とし、天皇賞に向けて闘志を燃やすウマ娘。
僕は一回勝ってはいるが、全く侮れる相手ではない。
シンザン記念は1600m。メイクデビュー戦ではさらに伸びて2000mだ。
この400mの差はでかい。
なにせモンスニーちゃんは距離が延びれば伸びるほど強くなる。
逆に僕は2000mを走りきる体力はあるが、スピードトレーニングができなかったこともあり、前に出られればそのまま押し切られる可能性がある。
最後はこの僕、ブラックトレイター。
良い噂の聞かないウマ娘。人気はなんと最下位。9人中9位という驚きの人気を誇っている。
なんで?
そんなに?
これは陰謀を感じる……!
だが、実は噂を除いても仕方のないことなのだ。最初の人気というのは思っている以上に家柄などが大切。デビュー戦は文字通り最初のレース。アピールできる要素はパドックを除けば自分以外のものになる。
シンザン記念で勝ったとはいえ、あれは試験レース。見ていたのは公式レースよりも少数の観客とURAの人たちだけ。アピールの要素にはなり得ないのだ。でなくとも聞いた話、好かれるようなレースプランではなかったようで、むしろ不人気のこと。
つまり、僕の総評はなんかよくわからないけど悪い噂を聞くウマ娘という感じだ。完全に悪目立ちをしている。
「気にするな、ブラックトレイター」
「別に、気にしてませんもん! というか、トレーナー。ちゃんとライブの衣装用意してくれた?」
「もちろんだ」
「汚してない?」
「ずいぶんと気にするんだな。まあ、ウマ娘ならライブのことは気になるのは仕方ないだろうが……」
「いや、それ学園からの貸出物だから。壊したら自腹よ?」
「……はあ、少し安心したよ」
「不安だから聞いてんの! いくらすると思ってんの? 一桁万円じゃ全然収まらないんだからね? シンザン記念の賞金もあんまり残ってないんだよ?」
「……わかったよ」
「よろしい」
僕たちは控室でそんな会話をする。
緊張感はないが、それでも闘志は十分以上にある。
負けたら終わり。
負けたら引退だ。
お金さえどうにかできれば再編入と言う形を取れるかもしれないが、すでに悪い噂が立っているので、理事長が許してくれるかも怪しい。
負けたら二進も三進もいかないのだ。
それにシービーとの約束があるので、負けるわけにはいかない。
7と書かれたゼッケンを着る。
今回は外枠だ。
作戦は逃げで行こうと思っているので不利。だが、人数は多くないので、バ群に呑まれることはないだろう。
不安要素があるとするなら、天候だ。
しとしとと降る雨はまるで小雪のようで、足元が不安定になっているのだ。特にメイクデビュー戦は多くやっており、内側は足跡でいつも以上に荒れている。
トレーナーは今日、空を睨みつけていたくらいだ。
「トレーナーそんなに天候が不安?」
「……そうだな。お前の今回の武器は体力とスタートダッシュだ。天候が悪いと発揮できない可能性がある」
「ま、そのために靴も蹄鉄も新調したんだし、問題ないよ」
「ああ」
僕はそう言って靴を点検する。
ちゃんと打ってあるし、問題なし。
靴紐もしっかり縛ったし、脱げることはないだろう。
準備は十分以上だ。
「じゃあ、行ってくるよ、トレーナー」
「ああ。……ブラックトレイター」
「ん? なに?」
出ようとすると、止められる。
「……怪我はするなよ」
「シンザン記念のこと言ってるの? 大丈夫だよ。トレーナーは三冠とるためのプランでも練っててよ」
そう言って僕はターフへ向かった。
ターフはやはりぬかるんでいる。
芝があるとはいえ、禿げている部分もあるわけで、ああ言った手前気を付けないといけない。
時速70キロで転べば怪我だけじゃすまないからね。
メンバーは初めての公式戦ということもあり、必要以上に緊張しているのが見て取れる。
その中で集中力を高めているのはモンスニーちゃんだけだ。
やはり、最大の強敵はモンスニーちゃんのようだ。
僕が見ていることに気づいたのか、モンスニーちゃんはこちらへ寄ってきた。
「ラックさん」
「モンスニーちゃん。調子は良いみたいだね。パドックの歓声、裏まで聞こえたよ」
「ラックさんはその……」
「あはは、人気がなかったら同情で1位を譲ってくれるのかな?」
「そんなことはしませんわ!」
「じゃあ、気にしなくていいよ。人気は順位じゃないんだから」
「そうですわね。わかりました」
「うん、良いレースにしようね」
「ええ」
モンスニーちゃんはきっと僕が負けたら引退だということを知らないのだろう。
それでいい、と僕は思う。
僕の目標は引退しないことじゃない。
もっと高い所にある。
だから、全力のモンスニーちゃんを倒さないと意味がないのだ。
ファンファーレが鳴るのが聞こえる。
『さあ、メイクデビュー戦。芝2000m。あいにくの天候ですが、それがウマ娘たちにとって吉と出るか凶と出るか。人気上位のウマ娘を紹介しましょう』
解説が始まり、緊張感が高まっていく。
『三番人気はこのウマ娘。スイートパルフェ。気合十分です。二番人気はジャラジャラ、パドックでも注目を集めていました』
『私注目のウマ娘です。がんばってほしいですね』
『そして、一番人気メジロモンスニー。天皇賞優勝を狙うウマ娘です。勝って好調な滑り出しと行けるでしょうか! ……各ウマ娘、ゲートインが開始されます』
ゲートインが始まるが、慣れていないということもあり時間がかかる子がいるようだった。
僕は外枠なので、後ろの方だ。
モンスニーちゃんは内枠なのですでに収まって集中を切らさないようにしている。
僕はコースを観察して時間を潰す。
やはり、最終コーナーを回り、最後の直線は加速するために強く踏み込むのか、一番芝が疎らになってしまっている。
要注意だ。
コーナーは見づらいが、ぱっと見問題はなさそうだ。
緩やかでもないのでスピードが出過ぎるということもなさそうだ。
そこまで観察して、僕の番が回ってくる。
『さあ、ゲートイン完了しました。……メイクデビュー戦、芝2000m、今スタートです!』
僕はいつも通りのスタートを決めた。
だが、数人が出遅れ、僕はすぐにポジションを決めることができた。
『ハナを切ったのはブラックトレイター! とても良いスタートダッシュです。そのままぐんぐんと前を進んでいく。二番手にはメジロモンスニー、三番手にはスイートパルフェ。ジャラジャラはこの位置、4番手』
僕はただ前を見て進んでいく。
後ろからはモンスニーちゃんが追走している。おそらく1バ身もないだろう。
「逃がしませんわ! 一度離れたらもう捕まえられないことは承知です!」
「それはこっちのセリフだよ!」
最初の直線は短いわけではないが長くもない。
モンスニーちゃんをここで振り切れればよかったのだが、どうやら意地でも僕についてくるようだ。
なら、そのまま勝負と行こう。
『スタートダッシュを決めた先頭集団と出遅れた後方集団で縦長なレース展開となっております。特に先頭二人、ブラックトレイターとメジロモンスニーはすでに後方と4バ身差をつけています』
『少し掛かっているのかもしれませんね、落ち着けるといいのですが』
解説はそう言うが、走り切れるペースだ。
だが、1番手は僕。
モンスニーちゃんには1番と2番の違いを見せつけてやる!
シンザン記念で僕が会長から教わったことは今でも扱える。
付け焼刃ではないのだ。
ひたすらモンスニーちゃんのスタミナを削っていく。
最後の加速で足を残すことは許さない。
最初のコーナーがやってくる。
コーナーは不得意ではない。むしろ得意だ。
コーナリングもそうだが、息を入れる練習は死ぬほどしたのだ。
僕が息を入れた瞬間、視界に影が入った。
「うっそ!」
「あなたは強い、だから、持ち味を活かさなければ、勝てません!」
モンスニーちゃんは息を入れるという選択肢を取らなかったのだ。
モンスニーちゃんはスタミナを温存しないことを選択した。
すでにスタミナを削り、辛いだろうに、小さな妥協すら許さなかったのだ。
一歩間違えれば……いや、一歩どころではなく最後まで持つ確率は5割もないだろう。持たなければ掲示板に乗ることすら怪しいかもしれない。
だが、モンスニーちゃんは選んだ。
僕に勝つ選択を。
そのリスクが大きかったとしても。
甘く見ていた。
僕なら勝てるだろうとどこか慢心していた。
だが、モンスニーちゃんは違った。
勝つためにすべてを怠らなかった。
勝つためにすべてを研究していた。
すべては、勝つために。
こうなったらもう勝負はわからない。
確かにこのまま揺さぶれば勝率は上がる。
だが、確実に勝てるというわけではない。
モンスニーちゃんの体力が持てば僕は負けるのだ。
その時、僕はどう思うのだろう。
勝つ確率が高かったから何もせず、負けたのなら。
許せないだろう。
ならば、本気だけではなく、全力で叩き潰さなければならない。
体力自慢なのはモンスニーちゃんだけじゃないのだから。
僕とモンスニーちゃんは横並びに走る。
どんどんと後続を突き放していく。
『なんとういうペースだ! これでは最後まで持たないのではないか! しかし、後続も追い付けるかどうかも怪しくなってきた! その距離9バ身!』
さあ、最後のコーナーだ。
もう僕は息を入れるということはしない。
ここで息を入れれば完全に置いて行かれるからだ。
モンスニーちゃんもそれがわかったのか、一層力を入れる。
だが、その顔は赤を通り越して蒼白になってきている。
それでも止まらない。
止められないのだ。
『最終コーナーを抜ける! ブラックトレイター、メジロモンスニー、これはセーフティリードだ!』
もう完全に僕とモンスニーちゃんの勝負だ。
根性勝負。
だが、シンザン記念の時のように僕の土俵だけではない。
モンスニーちゃんの土俵でもあるのだ。
『残り200m! どちらだ、どちらが勝つのか! 大接戦だ!』
勝つ!
絶対に勝つ!
体力は僕の方が有利だ!
足も残っている!
そう思った時だった。
不意にタタっと、モンスニーちゃんの足音のリズムが崩れた。
『ああっと! メジロモンスニー、どうした! 少し斜めになる!』
モンスニーちゃんはたたらを踏んだように僕に近づく。
距離は数mは離れていたが、こちらへ寄ってきたのだ。
それからはスローモーションのようだった。
前傾姿勢が崩れ、僕よりも少し前に出る。
だが、それは加速というにはあまりにも不自然なもの。
モンスニーちゃんは完全に体勢を崩していたのだ。
酸欠で意識が朦朧としながらも加速しようと足に力を入れた時、ぬかるんだ地面に足を取られたのだ。
そして、踏ん張ろうとするが、バランスを保てず僕に近づいてしまった。
転倒する。
最終直線の最高時速で転倒する。
しかも、僕の方に。
このままいけば僕は無事だろうが、モンスニーちゃんは無事にすまない。
そう思った瞬間、あえてモンスニーちゃんに近づいた。
そして、モンスニーちゃんと接触する。
「ふんっ、ぬああああああ!!」
「あっ、うっ……!」
モンスニーちゃんを支える。
体幹に関しては、自信があるのだ。
モンスニーちゃんを掴み、それでも足を動かす。
とんでもない負荷がかかる。
「モンスニーっ!! 足をっ、動かせ!」
「……っ!!」
モンスニーちゃんが足を動かす。
どうにか、体勢を立て直すことができた。
だが、僕のスピードは死んでしまった。
そして、そのアクシデントで完全に体力が尽きる。
そのまま、ゴール板を駆け抜けた。
――終わった。
僕は息を整えながらモンスニーちゃんを見る。
どうにか、酸欠の状態から持ち直しているようだった。
掲示板は、見なくてもわかる。
2着。
それが僕の着順だった。
「……っ、ラックさん」
「……負けたよ、モンスニーちゃん」
「こ、こんなのっ、あなたはわたくしをっ……!」
「真剣勝負だ。僕は、あそこでモンスニーちゃんを支えても勝てると思ったからやったんだ」
「しかしっ!」
「モンスニーちゃん!」
「……っ!」
「僕は本気でやった。君はどうなの」
「……わたくしも、勝つために」
「じゃあ、これはおしまい! ライブもあるんだよ? そんな顔でするの?」
「……すみません」
僕たちはそれから観客に手を振った。
けど、僕はもう引退だ。
もしかしたら、僕の方が酷い顔をしているのかもしれない。
ああ、トレーナーに謝んなきゃな。
僕はどこか他人事のようにそう思った。
だが、少しして掲示板に『審議』の文字が光る。
「! ラックさん!」
「……斜行って思われたかな」
長い長い審議だ。
僕はモンスニーちゃんと着順が決まるのを待つ。
だが、結局掲示板にそれが乗ることはなかった。
トレーナーが走ってくる。
モンスニーちゃんのトレーナーさんと思われる人もだ。
「ブラックトレイター、斜行判定の審議だ。説明を含めて中で会見をするらしい」
そうして、僕たちはそのまま室内に連れていかれた。
迷いましたが、今日はもう一度更新することにします。
時間は21時半くらいを予定しています。
どうぞ、よろしくお願いします。