僕は今、黒くて長い車に乗せられている。
座席が内側に向かって丸くなっているし、テーブルがある。テーブルの上にはなんかよくわからないけど高そうな飲み物が乗っている。
広いのに、僕は緊張で縮こまっている。
ちらっと見れば、スーツの男の人が運転している。
「ブラックトレイター様、後5分ほどで到着致しますので」
「ひゃい」
どうしてこうなったんだろう。
僕はこれまでの経緯を思い出していた。
そういえば、シービーの会わせたい人って誰だろう。
どこに行けばいいのかな?
そう思って僕は賞金で買った携帯(スマホではない)でシービーに連絡する。
『週末ってどこに行けばいい?』
『迎えに行くから、大丈夫!』
来たのがリムジンとスーツの人でした。
回想終わり。
なに?
僕、ヤクザにでも紹介されるの?
ヒールになるとは言ったけど、生粋の裏稼業にはならないよ?
現実逃避していると、リムジンが止まる。
丁寧にドアを開けられ、降ろされる。
「やっほー、来たね」
「あ、シービー」
その顔を見てほっとする。
そこに居たのはシービーだった。
シービーはおしゃれさんだ。
ヒールの高いロングブーツにホットパンツと丈の短いシャツを着ている。へそ出しだ。しかも、とんでもない足の長さ。
身長が高いのにヒールでさらに高くなって僕との身長差も広がる。
「シービーがどんどん遠くに……」
「遠くになんていかないよ? ラックも連れて行ってあげるから」
「トゥンク……」
「あはは、今度はそれを口で言えないくらいの口説き文句考えてこようかな」
「やめて。まじで洒落にならん。坂道のリンゴより転がり落ちるぞ」
「あはは」
シービーは笑うが、おそらくシービーに落せない子はいないぞ……。
たぶん、競技者じゃなかったらホストか俳優あたりが天職なんじゃないかな。
「で、紹介したい子って誰? どこにいるの?」
「うん、ここにいるよ?」
そう言ってシービーは後ろの門を指さす。
その中は広大な敷地になっている。国立公園だって言われても納得できる。
「あはは、シービー。ここはきっと国のお偉いさんが住んでいる敷地だよ? だってほら、とんでもなくデカそうな家なのにあんなに小さく見えるんだから」
「うん、そのお偉いさんが住んでいるところに住んでいる子を紹介するんだ」
「……それはお偉いさんですか?」
「少し違うかな? まだ、お偉いさんじゃない」
「将来、お偉いさんになりますか?」
「なると思うよ? いや、アタシがさせるか」
「その人は僕に紹介する必要がある人ですか?」
「もちろん。さあ、行くよラックネーター?」
シービーは僕の腕を掴んで引きずっていく。
やだぁ、礼儀作法は前世でも今世でも学んでないんですぅ。
一般人なんですぅ。
やだやだと首を振ってもシービーは止まってくれない。
門を潜り抜け、その家――いくつか建物が見えたので本館というべきか――の呼び鈴を押す。
『はい』
『ミスターシービーです』
『お待ちしておりました。お嬢様がお迎えしますのでそのままお待ちください』
『はーい』
シービーは慣れているようで、気軽に受け答えをする。
僕はその体の小ささを駆使してシービーの後ろに隠れる。
お嬢様とは誰だ。
僕は誰と会うんだ。
そうしていると、ガラッと扉が開いた。
そのウマ娘は言う。
「やあ、シービー。待っていたよ。一日千秋の想いだった」
「あはは、君が忙しいから会えなかったんだけどね」
「だからこそだよ」
そのウマ娘は見事な鹿毛をロングにして、美しい流星を持っていた。高い知性を思わせる瞳は紫に光っている。
その瞳はシービーの後ろの僕に向けられる。
「それで、私に会ってほしいウマ娘というのはその子か? 恥ずかしがっていないで出てきてほしいな」
「そうだよ、ここまで来て何恥ずかしがってるの? いつもの豪胆な君はどうしたのさ」
僕は小声でシービーに言う。
「ぼ、僕は本来あがり症なんですぅ! 最初のライブは心臓吐き出すかと思ったんだからね!」
「はいはい、話す時は人の目を見て話しましょうねー」
シービーに肩を掴まれ、前に出される。
そのウマ娘はおそらく僕より年齢は低いだろうが、すでに身長が高く、シービーとの間に挟まれた僕は縮みあがる思いだった。
「初めまして、シンボリルドルフだ。よろしく」
「……え?」
しんぼりるどるふ?
あのシンボリルドルフ?
あのシンボリ家のシンボリルドルフ?
あの前世では三冠を達成して、7つの王冠を取ってシンザンを超えろという言葉を終わらせた永遠と絶対の皇帝のシンボリルドルフ?
おうふ。
今、一番会いたくないと言っても過言ではない人物だ。
シンボリルドルフさんのことはシービーに聞いている。
お堅いところもあるが、実直で優秀でその走りは力強く才能はシービーを超える。そして、なんと全てのウマ娘を幸せにしたいと願うウマ娘なのだ。
逆に僕は?
トレセン学園の超問題児。ウマ娘をバカにし、自分至上主義を掲げ、URAを敵に回すような言動を繰り返している。
え?
今日が僕の命日ですか?
「そんなに緊張しなくていい。名前を教えてくれないか?」
「……えぇーっとぉ……」
「この子はブラックトレイター。ほら、アタシが2敗してる子だよ」
「ちょ」
「ほう」
シンボリルドルフさんの目が細められる。
威圧感がその場を支配する。自分が強者だと自覚し、それをコントロールできる存在の威圧感だ。シンザン会長と似ている。
「君が噂の、ウマ娘か」
「う、うむ……」
「ねーえ、中に入れてよ。挨拶はすんだでしょ?」
「……そうだな。色々と聞きたいことがあるからな。案内しよう」
いや、僕は結構です。
そう言えずにシービーに押され、僕はその逃げ場のない監獄に行くことになった。
中は広く、造りは日本家屋と言った風だった。
手入れもされており、埃一つない。
その静謐な雰囲気は僕はもちろん、現代風なファッションをしているシービーすら浮いているようだった。もっとも、シービーは気にしていないようだったが。
案内されたのはそこも和室で、腰を落ち着けられる客室と言った風な部屋だった。
シービーに座らせられる。
シンボリルドルフさんはお茶を淹れてくれる。
その所作は淀みなく、良家のお嬢様だということをまざまざと見せつけてくる。
「さあ、どうぞ。お高く止まった家の出すお茶は口に合わないかもしれないが」
もうブチギレじゃないですか。
大丈夫?
湯呑ひび入ってない?
というか、僕はどういうムーブをすればいいのだろうか。
きっとシンボリルドルフさんはこれからこの世界で重要な存在になる。それは僕にとってもそうだ。
僕の目標をわかってもらうのか、それとも悪役ロールを決行するのか。
僕とシンボリルドルフさんの目標は被るところがある。
と考えたところで、そもそもシンボリルドルフさんと僕の目標達成のルートが逆なんじゃないかと思った。
目的が同じでも手段は違う。
それは分かり合えないのと同義じゃないか?
そうと決まれば、ふてぶてしく行こう。
バレたら黒歴史もいいところだが、演技の練習はしたのだ! 大丈夫できるできる俺はブラックトレイター最強で最高のウマ娘俺以外は劣等種!
熱いのを我慢してお茶を飲む。
「いーや、そんなことはないな。これは美味い。どうだ? 給仕としてなら雇ってやってもいいぞ?」
足を崩してそう言うと、シンボリルドルフさんの額に青筋が走る。
こええ。
「どうやら、噂通りのウマ娘らしい」
「ほお、噂ってのは知らないが、良家のお嬢さんに知ってもらえるなんて、俺も有名になったもんだ」
「ああ、君は私の目標の一つだからな」
「目標?」
「ああ、君は実に優秀なサンプルだ。私の目標を達成するための、な」
「ははは! 聞いてるぜ? 『全てのウマ娘を幸せにする』だったか?」
「そうだ」
「言ってやる。無理だよ。理想論にすらなっていない」
「なんだと? 言ってくれるじゃないか? それを断言する材料はあるんだろうな」
「おーおー、もちっと取り繕えよ、お嬢様。もちろん、あるぜ?」
「聞こうか?」
「そもそも、ウマ娘っていうのは種族の名だ。人間の近似種ってだけの動物だ。社会に組み込まれているが、その本能は走ることでしか解消できない。それがレースや輓バとしての役割があるうちはいいだろうさ。だが、そうでないウマ娘は? ほぼ人間さ。それも強い本能という制約付きのな」
「……そうだとも。だからこそ、ウマ娘を救わなきゃいけない」
「それが無理だって言ってんだ。いいか、すべての人間を幸せにできないように、すべてのウマ娘を幸せになんてできないんだよ。問題なんて山ほどある。知ってるか? 貧困層に生まれたウマ娘の悲劇を。食べるものがない場合、人間よりも早く死ぬんだ。なまじエンジンが優れている分、ガソリンも必要でな。人間と同じ量でも飢餓で苦しむんだぜ。そもそも、トレセン学園ですら夢破れ泣きながら帰っていくウマ娘がどれほどいると思っているんだ」
一気に喋りすぎたから喉が渇いてお茶を一口啜る。
シンボリルドルフさんは頭がよさそうだし、中身のない挑発じゃなくて具体的にできないと言ってみた。
それが効いているのか、シンボリルドルフさんは案の定眉間にしわを寄せて僕をにらむ。
内心冷や汗を垂らすが、努めて涼しい顔をする。
「君とは分かり合えないようだ」
「ようやくわかったか? ずいぶんと頭の回転が遅いみたいだ」
ちなみにシービーはもっちゃもっちゃと茶菓子を食べている。
なんだったら手をつけないのを見て僕のも食べてる。
あれ?
もしかして、遊びに来たの?
「シービー? どうしてこのウマ娘を私に引き合わせたんだ?」
「そりゃ、俺も聞きたいね。いきなりこんなところに連れてこられて不快もいいところだ」
そう聞くと、シービーは今気づいたとばかりに目をしばたかせる。
「あ、そうだった。シンザン会長、辞めるんだって」
「「は?」」
だが、出てきたのは全く違う、驚愕の事実だった。
「え、ちょちょ、どういうこと?」
「そ、そうだ。ちゃんと説明するんだ」
演技も忘れてシービーに詰め寄る。
シービーは勝手にお茶を淹れながら言う。
「URAの仕事の方を重点的にやりたいんだって。マルゼンスキー先輩のことでそう思ったから来年には辞めたいらしい」
確かに、会長はURAに意見できる立場だと言った。
実際、僕の頼んだことはやってくれたし、会長の名前のレースも作られた。URAの方へ行くのも納得であるが……。
「つまり、その首謀者のブラックトレイターの所為だと?」
「ああうん。それは間違ってないけど、後ろ向きな理由じゃないよ?」
「じゃあ、なんだと?」
「まあ、ルドルフと同じようなことをしたかったんじゃない。そこらへんは別に興味なかったから聞いてない」
シービーは相変わらず、自分のペースだ。
僕は相変わらず混乱から抜けきれない。
「で、後継者を探してほしいって言われたんだ」
「シービー、この状況とどういう関係があるのか、聞きたいんだが……」
「まあ、聞いてよ。ちゃんとわかるから」
「む……」
「で、アタシは後継者をルドルフに頼みたいの」
「それは……光栄だし、むしろできるのならやらせてほしいくらいだが……」
「まあ、仕事はできるだろうし、会長には確実になれるから大丈夫。それで、来年には辞めるって話だから、引継ぎとかができないの。生徒会は会長しかいないし。だからルドルフには先にトレセン学園に来てほしいんだ。別に学校の方は問題ないでしょ?」
「……それはまあ、問題ないが」
「で、とはいえ建前は必要でしょ? だから、形骸化してた『先行入学』って制度があるからそれを使おうと思って」
「先行入学?」
「うん。小学校だと芸能科みたいなところでウマ娘がレースとかトレーニングを優先できるところがあるじゃない?」
「まあ、実際私はそこだし、シービーもそうだったはず」
「そうそう。だけど、小学校でトレーニングできるわけじゃない。でもトレセン学園は才能あるウマ娘はさっさと育てたいってことでできた制度らしいんだけど、基準が厳しすぎて当てはまるウマ娘がいなかったらしいの。良い家のウマ娘は家でトレーニングするしね」
「まあ、そうだな」
「で、それ使って来てもらうんだけど、チームとかトレーナーについてもらわなきゃいけないんだ。指導するために来てもらうからね」
ぼーっと聞いていたが、急激に嫌な予感がしてきた。
「まさか……」
「うん。リギルでいいかなって思ったんだけど、たぶん入学したらリギルに入るだろうし、ラックのトレーナーのところで見てもらってよ」
「うちで!?」
「うん、いいでしょ?」
「スピカに行けばいいじゃん!」
「うちはダメ。トレーナー、ルドルフを指導するどころかルドルフに指導されちゃいそうだから」
「いや、それはうちもでしょ! ウマ娘を道具だって公言してるんだよ!?」
シンボリルドルフさんは「どんな問題児たちなんだ、そのトレーナーたちは……」とつぶやく。
そのつぶやきで正気に戻る。
悪役ロールしなきゃ。
「はあ、俺のトレーニング量が減るだろうが。それにトレーナーが許可するかよ」
「それは大丈夫。許可取ったし、なんだったらこの前の取材で先行入学する子をラックのとこで見てもらうことにしたって言ったから」
「え、うそ!?」
どんだけ手回しが早いんだ。
僕は?
僕の意見は?
一瞬で演技を剝がされる。
ビークール、ビークール。
「ま、まあ? 俺は来てくれるって言うのであれば? 存分に合法的に? こき使えるから? 別にいいけど? でも、良家のお嬢様が良いなんて言うはずないよなぁ?」
そう言ってチラッとシンボリルドルフさんを見る。
リギルかスピカに行くと言うんだ!
ウマ合わないって理解したでしょ!
いいんだよ、気を遣わなくて!
だが、即答すると思ったがシンボリルドルフさんは悩んでいるようだった。
なんで?
普通嫌でしょ?
長い沈黙の後、シンボリルドルフさんは口を開いた。
「わかった受けよう」
「てめええええ! なんでだよ! いやだろ! 普通!」
「生憎、私の目標は達成困難なのでね。いや確かに君の言う通りだったよ、問題は山積みで、トレセン学園の問題すら解決できないのであれば夢のまた夢だ。だから」
そう言って、シンボリルドルフさんは僕に刺すような視線を向ける。
「トレセン学園にいる、大きな問題児を二人、矯正しよう」
真面目ちゃんがぁ!!
僕は珍しくロールプレイじゃなくそう叫んだ。
やっと出せましたシンボリルドルフさん。
自分の中でキーボードで打つ時にとてもムズイことで有名。こんがらがります。
あと、このシンボリルドルフさんはアプリやアニメのような完成された精神性をしているわけではありません。結構やんちゃです。