短いです。
宣戦布告。
ブラックトレイターはそれを行った。
積極的にマスメディアに対応する姿は方向性さえ違えなければレースを走るウマ娘として理想的な姿だったといえるだろう。
URAはブラックトレイターを承認した。
今は狭間の世代だ。
私――シンザンが出てきてから三冠ウマ娘は出てきていないし、スターウマ娘も片手に数えられるほどでしかない。
だから、URAは人材を欲したのだ。
誰でもいい。
話題になれば。
その結果その『誰でも』の者が苦しむことになろうとも、URAには関係ないのだ。
ブラックトレイターの要求はURAにとって喉から手が出るほど欲しかったものだった。
この提案を持って行った私をURAの者は褒め称えた。
流石シンザンだと。
URAのためにこんなに素晴らしい提案を持ってくるなんてと。
思わず苦笑いをしてしまう。
この提案がブラックトレイターのものだと気づきながらも、ブラックトレイターを冷遇していたから今更戻れないとでも思っているのだろう。
だが、全てが上手くいったわけではなかった。
反対意見も出たのだ。
URAも一枚岩ではない。
反対した派閥は2つ。
1つはマルゼンスキーを見て持ち込みのウマ娘に規制をかけた派閥。
この派閥はすでにほとんど人数がいない。何故なら、責任を取ってもらったからだ。
だから、難を逃れここに残れたものがブラックトレイターに逆恨みを抱いているのだ。
正直、どうでもいい部類の者たちだ。
だが、ブラックトレイターに報復でもされたらたまらないので、多数決の力で動けないようにしておく必要がある。
URAの大半が賛成している意見を反対しているのだから、容易だろう。
問題はもう一つだった。
それは理事長一派。
秋川やよい理事長はウマ娘を想っている。
だから、純粋にブラックトレイターを心配したのだ。
なんというか、理事長にはお世話になったし、その気持ちもわかるので説得にずいぶん時間がかかった。
理事長もこの方法しかブラックトレイターがレースに出れないということはわかっているだろうが、それでもこれからの苦難を想像し、他の方法を模索するべきだと言った。
時間があるならそうしたかったが、そんなことをしていたらブラックトレイターがレースに出れるのはシニアになってからだ。
だから、口から出まかせで「今少し我慢すればブラックトレイターの信用を回復する方法があるから納得してくれ」ということを言ってようやく納得してくれたのだ。
さて、この騒動で私にとってメリットを感じた点がある。
それは色々な派閥がいるURAが見やすくなったことだ。
正直、URAは利益を出すために必死だ。それは共通認識だろう。だから、URA内では派閥はあれど政治的な対立は少なく、誰がどんな思想を持っているのかがわからなかった。
例を出せば、持ち込みの規制をした者の中でも『小さいプライドを守ろうとした者』と『純粋に日本のウマ娘を想った者』がいた。
思想が違えど立っている場所は同じだったので、見分けがつかなかった。
だが、ブラックトレイターの出現でその中でも、ウマ娘を大切に扱わない派閥が見分けられるようになった。
つまり、私は『敵』を見つけることができたのだ。
ブラックトレイターは誘蛾灯だ。
『悪』役という光には悪い者が利益を吸おうと寄って来る。URAもそうだし、マスコミもそうだ。そして、それはブラックトレイターなくしてはいられないのが都合がよかった。
トレセン学園には純粋無垢なウマ娘がたくさんいる。それを食い物にしようとする大人たちがブラックトレイターだけに集中する。
正直、ブラックトレイターという存在がトレセン学園にいるだけで、他のウマ娘たちはその大人たちから受ける被害がほぼなくなるだろう。
「だが、それは同時に君の苦難を意味しているんだぞ?」
「うん? 別に、今までとそう変わりませんよ」
「何故そう言える」
「だって、やらなきゃいけないことのために我慢するっていうのは形が違えど誰でもすることです。目標が大きければ大きいほどその我慢は大きくしないといけない。そうでしょう?」
「……そうだな。間違いじゃない。だが、耐えられるかは別だ」
そう返すと、ブラックトレイターは思ってもみなかったという顔をする。
自分は耐えられるという確信があったからではなく、本当に思ってもみなかったのだろう。
それから少しだけ考えて、結論になっていない結論を出す。
「……それでも、やっぱりみんな同じだと思います。達成できるからそれを目標にする人の方が少ないんじゃないですか? 耐えられるかわからないけど、それのために頑張る。ほら、やっぱりみんな同じだ」
私はブラックトレイターというウマ娘がどうしてこう無鉄砲なのかを知った。
自分のことなど、勘定に入れていないのだ。
いや、入れているのかもしれない。
だが、持ちうるものの中での優先順位が自分よりも目標が高いのだ。
このウマ娘はただ目標を達成しなければいけないという前提の元成り立っている。
だから、『やる』。
『やらない』という選択肢がそもそも存在していないのだから、耐えられるかどうかを考えるのは無駄だと思っているのだ。
だって、耐えられないとしても『やる』ことには変わりがないから。
「ブラックトレイター」
「なんですか?」
「君はこれから大きな壁にぶち当たるだろう」
「?」
「どうかくじけないでほしい。そして、どうかくじける強さを持ち合わせてほしい」
そう願わずにはいられなかった。
確信がある。
ブラックトレイターは『自分』と『目標』が矛盾する時が来る。あるいは、『目標』を失う時が来る。
その時に、君は壊れてしまうだろう。
だったなら、いっそそこから逃げてほしかった。
けど、もう一つ確信があった。
きっと君は逃げないんだろうな。
壊れるとわかっていても止まれない。
そういうウマ娘なんだろう。
「さて、私も仕事がある。今日は報告を聞いてくれてありがとう」
「いえいえ、僕が言い出したことですから、お礼を言うのはむしろ僕ですよ」
「……そうだな。ともあれ今日はこんなところだ」
「はい。あ、そうだ」
「? まだなにか?」
「これ、僕を取材した中でもゴシップ系の雑誌の人だったのをリストアップしましたので、他の子のところには行かせないようにしてくれませんか?」
「……全く君は。わかった。手配しておこう」
「ありがとうございます! では!」
そう言ってブラックトレイターは敬礼をして、出て行った。
私は一度背もたれに寄りかかる。
ギシリと軋む。
彼女は光となるか、闇となるか。
あるいは、光を照らす闇となるか。
考えてもわからない。
未来は誰にもわからないのだから。
私は大きく伸びをして、机に向かった。
私のできることをしよう。
みんな同じ、か。
なら、私もやらなければならないな。
少なくとも、君が立ち止まるまでは。