久しぶりのトレセン学園。
新学期は新鮮な気さえする。
僕はルンルン気分で登校する。
あの地獄の合宿を終えて、なんと回復力すら伸びた。
疲労はまだ残っているが、トレーニングだってできる。
まあ、トレーナーからはトレーニングは指定の軽いもの以外はしてはいけないと言われているが。
レースも近くなってきている。
その最後の調整だ。
楽しみで仕方がない。
「シービー、久しぶり!」
「つーん」
「つーんって言う人初めて見たわ」
だが、シービーがなんか拗ねていた。
え、なんで?
「どうしたのシービー」
「べっつにー?」
「えー、久しぶりの親友との再会だよ?」
「誰の都合で久しぶりなのさ」
もしかして……。
「シービー、合宿行ったこと怒ってる?」
「怒ってはないさ。ただ、どうしてルドルフは連れてったのかなって思ってね?」
「いや、ルドルフは生徒会として来てたようなものだからね?」
「でも、一緒にトレーニングしたんでしょ?」
「まあ、したけど……」
「アタシも行けばよかったー!」
「いや、トレーナーに止められるでしょ……」
「うちのトレーナーならワンチャンいけるかもしれないじゃん」
「確かに……」
「まあ、最近イライラしてるみたいだから頼まなかったんだけどさ」
「そうなの?」
「うん、臭いから禁煙してって言った。代わりに飴あげてる」
「餌付けかな?」
「そんなことはいいの! すっごい暇だったんだから! トレーニングはしてたけど疲労を残さないものだったし、ラックと遊ぼうと思ってたのにー」
「ごめんて。まあ、でもレースでは楽しみにしておいてよ」
そう言うと、シービーは機嫌を直したのか、にししと笑った。
「そういえば、レースはどうするの?」
「あ、言ってなかったっけ。東京スポーツ杯ジュニアS、ホープフルS、若葉Sに出る予定」
「へー! アタシと被らなかったのは残念だけど、一足先にG1目指すんだ」
「そうそう。やれることはやっておきたいしね」
「絶対観に行く! 勝負服、楽しみにしてるね」
「……勝負服?」
「うん、勝負服」
「う、うん! 楽しみにしておいてよ!」
「ちなみにどんなの?」
「それは……本番まで秘密! だから、聞かないで!」
「あはは、そうする!」
勝負服。
それはウマ娘にとって神聖なもの。
それを着ればいつもよりも力が出るという。
もちろん、それを抱いて生まれてくるわけではない。
つまり、作らなければならない。
一応、トレセン学園の貸し出しがあるが、名前を売ろうってのに自分の勝負服を着ていないなんて、言語道断。
ま、まずい!
完成にどのくらいかかるのかわからない。
一刻も早く注文しなければ!
「まだ大丈夫だぞ」
トレーナーの言葉にがっくしと肩を下ろす。
「何を焦っているのかわからないが、流石に俺としてもトレーナーの本分を忘れているわけじゃない」
「まあ、そうよね……」
超不安になったが、そもそも危なかったらトレーナーが言うか。
「しかし、丁度いいからどんな勝負服にするのか、決めておこうか」
「デザインって自分でしていいの?」
「ああ、イメージと違ったらとんでもないことになるからな。まあ、とは言っても素人よりもデザイナーに任せた方がいい。大半はデザイナーに任せているさ」
「じゃあ、方向性だけは決めておこうって?」
「方向性は必要だからな。ドレス系のが欲しいのに私服風のが来たりするからな。デザイナーは似合うかどうかで見るからな」
「あー……」
進みたい方向とは違う勝負服着てもやる気下がるだけだからな……。
「それと、グッズ販売の話も来ているぞ」
「え、僕に!?」
これにはまじで驚いた。
僕、とんでもないウマ娘だって周知の事実よ?
「これはURAからだな。まあ、ヒールにもグッズは必要だろうという判断だ」
「まあ、そうか……」
とはいえ、想像できるぞ。
店頭で並べられたぱかプチ、僕のだけぎゅうぎゅうにあって他がすっからかんだという状況が。
「まあ、グッズは嬉しいけど生産は少な目でね……」
「金に一番うるさいのはURAだから大丈夫さ」
「トレーナーなら売り切れることを心配しない?」
「お前以外のウマ娘だったら考えてやる」
「はいはい」
しかし、こういう話をするとようやく僕も本番と言える時が近づいてきているのがわかる。
緊張しないといえば噓になるが、それでも十分以上に準備はしてきているのだ。
……まあ、勝負服以外は。
さっさと勝負服を決めてしまおう。
「トレーナー、時間ある?」
「まあ、今日はトレーニングもないしな」
「じゃあ、勝負服のデザインするから手伝ってよ」
「……わかった、いいぞ」
許可ももらったし、そのまま机を借りて紙とペンを取り出す。
色は……まあ、モチーフは僕だし、彩度は低めだろう。
3案くらいあればいいか。
さっさと描いていくとトレーナーが驚いていた。
「お前、多才だな」
「まあ、これも努力の成果ということで」
中々な出来だ。
実は僕の前世は陸上の選手はしていたが、そもそもの仕事はどちらかといえばクリエイター系だったのだ。
つまり、本職だ。
久しぶりなので、細かい部分はプロに任せたいが、大まかなデザインくらいはできる。
とはいえ、ウマ娘の服のデザインは初めてなので、トレーナーに見てもらいながら手直しをしていく。
一つはドレスタイプ。
これはディズニーのヴィランをモデルにしている。黒と赤の半々の色彩だ。
もう一つは私服系。
ダメージのついたズボンにパンクなシャツにパーカーを巻いている、ヴィジュアル系だ。
最後は黒スーツ。
これはどちらかというと、モデルはないが映画の悪役をイメージしている。パンツタイプのロングスーツだ。
描いたそれをトレーナーに見せる。
「どれがいいと思う?」
「俺はセンスがないからな……黒スーツがいいとは思うが……そういうのはウマ娘に聞いた方がいいんじゃないか?」
「確かに」
そう言われ、僕はSNSのダイレクトメッセージでシービー以外に聞くことにした。
マルゼンスキーの場合。
『私服系がかわいいわ! ナウなヤングな感じがして!』
という内容を絵文字付きで送られてくる。
メジロモンスニーの場合。
『ドレス姿が似合いますわ。わたくしもドレスなのでお揃いにできますわよ』
という内容が送られてくる。
ダイナカールの場合。
『ドレスが良いと思うが、その意匠でいいのか? もっと明るい方が似合うと思うぞ』
という内容が送られてくる。
ルドルフの場合。
『スーツだな。イメージと合う。それにデザイナーに任せるならシンプルな方がいいだろうからな』
という内容が送られてくる。
プロミス先輩の場合。
『スーツがかっこいいね! ラックくんはカッコイイ系目指してるんでしょ! ならスーツにするべきだよ! ギャップを狙うならドレスもありかもね!』
という内容を電話で話してくれた。
プロミス先輩いい人すぎる。
しゅき。
さて、意見が分かれたが、どうしようか。
「お前はどうしたいんだ? ブラックトレイター」
「僕か……」
僕はどういうイメージなんだろうか。
自分の容姿と合うように描いたが確かにこれを着て僕はレースに出るのだ。
だが、さっぱり見当もつかない。
わからないというより、どれを着ていても違和感はないように思えるのだ。
なら。
「決めた」
「スーツにするのか?」
「うん。トレーナーが選んでくれたしね」
「おい、いいのか」
「この勝負服、どうあれ、今の自分を表していると思うんだ。だったら、僕を一番見てくれたトレーナーが選んだのがいい」
「……後悔しても知らないぞ」
「その時は自分のデザインセンスのなさを恨むよ」
「まあ、いいだろう。希望がなければ俺の知っているデザイナーに渡しておくが?」
「うん、お願い」
「ああ」
こうして、僕の勝負服は作られたのだった。
「あ、お金は?」
「ああ、東京スポーツ杯で勝てなきゃ借金だ」
「……うす」
僕、いつも負けられない勝負してるな……。
まあ、負けていい勝負なんてないけどさ……。
そして、準備をしつつ時間は過ぎていく。
11月に入り、息も大分白くなってきた。特にウマ娘は体温が高いため、温度差で体調を崩さないように気を付けなければならない。
そこまでで変わったことと言えば、僕の本格化が始まったことだ。
身長が伸び、平均には届かないがチビとは言われないくらいにはなった。
加えて、バストも平均くらいにはなったように思う。たぶん。
シービーは夏に終わったらしく、調子を良さそうにしていた。
むしろ、僕は遅い方なのだとか。
とはいえ、レース直前に本格化が始まらなくて良かった。
本格化が始まると、自分でも違和感を感じるほど感覚が変わる。
僕は小さい頃、箸やコップをよく壊していたが、本格化が始まって同じようなことをしてしまったのだ。
これがレース中だったら下手したら怪我をするかもしれないと思ったほどだ。
しかし、走力が上がったことは確かだ。
レースではそれが発揮できるように頑張ろうと思う。
――そして、11月後半。
東京スポーツ杯ジュニアS、本番。
グレードで言うとG2。
だが、これはジュニア級限定レースだ。
つまり、同年代しか出ない。
なら、僕は負けられない。
シービー以外には、いや、シービーにも負けたくない。
今日はいつも通り、ジャージで走る。
準備もゼッケン程度。
早々に準備を終わらせ、トレーナーに話しかける。
「今日の注目選手は?」
「ハッピーミークだ」
「ハッピーミーク?」
「ああ、素質で言うとお前以上だ」
「……俺の素質、良いトコあったか?」
「……まあ、そうだが」
「ルドルフはどう思う?」
「ハッピーミークか? 確かに、とんでもないウマ娘だと思う」
「へえ? どこがだ?」
「彼女はオールラウンダーだ。スピードやスタミナなどの基礎的な能力は平均的に高いし、適正距離も短距離から長距離までいける。なんだったらダートもいけるらしい」
「……とんでもねえな」
「ラックの完全上位互換だ」
「それ、言う必要あったか? というか、くわしいな」
「私の家も注目しているんだ」
「はっ! いいねえ! そういうのが聞きたかったんだ! 今日は注目されているやつらを全員ぶっ潰せるんだからな!」
「慢心で負けないようにな」
「もう、慢心なんかしねえよ」
「口ではなんとでも……と言おうと思ったが口でも慢心しているように思えるぞ」
「黙ってみてろ青二才」
「私は慣れたが他の選手にはそういうこと言うなよ……」
ルドルフの苦言を無視して、パドックへ向かう。
表からは応援をする声や、感嘆の声が聞こえる。
パドック、距離近いから苦手なんだよね……。
まあ、自業自得だけどさ……。
名前を呼ばれたので、ヒールスマイルを貼り付けて、表に出る。
僕の顔を見て、ほとんどの観客が嫌そうな顔をする。
『6番、ブラックトレイター』
名前を呼ばれたので、ジャージを肩から投げ飛ばす。
そして、仁王立ちをする。
観客は僕のスーパーボディを見て絶句している。
うん、そうだよね。
正直、僕は引くほど鍛えたからね。
腹筋はバキバキに割れてるのはもちろん、腹斜筋も大腿筋も浮き出ている。
僕は競走馬を友達に連れられ見たことがあるが、本物の馬みたいな筋肉をしているのだ。
まあ、何事にも程度というものがあるので、ここまで鍛えるのが正解とは言わないが……。
ともあれ、僕の完成度の高さを見せつけた僕はレースの方へ向かう。
ちなみに、人気は最下位でした!
まあ、競馬と違って誰が勝ちそうというより、誰がセンターに入ってほしいかというのが強いらしい。
ヘイト吸ってるので、これは仕方のないことなのです。
だけど、それでいい。
それが僕の正解なのだ。
今日の選手には悪いが、僕の大悪党としての実力を見せつけてやろう。
実は不機嫌だったのは沖野トレーナーだけではなく、シービーもでした。
マルゼンスキーもルドルフもいませんでしたからね。