ルドルフとの関係が決定的に決裂してからでも何かが変わることはない。
授業は受けるしトレーニングもする。
ただ、ルドルフが生徒会の方が忙しくなったと言ってこちらには顔を出さなくなっただけだ。
別に変わらない日常だ。
ホープフルSも近いし今を集中しなければならない。
僕はいつも通りだ。
ただ、シービーには「元気ないね?」と言われた。
別に元気がないわけじゃない。
ただ、いつも気を張る必要がなくなっただけだ。
そうしているうちにいつの間にか12月も終わりに差し掛かってきていた。
「そういえば、クリスマスの準備しなくちゃな……」
「クリスマス? 何かあるのか? 予定があるとは言われていないが」
「あ」
僕がつぶやいていたことにそう言われ、今年は必要なかったのだと思い出した。
「あいや、ごめん。いつも孤児院でクリスマスパーティやってたからさ」
「そうか」
「帰ってきてねって言われてたけど、約束破っちゃったなー。でもまあ、賞金できっと今年は豪華だろうからいいか」
「帰らないのか?」
「帰れないよ。孤児院とは僕がこうするって決めてから手紙を送ったっきり。だから賞金もただの寄付として孤児院に入ってる。だから孤児院は僕が言ったことを真に受けてるだろうし、孤児院でも恩を仇で返した大バカ者として有名になってるだろうね」
それに殺害予告も受けているし。
でも、クリスマスか。
「トレーナー、クリスマス予定は?」
「ん? だから、トレーニングは入れてないぞ?」
「違くて、トレーナーの予定だよ!」
「……まあ、何もないな」
「じゃあさ、クリスマスパーティしようよ!」
「は? そんなこと、友達とやればいいだろう」
「良家の皆様はご実家に帰るそうで。トレーナーと一緒に」
「……そうか。まあ、トレーナーからしたら預かっている立場だからな。挨拶もするか」
「シービーはクリスマスにトレーナーを実家に連れてったら面白そうだからだって」
「……あいつも苦労しているんだな」
「だから、独り身同士で温め合おうよ」
「……言い方が不純だ」
「あはは、うそうそ! 料理作ってあげるから一緒に食べようってなだけだから」
「……まあ、いいか」
「おっけー! 決まりね!」
こうして二人だけのクリスマスが決定された。
とは言っても、何かをするわけじゃない。
ただ厨房を借りて料理してトレーナー室で食べるだけ。
「良いお年を~」と実家に帰っていく面々を尻目にちょっとだけ豪華に作る。
孤児院の子たちはたくさん食べるから七面鳥をまるまる一羽焼いても足りなかった。
だけどトレーナーは少食だ。
なら量じゃなくて凝った料理にしようと前々から下ごしらえをしていた。
料理を持ってトレーナー室に行くとトレーナーが雑誌を読みながらいつも通り待っていた。
「きたぞー」
「ああ」
「ほら飯だひな鳥」
「ひな鳥ではないが、ありがたく」
料理を並べていくと、トレーナーは驚いた顔をする。
「凝ってるな」
「まあね。せっかくだし美味しいもの食べたいじゃん?」
「……悪いな」
「あら、ありがとうの一言も言えないのかしら?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
にししと笑う。
僕もトレーナーもお互いを利用し合う関係だが、それでもそれ以外の関係を持ってはいけないということではない。
トレーナーは一線を引いているようだが、僕には関係ない。
「ほいじゃいただきます」
「……いただきます」
「んっ、いいね、我ながら上手くできてる」
「……そうだな、美味い」
「はっはっは! もっと褒め給え!」
パクパクと食べながら僕たちは有馬記念だとか、ホープフルSだとかの話をする。
後は同年代では誰が注目株なのかとか……。
気づいたらレースの話しかしてないな。
話題を変えるか。
「そう言えば、トレーナーはなに読んでたの?」
「……ああ」
トレーナーは少し躊躇したが、読んでいた雑誌を取り出した。
「お前の忘れ物だ」
「あ、それ……」
それはこの前見たトレーナーについて少しだけ言及されていた雑誌だった。
「お前はこれを読んだのか?」
「まあ、チラッとは見たよ」
隠すことでもないので正直に答える。
「トレーナーはさ、聞いてほしくないんでしょ?」
「そうだな」
「前は契約解除されるかもしれないからって言ってたけど、今は?」
「確かに、もう俺とお前は運命共同体みたいなものだからな」
「じゃあ?」
「……だが、すまない。俺にはこれを話すのが正解なのか、わからないんだ」
「そっか」
「だから、ホープフルSが終わるまでに決める」
「……いいんだよ、もっとゆっくりしても」
「けじめだ。どうあれお前はここまで一緒にやってくれたからな」
「……わかった! 僕はどっちでもいいからね」
「ああ」
僕は空気を変えるため、とあるものを取り出した。
「はいこれ!」
「なんだ?」
「クリスマスと言えば~?」
「……」
「そう! プレゼントです! 喜べ愚民! 俺がわざわざ用意してやったのだ!」
「ほう、そういうのは考えてもいなかったな。開けても?」
「もちろん!」
トレーナーがそれを開ける。
それはネクタイピンだ。
ただし、『馬』の意匠が凝らされたこの世界で一つのネクタイピン。
「おい、これ」
「実は勝負服直すって体で追加注文しちゃいました! いいでしょ!」
「……はあ、ありがたく受け取っておく」
「そうしなさい!」
へへ、僕ってロマンチスト。
「で、そのもう一つの方はなんだ? 俺宛てではなさそうだが?」
「……そういうところだけ気づくの、デリカシーないよね」
「……不当な評価だ」
これはいいのだ。
捨てようと……ってのはもったいないからしないけど、まあ、使わないものだ。
部屋のタンスにでも入れておこうと思ったのだ。
「で~? トレーナーは僕に何かないのかなぁ?」
「……俺からのプレゼント、というわけではないんだがな。まあないことはない」
「え!? 意外だな、なにくれるの?」
からかうために聞いたのだが、トレーナーはなんと僕にプレゼントを用意してくれていたのだ!
とんでもなく意外だ。
くれるのはきついトレーニングメニューくらいかと思っていた。
何かな何かなとわくわくしていると、トレーナーが取り出したのは手紙だった。
「なに? 直接言うのが恥ずかしくて手紙にしたの?」
「バカ言え、俺が書いたんじゃない」
「? 誰から? 開けるよ?」
「ああ」
開けると、中に入っていたのは色とりどりの便箋だった。
僕は目を見開く。
孤児院のみんなの文字だ。
中は『帰ってきてね』とか『頑張ってね』とか『かっこよかった』などが間違えながらもつづられている。
僕は、孤児院を悪く言ったのに。
きっと、そのことを知っているはずなのに。
僕は悪者だっていうのに。
最後に入っていたのは院長先生の手紙だ。
『ブラックトレイターへ。
元気にしていますか? 私たちはあなたのおかげで元気です。寄付という形で稼いだお金を孤児院に入れてくれたのはあなたということはわかっています。孤児院のためを想って私たちを悪く言ったのも。どうして自らを悪者としてレースに出る理由はわかりませんが、あなたが昔と変わらず優しいウマ娘だということだけは知っています。
寄付が届いてチビたちが最初に欲しいと言った物がわかりますか? チビたちはあなたの勇姿を見たくてテレビが欲しいと言いました。今も、あなたの走りはチビたちの元気につながっています。みんなあなたを応援しているんですよ。それはもちろん、私もです。でも、みんな悪役がかっこいいと思ってしまって少し大変です。
ブラック、いつでも帰って来なさい。今も孤児院はあなたの居場所です。ここがあなたの帰るべき家なのです。
院長より』
ボロボロと涙が流れる。
みっともないとそれを拭うが、次から次へと流れ出て止められない。
それどころか、嗚咽すらも出てくる。
もう嫌われていると思っていた。
もう帰れないんだって。
だけど、それは違った。
みんな僕のことを悪く思わないでくれている。
ごめんなさい。
悪く言ってごめんなさい。
ありがとう。
トレーナーは何も言わずに僕を見ている。
「とれーなー……」
「なんだ?」
「ありがどう……」
「ああ……どういたしまして」
それは、僕にとって最高のクリスマスプレゼントだった。