その人と出会ったのは偶然だったとしか言えなかった。
あいつ……ブラックトレイターは自分の獲得した賞金を孤児院に入れている。それも匿名でだ。
別に隠さなくてもいいと思っているのだが、あいつなりの配慮らしい。曰く、僕と孤児院を繋げるものがあったら迷惑をかけてしまうとのこと。
あいつはバカだ。
バカだが、ある種の完璧主義なのが救えないところだ。
そんなこと可能性が低いというのに、自分にとって大切なことを捨てている。
だが、勝手にすればいいと思っている。
獲得した賞金はあいつのものだからだ。
勝手にしろと言ったらじゃあ寄付お願いね、と大金を渡された。
自分でやれとも言ったが、それじゃ意味ないじゃんと返される。
それもそうか。
余計な仕事になってしまったが、手続きなんぞすぐに済むので俺がやることにした。
……もう直接孤児院に金が行くようにしてやろうかと思ったのは秘密だが。
孤児院への寄付は直接ではなく、役所を通して行われる。
というか、何百万何千万の寄付など、役所を通しておかないと大変なことになるので税金の問題を含めてそこで終わらせる。
すぐに済むと言ったが、あいつは面倒なことに孤児院とは別にウマ娘保護団体――ほとんど機能していないらしいが――などにも寄付をするようだ。
ちゃっちゃと終わらせて、仕事をしようと俺は手続きをした。
役所を出ると、声をかけられる。
老齢の女性だ。
「すみません」
「……なにか?」
自分の容姿には自覚がある。
……というよりも教え子たちに何度もいかついと言われれば自覚ができるというもの。
そんな俺に声をかけてくるとは……視力が悪いのかもしれない。
「もしやと思うのですが、孤児院に寄付をしてくださったのですか?」
「……いいえ?」
俺はその女性がゴシップ系の記者だということを危惧して嘘を吐く。
だが、その女性は首を振る。
「うちの孤児院に多額の寄付をしてくださる男性がいることは知っていました。役所の方から、危ないことでもしているのではないかと言われましたから。どうしてかと聞くと……気を悪くしないでくださいね、険しい表情をした方が寄付をしていると言っていたものですから」
その言葉に思わず上を向く。
ブラックトレイター、お前の危惧はもっともだったが俺も適任ではなかったようだ。
どうやら、この女性が孤児院の院長らしい。
そして、俺のことも知っていたようだ。
「いつもブラックがお世話になっているようで、ありがとうございます」
「……いえ」
これは本心だった。
確かにあいつが首を突っ込む問題に巻き込まれてはいるが、ハードトレーニングを組んで自分の目的にブラックトレイターを使っているので素直には受け取れない文言だった。
女性はさもいい考えを思いついたという風に手を叩く。
「そうだ。どうですか、一度うちの孤児院に来てください。あの子が育った場所を見ていきませんか?」
「いえ、それは……」
「それに、私としてもブラックの話を聞きたいんです。どうですか?」
押しの強いその女性に思わずため息を吐く。
そう言われては子供を預かっている身としては頷かないわけにもいかない。
結局俺はその女性について行くことにした。
孤児院は意外と近くにあった。
お世辞にも広いとは言えない敷地の中で子供たちが走り回っている。どの子もヒトの子のようだ。ぱっと見のところ、ウマ娘はいない。
俺が顔を出すと、きゃーきゃーと言いながら逃げていく。
「元気ですね」
「ええ、あの子たち、ブラックの真似をしているんですよ。ずっと走り回っています」
「ブラックトレイターの?」
「そうです。ブラックは良いお姉ちゃんでしたから」
「……そうだったんですね」
そうだろうな、と思う。
あいつはお節介だ。しかも度の過ぎた。
大人に混じって子供の世話をするブラックトレイターを容易に思い浮かべることができる。
ここには客室がないようで、俺は院長室に通される。
そこは孤児院の建物と同じで古いが、綺麗になっており、らくがきのある他の部屋とは違った趣があった。
「お茶を淹れますので」
「お構いなく」
定型文を返すが、院長はそのまま部屋を出て行く。
手持ち無沙汰になった俺は部屋を見回す。
やはり古い。
正直、ちゃんとブラックトレイターの賞金を使っているのか怪しいくらいには貧乏そうだった。
その中で写真を見つける。
ウマ娘が二人写っている。
ふと興味が湧いて、その写真をよく見てみる。
とても幼いが、一人はブラックトレイターだということがわかる。
青鹿毛で青い瞳のウマ娘というのは珍しいからだ。
ブラックトレイターはにこりともせずにこちらを見つめている。
もう一人の方を見て俺は驚いた。
ブラックトレイターとよく似ている。
青鹿毛ではなく黒鹿毛のようだが、顔の造形や身長などは隣にいるブラックトレイターと瓜二つだった。
そのウマ娘は人好きのする笑みを浮かべて、ブラックトレイターの手を取っていた。
「ブラックの双子の姉なんです。その子」
いきなり声をかけられ、写真を落としそうになる。
「……双子?」
「あら、聞いてませんか? あの子には双子の姉がいたんです。とっても元気で、ブラックとはエーちゃんビーちゃんなんて呼び合う仲だったんですよ」
部屋に帰ってきた院長はお茶と茶菓子を出してくれる。
いた。
ということは今はいないということだ。
嫌な予感がしながらも、俺は聞いてしまっていた。
「……この子は今……」
「ずいぶん前に亡くなりました」
どうして聞いたと自分を罵倒しながらも、俺は頭を下げる。
「すみません」
「いいんですよ。みんな乗り越えていますから。……ブラックも」
そう言う院長だったが、少し悲し気に眉を下げた。
「ブラックは昔は大人しい子でした。手伝いはするし、物怖じはしませんでしたがその子の後ろに付いて回るような子でした」
それは今の姿からは考えられないものだ。
ブラックトレイターは演技をしている時はもちろんだが、普段も活発で自ら行動していくタイプだからだ。
「ブラックはいつも何かに怯えていました」
「怯えていた?」
「ええ。ブラックはずっと自分にできることを全てやっていました。孤児院の手伝いやチビ……子供たちのお世話、商店街の仕事を手伝ったりもしていました」
「……良い子ですね?」
「そうであったらどれだけ良かったでしょう」
「なにか?」
「ずっとです。ブラックは寝る時以外は全て他人に時間を費やしました。大人しい性格で姉について回っていたというのに、それ以外の時間はずっと誰かのために何かをしていましたから。正直言って、歪でした」
俺はその言葉に少しだけ驚いた。
だが、同時に納得もしていた。
ブラックトレイターはストイックだ。話を聞いてわかったが、空白の時間を作りたくないだけなのだろう。その理由というのが、院長の言う怯えなんだろう。
「子供たちを引き取っていると、時折そういう子はいるんです。自分がそこにいてもいいのかわからずに、認めてもらおうと過剰に良い子でいようとするんです」
「……ブラックトレイターもそうだと?」
「ええ。元々そういう気質なんでしょうけど、それも相まってしまったのでしょうね。……でも、ブラックもあの子といる時だけはリラックスできていました。ブラックが変わったのはあの子が亡くなってからです。レースに出たいと言い出しました」
「……それまでは言わなかったんですね」
「ええ、自分から走ることは滅多にありませんでした。それまではあの子が連れ出していましたから、他のウマ娘同様走ってはいましたが」
俺は写真を見る。
このウマ娘がブラックトレイターにとっての『救い』だったのだろう。
だが、もういない。
今、あいつはどんな気持ちで学園にいるのだろうか。
俺はため息をついて頭を振った。
深入りだ。
あいつを知りにここに来たんじゃない。
俺があいつのことを伝えに来たんだ。
俺は気を取り直してブラックトレイターのことを話すことにした。
それを院長はニコニコとしながら聞いていた。
悪役うんぬんの話をせずに説明するのに苦労した。
そういう話を俺がするのは違うと思ったからだ。
あいつは優秀な成績を残しているから、そこを話せばよかったのが救いか。
それを話し終わる頃にはずいぶんと日が落ちてしまっていた。
孤児院の仕事もあるだろうに、院長はそれを咎めなかった。
そろそろ帰るということを伝えると、院長はとある封筒を取り出した。
手紙のようだ。
ずいぶんと分厚いようだが……。
「ブラックへの手紙なんですが……何でかわからないんですけど、返ってきてしまうんです。手紙、預かってくれませんか?」
返ってくる?
住所が間違っていたのだろうか?
寮だから存在しない部屋番号などを書いているならありえなくはない。
あいつ、部屋番号間違えて教えたか?
俺は頷いてその手紙を取ろうとして……それをやめた。
「預かる? 届けてほしいではなく?」
「……ええ、実は迷っていまして」
「何をですか?」
「ブラックが受け取りを拒否しているんじゃないかと……」
「それは……」
ないのではないだろうか?
あいつがそんなことをする性格でもなかろうに。
「それでも渡しておきますよ」
「ありがとう。でも、あなたが届けてもいいと思ったらブラックに届けてください」
「それはどうして?」
「受け取りを拒否をしていようがいなかろうが、ブラックはきっと大きな目標とともに頑張っていると思うんです。だから、もしこの手紙がその妨げになるのであれば届けない方がいいと思っているので……」
確かに、その手紙の内容は知らないが、ブラックトレイターの気が緩むようなことがあれば俺の目標にも妨げになる。
渡さないことも考えておこう。
……まあ、そんなことはないとは思うが。
俺は頷いて、その手紙を懐に仕舞った。
ブラックトレイターが病院に運ばれたと聞いて俺は気が動転した。
油断だ。
気を付けなければならなかったというのに、完全に油断していた。
帰りのチケットを渡していたし、駅までは徒歩で少しもかからないから何も起きるはずがないと思い込んだ。
ウイニングライブまで見たが、怪我はなさそうだったから心配ないと考えてしまった。
あいつにはレースやウイニングライブの疲労があるというのに。
どうして最後まで見送らなかったのかと自問自答する。
だが、そんなことはわかっていた。
逃げたのだ。
俺は逃げた。
何からか?
もちろんブラックトレイターから。
俺は約束をした。
自分の過去を話すかはホープフルステークスまでに決めると。
確かに、決めた。
話そうと決心をした。
だが、その決心は『そうあるべきだ』というだけの覚悟でしかなかったのだ。
結果、俺は後回しにしようとした。
これは罰か?
逃げたことに対する罰なのか?
なら何故俺じゃないんだ。
俺はどうするべきかを考える。
これが罰だとしても、俺は止まるわけにはいかない。
俺は俺の目的を達するまで止まってはいけないのだ。
報いるために。
だが、ブラックトレイターは?
もう、あいつはここで止まるべきなのではないのか?
お互いに目標を持ち、それに到達するために利用し合った。
だが、あいつは自分の目標のために自分を傷つけ、同時に俺の目標のために悪評を分かち合った。
俺はそれが本人が了承したことだからと無視した。
だけど、あいつは立ち止まる機会を得た。
それが本人の望まない出来事だったとしても。
もういいじゃないか。
十分頑張った。
そうだ。
きっとあいつも望まないさ。
こんなことになると知っていたら、あいつだって悪役なんてやらなかっただろう。
なら、俺のするべきことは決まっている。
次回、シンボリルドルフ視点です。