ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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閑話。
シンボリルドルフさん視点です。




I've seen hope in you

とんでもなく素行の悪いウマ娘がいるとは聞いていた。

それがまさか、シービーの連れてきたウマ娘だということには驚いたが。

 

ブラックトレイター。

 

そのウマ娘は口が悪く、周囲を敵に回しているようなウマ娘だった。

しかし、その実力は折り紙付きだという。

あのミスターシービーを2度も倒したのだ。

シービーには私はまだ勝てない。

ということはブラックトレイターは私よりも強いということだ。

 

私――シンボリルドルフは気に入らなかった。

シービーが親しくしているのも、強いのも気に入らなかった。

だから、先行入学でブラックトレイターに付いてほしいと言われた時はチャンスだと思った。

こいつを矯正してやろう。

その一心で頷いていた。

 

そして、ラックのトレーニングを見て驚いた。

すさまじくストイック。

オーバーワークじゃないのかと思うほどのトレーニング。

それに対してラックは文句を言わない。

それどころか、さらにトレーニングを積もうとする。

 

何が彼女にそうさせているのか。

孤児院のためか?

いや、しかし、孤児院のことを貶めていたのは彼女の方だ。

 

ラックへの認識と事実がなんだかずれる。

 

それを強く思ったのはシービーたちとのトレーニングだった。

その時に私は奇跡的にラックに勝つことができた。

あの鍛え抜かれたウマ娘にだ。

喜び、ラックを挑発すると、ラックは私の頭を撫でた。

 

あのラックがだ。

 

そのぬくもりに優しさを感じた。……ように思ってしまったのだ。

 

合宿に入り、それは強まっていく。

いつもよりもハードなトレーニング。

それも当たり前だ。

そもそもクラシック級以上しかない合宿だ。しかも、ラックに対して他のウマ娘がトレーニングを集中させているのだ。

ラックはそれを断らない。

それは矜持故かわからなかったが、それでも私は好ましく思ってしまった。

 

……あまり思い出したくないが、自分でした怖い話に自分がトイレに行けなくなってしまった時も、寝ぼけたラックは優しくしてくれて、あまつさえ……寝かしつけてくれたのだ。

本当にラックが覚えてなくて良かったと安堵したものだ。

……悪いものではなかったが。

孤児院の話をする時も――気づいているのかわからないが――優しい声色になるし、優しい目つきになるのだ。

 

私はラックが悪いウマ娘じゃないんだと考えるようになった。

だからこそ、ラックにはその振る舞いをやめてほしかった。

 

だから、あの時、焦ってしまった。

勝負服に身を包んだラックを見た時、取り返しのつかないほどに遠くへ行ってしまうのではないかと思った。

もう、正道へ戻ってはくれないのかもしれないと。

 

そして、ボロボロの教科書を見た時に私は何も考えられなくなってしまっていた。

ラック――ブラックトレイターはなによりも、誰よりも真摯に勝とうとしている。確かに悪いところがあるのかもしれない。だが、こんなことをされていいウマ娘じゃないだろう。

私は誇張なく、激怒した。

 

その結果、私はラックに拒否された。

 

酷い顔をしていたのか、シンザン会長は私を気遣ってくれた。

 

「どうしたんだい。そんな顔して」

「いえ、なんでもないです。すみません」

「いいや、なんでもなくはないね。話したまえ。それまでは業務を止めよう」

 

そう言われては、話さないと言う選択肢はなくなってしまった。

 

私は会長に胸中を吐き出した。

ラックというウマ娘がわからないこと。

本当は悪いウマ娘じゃないんじゃないかと思っていたということ。

そして、ラックに拒否されたこと。

 

それを会長は静かに聞いてくれていた。

話し終わると、会長は話し始める。

 

「私がブラックトレイターについて話すのはフェアじゃないだろう。だから、これから話すのは私の罪だ」

 

会長の話はマルゼンスキーのことだった。

 

マルゼンスキーの立場、心情。

それに対するURAの対処、制限の制定。

その理由が自分なのだと会長は語った。

 

腸が煮えたぎる思いだった。

だが、マルゼンスキーはダービーに出たはずだ。

 

「そう、マルゼンスキーはシンザン記念で脅威ではないと思われた」

 

シンザン記念。

それは会長の名前のついたレース。

試験レースが行われたことは知っている。

 

「その試験レースにマルゼンスキーは出走し、ジュニア級二人に敗れたからだ」

 

――それはブラックトレイターとミスターシービーだ。

 

胸を打たれた気分だった。

やはり、やはりラックは悪いウマ娘じゃない。

 

「じゃあ、どうしてあんな振る舞いを?」

「それは……そうだな、最終的には本人に聞くことになるだろうが、先に理事長に話を聞くといい」

 

私はその助言の通りに理事長に話を聞くことにした。

 

「歓迎! ……ブラックトレイターは確かに異質なウマ娘だ。自身を悪く見せる振る舞いというのは初めてだ」

「ではどうして? URAもレースには出せないのでは?」

「否定。ブラックトレイターはあのようなウマ娘だからこそ、レースに出るのだ」

「どういう、ことですか?」

「彼女はヒールとしての役割を望まれているのだ。彼女は寒門のウマ娘、正直、君やミスターシービーなどには才能は遠く及ばない。だから最終的には倒されるウマ娘だと判断されたのだ」

「それは! そんなことは! 負けることを望まれているウマ娘ということですか!?」

「肯定。その通りだ。そして、それはおそらく本人が望んだことだ」

「そんなこと、わからないでしょう!?」

 

理事長が取り出したのは録音機だった。

面接の時のことを録音してあるのだと言う。

 

『では、最後に中央トレセン学園に入る理由、目標を聞かせてもらいたい』

『僕はすべてのウマ娘のために生まれてきました。先輩たちが胸を張れる場所、そして、後続や走ることを選ばなかったウマ娘たちが夢を見れる場所にするためにここに来ました』

 

今よりもほんの少し幼いラックの声に私は驚き、声も出なかった。

ラックの目標は、ほぼ私のものと同じものだと言ってもいい。

こんな無茶無謀で周囲にも笑われた夢と同じものをラックは持っていたのだ。

 

どうして、どうして言ってくれなかったんだ。

言ってくれたら私は。

 

「ブラックトレイターの孤児院の院長は言っていたよ。「ブラックトレイターは必ず誰かのために行動する」と。手段が君とは違ったのだろう」

 

ラック……。

会長の言う通り、確かに本人に確かめなければならない。

君は本当は私と同じなのではないのかと。

 

もし、頷いてくれたのなら私は――。

 

 

 

「ラックっ! ラック!」

 

そこまで取り乱すシービーは初めて見た。

あの自由が服を着て生きているようなシービーが目に涙を溜めて走ってきた。

目を覚まさないラックにシービーは縋りつくようだった。

 

「どうしてこんな……ラック今すぐ立ってよ! アタシとの……約束っ……!」

 

その振動に、ラックが呻く。

 

「っ! ラック!」

 

だが、それは目を覚ましているわけではなかった。

ただ、苦しそうに呻くだけだ。

しかし、熱にうなされるようにラックは言う。

 

「シービー……ごめん……クラシック、ごめん……」

 

今、私は目標が壊れるウマ娘を見ているのだ。

それも、私の所為で。

 

「ブラックトレイターっ!!!」

「トレーナー……君……」

 

次にやってきたのはトレーナー君だった。

ラックが生きていることに安堵し、私に聞いてくる。

 

「何が起こったんだ、シンボリルドルフ」

「車がこちらに……ラックは私を庇って」

 

そこまで言うと、シービーは私の胸倉をつかんだ。

だが、荒い息遣いだけで、何も言うことができない。

シービーの内心が痛いほどにわかった。

どこに怒りをぶつければいいのか、わからないのだ。

 

私は、いっそ罵倒してほしかった。

いっそ、殴ってほしかった。

だが、シービーはそれをしなかった。

 

無限と思われる時間は唐突に終わった。

シービーが急にラックの方を向いたのだ。

シービーの服をラックが掴んでいた。

 

「! ラック!」

「……シービー……ごめん。すぐに行くから、先、行ってて……」

 

それだけ言うと、ラックは再び意識を落とした。

シービーはじっとラックの顔を見ているようだった。

こちらからだとその顔はうかがえない。

 

「ラック、遅かったらアタシが三冠ウマ娘になっちゃうからね」

 

シービーはそう言って、ラックの手をそっとベッドにもどした。

 

「ルドルフ、ごめんね」

「いや、私は……」

 

と言いかけたところでシービーに頬を叩かれる。

 

「叩くか迷ったけど、ラックのために叩いとくね。そんな顔してたらラックが心配するから」

 

シービーはそのまま出て行ってしまう。

私は呆然としていると、トレーナー君に肩を叩かれる。

 

「シンボリルドルフ、取り敢えず容体を聞こう」

「……ああ、そうだな」

 

それから私たちは医者に話を聞いた。

それは厳しい現実の嵐だった。

 

少なくとも全治に半年はかかる。

足が折れているため、すぐに走れるようにはならない。

リハビリは大変な思いをすることになる。

 

「……ブラックトレイターはレースで走れるようになりますか」

「走れるようにはなるでしょう。しかし、復帰できて秋。リハビリが上手くいかなかったら冬になります」

「そうですか……」

 

そこまで聞いて、医者には今日は帰るように言われた。

未だに呆然とする意識の中、私はトレーナーに連れられて病院を出た。

 

「シンボリルドルフ」

「……なんだ」

「もうブラックトレイターは走る見込みは薄い。ブラックトレイターのトレーナーを辞めることになるだろう」

「な、なん……」

 

トレーナーをやめる?

どうして、なんで今……。

 

「ふ、ふざけているのか!? 何を言っているのか、わかっているのか!?」

「わかっているとも」

「どうして、今! 今、ラックがこの状態で言えるんだ!」

「そういう関係だったからだ」

「ラックは、君を信頼していたはずだ! 少なくとも、私にはそう見えた! どうして……」

「俺たちは、常に綱渡りだったんだ。どちらかの綱が切れたら手を離すような関係だ。だから、もし走れないなら、あいつとは終わりだ。シンボリルドルフ」

 

そう言って、トレーナー君は何かを取り出した。

それは小さな包みだった。

 

「あいつはバカだ。捨てればいいものを、こんなものを持ち歩いてるんだからな」

 

中に入っていたのはネックレスだった。

月の中にあのシルエットが入ったネックレスだった。

トレーナー君がつけている、ネクタイピンと同じ。

 

「突き放すなら、こんなものを作っても意味ないのにな」

 

 

 

全てのウマ娘を幸せに。

そんな夢を見ていた。

 

私は無力だ。

何もできはしない。

誰かを救うことはできず、救われた。

 

今も夢に偽りはない。

けど。

けどもし、君が私の思うようなウマ娘だったなら。

 

誰よりも先に君を救いたい。

誰かを救う君を私は救いたいんだ。

 

どうすればいい?

君はどうすれば救われてくれるんだ?

 

君を優しく抱きしめれば救われてくれるのか?

君を叱れば理解してくれるのか?

君を完膚なきまでに叩き潰せば止まってくれるのか?

 

もう、それすら叶わないのか?

 

答えてくれ。

今すぐ目覚めて答えてくれ、ラック。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラックが目覚めたのは3日後だった。

 




次回からクラシックに入ります。

実はこの話、何度も書き直しているので、間違いや矛盾があったらすみません。
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