ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

29 / 100
三回目の投稿です。
次は明日の朝です。


The Gospel of You

「……驚きましたね、本当に骨がくっ付いています」

 

主治医さんがそう言って、リハビリが開始された。

2月の序盤だ。予定の半分……とは言えないが、驚異的なスピードで骨折が治った。

シリウスはあれから来てはいないが、ルドルフ曰く、シリウスの家にもトレーニング機材はあるのでそれを使っているんだろうと言われた。

だが、きっとすぐに来るだろうとも言っていた。

どうしてかを聞いたら、曰くここには私とラックがいるからなとのこと。確かにトレーニング相手がいるのは何ものにも代えがたいからね。

 

さて、リハビリだが、なるほど主治医さんの言う通りだった。

 

「笑えるほど動かないな……!」

「さあ、目標はここです」

 

主治医さんに誘導されて、どうにか歩き出す。

 

リハビリ自体は骨折が治っていない時からやっていた。そちらの方が早く治るからだ。

しかし、本格的に始まったリハビリは本当にきつかった。

 

まず、激痛が伴う。

これは本当は緩やかな痛み程度だったはずなのだが、僕が早く治すという選択を取ったが故の副作用だった。

どれだけ歯を食いしばっても喉から悲鳴のような、嗚咽のようなものが出てくる。

それどころか、勝手に涙すら流れるほどの痛み。それを拭うことすらできないので、僕は大分無様だろう。

汗も大量に吹き出し、不快感と同時に僕の心を折りにくる。

 

そして、モチベーションの低下。

足が上手く動かない。力を入れても動かない。

それはとんでもない苦痛だった。

そして、頭によぎる思考。

もしかしたら僕はもうターフに戻れないんじゃないか。戻ったとしてもシービーとはもう戦えないほどに弱体化しているのではないか。だって、こんなに足が動かない。

 

今ならわかる。

主治医さんが言っていた『おすすめしない』とはこのことなんだろう。

精神的に、きつすぎる。

 

強くなるためじゃないトレーニングがこんなにきついとは思わなかった。

 

「くっそ!」

 

遅い。

ヒトが歩くよりはるかに。

激痛から体中に力が入って、軋むのがわかった。

 

何度もそろそろ止まってもいいんじゃないかと思った。

何度ももう諦めてもいいんじゃないかと思った。

 

だって、もう走れない。

だって、もう捨てられたんだ。

だって、もう帰る場所はないんだ。

 

僕は必死にその思考を振り払う。

違う。

僕には約束がある。目標がある。やらなきゃいけないことがある。

この程度、今までやってきたじゃないか。

頼む、動いてくれよ。

僕はそう願った。

 

 

 

だが、その願いは叶わない。

寝て目が覚めたら足が動くなんて奇跡は起こらない。

ただ一歩一歩進むしかない。

その一歩が重い。

 

僕の要求した無茶は、それだけの代償を払わなければならないことなのだ。

 

考えてみればそうだ。

本当は復帰できるのは秋。

それを夏までに走れるようにするなんて、普通ならできないことだ。

 

確かに、復帰が早ければ早いほど、肉体の劣化は防げる。

だが、それはそもそも復帰できなければ意味のない仮定だ。

 

焦燥。

僕は焦りを自覚していた。

 

リハビリを休憩していると、ルドルフが声をかけてくる。

 

「ラック……」

「ルドルフ?」

「ああ」

 

極度の疲労に意識が曖昧だが、それでも聞きなれた声だったからわかった。

 

「……そこまで頑張らなくても、秋に復帰を目指さないか? 無理をする必要はないんだ」

「……そうだね。そうかも」

「じゃあ何故だ。そこまでしなくてもいいじゃないか。誰も怒らないさ。むしろ、心配するだろう」

「うーん」

 

僕は曖昧に返事をする。

それは言葉とは裏腹に必死な抵抗だった。

一度でも、そうしようと言ってしまったら、僕は戻れないとわかっていたからだ。

 

辛い。

今すぐにでもやめたい。

心なんてもう、悲鳴すらあげられない。

 

だけど、僕はその言葉に頷けなかった。

たくさんの理由があったからだ。

 

約束、目標、期待、反骨心。

だけど、疲労で頭の働いていない僕が口にしたのはそれらじゃなかった。

 

「僕は……傷の治りが早いんだ」

「あ、ああ……。だが、それが頑張る理由にはならないんじゃないか?」

「なる……と思う。僕は半分だ」

「半分?」

「うん。きっと僕らは二人でようやく二人だったんだ。だって偏っちゃったから」

「待て、何を言っているんだ?」

「最近思うんだ。僕は回復力がある。誰よりも。それを頼りに頑丈な体を作った。回復力はヒトが持つ原始的な機能だと思っていた。それは間違っていないんだと思う。けど、理由はそれだけじゃなかった」

「ラック?」

「僕には回復力があった。代わりに走る才能がない。エーちゃんは走る才能があった。代わりに回復力がなかった。だから、この回復力は……使わないといけない。それがこれを持った僕に課せられた義務だ」

「ラック。しっかりしろ、どうしたんだ」

 

肩を揺すられ、僕は意識をはっきりとさせる。

僕は今言ったことすら曖昧だった。

うとうとしていた。

時計を見て、驚く。

 

「あ、時間だ。行かないと」

「ラック!」

「大丈夫大丈夫! ごめん、心配かけて! ちゃっちゃとやってくるよ!」

 

心配そうなルドルフだったが、それ以上はなにも言わなかった。

 

 

 

 

今日の分をやり切った僕をルドルフが介抱してくれる。

汗だくだというのに、それを気にすることなく面倒を見てくれるルドルフには頭が上がらない。

シャワーに入れてくれたルドルフは僕に言う。

 

「実は、お客さんがいるんだ」

「え? お客さん? 誰?」

 

みんなには見舞いは来ないでほしいと言ってある。

彼女たちが来たら僕がここにいることがバレそうだったからだ。それだけは避けたい。

だから、来るような人はいないと思ったが。

 

「入って来てください」

「おじゃまします」

 

そう言って入ってきたのは、プロミス先輩だった。それとカノープスのトレーナーだ。確か南坂トレーナーと言っていたはず。

僕はびっくりして目を丸くする。

当たり前だが、僕が怪我で若葉Sは回避することは発表されているが、どこにいるのかは発表されていないのだ。というか、ルドルフに頼んで秘匿している。

じゃあ、プロミス先輩はどうやって知ったんだ?

 

「ぷ、プロミス先輩!? なんで、ここに?」

「あ、ごめんごめん、寝てていいよ!」

「……どこで俺のことを嗅ぎつけた?」

「それもごめん、トレーナーには演技だって言ってある」

「なんだよぉー!」

 

僕は上げかけていた上半身を倒れ込む。

プロミス先輩にも見舞いに来ないでほしいと言っていたはずだが……。

 

「やっぱり怪我をしたって聞いて、お見舞いくらいはしたいって思ってね」

「というか、よくわかりましたね。どうしてここにいるってわかったんです?」

「うん? うちのトレーナーに聞いたら調べてくれたよ?」

 

え? と南坂トレーナーを見たらにっこりと微笑まれた。

やだ、イケメン。ただ怖すぎ。

 

「苦労しました。まさか、シンボリ家にいるなんて思いませんでしたから。さっきもシンボリルドルフさんが来なかったら門前払いでしたから」

「ルドルフ?」

「どうやったのかはわからないが……まあ、こんなところに閉じこもっているんだ。たまにはいいだろう」

 

来てしまったのは仕方ない……か。

ならプロミス先輩の善意を喜ぼう。

 

「ありがとうございます、先輩。嬉しいです」

「うん、いいよ。リハビリ、やっぱり辛い?」

「いえ、大丈夫ですよ!」

「無理しなくてもいいんだよ。ここには君を悪く思うような人はいないんだ」

「いえいえ、やらないといけないことですから!」

「やらないといけないことだと辛くはないの? 違うよね、ラックくん。言ったよね、わたしたちは一緒だって。大丈夫、君を止めたりしないよ」

 

プロミス先輩はそう言って僕の頭をポンポンと撫でる。

先輩は優しい表情をしていると同時に僕を案じているようだった。

どうして、こう、プロミス先輩は僕の弱いところを突くのだろう。

こみ上げる何かを我慢しながら僕は言う。

 

「……確かに、ちょっと辛いです。というより不安です」

「そっか、何が不安なの?」

「もう走れないんじゃないかって、ライバルたちに追い付けないんじゃないかって思うと怖くて」

「うん、そうだよね。がんばってきたからなおさらだと思う。わたしもそうだったから」

「プロミス先輩も?」

「そうだよ。実は脚部不安で1年も休むことになったことがあって、すごく不安だった」

 

それは僕にとっては結構衝撃だった。

それでもプロミス先輩はジャパンカップという夢を捨てなかったということだ。

どうしてそう強くあれるのだろう。

 

「わたしにはトレーナーっていう支えてくれる人がいたから。でも、君は一人で立ち上がろうとしてるんだね」

 

なら、と言ってプロミス先輩は僕に言う。

 

「なら、わたしが断言してあげる。きみはもう一度ターフでライバルと競えるようになる。それは絶対だ。約束してあげる」

「どうして、そう思うんですか? できないかもしれない」

「ふふ。理由は今君が『できないかもしれない』と言ったからだ。君は『諦めるかもしれない』とは言わなかった。そしてね、ラックくん」

 

プロミス先輩は僕の手に自分の手を添える。

温かい手だ。

 

「できないかもしれないと思った時は思い出してほしい。わたしがマルゼンスキーと競ったことを。諦めなければできる。諦めないことこそが大切なんだ」

 

そうだ。

確かにプロミス先輩はあのマルゼンスキーと競い合った。

インチキでもなければ、ズルもなく。

先輩は言う。

わたしもできたのなら、君もできると。

それは酷く傲慢で、それでいて無条件に僕を信じているのがわかって、嬉しかった。

 

「ありがとうございます、先輩……」

「いいんだよ。わたしは君の先輩だからね」

 

そう笑うプロミス先輩は僕にとっての福音だった。

 

それからプロミス先輩とは色々な話をした。

学園でなにが流行っているだとか、誰がレースで優勝しただとか。先輩自身の話も聞いた。

 

「今年にジャパンカップに向けて調整することになったよ」

「おお、頑張ってください!」

「うん、ありがとう」

「先輩が勝てば日本のウマ娘が世界に届くって言う証明になりますからね」

「はは、そうなるね。国内のレースとはいえ、みんなよりも一歩先に行かせてもらおうかな」

「やっぱりそれが終わったら海外進出のこと考えてるんですか?」

 

そう聞くと、プロミス先輩はうーんと考えるような仕草をする。

 

「考えていないこともないけど、行くことにはならなさそうかな」

「え? そうなんですか?」

「まあ、ジャパンカップが目標っていうのが大きいけど、あんまり海外進出は推奨されていないんだよね」

「うん? どういうことですか?」

「これはトレーナーに聞いた話だから正しいニュアンスなのかはわからないけど、日本のウマ娘が負けることを危惧しているらしいよ」

「危惧って……」

「ジャパンカップは海外にも負けないウマ娘をってことで作られたし、海外での活躍は悲願なのは変わらないみたいなんだけど、逆に言うと海外で負けたら『やっぱり海外には届かなかった』って思われるかららしい」

 

そんなことは。

と思うが、マルゼンスキーの時と同じだ。

小さいプライドを必死に守ろうとしているのだ。

それでどれだけのウマ娘の夢が破れただろう。

どれだけのウマ娘が涙を飲んだのだろう。

 

それからしばらくしてプロミス先輩は帰って行った。

何はともあれ僕は自分のやるべきことをやらなければならない。

とりあえず、ストレッチとマッサージからやろう。

 




先輩はお気に入りのキャラです。
今日3回投稿したのには特に理由はありません。
強いていうならば以前に投稿した閑話の前半は急遽書いたものだったので、その分話数が増えたからです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。