お見逃しのないようお願いします。
あれから僕はもっと厳しくリハビリをすることを主治医さんに頼んだ。
「たくさんやれば効果が出るというわけではありません」と言われたが、主治医さんは言葉を汲んでくれたようで、さらに効果の高い方法を提示してくれた。
今までは僕のモチベーションを鑑みてのリハビリだったらしい。
僕にはもう諦めるという選択肢がないのだから、それをこなすことができた。
あれから変わったことがある。
それはシリウスが再び顔を出すようになったことだ。
だが、僕たちには声をかけない。最初に挨拶程度はするが、そのほかは僕たちを眺めているだけだ。
2月にも入り、肌寒さはまだまだあるが、それでも日が当たる時間は長くなってきた。
僕はカレンダーを見つつ、自分の状態との折り合いをつける。
足は動くようになってきている。普通なら3ヶ月以上かかるものをすさまじい速度でこなしている。
走れる。
その予感がある。
なんというか、壁を一つ越えたような感覚があるのだ。
気分が上がってくる。
そこでふと気づいた。
2月半ば。
バレンタインデーだ。
トレーナーには渡せないが、世話になっているルドルフとかには渡したい。
よし、チョコづくりだ。
僕は料理人の人に頼み込んで調理場を使わせてもらうことにした。
庶民の作るものだが、口に合うだろうか。
まあ、合宿の時には文句ひとつ言わなかったし大丈夫だろう。
とはいえ、少しは凝ったものにしたい。
少し頑張ってみるか。
「……やりすぎた」
僕は作ったチョコたちを見て、そう呟く。
途中から料理番の人が入って来て、もっともっとと作りすぎたのだ。
明らかにあげる人の方が少ない。
ルドルフとシリウスとこのシンボリ家のみなさんにあげるだけのつもりだったのに、それ以上になってしまった。
料理番の人はそそくさと帰って行ってしまった。
「まあ、とりあえずあげるか」
僕は包みに入ったそれを持って屋敷の中を歩き回ることにした。
ルドルフの家の人たちは意外と喜んでくれた。
そもそも、バレンタインという文化がなかったようで、珍しそうにしながらも美味しいと食べてくれた。
シンボリ家の人達は本当に良い人たちだ。
突然転がり込んで、しかも悪評の権化みたいな僕を心優しく受け入れてくれた。
だけど、優しいだけじゃなく、良家故の厳しさを兼ね備えているようだった。きっとこういうのをノブレスオブリージュというのだろう。ルドルフが僕のことを話さなければ僕は悪い子矯正プログラムを組まれていただろう。
この時ばかりは演技だと知られていて助かった。
あらかた渡し終わった僕はルドルフを探す。
だが、どこを探しても見つからなかった。
お屋敷は広く、探すのに時間がかかってしまう。
結局、ルドルフは僕が借りている部屋にいた。
灯台下暗しというやつだ。
「なにしてんの?」
「君こそ何をしていたんだ?」
なにやら怒っているようだった。
僕を見る目がとっても怖い。まるで肉食動物だ。
え、僕何かした?
「君は基本的に安静だと言われなかったか?」
「い、いや、ちょっとトイレに」
「ずいぶん、長いトイレだったようだな?」
何故か意味なく咄嗟に誤魔化してしまう。
いやいや、チョコを渡すという目的を達成しよう。
……先にどうにかなだめようかな。
「ごめん、ちょっとね。そんなに怒らないでよ」
「私は君がとうとうどこかへ行ってしまったのかと思ったんだぞ」
「……いや、ほんとごめん」
「ほら、こっちで寝てるんだ。……っと、なんだこれは?」
手を掴まれて持っていたチョコを見られる。
「ああうん、ほら、バレンタインでしょ? だから、お世話になっているし作ろうと思ってね。家の人達には渡してきたところなんだ」
「……そんなことをしてたのか」
「む、そんなことって言うならルドルフにはあげないけど?」
「ああいや、貶す意味で言ったんじゃないんだ。すまない」
「はは、うそうそ。はいこれ、ハッピーバレンタイン」
「……ありがとう。こういう文化には疎くてね。代わりにお返しは期待してほしい」
「うん、そうするね」
「ところで、そのチョコたちは? 誰宛てなんだ? 家には配ったのだろう?」
「あーうん、シリウスのはあるんだけど、作りすぎちゃってね。学園のみんなには配れないし……自分で食べようにも多くて困ってたんだ」
「そうか。良ければ手配しようか?」
「手配?」
「ああ、友人たちにあげたいのだろう?」
「え、いいの?」
「もちろん。君の想いを無駄にはできないからな」
「ルドルフ……!」
僕はひしっと抱き着いて親愛を表す。
ルドルフはシービーと違って受け入れてくれる。
なんか新鮮。
だけど、ルドルフにもそうであったようで、ぎこちなく僕の肩に手を置く。
「そ、それじゃあ、私は手配しに行くとしよう。早い方がいいだろうしな」
「ほんとにありがとね」
「ああ、いいさこのぐらい」
器でけー。
流石ルドルフだ。
生徒会長候補に挙げられるだけある。
ルドルフを見送り、僕は日課のリハビリに移る。
とはいっても、もう歩くことには苦戦しない。軽く走ったり、下半身の筋トレ器具を使ったものをしている。
とはいえ、痛みは相変わらずで、前以上のことはできていないが。
何時間かを終えて、休憩に入る。
僕は水道の水を頭からかぶる。
そこで、こちらを見る人影があった。
シリウスだ。
相変わらず遠巻きにこっちを見ている。
話しかけてはこない。
だが、今日はこちらから話しかける。
「シリウス」
「……なんだ」
「ちょっとこっち来てよ」
そう言うと、大人しく従ってくれた。
僕は持ってきていたチョコを取り出して渡す。
「ハッピーバレンタイン」
「なんだ、くれるのか? お前、私のこと好きなのか?」
「え? 好きだけど?」
「……ベッドの上で食ってやろうか?」
「その年でそういうこと言うんじゃありません。おませさんね」
そう返すが、もしかして食うってチョコのことか?
いや、文脈的に合ってるはず。
「お返しはいいからね」
「まあ、気が向いたらな」
「いいって」
僕は笑ってそう言う。
意外と義理堅いところがあるので、そう言っておかないととんでもないものを用意しそうだからだ。その点ルドルフは過度なことはしないので安心だが。
さて、リハビリに戻ろうかと思ったところでシリウスが話しかけてくる。
「ラックは、どうしてそこまでやるんだ? お前の評判は聞いている。そもそも走れるようになったとしてもお前がレースに戻れるかもわからないんだぞ」
その疑問は確かに思わなかったことはなかった。
ヒールとしてレースに出してほしいと言ったし、それは承認されているはずだ。だが、弱い悪役などいない方がいいのだ。
今、URAが僕をどう扱おうとしているのかはわからない。
だけど、僕はターフに戻るために努力をしている。
「僕は目標……夢があるからね。そのためなら頑張れるんだ」
「だから、その夢の土台にすら立てないかもしれないんだぞ!」
そういうシリウスは真剣で、僕に何かを重ねているようだった。
シリウスの抱える悩みがそこにあるのだろう。
「シリウス。確かにそうだ。僕はそもそも夢を見るのさえできないのかもしれない」
「だったら……捨てた方がいいんじゃねえのか?」
「ううん。これは捨てられないんだ。捨てたと思ってもきっとどこかでまた顔を出す」
「そんなの、呪いと変わらないじゃねえか」
「そうだね。でも、それなら夢って呼んだ方が素敵じゃない?」
「……わかんねえよ、私は」
「……シリウス。じゃあ、君は一度見た夢を何もせずに捨てることができるの? まあ、いいかで見てみぬふりができるの?」
「それは! ……私にはできねえ。だから、苦しいんだ」
「僕もだ。きっと、僕たちはそうやって生きていくしかないんだ。……ねえ、シリウス。だったら僕が夢を見てもいいんだって証明してみせるよ」
「どうやってだ」
「ダービー。僕は1着を取る」
「そんなの、無理だ! できっこねえ! 怪我だぞ! 今、走ってるのだって必死じゃねえか!」
「やるんだ、シリウス。僕は諦めない」
「どうしてそこまでする!」
「君がどんな悩みを持っているのかはわからない。だけど、同じように僕を立たせてくれたウマ娘がいたんだ。次は僕が証明してみせる」
キョウエイプロミス先輩がしたように、僕もシリウスにしてあげたい。
シリウスは少しだけ俯く。
やはり、大分根が深いようだ。
僕は水道の横に座って、シリウスの手を引っ張る。
シリウスは大人しく僕の横に座る。
「シリウス、話してくれない? どんな悩みを抱えているの?」
「私は……」
シリウスは躊躇する。
だが、話すことに決めたようだ。
「私の夢は海外だ。だけど、家と教官にそれを許してもらったことがないんだ」
それは大体が僕の予想と変わらないものだった。
「言われたんだ。才能はある。だが、海外で活躍できるほどではないって。だから、諦めろってな。もちろん、反発した。私は海外に行って文句のつけれないほどの戦績を残してやるってな。だが……」
その表情はシリウスには似合わない、無力を噛みしめるような表情だった。
「教官にはもう指導しないって言われたんだ。そして、それは中央トレセン学園のトレーナーでも同じことを言うだろうとも」
だから、トレーナーという存在に不信感を抱いていたのか。
もし、教官を説き伏せてトレーニングを再開させたとしても、日本の芝に合うトレーニングしかしないだろう。
日本芝と洋芝は違う。具体的にどう違うのかと言われたら僕は洋芝を体感したことはないが、踏み込んだ時に沈むのだと言う。ダートのような芝だと聞いたこともある。
つまり、パワーが必要になってくるのだ。
日本で重視されるのはスピード。単純な足の回転率が重視されるのだ。
「それでも行こうっていうのなら、見捨てるらしい。トレセン学園にすら入れないかもしれない」
それはいっそ絶望的な話だった。
僕たちはまだ子供だ。
できることは少ない。
だからこそ、大人のサポートが必要だというのに、シリウスはそれが受けれないのだ。
どうすればいいのだろうか。
「そうだな……とりあえず理事長に頼もう。トレセン学園は寮があるからそこに入ればいいし、学費は僕が持てるから問題ない。シリウスは入学試験とかは大丈夫だろうし。あ、もしかしてスカウト来てる?」
「ちょ、待てよ! 何話進めてんだ! というか、ナチュラルに学費だそうとするんじゃねえ!」
「いや、僕の獲得賞金1億超えてるから大丈夫。嫌なら貸すってことで。利子とか付けないから。まだ稼ぐ予定だし」
「バカ言ってんじゃねえ!」
「返す自信ないの? 日本のビッグレースを勝てなきゃ海外は厳しいよ?」
「……返す自信はある! だが、そういうことじゃねえんだって!」
「トレーナーに関しては、確かにそう言うトレーナーは少なくないと思う。だけど、シリウスの夢を支えてくれるトレーナーはいるよ。絶対だ」
「……色々言いてえことはあるが、どうしてそう言い切れる。てめえのトレーナーは裏切ったんだぞ」
「ま、確かに僕のトレーナーを引き合いに出すのは無理あるかな。でも、少なくとも一人同じような夢を見るウマ娘を支えるトレーナーを知ってる」
というか、この前ここに来た。
「キョウエイプロミスってウマ娘知ってる? 僕の先輩なんだけど、その先輩の夢はジャパンカップ制覇だ」
「……そうか」
それは海外挑戦と同義だ。
だからこそシリウスに夢を与えることができる。
でも、先に僕が示さないといけない。
「シリウスは後2年……いや、1年ちょっとでトレセン学園だよね?」
「そうだ」
「そこから海外進出をするにはデビューしてすぐにはどっちにしろ難しい。クラシック級の後半から話が進むはず。だから、シリウスがクラシック級に入る前に僕たちは海外に通用すると証明してみせるよ」
シリウスは僕を見る。
信じ切れないと言った顔だ。
まあ、いきなり言ってもそうなるだろう。
「その足掛かりだ。さっきも言ったけど、僕はダービーで勝つ。もし勝てたら、僕を信じてくれ」
言い切る。
ビッグマウスは今更だ。
だけど、僕はそのビッグマウスを叶えてきたんだ。
「……私は、できねえと思う」
「シリウス……」
「でも! だからこそ、できたら信じられると思う。だから……勝てよ、ダービー」
「うん、見ててよ、僕こそが……いや、俺こそが最強だからな!」
また、負けられない勝負を挑むことになる。
いや、挑むことすら難しいレース。
だけど、そもそも負けていいレースなんてない。
背負ったものが多いだけだ。
それからシリウスは帰って行った。
しばらくは大人しくトレーニングを積むらしい。
それは僕も同じで、リハビリを再開する。
そして、それが終わったタイミングでルドルフが帰って来た。
「おかえりルドルフ。ありがとね」
「……ああ、私から言い出したことだしな」
「それでもだよ」
僕は着替えて、ルドルフを出迎える。
「みんなはもらってくれたかな?」
「ああ、シービーに言ったら協力してくれたよ」
「あれ、直接行ってくれたの?」
「まあな。手配をしようと思ったのだが、直接渡した方が確実だと思ってね」
「もー、いい子なんだからー」
そう言ってルドルフをなでる。
いいこいいこ。
と、したところでルドルフがなんだかもじもじしていることに気づく。
「どしたの、ルドルフ?」
「うん? いや、なんでも、ないわけではない、か……」
「なに? 悩み事? 渡してくれた代わり……っていうと恩着せがましいかもしれないけど、お世話になってるし僕ができることだったら協力するよ?」
そう言うと、ルドルフは上目遣いで僕を見る。
はうっ!
普段キリっとしているから、ギャップで死ぬ……!
かわいいなぁ……!
「本当か?」
「もちろん! 何をしてほしい?」
「……実は君から渡して欲しいものがあるんだ。いや、自惚れかもしれないけど、その、なんだ……。私へのものかと思ってね……」
「? なに? 何が欲しいの?」
そう聞くと、ルドルフは小さな包みを僕に渡した。
え、僕がもらうの?
話違くない?
と思ってそれを見た時に顔が一気に熱くなるのを感じた。
こ、これはぁ……!
何故ルドルフが持っているんだ!?
無くしたと思ったのに! それでいいと思ったのに! よりにもよって何故ルドルフが!?
それはトレーナーのネクタイピンと一緒に作ってもらったネックレスだ。
月に馬のエンブレムが彫ってあるもの。
確かに最初はルドルフに渡そうと思って注文したが、そもそもあの時は悪役ロールをしていたし、その後は僕がルドルフを拒否したから捨てる……のはもったいないから仕舞っておこうと思ったものだ。
つまり、赤面もののブツだ。
「これ、私にくれないか?」
「ま、まあ? いいけど? 僕はよくわからないから、もらっても? いいんじゃない?」
「……ラック、聞かせてほしい。これは私のために用意してくれていたのか? もし、そうだったら……私は嬉しい」
どうしてそう明け透けに言うかな!
もう、タラシ一族が!
「……わかったよ。確かに君に似合うと思って作ったんだ。渡すのが遅くなっちゃったけど、受け取ってくれると嬉しい」
「そうか! ありがとう、本当に嬉しいよ」
「うん、遠回りになったけど、僕も渡せて嬉しい」
「じゃあ」
そう言って、ルドルフは渡してくる。
あ、そこからなのね。
まあ、ただこのまま渡すのもあれなので、ネックレスを取り出しルドルフに付ける。
うん、上出来だ。
「あ、ありがとう」
「うん、どういたしまして」
やはりキザだったか。
ちょっとルドルフは顔を赤らめていた。
ともあれ、こうして僕のバレンタイン、そして、クリスマスは終わりを告げたのだった。