ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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実は、資料を調べるのが一番時間かかっています。
間違ってても、ご容赦ください。


Wheel Shield

それは時速70kmを超える。

それはまるでウマ娘のような速度。しかも、日本のスポーツでのプロの人口最多という盛んなスポーツ。

だが、スポーツ以外の側面もある。それは『賭け』だ。順位を予想し、お金をベットし、当たればリターンがある。

 

人力最速のスポーツ『競輪』。

 

それは競馬やウマ娘のレースと同じくらいに奥が深いのだった。

 

競輪のコースは小さい。

いや、大きいには大きいのだが、ターフやダートに比べたら小さい。

そこを時速70kmほどの速度で人が走り抜ける。

僕はそれに少なくない感動を覚えていた。

ヒトがその速度で走れるのは想像ができなかったからだ。僕はヒトの時の感覚とウマ娘としての走る速度を知っている。

みんなも、僕のとは違うけど、ある種の感動をしているようだった。

 

「速いな……」

「すごいね。本当にヒトが漕いでるの?」

「存在は知っていましたが、見るのは初めてですわね」

「だが、その速度で競っているのを見ると滾るな」

「スーパーカーもいいけど、バイクもいいわね……」

「でも、一直線に並んでるね」

 

プロミス先輩の言う通り、レースの参加者は一直線に走っている。まるで、自分が前に出ることをしないようだ。

しかし、何周かが終わり、ゴールが近づいてくると、その隊列が一気に崩れる。

全員が必死に漕ぎ、ゴールへ向かう。

その様子は僕たちウマ娘にも共感できる部分があった。

 

「がんばれー!」

 

僕たちは知っている人もいないし、賭けているわけではないが、応援していた。

そして、一番先にゴールした人は小さくガッツポーズをした。

 

「スリップストリームか」

 

ルドルフが答えを言う。

それは主にモータースポーツで活用される現象だ。先行する車……この場合は自転車のすぐ後ろにつくことによって、空気抵抗によるロスを少なくするテクニック。だが、実はそれだけではなく、先行する自転車によってそのすぐ後ろは空気の渦が発生しており、後ろを走る自転車は前に引っ張られるという状況になるのだ。

僕もシービーも使ったことのある戦法だ。

だが、僕は……おそらくシービーもだが、単純な風除けくらいにしか思っていなかった。つまり、未完成なスリップストリームだ。

 

「これを全員でできたのなら、マイルが得意なマルゼンスキーやカールちゃん、差し追い込みが得意なシービー、ルドルフに足も息も残して最後に戦える」

 

とはいえ、それをこなすための課題はたくさんあるのだが。

 

「つまり、アタシたちは最後のほうまで一人のウマ娘としてレースするってこと?」

「うん。一列縦隊になって、スタミナと速度を保つ。……って言いたいけど、流石に7人の列は難しいかな。3、4人に分かれてやることになると思う」

「……バランスが必要だな。先頭はスタミナが多い者が担当することになるだろうし、足並みも合わせないといけない。できれば勝てる可能性は高いがそもそもできなければかえって弱くなる」

「あと、できるだけスタミナは消費してほしいから走るのは長距離になるかな。必然的に長距離走者が先頭だね。いけそうなのはアタシ、ラック、モンスニー、プロミス先輩、ルドルフ」

「適正で言うと、僕とモンスニーちゃんだね。シービーはスタート不安だし、プロミス先輩は最後にスタミナを残しておけば強いタイプだから。とはいえ、途中で先頭を代わるならプロミス先輩だね」

 

僕とシービーとルドルフがそう話していると、他の4人もどうすればスリップストリームを習得できるか、話し合っていた。

やんのやんのと女学生が競輪場で姦しくしている。

 

だからだろう。

大人の人に話しかけられるのは必然だった。

 

「君たち……トレセン学園の生徒たちかな?」

「あ、うるさくしてごめんなさい」

 

僕は咄嗟に謝る。

流石にまずかったか? 僕はいいが、他の人の人気を落としたくない。

だが、その人は意外なことに怒っているわけではなさそうだった。

短い髪をしているその男性は結構鍛えられているのが服の上からでもわかった。選手なのかもしれない。

その人は人好きのする笑みを浮かべる。

 

「いいよ、いいよ。外れてもっとうるさくしているおじさんたちがたくさんいるからね。それより、珍しいね、ウマ娘の子が競輪場に来るのは」

「実は競輪のテクニックが使えないかと思いまして……」

「え? ウマ娘が? 自転車の?」

「そうです」

 

そう言うとその男性は大きく口をあけて笑った。

 

「あははは! それは光栄だな。そんな話、一度も聞いたことがなかったものでね」

「そうなんですか? 速度とかルールとか似てるから誰かしら参考にしているものかと」

「ヒトとウマ娘さんは違うって印象だからなぁ。考えてもみなかったよ。俺の名前は中野っていうんだ。君たちは?」

 

と言われて、僕は内心冷や汗をかいた。

そういえば僕、他の子と一緒に行動したらまずいんじゃないか? この人が僕のこと知ってたらどうしよう。

と思っていると、シービーとルドルフが間に入ってくれた。

 

「シンボリルドルフです」

「アタシはミスターシービーです。クラシック挑戦中だから応援よろしくねー」

 

時間は稼いでくれてるけどどうしよう。

あわわわ。

いや、もう悪役ロール中は結構雰囲気変わるし、いけるか!?

いけるいける私はかわいい子私はかわいい子きゃるんきゃるるんぴすぴーす!

 

「あ、えと、ホワイトローヤルです……」

「可愛い名前だねぇ」

「あ、ありがとうございます……」

 

よしいけそうだ。

やめろシービー笑うな。ルドルフ憐みの目を向けるなやめろ。

 

「それで、競輪は参考になったかな?」

「ええ、全てとは言えませんが似たような技術が私たちの走法にもありましたから、もっと研鑽できそうです」

「へえ、気になるな、どこらへんがそう思ったのかい?」

「スリップストリームです」

「ほお、確かにラインは君たちにも応用できそうだ」

「ライン?」

「うん、さっき見てくれたのなら一直線に選手が並んでいただろう? あれがラインだ。その名の通りだね」

「やはり、変わりますか?」

「うん、変わるね。見た目以上に楽に加速できるよ。そうだ、体験してみるかい?」

「え? できるんですか?」

「前を走るくらいならできるよ。一定の速度で走ることはウマ娘さんたちより得意だよ。あの自転車、ブレーキないからね」

「そうなんですか?」

「うん。軽量化しないといけないから。ブレーキないから急に速度が変わるわけでもない」

「……なら、お願いしてもいいですか?」

「もちろん! おじさんとしてもムキムキの男よりもかわいい女の子に追いかけられたいからね」

 

ルドルフが話をしてくれて、僕たちは自転車競技の技術を体験することになった。

ちなみにトレーナーは僕たちの後ろについてたら不審者として警備員に捕まっていた。

まじでごめん。

 

 

 

それは外で行われることになった。

競輪のコースでやると、僕たちの踏み込みで傷つけてしまうからだ。

中野さんはやはり選手だったようで、ユニフォームに着替えてきた。

 

「先ほどの自転車とは違うようですが……」

「あれはトラックレースっていう、さっきみたいなコースで走る用の自転車。これは外を走れる自転車だ。ちなみに、俺は外の競技はあんまりしないから、これは自前」

「そうなんですか。わざわざありがとうございます」

「いいよいいよ。俺もウマ娘の子と一緒に走るのは面白そうだって思ったから」

 

わははと中野さんは笑う。

本当にいい人だ……。

トレーナーは遠くから見ている。だが、僕たちから目を離すことはしない。特に僕はじっと見つめられている。

 

僕たちは柔らかいアスファルトのようなコースに案内される。

ここは練習場だから、と言って中野さんは何周かする。

 

「さ、やりすぎると危ないからそんなに速度は出さないけど、一人ずつやってみようか。だれからやる?」

「じゃあ、僕から……」

 

言い出しっぺなので、僕が手を上げる。

ちなみに運動着に着替えている。

 

「よし、じゃあ、一定の速度で走るからついておいで」

「はい」

 

中野さんは走り始める。

コースは少しだけ斜めになっていて、遠心力で吹き飛ばされるということはなさそうだった。……ターフもこうしてほしいわ。

 

僕はゆっくりと走り始めて中野さんの後ろにつく。

いつも通りの風除け位置だ。

ウマ娘とそう変わらない。

 

「ちょっと遠い。速度は変えないから近づいてごらん」

「はい!」

 

僕はそう言われ、少しずつ近づいていく。

接触しないように少しずつ。

確かに風は感じないな、と思っていた時だった。

ある距離からぐんと背中を押されるような感覚に陥った。

 

「ううぉ」

 

あれだけ邪魔だった風が、むしろ僕を押してくれる。

すげえ!

確かにこれならスタミナの温存ができる。

思った以上に楽だ。

そして、逃げウマの僕からしたら、これを利用される怖さを体感した。

これは知っておいて良かった。

 

走り終えると、シービーが近づいてくる。

 

「ねえねえ! どうだった? そんなに変わるものなの?」

「……正直、これをライバルには完璧な形で身に着けてほしくはないね。やってみればわかるよ」

「へえ……はいはい! 次アタシ行きます!」

 

シービーは元気いっぱいにコースへ走って行った。

そして、帰ってくると、「自分じゃできてるって思ってたけど、これは確かに面白いね。前がウマ娘だった時にどうなるのかも気になるね」と言った。

 

中野さんは全員がスリップストリームを体感するまで付き合ってくれた。

……すごい体力だな。流石アスリートだ。

 

 

 

 

「これ、先頭すげえむずいわ」

「うむ。見てるだけでもそれはわかるが、体感するととんでもないな」

「うえ~アタシは絶対無理だわ……」

 

時間と所変わって学園のターフ。

僕たちは時間を作ってみんなで練習していた。

だが器用貧乏と名高い僕としても先頭を走るのは難しかった。

というのも、この技術、常に後続を気遣って走らないといけない。特にコース取りがそうだ。

僕たちはレース中、常にどこを走るのか意識している。それはいつも最速を狙っているわけではない。どこで息を入れるか、どこなら抜け出せる位置にいけるのか、どこなら相手を邪魔できるのか。そういうことを考えている。なので、自分が得意なコース取りでも後続が苦手なコースの可能性があるのだ。

それに速度も意識する必要がある。これも急に加速してスリップストリームの外に出してしまうかもしれないからだ。

 

ルールは僕たちに有利になるように申請した。

芝3200mの右回り。そしてチーム戦のシンザン会長は1人。つまり4人vs3人vs1人のルール。1位を取ったチームが優勝だ。

申請した時はシンザン会長は首を傾げていたが、「会長を負かすためです」って言ったら許可してくれた。器太平洋くらいでかい。

 

チーム分けはAチームがプロミス先輩、マルゼンスキー、モンスニーちゃん、カールちゃん。Bチームが僕、シービー、ルドルフになった。

これは理由があって、まず最初に先頭をできそうなのは僕とモンスニーちゃんだけだったから分かれ、マイル組のマルゼンスキーとカールちゃんは下手に分けるより一緒にした方がいいということになって、じゃあそのフォローが必要だということでプロミス先輩に入ってもらった。僕がシービーとルドルフのチームになったのは単純に僕とシービーがよく一緒に走っていたので息が合うからだ。

正直、会長に勝つための本命はAチームだ。マイル組のスピードは伊達じゃない。距離適性というものは大きいのだ。

 

というわけでチームで練習しているのだが、これが上手く行かない。

モンスニーちゃんは元々優等生なこともあってコース選びというのは上手い。それに途中でプロミス先輩と交代するので、集中力と体力を気にする必要がない。僕もAチームにはコースを譲る手はずになっている。

だけど、僕は少なくとも2000mはシービーとルドルフを引っ張っていきたい。だから頑張らないといけないんだけど……。

 

「むずいー!」

「アタシたちが勝手についてくならできるんだけどねー」

「しかし、そうなると、その分の体力が削られるから本末転倒だ」

「うん、ごめんね……絶対、絶対どうにかするから!」

「期待してるねー」

「ああ、私たちは私たちで自分の番の心配をしておこう」

 

二人は後続。

順番的には僕の次がシービーでその次がルドルフ。僕の番が終わったらシービーのロングスパートでルドルフを引っ張って、最後にルドルフがそのまま駆け抜ける算段だ。シービーも少しなら先頭できるから大丈夫と言っていたし実際できたので心配はしていない。後はルドルフ次第だ。

そのために僕が失敗しちゃいけないんだけど……難しいものは難しいな。

 

というわけで、困った時のトレーナーだ!

見てるだけだけど、絶対答え持ってる顔してるもん! 僕わかってるもん!

 

「トレーナー! 何かいい方法ない?」

「俺は協力するとは言ってないが?」

「いや、僕たちのチームが会長に勝ったら名声がっぽがっぽでしょ」

「……それはルドルフがかっさらっていくだろう?」

「あ、僕たちの作戦言ってないのにわかってるんだ。ちゃんと見てるんだね。えらいえらい」

 

なでなですると手を払われた。

酷い!

どうしてそんなに塩対応なの!?

まあわかってたけど。

 

「で、どうなの?」

「……協力する理由もない。と言いたいところだが、丁度いい。お前には身に着けてほしいテクニックがある」

「え! なになに!? それがあれば解決する?」

「ああ、するだろうな」

 

断言するトレーナー。

僕はわくわくしていると、ぽいっとストップウォッチを投げられる。

 

「なに? 二人の走りを観察しろとかそういうこと?」

「いや、違う。これからお前は長い距離を走ることになる。ダービー以降だ。その時に使えるテクニックだ」

「それは?」

「ラップ走法だ。つまり、コースの長さから逆算してレコードを出せるタイムを出し続ければどんな相手でも勝てるということだ」

「……」

 

ラップ走法。

それはいっそ清々しいほどの力技。それには相手もテクニックも関係ない。競うということを放棄しているまである走り方だ。

そして、それは逃げウマにしかできない作戦だ。

トレーナーは言う。

 

「見たところ、お前の持ち距離は2000m。例えば東京の2000mの平均タイムは2分2秒ほどだ。重賞になると、2分を切る。なら、お前は1分57秒を切れ。1ハロン11秒7だ。そのタイムを体に刻み付けておけ」

 

そこまで言われて僕はストップウォッチを見る。

え?

後一ヶ月もないんだけど、そんな曲芸染みたものを身に付けろと?

そんな表情をしていたのがわかったのか、トレーナーはさもびっくりしたという顔をする。

 

「ん? できないのか?」

「できるけどね!?!? 楽勝ですけどぉ!??」

「なら、やれ。壊れたら代わりをやるから片手が空いている時はずっとタイムを計り続けろ。いいな?」

「……はーい」

 

僕はそのストップウォッチを持って二人の元に戻る。

二人はなにやら話をしているようだった。

 

「……時折、不思議な感覚に陥るんだ」

「どういう?」

「力が湧いてくるというか、意識が切り替わるような」

「レース中に?」

「ああ、だがそれもすぐに終わってしまう。なにかを掴み損ねている感覚だ」

「アタシもあるよ」

「本当か?」

「うん。アタシの場合は最終直線かな」

「……そんなに限定的なのか?」

「うーん、これはなんとも言えないかな? でも、意図的にやってる人知ってるよ」

「それは?」

「会長。あれは自分で意図してやってるね」

「なに話してるの?」

 

声をかけると、ルドルフが難しい顔をする。

 

「いや、レース中に不思議な感覚が湧くことがあってな……」

「ラックもあるんじゃない?」

「不思議な感覚……?」

 

そう言われるが、覚えがない。

もちろん、調子の良し悪しはあるが、不思議な感覚というのは何を指しているのかわからないので、そう言うしかない。

 

「うーん? どんな時?」

「そうだな、最終コーナーから直線にかけてが多いな……」

「どういう感覚?」

「力が湧いてくるというか……」

「え、ずるい。僕もそういうの欲しい」

 

みんなそういうのがあった上でレースしているの?

僕も欲しい欲しい欲しい欲しい!!

後でトレーナーに聞いてみよ。

 

この後のラインは少しだけ上手くいった。

 

 

 

 

あいつらが休憩に入る。

俺はブラックトレイターが怪我をしていないかを確認し、近くの喫煙所に行くことにした。

 

俺はタバコは吸わない。

吸うという習慣がないからだ。

では何故ここに来るのかというと、ここは人が来ないからだ。

 

ウマ娘はタバコが好きじゃない。

当たり前だ。

嗅覚が鋭いから。

 

だからここに来る人間は沖野か、外部の人間くらいだった。

だが、沖野ももうここには来ない。

あいつはもうタバコを吸わない。

そう決めたらしい。

 

俺はただぼうっと天井を眺めた。

 

「酷い顔だ。体調に支障をきたすなら帰った方がいい」

 

声をかけられる。

音圧はないが、威圧感のある声だ。

そちらを向くと、そこには生徒会長が立っていた。

 

俺は再び天井を眺める作業に戻る。

 

「君のことを言っているんだよ、トレーナーくん」

「ここは喫煙所だぞ。生徒会長が来ていい場所じゃない」

「私だってタバコは吸う」

 

思わず俺はシンザンの方を見た。

そこにはいたずらが成功したような笑みを浮かべるウマ娘が一人。

俺はため息を吐く。

 

「……なんの用だ」

「いや、世間話でもどうかなと思ってね」

「したくない」

「そんな子供のようなことを言わないでくれ。思わずあることないこと理事長に吹き込みそうだ」

「……権力者というのはそれだけでおそろしいな」

「だろう? 私もこの力は気に入っているんだ」

 

清廉潔白なやつが言ってはいけないセリフを平然と吐くシンザン。

シンザンは俺の隣に座り、いつも通り足を組む。

俺はちらりと足を見る。

 

足を組む、というのは血流を止める可能性がある。

推奨されない行為だ。

シンザンは事実を淡々と言うように口を開く。

 

「バカだな、君は」

「……足くらい好きに組めばいい」

「それを気にしてしまうところがバカなんだと言ったんだ。こんなことをしたって、何も変わらないさ」

「ああそう」

「どうしてブラックトレイターのトレーナーになることを拒否しなかった?」

 

話がまったく違う方向へシフトする。

 

「どうして? 道具が戻ってきたんだ。使われたいというなら、使うさ」

「私は君が理解できるよ、トレーナーくん」

「……俺のどこが理解できるって言うんだ?」

「君は半端者さ。復讐心に身をゆだねながら、言い訳をして自分の立ち位置を保っている」

「ずいぶんな物言いだ」

「私がそうだったからね」

 

俺はシンザンの方を努めて見ないようにした。

きっと、酷い顔をしているのは俺だけじゃないから。

 

「……君は、自分の過去をまだ話していないそうだね」

「だからなんだ?」

「可哀想に。わかってしまったんだね」

「……どこに憐れむ要素があったんだ」

「君はいつも何かから逃げていた。それは自分の感情であり、自分の過去であり、担当ウマ娘であり、夢だ」

 

淡々という。

事実を言うように。

 

「だが、あの憐れなウマ娘、ブラックトレイターを見て一度決心した。逃げてはいけないと。ブラックトレイターとは望む望まないに関係なく絆ができてしまったから。もう逃げられない。君も、彼女も。だが、事故が起きた。君にとっては大きな出来事だ」

 

それはまるで俺のモノローグだ。

耳を塞ぎたくなる。

 

「ああ、憐れなウマ娘、ブラックトレイター。そのウマ娘が本当に望んでいるものを君は理解していた。ブラックトレイターが自覚していない願いを君は知ってしまっていた。そんな時に、事故。彼女は止まる機会を得た。坂道に転がるリンゴが石に引っかかるようにその動きを止めた。それはチャンスだった。君はこのまま行けば彼女が身を削りながら転がり落ちることを十分に理解していた」

 

深く呼吸をする。

すえた匂いが肺を満たす。

 

「だから突き放したんだ。もう、止まればいいと。だが、彼女は戻ってきた。愚かだな、君は。彼女は止まらないことを知っていたのに、そうすれば止まってくれるかもと考えたんだ」

「……別に。あいつが何をするかなんて好きにすればいいと思っている。話は終わりか?」

「いいや、ここからが大切だ」

 

シンザンは足を組みなおす。

俺はちらりとそちらを見て、目を逸らした。

 

「彼女が戻ってきたことによって、君は彼女を深く理解した。本当の望みをさらに理解したんだ。私にはわかる。だからこそ、君は再び彼女のトレーナーになり、自分の過去を話さなかったんだ。……いや、話せなくなった、というのが正しいか」

 

俺は怒りに近い感情を持った。

今すぐこの口を塞いでやりたい。

 

「『話す決心』は形を変えざるを得なくなり『話さない決心』になった。君は半端者を続けることがブラックトレイターのためになることを知ってしまったんだ。本当に苦しいだろうね。君は彼女が苦しんでも君が苦しんでも、もうどうすることもできない。……忠告するよ、トレーナーくん」

「……なんだよ」

「もし、君が復讐を完遂するというのなら、これ以上彼女を想わない方がいい。復讐には情が邪魔だ。まだ、君は復讐ができる。ブラックトレイターをすりつぶして、復讐をすることができる」

 

そう言うと、シンザンは立ち上がる。

そして、ドアの方へ歩いて行った。

ドアを開き、最後に俺の顔を見る。

 

「もし、想ってしまったのなら、君は捨てることになる。復讐と、君の本当の願いを。……じゃあね、トレーナーくん」

 

それからシンザンは出て行った。

俺は時計を見る。

休憩が終わる。

 

俺は立ち上がった。

 

……俺はぼんやりと理解した。

俺に何もお咎めがなかったのは、シンザンが手を回したのか。

契約解除も、道理ですんなりいくと思った。

あいつが帰ってくることをシンザンは知っていたんだろう。

だから、俺を黙らせるために一時的になる契約解除を許可させた。

 

シンザンが俺に何をしてほしいのかはわからない。

だが、きっとシンザンにとって俺はまだ利用価値があったんだろうということはわかった。

 

いいさ。

俺には関係ない。

やることは変わらないんだから。

 

 

 

 

 




ちょっと忙しくて感想返しができていません。すみません。
ですが、ちゃんと全部目を通しています。
本当に励みになります。ありがとうございます。
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