ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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皐月賞


The Heroic Epic, Chapter 1

そして、すぐに皐月賞が始まる。

皐月賞には選ばれたウマ娘たちが走ることになる。

ここで勝ったウマ娘は最初の冠を被ることになり、必然的に三冠という期待を背負うことになる。

トライアルレースで勝ち抜いたウマ娘、そして、多くの賞金を勝ち取ったウマ娘たち。誰が勝ってもおかしくないレースだ。

日本ダービーは運のいいウマ娘が勝つ。

菊花賞は強いウマ娘が勝つ。

そして、皐月賞は最も速いウマ娘が勝つと言われている。

速さというのはウマ娘の原点。

ならば、このレースで勝つというのはウマ娘にとって最高に近い誉れとなる。

 

僕の知っているウマ娘も多く出場することになる。

一人はかつて僕と走ったウマ娘。

ジャラジャラちゃんだ。彼女は順調にステップレースで勝ち抜いてここまでやってきた。経験だけで言えば他のウマ娘たちからすると一歩先を行っているだろう。

一人はハッピーミークちゃん。若き天才トレーナーと二人三脚で走ってきたハッピーミークちゃんもステップレースで勝ち上がった。僕の上位互換と言われるだけあって抜群の安定性を持っている。

そして、ステップレースで勝ち上がったと言えばもう一人。メジロモンスニー。モンスニーちゃんはその名に恥じない走りをしてきた。少し前に見た通り、シービーのライバルとして注目されている。ステイヤーとしてどこまで通用するのか。

最後に三冠を期待されているウマ娘。ミスターシービーだ。その走りは人々を魅了し、その強さは人々を熱くさせた。シービーは僕に皐月賞を勝って待っていると言った。

 

僕はトレーナーとルドルフと共に中山レース場へ来ていた。

もちろん、みんなを応援するためだ。……と言いたいところだが、敵情視察も含まれている。僕は青葉賞を勝って、この皐月賞を勝ったウマ娘と走ることになる。ならば、本気という意味では事前調査というのも必要になってくる。

 

帽子と眼鏡をかけてパドックを見れる位置を取る。

 

「そんな変装しなくてもいつもの調子じゃなければバレないと思うぞ」

「まじ? いやでも、僕のファンなら気づくかもしれんじゃん」

「だから大丈夫だと言っているんだ」

「ファンがいないだって!? まあ、その通りか」

 

悪役ロールも堂に入って来ているようで、演技をしている時と素では大分印象が違うらしい。話してなくても空気が違うとちょくちょく言われる。

 

それの延長線上の話なのだが、最近僕は自分の影響力が思ったよりもあることに気づいた。

感謝祭のレースでもどうしてBチームに僕がいたのかが話題になっていて、フェイクの噂を流すのに苦労した。

結局、僕がシービーたちを騙す、というのはそもそも発起人をシービーにした時点で通用しなかったのに気づいて、シービーに誘われて『むかつく会長に土をつけれるなら参加する』と言ったということにした。

 

ああもう、作り上げたキャラがバラバラになっちゃう。

トレーナーにも「お前は無鉄砲すぎる」と言われるし、気を付けないといつかバレるな……。

 

ルドルフにからかわれながらパドックが開くのを待つ。

というか、今やルドルフの方が注目されているまである。

僕は帽子と眼鏡をルドルフにかけておいた。

実はルドルフ、もう本格化が終わっており、身長も僕より数センチ高い。帽子のサイズはむしろ小さいまであるが、黙ってそれを受け入れていた。

 

今日は雨だ。

視界も悪いだろうし、バレないだろう。

 

そんなことをしていると、パドックが始まる。

鍛え上げられたウマ娘たちが各々のパフォーマンスをする。そして、その姿が現れる。

 

『5枠12番、ミスターシービー』

 

コツコツと足音を立てて現れたシービーは見事な仕上がりだった。

そして、僕はその勝負服を初めて目にする。

白を基調に緑と黄色が施されたしたパンツスタイル。そして、頭にはミニハットを被っており、トレードマークの『CB』というアルファベットがくっ付いている。

シービーは大胆不敵に笑い、緊張を感じさせないようだった。むしろ、ワクワクを隠せないという風だ。

シービーはこっちを見ると、ウインクをしてそのまま帰って行った。

 

「ルドルフ! 今、シービーが僕にウインクしたよ!」

「別にいつも一緒にいるんだからそれで喜ぶんならいくらでもしてもらえばいいじゃないか」

「えぇー! こんな大舞台でわざわざ僕を見つけてウインクするのがいいじゃんか」

「まあ、確かに嬉しくはあるな。だが、一つ間違いがある」

「なに?」

「シービーは私にウインクをしたんだ」

「違うし! 僕だし!」

「いや、私だな」

「お前ら、静かにしてろ……」

 

ルドルフとじゃれていると、トレーナーに呆れられる。

そうしている間にもパドックでのお披露目は進んでいく。

 

『8枠21番、メジロモンスニー』

 

モンスニーちゃんも調子が良さそうだった。

モンスニーちゃんの勝負服は白と水色のラインが施されたドレスだ。美しさと気高さが合わさったモンスニーちゃんらしい勝負服だった。

モンスニーちゃんは礼儀正しく礼をすると、小さく手を振った。

 

「見て、ルドルフ! モンスニーちゃんが僕に手を振ったよ!」

「いや、私に手を振ったんだ」

「違うし! 僕だし!」

「いや、私だな」

「何回やるんだ、それ……」

 

やはり皐月賞ということもあって、みんな調子は調整してあったようだ。

そして、すぐに皐月賞が始まる。

クラシックが始まるのだ。

 

 

 

『さあ、クラシックの最初の冠を決める皐月賞! そして、皐月賞を走るのは世代の勝者たち! 人気上位のウマ娘を紹介しましょう』

 

ターフではなく、観客席で観るのは未だに慣れない。

やはり、僕の本能はターフで走りたいと叫ぶからだ。

どうにかそれを抑えつつターフを眺める。

 

『三番人気はハッピーミーク。気合十分です。二番人気はこのウマ娘、メジロモンスニー。パドックでもひときわ大きな歓声を浴びていました』

『私一押しのウマ娘です。がんばってほしいですね!』

『そして、堂々の一番人気はミスターシービー! 三冠を期待されているウマ娘でもあります。その力強い走りは今日も観られるのでしょうか。……各ウマ娘、ゲートインし始めます』

 

どんどんとゲートインが終わっていく。

観客席もこの瞬間は固唾を飲んで見守っている。

かくいう僕も静かにその瞬間を見守る。

 

シービーは真ん中くらいだ。

スタートが苦手なシービーだが、それでも内枠であるほうがレースはやりやすいようだ。この位置が吉と出るか凶と出るかはわからない。

モンスニーちゃんは逆に外枠だ。21人もいる外枠になるのは、正直言って厳しいと言わざるをえない。

だが、モンスニーちゃんにとって距離というのはあまり意味を成さない。ロスをどれだけ減らせるのかがカギになってくるだろう。

 

――皐月賞が始まる。

始まってしまう。

 

『各ウマ娘、ゲートインが完了しました。……皐月賞、今スタートしました!』

 

一斉に走り出すウマ娘。

シービーは少し遅れたようだが、いつものようにその笑みを崩すことはない。

モンスニーちゃんは先行位置だ。

 

僕の正面をみんなが走っていく。

重い足音と芝をえぐり巻き上げられた土が飛んでいく。全員が真剣に走り、観客はそれを応援している。

 

シービーはいつも通りの追い込み位置。後ろから2番手。その視線はしきりに動き、レースを見ている。

モンスニーちゃんは先頭集団5番目。こちらも、前よりも後ろを注視し、レースを観察している。

 

このレースを動かしているのはハッピーミークちゃんだ。

ハッピーミークちゃんは1番手で走っている。ハッピーミークちゃんは逃げの戦法が得意という話はなかったはずだ。ということはそれをしないと勝てないと思ったのだろう。……きっと、見ているのはシービーだ。シービーのロングスパートにはスピードで敵わないと踏んだのだろう。

しかし、その表情はすでに険しい。スタミナが持つかどうか。

 

コーナーを曲がっていき、向こう正面へ到達する。

 

未だレースは動かない。

皐月賞は逃げか先行が有利なコースだ。僕はこのレースのためにホープフルステークスを走ったのだ。知識ではなく、体感でそれをわかっている。

シービーはどうするんだ。

どこから動くんだ。

 

レースは下り坂に入る。

速度は平均タイムほどだ。僕の体内時計はそれを告げる。

なら、なおさら先頭集団が有利だ。

 

速度の出ないコーナーから最終直線の坂をどう攻略するのか。

僕なら、コーナーから最終直線に向けてタイムを平均化させて、最後まで走り切る。それなら、速度が落ちないというプレッシャーをかけれる。食らいつけるのはモンスニーちゃんとシービーだけだ。そこまで来れば、後は地力だけだ。

 

僕は声を張り上げる。

頑張れ。走れ。

 

第三コーナーに入った瞬間に、レースが動く。

シービーが進出を開始したのだ。外側から、加速と言う名の暴力を敢行する。

同時に動いたのはモンスニーちゃんだ。モンスニーちゃんはそれがわかっていたかのように、先頭を抜かしにかかる。

しかし、ハッピーミークちゃんは気合で先頭を維持する。

 

最終コーナーだ。

縦長だったレースは一気に縮み、団子状になる。

そして、そこから飛びだしたのはモンスニーちゃんとシービーだ。

モンスニーちゃんが1バ身差のリード。しかし、シービーの加速力はまだまだ上がっていく。

 

「負けませんわああああああああ!!」

「アタシだってええええええええ!!」

 

正面直線に差し掛かる。

 

熱い。

シービーたちの熱が直接顔にかかっているようだ。

 

これが皐月賞か。

これがクラシックか。

これが僕の約束の舞台だったのか。

 

ぽたと手に何かが落ちる。

僕の目からは涙が出ていた。

 

どうして、僕はここにいるんだ。

どうして、僕はあそこにいないんだ。

 

後悔はない。

と言えば嘘になる。

何度繰り返したとしても、僕はルドルフを庇うだろう。

だけど、もう少し早く治ったのなら。

もう少し、怪我が小さかったのなら。

 

声を張り上げる。

くそ。

くそ。

ちくしょう。

がんばれ。

がんばってくれ。

こんな惨めな想いすら吹き飛ばすくらい。

 

『粘る、粘る! メジロモンスニー! だが、しかし! すさまじい末脚だ、ミスターシービー! 今! 残り100mでミスターシービー抜け出した! そのままの末脚でゴールイン! 皐月の冠を被ったのは、ミスターシービー! その強さを見せつけました! 日本ダービーも今から楽しみでなりません!』

 

シービーが勝った。

それは僕が望んだことで、もしあそこに僕がいたなら僕が望まなかったこと。

 

シービーはモンスニーちゃんと握手した後、二人で観客に手を振る。

僕たちの方に手を振る。

 

「……ラック」

「僕、勝つよ。青葉賞に勝って、日本ダービーに勝つ。モンスニーちゃんにも勝って、シービーにも勝って、いつか戦うカールちゃんにも、ルドルフにも勝つ」

「……ああ。私も、負けはしない」

 

シービーはそのまま、マイクを渡され、インタビューを受ける。

 

『皐月賞優勝、おめでとうございます!』

『ありがとうございます!』

『今の気持ちを教えてください』

『とっても、楽しかった! すごくすごく楽しかった! 人生で一番楽しかったレースです!』

『これからの意気込みなどがあれば教えてください』

『これから、アタシは今よりも強くなったウマ娘たちと最高の舞台で走ることになる。日本ダービー、そこでアタシはもう一度優勝する。いや、何度でも優勝する! だから――』

 

そのまま、シービーはマイクを下げる。

そして、こちらを見る。

歓声の中、誰もそのつぶやきを聞き取れた人はいないだろう。

だけど、僕はわかった。

僕だけはわかった。

 

――待ってるよ、ラック。

 

僕は拳を握りしめて、それに強く頷いた。

 

 

 

「まずい! まずすぎる! トレーナー!」

「どうしたんだ、一体」

「勝負服! 作るのにどのくらいかかる!?」

「は?」

 

僕はトレーナー室をノックもなしに入る。

 

事の発端は皐月賞すごく良かったし、僕も頑張らないとなぁと思ってそれのための準備をしている時だった。

調子は悪くないし、あの時よりも力が上がっていることがわかる。

日本ダービーにも……シービーにも勝負できるだろうと思えるくらいだ。

日本ダービーは全国区に生放送される一大イベントだ。つまり、晴れ舞台。身だしなみも整えないとな。

そう思って、勝負服を取り出した僕は驚愕した。

 

――ボロボロで血だらけだ。

 

そういえば、勝負服はあの事故の時に持っていたんだった。しかも、なるべく衝撃を殺そうと荷物を盾にしたんだった。

ルドルフには荷物はそのままにしておいてくれと言っておいたので見ていなかったのだろう。

僕もまさか丈夫な勝負服がこんなにボロボロになっているとは思っていなかった。

……もしかして、僕が助かったのって勝負服のおかげだったりする?

 

ともあれこれじゃまるでアンデッドエネミーだ。

というか、ゾンビだ。

僕が目指すのは力強いラスボスであって、こんなボロボロなエネミーじゃない!

作り直さないと!

 

ということでトレーナーに相談に来たのだ。

 

「はあ、お前はなんというか、レース以外のことにはあんまり興味ないよな」

「失礼な。興味あるよ、お金とか」

「……お前のトレーナーになったのは間違いじゃないと、今では思う」

「このタイミングで言う? それ絶対どんな扱いをしてもいいって思ってるだけでしょ!」

「違うのか?」

「そうでーす!」

 

ぴーす! とギャルっぽいポーズを取る。

でも、そんなことをしている場合ではないのだ。

 

「で、勝負服! どのくらいかかる!?」

「……難しいだろうな。今は仕立て屋も忙しい時期なんだ。G1も本格的に始まって、予備にも手を出しているころだ」

「じゃあ、どうしよう!」

「……とりあえず見せてみろ」

 

僕は勝負服を広げる。

血だらけで、ところどころ擦り切れている。

うん、やべえな。

 

「うん、やべえな」

「真似しないで」

「は?」

「ごめんなんでもない。すごまないで。怖いから」

「……別にすごんでいない」

「で、どうにかなるかな……?」

「そうだなぁ……」

 

トレーナーは少し考える。

 

「日本ダービーには間に合わないな」

「ぐううう……そっか……」

「とりあえず、依頼は出しておこう。日本ダービーはこれで行くしかない」

「仕方ないか……」

「……まあ、応急措置をしておこう」

「応急措置?」

「ああ」

 

そう言うと、トレーナーはソーイングセットを取り出す。

 

「え? トレーナー縫えるの? 指は縫っても治らないよ?」

「何を言っているんだ。せめて整合性のある言葉を吐け」

「いや、トレーナーヤクザっぽいし……」

「先にお前の口を縫ってやろうか?」

「すぃませぇん……」

 

トレーナーは勝負服を縫い始める。

その手腕は見事で、勝負服は元の形を取り戻していく。

 

「血はクリーニングに出してどうにかしてもらおう。黒と赤で良かったな」

「それは本当にそう。でも、トレーナーが縫物なんて意外というか……縫物教室でも行ってたの? 可愛いエプロンとか着て……」

「次余計なこと言ったら胸元のボタンを引きちぎるからな」

「すぃませぇん……」

 

注意された僕は無言でトレーナーを見る。

トレーナーはいつもグラサンと帽子をかぶっている。大柄な男で筋肉質だ。威圧感がある。

 

「トレーナーっていつからトレーナーなの?」

「哲学か?」

「いや、トレーナーって30代くらいじゃない?」

「まあ、そうだな。間違っていない」

「トレーナーって職業はいつから成れるの?」

「……専門の大学を出るか、トレーナーのライセンスを取ることで成れる。だから、トレーナーになること自体は中学を卒業すればいつでも成れる。だが、トレーナーライセンスの合格率は低い。特に中央はな。だから、大学を卒業した方が確実だ」

「中央のライセンスは特別なの?」

「ああ。特別というより、地方と区別されているというだけだ。中央のライセンスの合格倍率は50倍だ」

「50!?」

「そこから中央トレセン学園に入れるのは試験を受けてからだから、さらに下がる」

「すげえ……もしかして、トレーナーって有能?」

「ここにいるトレーナーは全員有能だ。ウマ娘をどう扱うかは、別だがな」

「あはは、ごめんて。トレーナーが有能なのはずっと前から知ってたよ。で、そのトレーナーは何歳からトレーナーなの?」

「……17だ」

「17!? もしかして、天才児!?」

「ここじゃ、年齢は関係ない。実力主義だ。お前たちと同じで」

「そっか。確かにね」

「……だが」

 

トレーナーは少し手を止めて言う。

 

「だが、トレーナーたちはお前たちとは違う」

「どういうこと?」

「トレーナーたちは何度でも夢に挑戦できる。だが、お前たちは一度だけだ」

 

トレーナーはすぐに再開する。

その表情は真剣で、僕はそこにどんな感情があるのかはわからない。

 

トレーナーはウマ娘を道具として扱うと言った。

嘘ではないのだろう。

だけど、今の僕には『そうあるべきだ』と信じ込ませているようにしか見えなかった。

 

「終わった。今度は壊すなよ」

「もちろん! ……トレーナー」

「なんだ?」

「ありがとね」

「ああ。もっと感謝しろ」

 

トレーナーはふてぶてしくそう言った。

 

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