ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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I promise, breathe, run

『世紀の大悪党、日本ダービーへ!?』

 

僕の勝利は大々的に公表され、その話題はすさまじいものになった。

今までの僕の悪行や、反対にこれまでの僕以外の栄光を総まとめされ、誰が僕を倒すのかという話で持ちきりだった。

僕は今まで無敗だ。

三冠の道は途絶えたが、無敗のウマ娘。

実はシービーは12月のひいらぎ賞で2着になっているので、無敗のウマ娘でダービーに出るのは僕だけだ。

そして、僕はダービーと同じ場所、同じ距離でレコードを出している。

 

ダービーにおける僕は今、最強の魔王なのだ。

 

トゥインクルシリーズは僕を倒す人材を探せととても盛り上がっている。

そして、その勇者の候補は何人かいる。

一人は現メジロ家の最強のステイヤー、メジロモンスニー。

長距離になればなるほど強いモンスニーちゃんは感謝祭を除けば今までではダービーは最長だ。自然とモンスニーちゃんは話題に上がっていった。

 

もう一人はハッピーミーク。

今まで僕に勝てていないし、強い勝利というものを取ったウマ娘ではなかったが、それでも順調に実力を伸ばしている彼女はダービーには強敵として完成するだろうと言われていた。

 

そして、大本命はミスターシービー。

僕と対を成す今最も最強に近いウマ娘。その走りは一目見れば魅了される。

『ミスターシービーは最も愛されるウマ娘』

皐月賞を勝ってからシービーはそう言われるようになった。

最も強いわけではない。絶対を持っているわけでもない。

だが、その走りは夢があった。

どんな強いウマ娘もシービーなら、という希望の走りができるウマ娘だった。

僕も、僕を倒すのならシービーだと思っている。

 

それに、観客の人達は僕がターフの上で倒されるのを望んでいるようだ。

僕が事故によって一度出走を取り消した時、観客は少なからず安堵した。だが、僕がいない皐月賞、人々は物足りなさを感じたらしい。

もちろん、それはレースの内容ではない。歴代の皐月賞でも素晴らしい内容だった。

ただ、ここで敗北するはずだった僕を見れないのが心残りだったのだ。

 

だから、民衆は僕を望む。

僕が倒される瞬間を。

僕を倒す英雄を。

 

そして、このリアルというエンターテイメントはレースに興味のない人々まで伝播している。

何故ならこれは勧善懲悪の物語。

レースがわからない人々も理解できるエンターテイメント。

 

いい。

最高だ。

最高の流れだ。

トゥインクルシリーズは今過去最高に盛り上がっている。

それはURAを見ていればわかる。

URAは今、一番潤っているのだ。

 

タマモちゃんに勧めたように、会長……元だけど、シンザン会長と理事長のおかげで特待生制度が改められた。

態度はどうあれ、僕という有用な存在が寒門にいることを無視できなかったとのこと。

シンザン会長には『この制度を作れたのは君のおかげだ。誇るといい』と言われたが……いろんな迷惑をかけたのは間違いなさそうなので、ちょっと複雑な気持ちだった。

まあ、それはともかく、URAは今まで頑なに閉じていた寒門という扉を開いたことになる。

寒門に手を出して有用な存在を探してもいいと思うほど潤っているのだ。

 

URAは僕の有用性……いや、もはや必要性に深い納得を示した。

僕のグッズも売っているが、それとなーく悪い顔をしていたりしている。サンプルのぱかプチを送ってきたので、シービーとルドルフに同じ顔をした写真を送ったら大層笑われた。

 

『いいでしょ、これ』

『あはは、デザイナー優秀だね』

『うむ、容貌魁偉さがとてもよくあらわされているな』

 

とのコメントをもらった。

僕の部屋にはシービーと一緒に並んでいる。

近いうちにルドルフも並ぶだろうと思っている。

 

 

 

「だけど、いいのか? この方法でトゥインクルシリーズが盛り上がるってことはお前は悪役から降りれなくなるってことなんだぜ?」

「わかってるよ。わかった上でやってるんだから」

 

ダービー前にシリウスは僕のところへ来てくれた。

僕が青葉賞でレコードを出したところを観てくれたらしい。

 

公園のベンチで二人話す。

 

「ダービー、お前なら勝てると思った」

「ありがとう」

「……だが、シービーは手ごわい。あいつが青葉賞に出ていたらやっぱりレコードを出していただろうし、あいつとの一騎打ちになる可能性の方が高い」

「うん、僕もそう思う」

 

モンスニーちゃんやハッピーミークちゃんもいるが、この距離ならばシービーの方が強い。

 

「それに、あいつはレースに緊張だったり、必要以上のこだわりを持っていない。……精神的な動揺はないだろう」

「そうだね」

「だから、他のやつがどうあっても、お前はシービーを自分の力だけで打倒しなきゃいけない」

 

そう語るシリウスは真剣だった。

僕も、シリウスと同じ感想だった。

シリウスは繰り返し言う。

 

「ダービー、お前なら勝てると思った。……シービーさえ、いなければ。あいつは三冠ウマ娘の器だ。しかも、負けそうな時ほど強い。……なあ、ダービー前に聞いておきたい。お前は勝てると思っているのか?」

 

僕は少し考える。

もちろん、負けるつもりで走ったレースなどない。

今回も勝つつもりで走る。

だが、感謝祭で見せたシービーの走りは確かに僕の想像を超えていた。

怪我をしてロスをした僕と常に絶好調だったシービーの成長の差は大きいだろう。

 

「勝つよ、僕は」

 

でも、僕はそう答える。

 

「……根拠を聞きたい」

「僕にはアドバンテージがある。青葉賞に出たことと、その時のタイムですでにほかのウマ娘にプレッシャーを与えられていること。シービーには効かないだろうけど、その子たちを通してレースで揺さぶることはできる。そして、スタミナに関しては僕の方が上だ。……なんて、話を聞きたいんじゃないんだよね?」

 

そう聞くとシリウスは小さくうなずいた。

シリウスはそんな勝算を聞きたいのではないのだろう。

勝てるかどうかではなく、勝てると思っているのかどうかを聞いているんだ。

 

「僕はまだ諦めていないからだ。勝利も、約束も、それ以外も。ダービーに負けたら僕はそれらのいくつかを無くしてしまうと思う。でも、僕はまだあきらめていない。だから、勝つんだ」

「……あきらめなかったからって叶うとは限らないだろ」

「でも、あきらめたらそこで終わりだ」

「……そうかよ。じゃあ、勝ってみせろよ」

「うん、約束だ」

 

シリウスはそれだけ話すと帰って行った。

それを見送ると、物陰からひょっこりと顔を出したウマ娘がいた。

 

「お話は終わったかしら?」

「うん。待っててくれたんですか?」

「まあね! ……いつも思ってたけど、もう敬語じゃなくてもいいのよ?」

「そう? じゃあ、そうするよ。マルゼンスキー」

 

それはマルゼンスキーだった。

彼女はちょっと話さない? と言って止めてあった赤い車を指さした。

僕はそれに頷く。

僕たちはその車に乗り込んだ。

マルゼンスキーは車を走らせずにただ、ハンドルに手を置いた。

 

「……あれから一年が経つのね」

「そうだね。もうクラシック級になっちゃった」

「私もシニア級よ。でも、今でもあの時のことは覚えているわ。シンザン記念と……ダービー。まさか、一度負けることがダービーへの挑戦権に繋がっているなんて思いもしなかったわ」

「あはは、マルゼンスキーが強すぎるのが悪い」

「仕方ないじゃない! あーあ、私もあなたたちの世代に生まれたかったわ」

「僕も、マルゼンスキーと走りたいって思ったよ」

 

ハンドルを撫でながらマルゼンスキーは言う。

 

「シービーちゃんは強いわよ」

「知ってるよ」

「……ラックちゃんが勝てないくらい強いって言ったら?」

「ええ? それは困るな。マルゼンスキーがそう言うと本当に勝てないかもしれないって思えちゃう」

 

冗談交じりにそう返すが、マルゼンスキーは真面目な顔をしていた。

僕はそれに対して肩をすくめた。

 

「……いつもそうだったよ、シービーは」

「どういうこと?」

「シービーと戦う時はいっつも作戦を練ったり、事前にアドバンテージを用意してたんだ。シービーが強いことはわかってるし、いつも僕の想像の上を来たから。正直、シンザン記念ではシービーがマルゼンスキーに勝つなんて思ってなかったよ」

「あら、そうなの?」

「そうだよ。だから今回も同じ。勝つためのことは全部やってきた。今回も勝つのは僕だ」

 

そう言うと、マルゼンスキーは初めて笑った。

 

「実はね、私シービーちゃんじゃなくてラックちゃんを応援してるの」

「え? そうなの?」

「うん。もちろんシービーちゃんも応援しているけど、ラックちゃんに勝ってほしい」

「それは、どうして?」

「恩を感じてるから……って言えれば良かったんでしょうけどね。嫉妬よ」

「嫉妬?」

「ええ。シービーにはあなたがいる。ライバルがいることに嫉妬しているの。自身に勝つためにすべてを懸けてくれるようなライバル。だから、せめて負けてほしいって思っちゃったのよ」

「それは逆もそうじゃない? 確かにシービーのライバルは僕かもしれないけど、僕のライバルもまたシービーだ」

「ううん。違う。違うのよ。あなたとシービーは違う」

「どう違うの?」

「シービーは強くなる。もっと。でも、あなたはそれに追いつけない。今はライバルかもしれない。じゃあ、将来は? きっとあなたはシービーに勝てなくなる。その時、シービーはあなたを対等なライバルと言えるけど、あなたは言えない。だって、勝てないから」

 

それはマルゼンスキーが言ったとは思えないほど、冷たい言葉だった。

僕はシービーというライバルがいなくなるけど、シービーは僕というライバルと戦い続けられる。

――だから、ライバルのいるシービーに嫉妬したの。

マルゼンスキーの薄い笑みはまるで、嘲笑だった。悲しいほどの笑みだった。

 

「ごめんなさいね。こんなことを言って。応援しているなんて言いながら」

「ううん。そうだなぁ。確かにそうかも」

「怒らないのね」

「ブラッドスポーツ。意味わかる?」

「? 血のスポーツってこと? よくわからないわ」

「ずっと前から知ってたのかもしれないんだ。ずっと、ずっと前から。それこそ、生まれる前から。そういうものだって。でもね、マルゼンスキー」

「……なに?」

「悪党っていうのは、できそうだからするんじゃない。やりたいからするんだ。相手が強いから諦める、なんてことはしない。陰湿に、執拗に、勝つために戦うんだ。誰が相手でも」

 

――君にもそうだったように。

 

マルゼンスキーは少しだけ目を見開いて、そして、僕を思いっきり抱きしめた。

 

「うわっぷ! ま、マルゼンスキー! なにす……」

「このまま、あなたを攫ってしまいたいわ」

「ちょ、ちょっと?」

「……嘘よ。ますます応援したくなっちゃった。がんばってね、ダービー」

「……うん、もちろん」

 

それから少しだけ世間話をして、マルゼンスキーは帰って行った。

 

 

 

少し走るだけで薄く汗をかく季節になってきた。

5月の後半。

日本中は日本ダービーに注目していた。

スーパーアイドルウマ娘VS世紀の大悪党ウマ娘の対決を今か今かと待ちわびていた。

もちろん、他のウマ娘も活躍することを願っている者もたくさんいる。

連日、ニュースではグッズが店頭から消えたことや、専門家を呼んでのレース予想をしている。

 

だけど、そんな世間とは打って変わって僕たちはできることは少ない。

ただただ地道に調整を繰り返すだけだ。

劇的なものは何もない。

 

「……僕、本番よりも本番を待っている時の方が苦手なんだよね」

「そうか」

「トレーナーはどっち?」

「……人によるが、トレーナーは結果が出るまで自分の仕事が正しかったのか、わからないからな。どっちも同じだ」

「それもそっか」

「焦っているのか?」

「焦ってない……って言ったら嘘になるかも。こうしてる間にもシービーは強くなるし、ルドルフもリギルに行っちゃったし練習相手もいないし」

 

ルドルフは宣言通りリギルに行った。

このままここでやらないかという誘いはしなかった。トレーナーと僕はルドルフの邪魔にしかならないからだ。

……でも、今でもネックレスはつけていてくれているようで、僕は少し嬉しかった。

 

「こう、シービーを倒す必殺技! みたいなのないかなぁ」

「ないな」

「にべもない! それを考えるのがトレーナーじゃないの~?」

「違うな。トレーナーはウマ娘の感情に振り回されるのが仕事じゃない。ウマ娘を勝たせるのが仕事だ。それには地道なトレーニングが必要だからな。それはお前が一番わかっているだろう」

「言ってみただけだよ」

 

ちぇーと拗ねたふりをするとトレーナーは少し考える。

そして、意外なことに「仕方ないな」と言った。

予想してなかった答えに僕は聞き返す。

 

「え? なんて?」

「わかったと言ったんだ。必殺技……は無理だが、一つ教えておこうか」

「ええ!? 何かあるの!?」

 

そう聞くとトレーナーはがりがりと頭をかく。

 

「これはきっと使えないものかもしれない。これを使うような状況は負けているということだからな。加えて、負けすぎていても使えない」

「? どういうこと?」

「これから教えるのは使う前提のものではないということだ。今、一つテクニックを会得したという安心感を得るためのもの。わかったか?」

「……それ、言ったら意味ないんじゃないの?」

「覚えたテクニックが消えるわけじゃない。少しくらいは安心するだろう」

「……そっか! で、どんなの?」

「呼吸法だ」

「呼吸?」

「ああ。力が一番入る時というのは体はどういう状態にあると思う?」

「……うーん、息を吐いてる時?」

「その通りだ。一番力を入れやすいのは肺に空気がない時だ。そして、呼吸を止めている時だ」

 

だが、と言って、トレーナーはコースを指さす。

 

「だが、ヒトにとっては長い距離を走るウマ娘にとって呼吸をしないというのは致命傷になり得る」

「じゃあ、使えないじゃん」

「まだ走るのならな」

「え? 引退ってこと?」

「違う。最後の60m。息を吐き切って、そのままをキープする。体は息を吸おうとするだろうが、それをねじ伏せて走り切れ」

「それ、めっちゃ苦しくない?」

「苦しいなんてものではない。普通不可能だ。かつてメジロモンスニーがそうなったように、最後の直線は全力を尽くしていたのなら酸欠一歩手前になる。だが、お前には作り上げた肉体がある。そして、それを行える可能性を秘めた精神力がある」

「まじで! やってみるわ!」

「あ、おい!」

 

僕はそれを聞いて早速やってみようと思った。

走る距離は2400mでラップタイムを計りながら本番さながらに走る。

 

イメージするのはシービー。

僕の後方から驚異のスパートをかけてくる。

僕のラップでは負ける計算。

最終直線、僕とシービーは競い合う。

苦しい。

しかし、シービーは僕を追い抜こうと並んでくる。

そして最終ハロンの4分の1にかかった瞬間に僕は息を吐き、それを止める。

 

「ぶっ!? ごはっ! ごほ、ごほ!」

 

……ことはできなかった。

すさまじい勢いで咽た。

ぐ、ぐるじい!

しぬ!

 

「いきなりやるやつがいるか、バカ。ほら、これを使え」

 

トレーナーはそう言って、酸素スプレーを口に押し付けてくる。

あ、あぁ~生き返る。

まじで死ぬかと思った。

死ぬほど苦しいわ。

一回死んでる僕が保証する。

これ、まじで死んでもいい時にしか使えないわ。

 

「こ、これ、ほんとにできること?」

「だから、普通できないと言った。ミスターシービーにもシンボリルドルフにも……シンザンにもできないだろうな」

「そうかな……」

「もちろん余裕を持っていたら別だがな」

「それもそうか」

「こんなものに頼らないためのトレーニングだ。息が整ったら立て。トレーニングの続きだ」

「……今、2400m走ったんですけど?」

「休憩中にお前がやったことだ。そして、たった今、休憩の時間は終わった」

「……はぁ~い」

 

こんなことがありつつ、ダービーの日はやってくることになった。

 

 




次回、日本ダービー
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