マルゼンスキー、ミスターシービー、ブラックトレイター、そしてシンボリルドルフ。
4人中3人がダービーウマ娘。ルドルフもダービーを取るだろうという確信がある。
レースに関わるものとして良いことではないかもしれないけど、ミスターシービーの言うことは正しかった。
きっとルドルフのクラシックは今までにない覇道になる。そして、そのために今鍛えるのは間違っていない。
それにマルゼンのこともある。
同じ轍は踏まない。
そのきっかけにこの合宿は良かったのかもしれない。
リギルのトレーナーとして私も成長しないといけない。
他のチームであるミスターシービーとブラックトレイターのトレーニングを数日請け負おうと思ったのはそんな考えが浮かんだからだった。
そして、自分の力不足を実感することになる。
トレーナーとは自分とウマが合うウマ娘を選ぶ。それは逆も然りではあるが、チームを持っているトレーナーは違う。
特にリギルのような大きなチームには合う合わない関係なくウマ娘が集まることになる。
マルゼンやルドルフは真面目だ。気性難じゃないとは言わないが、トレーナーと同じ考えを持っている分合いやすい。
だが、ミスターシービーとブラックトレイターはリギルにはいないタイプのウマ娘だった。
まず、ミスターシービー。
性格は自由人というべきか。効率的にと考えたトレーニングをこなさせても、やる気の幅が大きいため、数値では管理できないタイプだ。
だが、その暴力のような才能は周りのウマ娘を踏みつぶしている。
ブラックトレイターやメジロモンスニーはミスターシービーに食らいついているが、他のウマ娘はミスターシービーに勝つことを諦めている者も多い。……それに気づいているのかはわからないけど。
ミスターシービーはリギルを蹴って沖野のところへ行ったが、それは結果的に正しかったように思える。
このタイプのウマ娘はある程度自由にさせておいた方がいい。そして、なるべくなら少数精鋭のチームならなおよし。
理由は下手にトレーニングを緻密に組むよりも、持っている才能が自分で効率的なトレーニングを組むからだ。そして、トレーナーの一番の仕事は怪我をしないように監視すること。
得てして名バというのはそういうものかもしれないと思う。
次にブラックトレイター。
性格は……なんというか、つかみどころのないウマ娘だ。おそらく真面目さだけで言うならルドルフ以上。だが、それが災いして手段を選ばないまでに突き抜けてしまっている。
ブラックトレイターは正直に言って他の3人よりも才能がない。
だが、その頑丈さに任せてひたすら体を鍛え上げ、スキルを磨いている。他の3人が10本走るなら、ブラックトレイターは15本を走る。
もちろん、無茶だ。しかし、やり切る。普通の精神じゃ耐えられないような負荷をかけて戦っている。
私が思うにブラックトレイターは本来スプリンターだ。長くてマイルを走るようなウマ娘だっただろう。しかし、その魔改造とも言えるトレーニングで誰よりも長く走れるスタミナを作っている。
……認めたくはないが、3000m後半のレースがあるならマルゼンもルドルフも勝てないだろう。
勝手に成長していくウマ娘とトレーナーを全て信用して壊れることを考えないウマ娘。
正反対だが、どちらもトレーナーにとっては垂涎ものだ。
この二人を見ていると、トレーナーをするのが楽しくなってくるようだった。
……とはいえ、問題もあるが。
「ミスターシービー! もう一本だ! 走れ!」
「えーん、水泳にしようよー」
「それはトレーニングを組んでやるから今は走れ!」
「はーい」
「ブラックトレイターは終わりだ! 走るのをやめろ!」
「もう一本! ルドルフは走ってる!」
「ルドルフは休憩を取った! 2回は取ってる! お前は1回も取ってないだろう!」
長所も気性難には変わりがないということだ。
リギルは言えば止めるウマ娘が多いが、この二人は言っても聞かない。
見かねた二人のトレーナー陣が話しかけてくる。
「苦労してるなぁ」
「……外から見ていると、あの二人は本当に気性難だな」
「全くだ。普段はどうやって制御しているんだ?」
「いや、俺はしてないぜ。一回のトレーニングじゃなくて全体的に見て次のレースに必要なものを必要なくらいにできればいいからな。強制的にやらせる数をとにかく減らしてる。やる気が大切だからな」
「なるほど。確かに一理あるな。ブラックトレイターはあのハードワークはどうしているんだ?」
「……そもそもあのハードワークを組んでいるのは俺だ。だから止める必要はない」
「おい、まだ負荷が足りないっていうのか?」
「ああ。まだまだ足りない。あいつはずっとトレーニングをするからな。潮時だと思ったら止める。……まあ、集中しすぎて止まらないが」
「それじゃダメだろう!」
「その時は叩いて止めろ。あいつは基本人の言うことは聞くからな。こっちに意識を戻せばいい」
「……体罰はどうかと思うぞ」
「そうじゃなきゃ止まらない。怪我をするよりはマシだ。あいつは普通のウマ娘じゃないからな」
私は少しだけ睨んでやる。
しかし、これに関してはやめないつもりのようだ。
私としてもこいつがウマ娘を使いつぶすようなことをするとは思っていないので、これ以上は口を出さない。
私は4人にトレーニングを終えるように言った。
東条トレーナーのトレーニングで効率とはどういうことかを実感した。
トレーナーがついた時もそうだったけど、昔の自分がいかに非効率的なトレーニングをしていたのかを知る。
僕のトレーナーのトレーニングが非効率とは言わない。むしろ、僕のための専用メニューなので、そっちの方が効率的だ。
しかし、東条トレーナーの合理的な考えは一つの指標になった。
同じトレーニングメニューをしていても、何を考えてトレーニングをするのかによって結構変わってくる。
扱かれることになったが、そもそも僕はいつも負荷の高いトレーニングをしていたためにあんまり罰にならない気がした。
そして、リギルや他のチームが合宿にやってくる。
あのボロボロの合宿所には僕たちとスピカだけになった。ちょっと寂しい。
だけど、逆にその日から練習は一気に騒がしくなった。
リギルはもちろんだけど、カノープスもカールちゃんもモンスニーちゃんもやってきたのだ。
プロミス先輩に加えて今年はニホンピロウイナーちゃんも来ている。
特に僕はニホンピロウイナーちゃんが来てくれたのが嬉しい。
映像でレースを見たが、やはり直接見た方が秘密を暴きやすいからだ。
ニホンピロウイナーちゃんは僕の目標の一つになっている。
勝とうとかそういう話ではなく、その走り方は今後に活かせるのではないかという期待からだ。
やだ、僕カノープス好きすぎ……!?
ニホンピロウイナーちゃんには毛嫌いされてるけど。
ともあれ、これから本格的にトレーニングが始まる。
去年は本当にきつかった。
本格化が来ていなかったし、トレーニングはその本格化が来たウマ娘用のメニューだった。『可愛がり』もされていたし、その分もきつかった。
だが!
今年の僕は怪我も乗り越え、さらにスタミナをつけたのでちょっとやそっとでは動じないぞ!
「ひゅー……ひゅー……」
「糸が切れた人形のようですわね……」
「ここまで脱力できるほど疲れるとは……」
はい。
その分ハードになりますよね。
僕を運んでくれているのはモンスニーちゃんとカールちゃんだ。
モンスニーちゃんはスピードを、カールちゃんはスタミナを課題として合宿に来ている。
個人練習では真面目に頑張っているのが見えた。
合同練習で一緒になった時はその闘志を燃やして相手をしてくれた。
二人ともやはり速い。
モンスニーちゃんはステイヤーとして才能があるし、カールちゃんの最高速は僕やシービーよりも速い。
もっぱら僕は相手の得意な距離で走らされた。
二人は合同練習に合わせてスタミナを調整していたようだが、僕の場合はトレーナーの指示で極限までスタミナを削った状態で合同練習をするように言われている。
曰く、「お前が得意なのはレースでいうと前半だ。だから、後半のバッドコンディションの状態に慣れる練習をする。逃げの戦法は他の脚質よりもスタミナを削らないといけないからな」とのこと。
なので合同練習をする時には汗だくで足もパンパンの状態で挑むことになった。
二人は顔を引きつらせていたし、カノープスやリギルのみんなはそんな僕を見てドン引きしていた。
ひそひそと「本当に走れるの……?」と言っているのが聞こえた。
シービーはお構いなく「一緒に走ろうよ」と誘ってきた。鬼か。走るけども。
ちなみに鬼だったのはニホンピロウイナーちゃんも同じだった。
「今なら中長距離でも勝てそうだから一緒に走ろう」とのこと。
僕を無礼るなよ、スタミナがないなら根性で走るウマ娘だぞ。一回も先頭は譲らなかった。
ニホンピロウイナーちゃんからの好感度がさらに下がった。
「そういえば、二人はどこに泊ってるの?」
「回復力だけは一流ですわね……」
「リギルと同じところだ。これでも稼いでいる方だからな。そういえば、ラックはどこなんだ? あそこでは見なかったが……」
「あそこ」
僕が指を指すと二人は本日2度目のドン引きしていた。
「犬小屋ですか?」
「文化的生活とは雨風を防ぐだけじゃないぞ……」
「そういえば、二人ともお嬢様だったわちくしょう!」
ちゃんと文化的生活してますから!
「もっとちゃんとしたところに行った方がいいですわよ?」
「というか、モンスニーの次に稼いでるのはラックじゃなかったか?」
「うーん、まあそこはね。……二人は次は何に出走するの?」
「露骨に話を逸らしましたわね」
「まあ、ラックがいいと言うなら口は出さんが……。私はそうだな、目標も達成したから、クラシックの者と走りたいと思ってる。クラシックに出ることはできないかもしれないが、そのトライアルレースに出れればいいと思ってる」
「そうなんだ。じゃあ、セントライト記念か神戸新聞杯かな? エリザベス女王杯は出ないの?」
「いや、もちろん出走する。だが、自分のしたいことをする。せっかくの競走人生だ。悔いのないようにいきたいからな」
「そっか。モンスニーちゃんは?」
「わたくしは神戸新聞杯ですわ。なので、こちらに来ればわたくしと走ることになりますわね」
「僕も神戸かな。だから一緒に走ることになりそうだ」
「そうか、聞けて良かった。私もお前たちが走ることを考慮して今一度考えよう」
もしかしたらカールちゃんと走ることになる。
それは結構嬉しいことだ。
今まで友達として接してきたが、路線が違ったので本番の舞台で走るということはなかったからだ。
それから少しだけ話して、二人に送ってもらう。
その時に、僕の借りている合宿所の近くでニホンピロウイナーちゃんとプロミス先輩が話している姿を見た。
ニホンピロウイナーちゃんはプロミス先輩と楽しそうに話しており、プロミス先輩もそれに満更でもない様子で接している。
二人は本当に仲がいいことがわかった。
ちょっと嫉妬。
近づいていくと、ニホンピロウイナーちゃんとプロミス先輩はこちらに気づく。
プロミス先輩は手を振ってくれるけど、ニホンピロウイナーちゃんはその手を取って、プロミス先輩を押して合宿所に戻ろうとする。
そして、その際にこっちにべーっと舌を出していった。
「あらまあ」
「本当に嫌われているな。何をしたんだ?」
「え、得意な距離でボコボコにしたくらいかな」
モンスニーちゃんとカールちゃんは呆れたように僕を見た。
……というか、今入っていったの、僕の泊まってる合宿所じゃなかった?
二人と別れて合宿所に戻ると、やはりというか、カノープスはここに泊っているようだった。
ニホンピロウイナーちゃんはこちらを見て思いきり顔をしかめる。
「なんでここまで追ってくるの? さっさと自分の宿舎にもどって。先輩は忙しいから、付き合ってる暇ないの」
「もう、そんなに邪険にしちゃいけないよ、ピロウイナー?」
「でももう遅いですし……」
その様子に苦笑する。
二人はこうしてみると、本当に姉妹みたいだ。
「勘違いしているようだけど、僕もここに泊ってるんだ。ついでに言うと、シービーも」
「は? なんで?」
「なんでって……むしろ、僕はカノープスがここに泊ってるのが意外だったけど?」
そう言うとプロミス先輩がその疑問に答える。
「カツトップエース先輩が引退したからね。ちょっとした節約だ。わたしたちも勝ち切れているとは言えないからね」
「そこまで貧乏じゃないでしょうに……」
「ちょっとしたプライドみたいなものかな? 勝てたら向こうでってね。モチベーションの維持もかねてだよ」
「先輩は真面目ですねぇ」
「だから言ったんです! いいところに行こうって! まさか、こんなやつがここにいると思わなかったですけど!」
「でも確かに。ラックくんはどうしてここに?」
「僕も節約ですよ。老後は楽に生きたいんです」
なにそれとプロミス先輩は笑った。
あれ、でも去年は向こうだったよな? それはいいんだけど、先輩たち知らないんじゃないか?
「あの、ごはんはどうするんですか?」
「ごはん? これからだけど……」
「ここ、自分たちで作らないといけないんですよ……」
そう言うと、プロミス先輩はピシリと止まる。
「本当?」
「本当です」
「……食材とかは?」
「少しならありますけど、基本的に自分たちで用意ですね」
「うーん、じゃあそれで今日はどうにかするしかないか……」
「良かったら、分けましょうか? 少し買い込んでいるんですよ」
「いいの?」
「先輩! こんなやつの施しはいらないですよ! ぼくが買ってきます!」
「今から行くとお店がやってないよ。でも、そこまで言うなら明日に買いに行ってくれればいいから。別に施しとは思ってないよ」
「ぬぬぬ……」
「それとも、明日もきつい練習があるのに、先輩も一緒に空腹で過ごす?」
「……わかった。貸しだと思わないでよね」
「もちろん」
「ありがとうね、ラックくん」
「いいんですよ。ただ食べる分は一緒に作りましょうね」
「うん、よろしく頼むよ」
「はい」
ということで僕たちは一緒に料理をすることになった。
プロミス先輩は流石というか、ちゃんと料理はできるようで、シービーのように勝手に献立を変えたりはしなかった。
ちなみに今日シービーは「遊びに行ってくる!」と言ってルドルフたちのところへ行っている。自由だ……。
ニホンピロウイナーちゃんは不器用というか、料理をそもそもしたことがないようで、悪戦苦闘していた。
僕は教えようと思ったけど、先輩のためにと頑張っているニホンピロウイナーちゃんを見てちょっと考えを変えた。
「プロミス先輩」
「うん? なに?」
「こっちはいいので、ニホンピロウイナーちゃんに教えてあげてください」
「え、でも、それじゃ実質全部君に頼ることになっちゃうけど……」
「いいんですよ、合宿中は自分たちで作ることになるんですから、早く作れるようになってくれた方がいいと思います」
「……ラックくんはそれでいいの?」
「含みのある言い方ですね。別にいいですよ」
「わかった。じゃあ、お願いするね」
「はい」
ニホンピロウイナーちゃんはプロミス先輩を支えようと頑張っているし、プロミス先輩はそれを知っていて、ニホンピロウイナーちゃんを可愛がっている。
わざわざ僕が間に入ってニホンピロウイナーちゃんを不機嫌にさせる必要もない。
幸いにシービーを止める必要もないんだし、一人で作ってしまおう。
料理を大量に作るのは慣れているのだ。
とはいえ。
僕はちらりとニホンピロウイナーちゃんとプロミス先輩を見る。
やっぱり仲がいいな。
ちょっと妬けちゃうな。
そんな思考を異物は僕だしと自分を納得させた。
シービー、早く帰ってこないかな。