ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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暗い話になります。


I don't always get what I ask for

この合宿で、僕は課題がある。

それはスピードだ。

スタミナは十分以上にある。それは普段のトレーニングで培ったものだ。怪我をしたとはいえ、それより前の体力より数段走れるようになっている。スタミナだけならステイヤーのモンスニーちゃん以上だ。

だが、どれだけ走れようとも、一番先にゴールしなければスタミナも意味がない。

2着以降でゴールしたのに、余裕綽々なんて笑い話にもならない。

トップスピードと、それに到るまでの時間……つまり、加速力を得る。

それがこの合宿で体得したいことだった。

 

そのために目をつけたのがニホンピロウイナーちゃんだ。

あのトップスピードと加速力は目を見張るものがある。

というか、現役ウマ娘にニホンピロウイナーちゃんに勝てるウマ娘がほぼいないくらいだ。

僕のスタミナで、そのスピードを得ることができればシービーやルドルフとも対等に戦える。

 

……逆に言えば、それができなければ戦えないということだ。

日本ダービー、僕とシービーは同着だった。

今まで、僕は小さい頃からのトレーニングによってレースではシービーに負けたことはなかった。

だが、ダービーでは同着。しかも、シービーは出遅れでだ。

僕とシービーは同じくらいの実力と言っていい。

もちろん、適正距離やコンディションはあるが、単純な話をすれば同じくらい。

なら、後はあの天才の成長速度に追い付かなければ負け続けるだけ。

 

マルゼンスキーは言った。

僕はシービーのライバルにはなれないと。

僕はダービーを取った。戦績で言えば満足の行くものだ。シービーのライバルになれなかったからと言って恥じることじゃない。

むしろ、無才の身でよくやった方だとは思う。

 

だけど、それじゃだめなのだ。

僕自身がシービーに負けたくないのだ。

あの天才に、自由人に楽しいレースをしてほしいのだ。

 

 

 

夜、僕は砂浜に来ていた。

ぐっぐっと体を伸ばして、準備をする。

ここからは日課の自主練だ。

トレーナーには言ってある。

シービーはどこかへ行っているようだし、もしかしたらシービーも自主練かもしれない。

 

砂浜を走る。

ニホンピロウイナーちゃんのフォームを意識して走る。

ただひたすら、一緒に走った時の彼女を思い出しながら走る。

 

だが、それでできるものではない。

もっとイメージを鮮明にする。

 

照り返す日光の中、走る。

一定のリズムだ。

だが、そのリズムは速い。

ストライド走法ではなく、ピッチ走法。

汗が滴り落ちる。

体を前傾に倒し、太い足で加速していく。

そうだ。

わかってきた。

ニホンピロウイナーちゃんは着地している時間が極端に短い。

地面と接する時間が短いゆえに減速がないのだ。

足は後ろに流れなく、足の回転はつぶれた円を描いている。

その身体から出るスピードはそれが理由だ。

 

「はは」

 

なるほど。

スプリンターに進化した体か。

笑えてくる。

だってこれは。

 

「――ぼくの真似をしたって、できないよ」

「……ニホンピロウイナーちゃん」

「誰かが出て行くのが見えたから来てみれば……。ぼくは文字通りのスプリンターだ。それは短い距離が得意だからじゃない。そういう体だからなんだ」

 

だってこれは、ニホンピロウイナーちゃんの身体的特徴から来るスピードだったのだ。

ブラッドスポーツ。

適正距離というのはそういうことだ。

 

「うちのトレーナーが言ってたよ。君は元々スプリンター向きだった。でも、そのトレーニングと緻密な体作りでステイヤーになっているって。だから、もうスプリンターにはなれないって」

 

その通りだ。

トレーナーが言っていたじゃないか。

適正距離を短くすることはできないって。

だけど、これがないと僕は……。

 

「ブラックトレイター」

「……なに?」

「どうして、そこまでする? もう十分じゃない?」

「なにが十分なの?」

「十分、頑張ったじゃん。だって、普通は無理だ。スプリンターが長い距離を走るなんて、ほとんどありえないことだった。それどころか、君はダービーであのミスターシービーと同着だった。これ以上、何を望むの?」

「……」

 

ニホンピロウイナーちゃんは僕を見つめる。

言われて、僕は言い返そうとした。

そんなことを理由に負けたくないって。

だけど、他でもないスプリンターであるニホンピロウイナーちゃんがこれ以上は無理だと言う。

――僕と同じ、スプリンターがだ。

 

「ぼくは、プロミス先輩に憧れてカノープスに入った。だけど、ぼくは長い距離を走れなかった。トレーナーに言われたよ。もし望むのなら、ステイヤーとして育てるって。その代わり、持って生まれた才能を捨てることになるって」

「……きみはなんて言ったの?」

 

僕はわかり切ったことを聞いた。

 

「ぼくはスプリンターになることを選んだ。自分の道を選んだんだ」

 

そして、ニホンピロウイナーちゃんは僕をにらんだ。

 

「だから、君を見た時、心底憎たらしかった。ぼくと同じでありながら、ぼくとは違う道を選んだウマ娘。しかも、笑えることにダービーにも勝ちやがった。あまつさえ、先輩と仲が良かった。醜いだろ? 嫉妬だよ。……でも、ここまでだよ、ブラックトレイター」

「……ニホンピロウイナーちゃん」

「君はここまでだ。もう君は本物には勝てない。それはもう、わかっているんでしょ?」

 

全く持ってその通りだった。

僕の望みは尽き欠けている。

もう、シービーとの勝負は終わる寸前なのだ。

 

ダービーから僕は空元気でやってきた。

だが、現実から逃げられなくなった。

 

僕は言い返すことができなくなった。

立ち尽くす僕を見たニホンピロウイナーちゃんは返事を待たずにそのまま帰って行った。

 

 

 

それからの合宿は地獄だった。

精神的コンディションが最悪なことを自覚している。

だが、その状態でトレーニングをこなすのがこんなにキツイとは思わなかった。なるべくバレないように振舞っているから周りにはバレていないはずだ。こんなところで演技力が上がっていることを実感するとは思わなかった。

そういう意味ではトレーナーの言うバッドコンディションの付き合い方の練習にはなっていた。

……いや、もしかしたらトレーナーはこうなることを見越してああ言ったのかもしれない。

それでも、時間は過ぎていく。

8月も後半に差し掛かった。

 

そんな時、ふと僕は思った。

トレーナーがこうなることを知っていたのなら、トレーナーはどう思っているのだろうと。

僕とトレーナーの契約はお互いが利用できるうちだから成されるものだ。

事実一度僕は契約を解除されている。

なら、今度は?

……僕は少しだけ怖くなった。

 

だから、僕は直接トレーナーに聞くことにした。

もし契約を解除するのであれば、早い内がいいと思ったからだ。

いや、もしかしたら、お前ならできると言ってほしかったのかもしれない。

あるいは……。

 

僕はトレーナーの部屋のドアを叩く。

少ししてトレーナーが入れと言ってくる。

 

「トレーナー……」

「お前か。どうした」

「ちょっと話さない?」

「……いいだろう」

 

トレーナーは手元にあった資料を机に置いて、僕の方へ向いた。

座る所がなかったので、僕はすでに敷いてあった布団に座る。

トレーナーは呆れたように僕を見たが、止めることはしなかった。

 

「トレーナーは菊花賞勝てると思ってる?」

「……お前は勝てないと思ってるのか?」

 

トレーナーがこの事態を予期していたのなら、とっくの昔にこういう話をしていたはずだ。

それならバッドコンディションとの付き合い方なんて学ばずに僕との契約を終えていたはずだ。

なら、何かあるのかもしれないと思った。

僕がシービーに勝てる何かが。

 

笑える話だ。

マルゼンスキーにかっこうをつけておいて、僕は不安になっている。

あさましくも自分以外に答えを求めている。

そして、それがトレーナーならいいなと思っている。

 

「ちょっと不安になってね……」

「そうか。今、ミスターシービーは?」

「出かけてるよ。特訓だって」

 

シービーが夜な夜ないなくなるのは、やはり特訓らしい。

本人から確認したことだ。

坂路トレーニングらしい。

その所為で日中は眠そうにしているのがシービーらしいが。

 

トレーナーは表情を変えずにいる。

珍しくサングラスは外していて、その表情は良く見える。

 

「俺は、お前はよくやったと思っている」

「え……?」

「日本ダービーで同着を勝ち取ったのは奇跡に近い。だが、それを成したことによって、ブラックトレイターという名は広まった。俺の目標も見えてくる範囲になった」

「……何が言いたいの?」

「ミスターシービーに勝てなくてもいいんだ。お前が負けることでトゥインクルシリーズは盛り上がるし、それによってお前はURAに不可欠な存在になる。俺はお前を使って、目的を達することができる」

 

トレーナーはサングラス越しではなく、直接僕の目を見て言う。

 

「勝てる勝てないじゃない。もう勝たなくてもいいんだ」

 

いっそ残酷なほどの宣告だった。

 

 

 

ブラックトレイターがこの道を選んだ時から、その矛盾に突き当たることは知っていた。

ブラックトレイターは才能がない。

一度追い付かれたら、天才たちには抜かされていくだけだ。

だが、その時までにブラックトレイターがURAに必要な人材になっていることもわかっていた。……敗北することを含めて。

それはブラックトレイターの夢の成就とニアリーイコールだ。しかし、それは『勝ちたい』というウマ娘の本能と矛盾する。

勝ちたい。

だが、勝てない。

それは才能のないウマ娘の大体が味わう、ありきたりな挫折。

いや、才能のあるウマ娘でさえぶち当たる壁だ。

ブラックトレイターは今まで勝ててしまっていた。戦績でいえば無敗だ。だから、その挫折と夢との矛盾は大きなものになっていた。

 

お前なら勝てると言えば済んだ話だったかもしれない。

何故正直に言ってしまったのだろうと自問自答する。

だが、その答が出る前にブラックトレイターは言った。

 

「じゃあ、つまり、これからシービーには勝てなくても、そこそこに走って、シービー以外には勝って、悪い顔をしてればいいってこと?」

「そうだ」

「……そっか」

 

ブラックトレイターは力なく笑った。

膝を抱えて布団の上に倒れる。

こいつは俺がそこで寝ることをわかってないのか?

そこで寝るなと手を伸ばすと、その手を掴まれ、引き込まれる。

ウマ娘の力に俺はなすすべもなく布団に倒れ込む。

ブラックトレイターは囁く。

 

「じゃあ、トレーナーは僕をもう手放せないわけだ」

「おい」

「あはは、動揺しないでよ。冗談だよ、いつもの」

 

それは痛々しいほどの強がりだった。

俺はブラックトレイターを見下ろす。

確かに、もうブラックトレイターを手放す理由がなくなったのも確かだった。

 

「ラックって呼んでよ、トレーナー」

「……何故だ?」

「もう、契約も解除される心配もないでしょ? だったら長い呼び方よりも短い方がいいと思うんだ」

 

『ポイントでいいよ。あんまり変わらないけど、そっちの方が仲良さそうじゃない?』

 

不意にその言葉を思い出した。

あの美しいスタートを思い出す。そして、あの粘り強さも。

素直な彼女は、疲れているだろうに勝つといつも俺のところへ走ってきた。

 

こいつにあの素直さはないが、彼女を彷彿とさせるものがあった。

だが、こいつが彼女でないように、俺もあの時の俺じゃなくなっていた。

俺はこいつを慰めることはしなかった。

そして、こいつはそれを求めなかった。

もし、ここでこいつが泣いて俺を責め立てたら俺はどうしたのだろうか。

 

「ねえ、いいでしょ? 呼んでよ、トレーナー」

「……ラック」

「あはは、いいじゃん。今日のトレーナーは素直だ」

「話は終わりか?」

「うん。ありがとう」

 

ラックはそう言って綺麗に笑った。

こいつは精神力がある。

そう言ったことがあったが、それは少し違う。

正確には、精神が壊れようとも前に進む造りをしているだけだ。

 

ラックは言う。

こちらを見ずに。

 

「僕は、大丈夫。トレーナーが僕の勝利を信じられなくても、走れるから」

 

あの時から、俺は何が正しいのかわからない。

今も、どうすればいいのかわからなかっただけだ。

 

『君は半端者を続けることがブラックトレイターのためになることを知ってしまったんだ。本当に苦しいだろうね。君は彼女が苦しんでも君が苦しんでも、もうどうすることもできない』

 

シンザンの言葉を思い出す。

ああそうだ。

ここでどうすればいいのかわかったところで、俺には無意味だ。

俺はもう、ここでこいつに何もしてやることはできない。

 

だけど、シンザンは一つだけ思い違いをしている。

俺の苦しみなんぞ、こいつのものに比べたらないに等しい。

 

敗北を望まれた存在。

本人は勝ち続けてもトゥインクルシリーズが盛り上がる、なんて強がりを言っているが、そうはならないことを本当は理解しているんだ。

こいつは……ラックは勝ち続けることなんてできない。

絶対的な力を持つならばURAが介入するからだ。下手をすれば……いや、下手をしなくてもレースには出れなくなるだろう。ラックが勝ったとしてもその先に何もないのだ。

だが、そもそもラックに絶対などない。

 

ミスターシービーの三冠を阻止するならばラックが一番可能性が高い。URAはミスターシービーに三冠を取ってほしいだろう。

だが、ラックは菊花賞の出走を止められてはいない。

 

シンザンがURAに働きかけたのだ。

あいつはわかっている。

ラックはこれからも強くなる。

だが、天才たちに比べたら遅すぎる。

そういう意味でラックの才能はすでに限界値に達していると。

そう言って、URAを説得したんだ。

そして、それは俺から見ても事実だった。

 

ミスターシービーは沖野の元で強くなっていく。

もう追い付けないくらいに。

相手になるのはシンボリルドルフくらいだろう。

 

俺にできるのは……いや、俺にしかできないことはこいつに全力の指導をすることと、お互いの目標を叶えるよう働きかけることだ。

何故ならラックは、俺にだけは無償の関係など求めていないのだから。

 

「だから、今日はここで寝ていいかな」

「……好きにしろ」

 

その日は、急ぎじゃない仕事を徹夜ですることになった。

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