ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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前後半で視点が分かれます。


My work will never be done

「……悪いが、今はあまり構えないぞ?」

「いーの、いーの」

「じゃあ、上がるといい」

「お邪魔しまーす」

 

僕は上がり込んでルドルフの部屋に無断で入っていく。

うむ、思った通り書類まみれだ。整頓はされているが、とんでもない量だ。

僕はそれらを拾い上げて、整理していく。

 

「ちょ、ちょっと待てラック。別に手伝わなくていい」

「なーに言ってんの。僕は構ってもらいにきたの。さっさと終わらせて僕を構ってよ」

「しかし、客人にそんなことを……」

「はいこれ。ルドルフじゃないとできないトコ。ちゃっちゃとやろ。忙しくてクラシック逃しましたとか言ったら東条トレーナー憤死しちゃうよ」

「……全く、君は……。わかった、ありがとう。実は少し手間取っていたんだ」

「よろしい。じゃあ、やっていこうか」

「ああ」

 

学園の書類などが多くある。

ルドルフは意見箱などを積極的に設置しているので、その意見や要望を整理して叶えられそうなものをリストアップしていく。そして、予算を計算し、できそうなものや優先順位によってやることを決めていく。

同時に外注しなければいけないものなどをまとめていく。

他にもたくさんやることがあるので、さっさと終わらせる。

 

「生徒会は大変だねぇ」

「ああ。だが、やりがいのある仕事だよ。君さえよければ入ってほしいんだけどね」

「僕もルドルフの仕事を手伝いたいけど、生徒会に悪い噂を立たせたくないしね。けど、定期的に手伝うよ。特に表じゃできない仕事とか」

「あってたまるか。だが、ありがとう」

「いいよ。僕の目標に近づくためでもあるし。……でも、ルドルフ」

「なんだ?」

「一人じゃシンザン会長の二の舞だよ? 生徒会メンバーどうするの? そろそろ集めないといけないんじゃない?」

「……そうなんだがな」

 

ルドルフは悩まし気な顔をする。

 

「何か問題があるの?」

「……実は、私は避けられているようなんだ」

「え!? いじめ!? それは許せないぞ」

「待て待て待て! 違うぞ。というか、自分のことは棚に上げて言うな。私は今すぐやめさせに行きたいんだぞ。君が止めるから待っているが、いつになったら自分のために行動してくれるんだ」

「ルドルフはいじめられる原因なんてないでしょ!!」

「だからいじめじゃないぞ……。なんというか、平等な勝負ではないとはいえ、あのシンザンに勝ったウマ娘ということで少し恐れられているみたいなんだ」

「あー……」

 

確かに普段のルドルフは可愛いというよりかっこいい系だ。

そのクールなところが裏目に出ているのだろう。おそらく、むしろ好かれてはいるが、憧れの王子様みたいな立ち位置になっているのだ。

 

「それはどうにかしたいね」

「ああ。……シービーはあんなに人気なんだが」

「シービーは人気だよねー。ルドルフもシービーもカリスマがあるけど、シービーの方はタラシだから距離感近いんだよね」

「うーむ、私もシービーの真似でもしようか……」

「いやぁ、無理じゃない? シービーは天然ものだよ? 真似できる?」

「……無理だな」

「どうにかして他の親しみやすさを出すしかないよ」

「うーん、そうだなぁ……。洒落を言う、とか?」

「洒落?」

「これを見てくれ。この意見箱に入っていた意見の一つだ。『寮部屋でアイシリングをできないのは少し不便です。各部屋に冷蔵庫を設置してはいかがでしょうか。もし、検討するようでしたら、私が責任もって使用感を確認します』」

「うん。それで?」

「良く出来た内容だが、欲で汚いようだ」

「……」

「どうだろうか?」

「……ギャップは……あるよね」

「そうか!」

 

誉め言葉と受け取ったのか、ルドルフは嬉しそうにする。

助けてくれシービー! こんな純真な子がおやじギャグ連発ウマ娘になっちゃう!

僕はそっと目を逸らした。

 

「……きっと親しみやすくなるのは時間がかかるよね。ルドルフがスカウトするのは?」

「む、確かにそれはありだな」

「誰かいそう? 在校生じゃなくてもこれから入学しそうな子でもいいと思うよ。ルドルフみたいに先行入学できるのであれば」

「うーん……ああ、いたな」

「お、なんていう子?」

「まだ入学前だが、確かダイナカール先輩の親戚に優秀な子がいた。一度会ったことがあったな。名前は確か……エアグルーヴ」

「おお! カールちゃんの!」

「ダイナカール先輩がオークスを勝った時はとても喜んでいたと言っていた。必ず自分も取って見せると」

「じゃあ、ティアラ路線の子なんだ」

「らしい。責任感もあるようだし、望むようだったらスカウトするのはいいな」

「なら早速書類作っちゃおっか」

「……だが、いいのだろうか。私の時は異例だったんだろう?」

「いいのいいの。異例だったのは今まで使われてなかっただけ。そもそも、先行入学できるならしたいって子、多いと思うよ? それで学園側も改善されることがあるなら使わなきゃ損じゃない?」

「確かにそうだな。書類作成、頼んでもいいか?」

「はいよー」

 

僕は書類作成に取り掛かる。

確か、奥の方にルドルフに送られた予備があったはずだ。

それを書き込んでいく。

そうして、無言の時間が過ぎていく。

と、そこで僕はルドルフに言っていないことがあったのを思い出した。

 

「そうだ、ルドルフ」

「うん? なんだ?」

「初戦、おめでとう」

「ああ、ありがとう」

 

ルドルフは夏にメイクデビュー戦を勝っていたのだ。

なので、ルドルフは合宿から一度ここへ帰っている。

2バ身ほどの差をつけて勝利だったらしい。

メイクデビュー戦は強いウマ娘も興奮してしまうが、ルドルフはケロっとしていて、リギルには「勝った」とだけ報告していた。

 

「合宿ではあんまり話せなかったからね」

「そうだな。……時にラック」

「なに?」

「合宿でなにかあったのか?」

 

それを言われて僕はガックシきた。

 

「……そんなにわかりやすい?」

「いや、わかる人間はごく少数だろう。そのごく少数が私だったというだけだ」

「そっかー」

「それで? 私にできることならなんでもしよう」

「冗談でもなんでもなんて言うんじゃありません」

「いや、冗談じゃない。君の為ならなんでもしよう」

 

正面からルドルフにそう言われて僕はたじろぐ。

 

「な、なんだよ、もう。でも、そうだなぁ。してもらえることはないかな」

「……そうか。だが、相談に乗ることくらいはできるぞ。話してみてくれ」

「頑なだなぁ。うーん、ちょっと伸び悩んでるんだよね。ルドルフは僕の長所ってどこだと思う?」

「長所か……まず目につくのはその頑丈さと回復力だな。トレーニングにもレースにも活かせる。それがなくて泣いたウマ娘は多いだろうしな。肺活量や心臓が他のウマ娘よりも大きいのかもな」

「うん、それは確かに」

「後は、その精神力だ。そこまでストイックにできるウマ娘が一体どれほどいるか……。私としてとても好ましい」

「ちょっと照れくさいね……」

「そして、レース展開を考える頭があるということ。これはきっと経験から来るものと単純に準備や地頭のものだろう。勉学も手を抜いていない証拠だ」

「う、うん……」

「あと、人を惹きつける容姿だ。君は私やシービーを「顔がいい」というが、君もとても顔がいい。それを自覚していないのが難点だが……普段は童女のように愛らしいし、レースになると、認めたくないがかっこよくもある」

「ちょ、ちょっと……」

「スタイルもいいな。身長は平均か少し下だが、顔の小ささや足の長さは憧れられるには十二分以上だ。足の長さを活かした動きは――」

「待って! ストップ!! もう十分だから!!」

「うん? まだあるぞ」

「恥ずかしいなんてものじゃないんだけど。もう十分だよ、ありがとう」

「いや、いいさ。こんなことしかできないならいくらでもしよう」

 

恥ずかしげもなくそういうルドルフ。

僕をどうしたいんだ、まったく。

そうやっていれば人集めなんてすぐだろうに……。

 

それから僕は余計なことを言わせないように黙々と書類作成をした。

 

 

 

 

 

 

 

東条ハナは怒気を孕んだ表情で、理事長室へ行くことを決意した。

 

あのクソ野郎は今すぐトレーナーを辞めるべきだと考えた。

テンポイントを思い出し、いつか元に戻ってくれるのだと信じていた。だが、結果はどうだ?

 

ブラックトレイターは精神的な不調になっている。

明らかにメンタルケアが必要な部類だ。

それを放置するやつがトレーナーでいていいはずがない。

 

ある時から悩みを抱えるのが見てわかった。

だけど、それが解決するならいいと思った。あいつならどうにかするだろうと。

だが、ブラックトレイターは隠すのが上手くなっただけで解決などしていなかったように見えた。

 

合宿中は様子を見ようと思った。

自分の担当でもないウマ娘にどうこう言う権利などないから。

だが、終わってからもブラックトレイターに変化は見られなかった。

 

合宿から帰ってきた時、直接ブラックトレイターのトレーナーに聞いた。

 

「ブラックトレイターは今、不調だ。どうメンタルケアをする気だ?」

「……メンタルケアはしない」

「しない? それで菊花賞が勝てると思っているのか?」

「勝負の世界だ。どう転ぶかはわからない」

 

その言葉の意味を東条は一瞬呑み込めなかった。

 

こいつは何を言っているんだ?

つまりそれは……。

 

「……どういうこと」

「このままで行く、ということだ」

「それであの子はどうなる! あの子は苦しんでいるんだぞ!」

「ああ、知っている」

「知っていながら……!」

「知っているが、もうどうにもできない」

 

東条はその瞬間に怒りの感情に苛まれた。

言葉もなくその場を後にしたのは、このままだと殴ってしまいそうになったからだ。

 

もう、あいつはトレーナー失格だ。

ブラックトレイターは別のトレーナーが見るべきだ。

いや、リギルで見るべきだ。

だから、理事長に直談判をしようと思った。

 

理事長室前に行くと、丁度誰かが出てきていた。

その人物に少し驚く。

シンザンだ。

最近はURAの方へ行っていたのか、ここでは見なかった。

シンザンも東条に気づき、にこやかに挨拶をしてくる。

 

「やあ、こんにちは。リギルのトレーナーさん」

「……久しぶりだな」

「そんな怖い顔をして、どうしたんです?」

「少しな……」

「ブラックトレイターのことですか」

 

東条は言い当てられたのが意外で思わずシンザンの顔をまじまじと見つめた。

 

「どうして?」

「私も彼女にはずいぶんと恩があるから。楽しかったレースも含めて」

「……そうよ。だから、今は……」

「ダメだ。それなら君を行かせるわけにはいかない」

 

敬語を消して、立ちふさがるようにシンザンは東条の前に立った。

 

「退きなさい」

「ダメだ。それにそんな顔をして行ったら理事長が怖がるだろう?」

「退きなさいと言ったんだ」

「はあ、その強情さは見習いたいくらいだが……少し話をしてからにしよう」

「話すことなんて、何もないわ。急いでいる」

「ブラックトレイターを壊したいなら許可しよう」

 

そう言われて東条はようやく止まった。

 

「……どういうこと?」

「落ち着いて話せるところに行きましょう。彼らの話をしますよ」

「……わかったわ」

 

 

 

シンザンが連れてきたのは学外のカフェだった。

店主はシンザンを見ると、奥の席に案内する。

大声を上げなければ話し声が聞こえないスペースだ。

 

「それで、どういうこと?」

「その前に、どこまでブラックトレイターのことを知っていますか?」

「……公開されている情報は知っているわ。あの子の本性も」

「そうですか。どこから話したものか……」

 

シンザンは少しだけ考え、話し始める。

 

「最初に言っておきましょう。ブラックトレイターとそのトレーナーの関係を学園に許容させているのは私です」

 

それは少なくない衝撃を東条に与えた。

シンザンはウマ娘想いだ。しかも、ブラックトレイターには恩があると言っていた。その恩も知っている。

 

「ど、どうして……」

「あのトレーナーでなければもはやブラックトレイターは壊れるからです」

「それは逆だろう? あいつがブラックトレイターを壊しかけているんだから」

「確かに、ブラックトレイターは挫折を味わっている。だけど、これはそういう話じゃないんです」

 

シンザンは注文した紅茶を一口すする。

そして、天井を眺めるようにして語り始める。

 

「ブラックトレイターは双子でした」

「双子?」

「ええ、そっくりな双子がいたんです。そして、一緒の孤児院にいた。ブラックトレイターの双子の姉は病気がちでした。その姉だけが心の拠り所でした」

「どうしてそれを知っているんだ?」

「どうして? 調べたからですよ。院長から話を聞きました。これから話すことは半分以上が私の憶測ですが。そして、ほぼ確実に本人に自覚がない。……さて、続きですが、ある時双子の姉は亡くなってしまう」

 

東条は眉をひそめてその話を聞く。

 

「ブラックトレイターは心の拠り所を無くしました。……これはさみしいとかそういうレベルの話じゃないんです。世界から居場所を失ったブラックトレイターは文字通り壊れる寸前まで行った。そこからブラックトレイターを救ったのもまた双子の姉でした」

「……何か言い遺したの?」

「いえ、姉のようなウマ娘がもう出ないようにと考えたんです。だから、中央へ入った。トゥインクルシリーズを盛り上げればウマ娘の待遇も上がると信じて」

「それがあいつとどう繋がるの?」

「ブラックトレイターがあのトレーナーと出会ったのは……きっと運命でしょうね。二人とも無茶な目標を持っていました。そして、目標を叶えるためにすべてを犠牲にしようとする覚悟があった」

「だから、何だっていうの?」

「ブラックトレイターには心の拠り所になったんです」

「はあ? どうしてそうなる?」

「あのトレーナーとの関係は有償だった。徹頭徹尾、リターンを求める関係だった。この世界のどこにも居場所がないと思い込んでいるブラックトレイターが唯一納得できた居場所なんです。自分が役に立てればこの場所は失われないと」

 

それは東条も納得できる話ではあった。

だが、同時に他のトレーナーでも同じだろうと思った。

それをわかっているのか、シンザンは首を横に振る。

 

「それじゃあ、ダメです。二人の関係の中に……少なくともトレーナーは無償の愛を与えてはいけないんです。そう感じさせたとしても、それすら目標へ繋がっていないといけないんです。ウマ娘を好いてきたトレーナーたちにそれができますか?」

 

そう言われて東条は押し黙った。

自分は無理だ。

沖野も、南坂も……。

 

「そして、ブラックトレイターは目標をすでに叶えかけている。心の拠り所の一つが消えようとしている。この意味がわかりますよね?」

「……つまり、あの子にはトレーナーしかいない、と?」

「そうです。そして、もし少しでもブラックトレイターを想う行動をしてしまったのなら、ブラックトレイターは有償の関係を失い、今度こそ壊れてしまう。……もうブラックトレイターのトレーナーは矛盾から抜け出せない。ブラックトレイターのことを想うなら、有償の関係でなければいけない。目の前でブラックトレイターが苦しんでも、もう何もできない。それが彼らの関係です」

「じゃあ、あいつは……」

「今、この世にブラックトレイターを必死で引き留めているのはトレーナーです。必死で心を押し鎮めているんです。たとえ何があっても、トレーナーは自身とブラックトレイターの目標に向かって進まないといけない。文字通り、ブラックトレイターを生かすにはそれしかないんです」

 

あるいは、とシンザンが言う。

 

「あるいは、ブラックトレイターが目標を叶えた時、新たな居場所を見つけることができたのなら、この関係は終わるかもしれません。……きっとトレーナーはそれを望んでいるのでしょう」

 

東条は思わず唸る。

どうしてこんなことになったのだと考える。

だが、そんなことはすぐにわかる。

最初からあの二人は破綻していたのだ。

トレーナーはブラックトレイターにメンタルケアさえできない。それが必要だと思われればいい。

だけど、どんな心理状態でもブラックトレイターは走ってきた。

必要だと思われない可能性が高い。

一つでも間違えれば有償の関係は終わり、ブラックトレイターが壊れる。

 

「……孤児院は? 孤児院はブラックトレイターの居場所のはず」

「そうでしょうね。ですが、ブラックトレイターは賞金を孤児院に渡している。孤児院が無償の愛をブラックトレイターにあげられても、ブラックトレイターにとって無償の愛がある場所ではないんです。そのことに本人は気づいていないでしょうけどね」

 

ブラックトレイターに必要なのは完全な無償の愛か、完全な有償の関係。

孤児院はもう、それには当てはまらない。

 

「じゃあ、ブラックトレイターは……あいつはどうすればいい? どうすれば、救われる?」

 

東条は冷めたコーヒーを見つめながらつぶやく。

シンザンはそれに何も答えない。

 

ただ、紅茶を口に含むだけだった。

 

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