うおお、その通りです!!
なんで勝負服着てるんだ!?
ゼッケンに修正しました!
……と思っていたのに。
「京都新聞杯に、シービーが出る?」
「ああ、別におかしいことではないだろう?」
昼休み、僕はトレーナー室でトレーナーに聞き返していた。
出走レースが被った。
うん、考えてみればそうだわ。
だって、京都新聞杯もトライアルレースだもん。
シービーも調整するよね。
「どうするのトレーナー!?」
「どうするもなにもないが」
「菊花賞で決着じゃないの!?」
「そんな約束してたのか?」
「して……ないけど! そういうもんじゃないの!?」
「まあ、お前としてはそうなのかもしれないがな」
「うー、どうしよう」
「……じゃあ、こう考えろ。決着は菊花賞。京都新聞杯は文字通り前哨戦として扱う」
……確かにトライアルは元々前哨戦という意味。
じゃあ、いいか。
いや、いいかというと軽く取られるかもしれないが、負けるわけではないのだ。
もちろん、勝ちに行く。
しかし、京都新聞杯は2400m。菊花賞とは同じ京都レース場とはいえ、600mの開きがある。
中距離と長距離は全く違う世界だ。
シービーがどのような作戦で来るのかはわからない。
この1ヶ月はトレーニングとは別に作戦会議を取らないといけない。
「とりあえず、シービー用の作戦を立てないと。それと、トレーナーから見て上位争いに来そうなウマ娘をリストアップしてほしい」
「ああ」
「ここで上位に食い込んだら菊花賞は絶対に来るからね。……確かスズカコバンちゃんも走るって言ってたかな」
神戸新聞杯後に何故かスズカコバンちゃんを連れたトレーナーさんが来て、連絡先を教えてほしいと言ってきた。
その時は何事だと思ったけど、スズカコバンちゃんが僕の連絡先が欲しいが恥ずかしがったらしいのだ。
別に隠すようなことじゃないので、教えたら『京都新聞杯に出るの。がんばりましょうね』と来ていた。
健気で僕はスズカコバンちゃんにやられてしまった。
まあ、それはいい。
スズカコバンちゃんに2400mなら負けない。はずだ。
「後は……カールちゃんとモンスニーちゃんは走らないはずだし」
「ああ、メジロモンスニーに関しては、残念だが……」
「まあ、菊花賞で走るから焦ることないけどね。あとはハッピーミークちゃんとかが来るかもしれない――」
「――なんだ、聞いてないのか?」
「え?」
嫌な予感がした。
僕は作戦を考えるのをやめてトレーナーを見た。
「……なにを聞いてないって?」
「メジロモンスニーは神戸新聞杯で骨折した。京都新聞杯は出走予定はなかったが、菊花賞も出れない」
「は?」
……モンスニーちゃんが出れない?
嘘でしょ?
「ま、待ってよ。骨折って……いつまで? いつからモンスニーちゃんは復帰するの?」
「そこまでは知らない」
「トレーナーは誰から聞いたの?」
「同期のトレーナーだ」
「どのくらい、重いの?」
「だから、詳しくは知らない」
だが、とトレーナーが言う。
淡々と事実だけを言う。
「モンスニーはお前じゃない。骨折をしたなら普通は1年はかかる」
「1……年……?」
「そうだ。そこから筋力を戻すトレーニングなどが入るだろうからもう少しかかるだろうな」
「じゃ、じゃあ、天皇賞は? モンスニーちゃんが言ってたんだ、メジロ家の悲願だって、自分の夢だって……いつ、出れるの? 勝てるよね?」
「少なくとも、今年と来年は無理だ。再来年の春ならば出れるだろうな。勝つかどうかは……メジロモンスニー次第だ」
僕はその事実に愕然とした。
そして、気づいたら駆け出していた。
メジロ家がどこにあるのかは知っている。
知らない人の方が少ないだろう。
トレーナーが何かを言っていたが、それは無視をした。
制服のまま、メジロ家へ向かう。
早く。
速く。
見えてくるのは大きな敷地とそれに負けないくらいに大きな豪邸。
シンボリ家とは違って洋風なたたずまいをしている。
僕は入れるところを探す。
正面の門はすぐに見つかった。
そして、丁度車が入るために開いているところだった。
車にモンスニーちゃんがいるかと思ったが、違う人だ。
僕はその横をすり抜けて中へ入っていった。
使用人と思しき人が慌てていたがこちらはそれどころではないのだ。
全速力で駆けて豪邸の中に入っていく。
モンスニーちゃんはどこだ。
広いここで探すのは手間がかかる。
とはいえ、僕は居ても立っても居られない。
急ぎ足に歩き、それらしきところを見て回る。
幸いなことに客だと思われたのか、たびたび見る使用人には何も言われなかった。
……そうか、聞けばいいんだ。
モンスニーちゃんはここのお嬢様。知らない方がおかしいだろう。
思い立って声をかけようとしたが、そんな時に限って誰もいない。
やっと見つけた人は小さなウマ娘だった。
「君、ちょっといいかな」
「あら、お客様ですか? メジロマックイーンと申します。どうなさいました?」
「ああ、僕はブラ……ホワイトローヤル。メジロモンスニーさんを探しているんだけど、どこだか知らない?」
「あら、そうなんですの。いいですわ、案内します」
「ありがとう、助かるよ……」
いい子だ。
葦毛のウマ娘の子は丁寧に話してくれ、僕を誘導してくれる。
「モンスニーお姉さまとはお友達ですの?」
「……そうだよ、怪我をしてしまったって聞いて、心配になってね」
「そうですか……わたくしも、心配でしたの」
「そっか……」
「でも、モンスニーお姉さまはいつもと変わらずにいまして……心がお強いんです」
「確かに、モンスニーちゃんは強い子だ」
「そうですの。わたくしの憧れのウマ娘の一人ですわ」
「……それは僕もだ」
「ホワイトローヤルさんも? お友達なのでは?」
「うん。でも、ライバルで、憧れでもある」
「そうなんですの……」
よくわかっていないという顔をする。
そして、すぐに目的地に着く。
「ここですわ」
「ありがとう」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
「うん」
メジロマックイーンちゃんはそのまま行ってしまう。
僕は大きな扉をノックする。
「どうぞ」
「お邪魔します」
「え、ラックさん? どうしてここに?」
「怪我したって聞いた」
「そう……ですか」
モンスニーちゃんは足を怪我しているようだった。
ギプスが嵌められ、吊るされている。
骨折というのは間違いないようだ。
「というか、そのまま来ましたの? 制服も汚して……慌てすぎですわ」
「学校は抜け出してきた」
「あら、悪い子ですわね」
モンスニーちゃんはそう言って笑った。
反対に僕は涙があふれてきた。
「ど、どうしましたの!? どこか痛めたんですか!?」
「ちがう、ちがうよ、モンスニーちゃん……」
僕はふらふらとモンスニーちゃんに近づく。
辛くないはずないんだ。
悲しくないはずないんだ。
僕が怪我をした時、何度も悪夢にうなされた。
自分が置いてかれる感覚。
もう追い付けないかもという恐怖。
夢が叶わないかもしれないという虚無感。
「泣かないでくださいませ、わたくしなら大丈夫ですわ! 菊花賞は出れないのが残念ですが……ラックさん?」
僕はモンスニーちゃんを抱きしめる。
何度も、何度もこうしてほしいと思った。
だから、僕がしてあげないといけない。
「ラックさん、そんなに抱きしめられたら、苦しいですわ……」
「モンスニーちゃん、大丈夫。大丈夫だよ……」
泣きながら僕は言う。
モンスニーちゃんは少しだけ抵抗していたが、段々と弱くなっていった。
「大丈夫だよ」
「……どうして、大丈夫と、言えるのですか。わたくしは、わたくしは……」
モンスニーちゃんの声は段々とくぐもっていく。
そして、小さくなっていく。
ぽつりと呟く。
「……ごめんなさい」
そして、堰を切ったようにモンスニーちゃんは泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 菊花賞、あなたと出たかった! シービーと、走りたかった! 天皇賞にも、勝って、わたくしは……! そのためにあなたが、庇ってくれたのに……! ごめんなさい、ラック……! ラック……!」
普段の気丈な姿からは想像ができない姿だ。
モンスニーちゃんは声を上げて泣いた。
どうしてモンスニーちゃんなんだ。
どうして今なんだ。
あんなに頑張っていたのに。
あんなに願っていたのに。
どうして。
僕は僕とモンスニーちゃんが泣き止むまでずっとそうしていた。
それから、泣き止んだモンスニーちゃんはぽつりぽつりと言う。
「……指の骨折だそうです。固定ができない部分だから、その分慎重に治さないといけないそうです」
「うん」
「だから、治すのには最短でも1年は見たいと」
「そっか……」
「……ラックさん、わたくし、どうすればいいのでしょう。きっともう天皇賞は走れない。走れたとしても、きっと勝てません」
モンスニーちゃんは何かに押しつぶされそうな顔をする。
それはプレッシャーや夢があるからだろう。
それが僕には痛いほどわかった。
だから、僕は言わないといけない。
「ううん。それは違うよ、モンスニーちゃん。きっと君は勝てる」
「どうして……どうしてそう言えるのですか?」
「僕がそうだったからだ」
モンスニーちゃんは大きな目を瞬いた。
「僕もそうだった。怪我をして、皐月賞には出れなかった。ダービーも無理だって言われた。でも、僕は1着を取った」
「ラックさん……」
「だから、君もできる。怪我を治して、天皇賞で優勝できる。僕が、保証する」
それは無責任で傲慢なことだ。
でも、僕はその言葉に救われた。
それからモンスニーちゃんは少し俯いて涙を流した。
そして、鼻をすすり、僕を見る。
赤くなり、濡れた瞳が僕を写す。
「ありがとうございます、ラックさん。絶対に治してわたくしは天皇賞に出ます。だから、約束してください」
「約束?」
「あなたもその天皇賞に出てください。ずっと走って、わたくしとまた走ってください」
「わかった、約束する。何年かかろうが、僕は走るよ。頑丈なのが取り柄だから」
「ラックさん」
僕はモンスニーちゃんの手を取って約束する。
「話は終わったかしら?」
そこで入り口から声を掛けられた。
そちらを向くと、高齢の婦人が立っていた。葦毛のウマ娘の方だ。
後ろでモンスニーちゃんが「おばあさま……」とつぶやく。
この方がメジロ家のご当主か……。
「モンスニー。あなたはそこの不法侵入者と知り合いなのかしら?」
「不法侵入者!? ラックさん!?」
うん。
そうです。
不法侵入者です。
僕はすさまじい勢いで頭を下げた。
「すみませんでした……」
「驚きましたよ、大胆にも車の横を走り抜けていったのですから」
「本当にごめんなさい、居ても立っても居られなくて……」
「許しません。……と言いたいところですが、先に名前を聞きましょう」
「はい、ブラックトレイターと申します」
そう言うと、片眉がぴくりと跳ねあがった。
あ、まずい。
僕のこと、知ってるよな。
メジロ家のご当主がトゥインクルシリーズを荒らしまわっていると噂されている僕のことを知らないわけがない。
これはとうとう終わったか、僕。
だが、意外なことに、次に言われたことは処断の言葉ではなかった。
「あなたが……。いいでしょう。今回のことは目を瞑ります」
「え、あ、ありがとうございます!」
「私としても、メジロの者の恩人で、メジロの者のために駆け付けたウマ娘に対して罰を与えたとなれば、メジロ家の名折れですからね」
「お、恩人?」
「わたくしがメイクデビュー戦のことを話さないわけないじゃないですか」
「い、いや、あれは気にしないでって」
「言ったじゃないですか、もしあなたに何かあったらメジロ家が総力を挙げてどうにかすると。おばあさまに言っていなかったらどうにもできませんから。……言っておきますけど、あなたが頼ったのがメジロ家ではなくシンボリ家だったの、悲しかったのですよ?」
「……うん、ごめんね?」
「別に、頼ってくれるのを待つことはやめますので」
メジロ家、ちょっと怖い。
ご当主が僕に向かって言う。
「あなたにはお礼をしなければなりません。……ですが、申し訳ありません。今はモンスニーを」
「あ、すみません。僕のことは気にしないでください。本当に。文字通り押し通ってきた不届きものですので……僕、失礼させていただきます」
「いえ、お構いも出来ずに。必ずこちらから声をかけます」
「本当に気にしないでください。……じゃあ、モンスニーちゃん、僕行くね」
「……はい。来てくれたこと、嬉しかったです。京都新聞杯と菊花賞、頑張ってくださいね」
「うん。頑張るよ」