ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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The day before the decisive battle

買った雑誌を近くの公園で捨てる。

何もかもが気に入らなかった。

 

書いてあるのは菊花賞のこと。

やれミスターシービーの仕上がりがどうの、やれブラックトレイターの悪行がどうのと書かれていた。

特に買った雑誌が悪かったのか、ブラックトレイターの悪口が目立つものだった。

 

世間は菊花賞一色だ。

少し前……半年前までは考えられないことだ。

耳を澄ませばミスターシービーの強さかブラックトレイターの悪口。周りを見ればミスターシービーとブラックトレイターが向かい合うポスターがある。二人だけで走るわけじゃないんだぞ。

見え見えの商売意欲にぼくはため息を吐く。

 

気に入らない。

全部、全部気に入らない。

そもそも、菊花賞よりもジャパンカップを取り上げてよ、とぼくは頭の中で愚痴った。

 

 

 

もう秋だ。

夏が終わって、ぼくらは強くなった。

先輩も、あのブラックトレイターも。

だけど、ミスターシービーとかいうウマ娘は別格だ。外から見ればどれだけ頭のおかしい伸びをしているのかがわかるだろう。きっと他のウマ娘の3倍の速度で強くなっている。

ただの体感だけど、ぼくはそう感じた。

 

……頭のおかしいとか言っちゃいけないな。

わかってる。

それは努力の成果だ。

努力無くしてウマ娘は強くなれない。

それはぼくも先輩もミスターシービーも、ブラックトレイターだってそうだ。

 

夏合宿にブラックトレイターに言ったことは間違ってないと今でも思う。……そりゃ、口悪く言っちゃったことは……後悔してるけど、そうじゃなきゃいけなかったんだ。

だって、そうじゃなきゃ止まらないし、誰も言わないんだから。

 

どうしてあんなになるまで放置してしまったんだ。

ライバルも、後輩も、トレーナーも、会長も、先輩だって、どうしてもっと強く言ってあげられなかったんだ。

 

ブラックトレイターは脆い。

 

努力をしてきて、頂点近くまで行っただろう。

でも、だったらなんだってんだ?

築き上げた地位が重しになることだってあるだろ?

夢や目標が潰しにかかってくることだってあるだろ?

約束が原因で苦しむことだってあるだろ?

 

ここまで走ってきた代償があのボロボロの心だ。

 

正直、ブラックトレイターはすごい。

無敗のダービーウマ娘。

手放しで称賛できるくらいに強い。

ブラックトレイターがしてきた努力も、遠目には見ていた。

ダービーの時だって、ぼくは無理だって思った。

 

……高潔だろうさ。

でもやっぱり、ぼくはやめるべきだと思う。

見るからにあいつは壊れる寸前だ。

才能に悩む……なんて単純な話じゃないんだろう。それだけだったら、負けて悔しいだけで終わる話。

だけど、あいつは背負ったものが多すぎた。

きっとこのままだと負けてそれらを失った勢いであいつは壊れる。

あいつが壊れるところなんて、見たくない。

 

ぼくらの世界は勝負の世界だ。

真剣勝負で、誰もがプライドを懸けて戦う。

その結果、勝ったり負けたりする。

 

でも、だからこそ、次を見据えてもいいじゃないか。

誰にも、道を変える勇気を否定はできないんだから。

 

気に入らない。

気に入らない。

あいつを止めてやれないやつらも、あいつを貶すやつらも。

……なんにもできないぼくも。

 

 

 

はぁ、と白い息を吐いた。

ジャパンカップのことが書いてあるのかもと雑誌なんて買うんじゃなかった。

 

バッグを乱暴にベンチに置いてぼくも腰かけた。

気分が悪い。

かっこうをつけて雑誌と一緒にブラックコーヒーなんて頼むんじゃなかったとも後悔した。

することがなくて僕は揺れるコーヒーの湯気を眺める。

 

あいつに言いたいことがあったのに、あいつはどこかへ行ってしまった。

授業も出ずにどこへ行ったんだか。

一緒にミスターシービーもいなくなってるし、遊んでたりして。

 

不意に公園の外に黒いウマ娘を見つける。

思わず目で追うが、あいつじゃない。

 

「なにしてるんだろ、ぼく」

「なにしてるの? ニホンピロウイナーちゃん」

「はっ!?」

 

後ろから声をかけられてぼくはコーヒーを落としそうになった。

慌ててそれを両手で掴み、振り返ると気まずそうなブラックトレイターがそこに立っていた。大きな荷物を持っている。どこかからの帰りだろうか。

 

「ごめん、そんなに驚くとは思わなくて……」

「……別に。何か用?」

「いや? ニホンピロウイナーちゃんが何か落ち込んでいるみたいだったから」

「……お人よしか。別になんでもないよ」

「そう? 話して楽になることもあるかもよ」

「……それより、どこ行ってたのさ。学校にも来ないで」

「え? 慰安旅行。で、どうしたの?」

 

そう言ってブラックトレイターはベンチに座った。

ぼくの荷物を抱えて動かないという意思表示をする。

 

「あのさ」

「なに?」

「ぼく、きみに大分キツイこと言ったと思うけど? なんで悩みなんか聞いてくるのさ」

「え! お人よしってキツイ言葉なの?」

 

ぼくはこのコーヒーをかけてやろうかと一瞬本気で思った。

もちろん、そんなことはしないけど。

 

「……夏の、ほら、夜」

「うん。あはは、気にしてたの?」

「……気にはしてない。ぼくは間違ったこと、言ってないから」

「あのね、ニホンピロウイナーちゃん。正論は正しいことかもしれないけど、正論を言うことが必ずしも正しいとは限らないんだよ?」

「じゃあ、あの時は正しくなかったって言いたいの?」

「正しいでーす!」

 

ピースと言って、ギャルっぽいポーズを取るブラックトレイター。

無視すると、しょんぼりと落ち込む。

 

「……ま、確かに堪えたよ。でも、そうだね。ニホンピロウイナーちゃんの言う通りだ。シービーは強くなるし、僕は追い付けないかもしれない」

「じゃあ、路線変更するの?」

「ううん。できない」

「……できなくない」

「いや、できないよ。トレーナーとの目標も、僕の目標もある。シービーとの約束も。君は知らない子たちとの約束もある」

「できなくない!」

「ニホンピロウイナーちゃん……」

 

ブラックトレイターはびっくりしたようにぼくを見る。

まだわかってないんだ、このウマ娘は。

 

「目標も、約束も捨てたっていいんだ! それがお前が傷つく理由になっていいわけない! そんなこと、わかってるんだろ!」

 

そういうと、ブラックトレイターは少し困惑した顔をした。

そして、へらっと笑う。

 

「へ、ニホンピロウイナーちゃんに心配されちまったぜ……もしかしてニホンピロウイナーちゃんは僕のこと好き?」

 

そう言われてぼくは顔をゆがめる。

くそ、こんなこと、言いたくないのに。

だけど、ぼくの口は止まらない。

 

「そうだって、言ったら?」

「へ?」

「そうだって言ったらどうなんだよ、ブラックトレイター」

「ニホンピロウイナーちゃん? ぼ、僕のことだよ? 先輩のことじゃないよ?」

「お前は、ぼくと走るはずだったんだ。ぼくも、お前も、短距離走者になって、一緒にこの距離を開拓するはずだったんだ。ぼくとっ……ライバルになるはずだったんだっ!」

 

あの日、短距離のデビュー戦が終わった時、ぼくは2000mのデビュー戦を見た。

そして、ブラックトレイターのデビュー戦を見た。

あの、メジロモンスニーとのデッドヒート。

正直、心が躍った。

そして、あのブラックトレイターはきっとぼくと同じなんだと思った。

きっと、ぼくはこいつと走るんだって思った。

だっていうのに、ブラックトレイターはこっちに来なかった。

 

醜いだろ。

嫉妬だ。

だけど、あの夜はそんな感情は関係なくて、ただ見てられなかったんだ。

 

おどおどとするブラックトレイターに言う。

 

「菊花賞、出るんでしょ?」

「ああうん、出るけど……」

「負けたらどうするの」

「負けたらって……戦う前から負けを考えるウマ娘いる?」

「いる。いるさ。みんなそうだ。現実が目の前にあって、そこにはレースがある。真剣なんだ。だから勝ったり負けたりする。そして、ぼくらはアスリートだ。先を考えることだって仕事なんだ」

 

そう言うと、ブラックトレイターは黙り込む。

ああもう、違う。

違うんだ。

そんな顔をさせたいんじゃない。

 

ぼくは頭をガシガシと掻く。

 

「ごめん。いい。もういいよ。考えなくてもいい」

「いやでも、その通りだなって……」

「違う。いや、違くないけど。……ねえ、ブラックトレイター」

「……なに?」

「もし……もし、本当に走るのが嫌になったら、ぼくのところに来て。レースじゃなくてもいい。サポート科への転向だってある。ぼくは短距離を開拓するのが目標だ。それを手伝え」

「手伝えって……」

「こんなこと、ぼくだって言いたくない。でも、お前はもう、止まらないんでしょ?」

「……うん」

「だったら、全部ダメになって、全部壊れて、何もできなくなったらぼくを手伝え」

 

なんでこんなことを言ったのかは自分でもわからない。

でも、気休めでも言っておきたかった。

 

「うん、わかった。ありがとう、ニホンピロウイナーちゃん。でも、僕は大丈夫だよ」

「そうかよ。……それと、ごめん」

「え、なにが?」

「合宿、きついこと言った」

「いいよ、別に。僕は気にしてない」

 

いや、少しは気にしろ。

……とは思ったけど、どうにか口に出さないように努めた。

 

ぼくはコーヒーを置いてブラックトレイターと向き合う。

 

「……でも、性格悪いけどもう一回言うよ」

「うん」

「お前は勝てない」

「……うん」

「きっと何か、奇跡か運命がどうにかしない限り、お前は追い付けないままだ」

「……そうだね」

「ミスターシービーの完成度は日本のウマ娘史上最高だって言ってもいい」

「うん、知ってる」

「お前の才能を知るものはミスターシービーとの差を知っているし、お前の嫌う者たちはお前の敗北を願ってる」

「そうだね」

「くそ。ぼくはこんなこと、言いたくない。けど、次にきみに会ったら言おうって決めたんだ。だから、よく聞け。ブラックトレイター。一回しか言わない」

「……なに?」

 

ぼくは大きく息を吸った。

ブラックトレイターの胸倉をつかんで睨みつける。

 

「勝て! くそったれな運命なんかに負けるな! お前が止まらないって言うんだったら! ぼくの言うことを無視して走るって言うんだったら! 他の誰もがお前の負けを望んでも、ぼくだけはお前の勝利を望んでやる! だから、あの日のぼくを後悔させてみろ!」

 

そして、壊れずに帰ってこい。

 

ブラックトレイターは呆然とぼくの顔を見る。

そりゃそうだ。

夏合宿だけじゃなく、ブラックトレイターにはきつく当たってきた自覚がある。

そんなやつがこんなことを言っても、何をいまさらと思われるだろう。

 

だけど、ブラックトレイターはそれから泣きそうな顔になって、頷いた。

 

「……うん、約束する」

「ダメだ。約束なんかしない。ぼくが勝手に願って、お前が勝手に勝つんだ」

 

そして、勝ったら子供みたいにお前を罵ってやる。

 

醜いだろ。

嫉妬だ。

 

「……ねえ、ニホンピロウイナーちゃん」

「なに」

「僕……菊花賞だけは、全部忘れて走っていいのかな……」

「全部きみのレースだ。きみのために走れ」

「……そっか」

 

 

 

ぼくと同じ才能を持ちながら違う道を選んだウマ娘。

体は丈夫だけど、どこか不安定な心を持っているウマ娘。

 

こんなこと口に出して言ってやらないけど、ぼくの憧れだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

北海道から帰ってきて、僕たちは菊花賞への準備を始めた。

とは言っても、ほとんどやることはない。

蹄鉄や勝負服くらいだ。

 

体調は万全。

メンタルも固めた。

動揺する要素は全部隅に置いて、目の前に集中する。

あとは、走るだけ。

 

シービーはいつも通りだが、少しずつ何かが違う。

僕にはわかる。

シンザン会長と同じ空気だ。

その一挙手一投足に何かがあると思わせる。

 

レッドさんとマサルとは北海道で別れた。

まだ小さいマサルは目に涙を浮かべて「おれが中央に会いに行く! だから、怪我をすんじゃねえぞ! 一緒に走るんだからな!」と言っていた。

最初から最後までかわいい子だった。

レッドさんはいつも通りの笑みを浮かべてただ「またナ」と言った。

とはいえ、マサルは菊花賞を観に行くと言ってたのですぐに会うかもしれないな。

最後にサプライズでシービーに会わせてあげると、涙を流しながらサインをねだっていた。

今まではシービーの調整があったので会わせてあげることができなかったのだ。

 

中央トレセン学園に帰ると、すぐに京都へ向かう。

途中でニホンピロウイナーちゃんに会ったけど、すぐだ。

菊花賞は京都新聞杯と同じ京都レース場だ。

北海道からだとずいぶん長い距離を飛んだと思う。

 

そこでホテルに泊まり、当日を待つ。

緊張はしている。

だが、それも適度な緊張だ。

パフォーマンスは最高のものを出せると感じている。

それはトレーナーもわかっているのか、特に何も言わない。

いつも通りサングラスをかけて仏頂面している。

 

そういえば、久しぶりに二人きりになったように思える。

だから、僕は聞いてみることにした。

 

「トレーナーの教え子のウマ娘は菊花賞に出たことある?」

「ああ、数は少ないが数人は」

「優勝は?」

「ないな」

「そっか、じゃあ僕が初めてだ」

「……そうか。だが、わかっていると思うが」

「うん、シービーは強敵だ。だからこそ、菊花賞のトロフィーに価値がある」

 

トレーナーはそれに返事をせずに、少しの沈黙の後に聞いてきた。

 

「俺も、お前に聞きたかったことがある」

「なに? スリーサイズ?」

「それは知ってる」

「……デリカシー」

「お前から言ったろうに」

「はは。それで?」

「どうしてミスターシービーを助けたんだ? それをしなかったらお前は勝てていただろう」

 

どうして。

どうしてだろうか。

あのシービーに勝つことに意味を見出せなかったというのは一つの理由だったろう。

だけどきっとそれだけじゃない。

 

「京都新聞杯、僕は怒ったんだ」

「それは知っている」

 

シービーには……というか、トレーナー以外には見せなかったが、しばらく僕は不機嫌だった。口数も減っていた。

 

「あのかっこいいシービーが力を出せずに連対も逃した。しかも僕とのレースで。許せなかったんだ。何をって聞かれるとわからないけど、僕は嫌だった。それで、シービーはそれで泣いた。それも嫌だったんだ」

 

シービーはライバルだ。

そして、友達だ。

その二つの側面から見てシービーの姿はどちらも悲しかった。

だから、かっこよくあってほしかっただけ。

理由なんて、そんなものだ。

 

その結果、シービーが僕を置いて行ってしまったとしても。

 

「トレーナー」

「なんだ?」

「僕は勝つと思う?」

「お前はどう思っているんだ?」

「僕は……勝つよ。勝ちたいんだ」

「俺はここで負けるのが、お前の目標達成と同義だと思う。お前はそれをどう思っているんだ」

 

そう言われて僕は少しだけ黙った。

わかってる。

わかっていた。

 

僕は絞り出すように言う。

 

「……もう少し……」

「なんだ?」

「もう少しだけ、僕は……」

 

先延ばしにしたい。

そう言おうとした。

だが、その前にトレーナーが言う。

 

「お前の目標は俺の目標じゃない。聞いておいて悪いが、やっぱり答えなくていい」

「……そっか」

 

トレーナーは僕をここまで連れてきてくれた。

それが契約の関係だったとしても、僕を強くしてくれた。

僕の気持ちは不義理だろうか。

いや、トレーナーには関係ないか。

 

「トレーナー」

「なんだ?」

「もう一回聞くよ、僕は勝つと思う?」

「勝っても負けても、俺の目標に支障はない」

「そっか」

「必要なのはお前だけだ。どうあってもお前が帰ってくればそれでいい」

 

そうだよね。

だけど、その言葉は響きとは裏腹に、酷く優し気な声色をしていた。

僕は何故だかすごく安心する。

 

勝つ。

勝っても負けてもいいなら、僕は勝ちたい。

それはきっと、誰でもそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




嫉妬は憧れや好意の裏返しだと僕は思うのです。
そして、傷つける愛もあるのです。



次回、菊花賞。
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