ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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まだ少し忙しいのですが、疑問に答える程度の感想返しをしてきたいと思います。
感想を返せない方は申し訳ありません。
ですが、全部しっかり読んで、しっかり喜んでいます。
いつも感想をくださるみなさま、本当にありがとうございます。
また止まってしまうこともございますが、ご了承ください。

それと今日は21時半にもう一度投稿しますのでよろしくお願いします。


I and I

その人は憧れだった。

ブラックトレイター。

世紀の大悪党だとか魔王だとか言われているけど、それでも私の憧れだった。

 

私はどちらかと言うと寒門の出だった。

スズカコバンという名前は小さいレースを探せばある、程度のもので、家も大きくなかった。

中央のトレセン学園に入ることは半ばあきらめていたが、ブラックトレイターという寒門のウマ娘が入学するということで、少なくとも理事長は寒門を差別しないと知った。

それに勇気をもらった私は中央トレセン学園を受験し、入学できた。

 

だが、それからも私は苦難の連続だった。

トレーナー契約をしたが、脚部不安から負荷のあるトレーニングができず、結果も残せなかった。

そして、トレーナーにも見放された。

 

正直、心が折れかけた。

だけど、入学してすぐに偶然見たシンザン記念。

その時のブラックトレイターの走りに魅せられた。

私と同じ立場。

私よりも丈夫かもしれないけど、それを差し引いてもあのマルゼンスキー先輩に勝った。

 

私にもできるかもしれない。

諦めない気持ちをあのレースで見た。

 

だから、頑張れた。

新しいトレーナーとの二人三脚で日本ダービーの出走権を勝ち取ることができた。

あのブラックトレイターとのレースだ。

嬉しくて、無茶してしまい、怪我をしてしまったがその順位に悔いはなかった。

だけど、次は。

次こそはと私はトレーニングを続けた。

 

そして、神戸新聞杯。

私はブラックトレイターと再び走れることになった。

 

結果は2着。

接戦と言ってもいい結果だ。

だけど、私は悔しかった。

 

もし、もう少しトレーニングできていれば。

もし、もう少し体力があれば。

もし、怪我がなければ。

 

勝てていたかもしれないのに。

 

ブラックトレイターに負けたことによって、本当の意味で私に火が付いた。

勝ちたい。

ブラックトレイターに。

 

しかし、それから京都新聞杯でアクシデントで負け、菊花賞は回避した。

 

観客席から観たブラックトレイターは変わらず強かった。

負けたけど、ワールドレコードを出したのだ。

みんなミスターシービーを祝福した。

 

しかし、私はブラックトレイターから目を逸らせなかった。

初の敗北。

だが、ブラックトレイターにとって、この菊花賞はもっと大きな意味があるように思えて仕方がなかった。

 

泣くミスターシービーを優しく抱き留めながらブラックトレイターは空を見上げていた。

 

それからブラックトレイターは変わっていった。

性格とは裏腹に安定性が売りだったブラックトレイターはタイムがバラバラになり、その姿もボロボロになっていった。

もうブラックトレイターは何のために走っているのか、私にはわからなかった。

 

私は京都金杯が終わった後にブラックトレイターに会いに行った。

わからないのなら、聞きに行けばいい。そう思ったからだ。

話しかけると、ブラックトレイターは隈の深い目をこちらに向けた。

 

「ああ、お前か。疲れてるんだ、祝福ならいらん」

「違う。話をしに来たの」

「話? 今じゃないとダメか?」

「確かに、レースで疲れている時に話しかけるのはダメだったかもしれないけど、どうしても」

「……なんだよ」

 

私の知っているブラックトレイターなら拒否していただろうが、何故かこの時は拒否されなかった。

私はこれ幸いと話を始める。

 

「ブラックトレイター、どうしたの?」

「どうしたって、なにが?」

「いつも、ふてぶてしかったじゃない」

「悪かったな」

「いえ、そうじゃなくて、菊花賞で負けたのがそんなにショックだったの?」

「うるせえよ。別に菊花賞で負けてようが勝ってようが同じことだ」

「私、あなたの力になりたいの」

「いらねえよ」

「でも、なりたい」

 

そういうと、ブラックトレイターは目を細めてこちらを見る。

私を試すような眼だ。

 

「そりゃまた何でだ」

「だって、あなたのライバルだから」

「……ライバル?」

 

ブラックトレイターは目を瞬かせる。

私の言葉が意外だったのだろう。

 

「ええ、あなたはそうは思っていないかもしれないけど、私はそう思っている。だから、力になりたいの」

「ふ、ふふ……」

 

ブラックトレイターは力の抜けた笑いを零す。

だけど、それはおかしくて笑っているのではないことだけはわかった。

そして、真顔になり見上げるように私を見る。

 

「ライバルにできることは、勝つことだ。勝ち続けることだ。わかるか、スズカコバン。俺のライバルと言うのであれば、走りでお前という存在を証明し続けろ」

 

今度は私が驚く番だった。

やはり、ブラックトレイターは少しだけ変わってきている。

私はてっきり、お前なんかライバルとして認めないと言われると思っていたから。

 

「確かに、お前は俺のライバルだった。神戸新聞杯、俺はお前に負けることを恐れた。事実、俺は負けかけた」

「それは……」

「わかっているだろう。イフのことを言っても仕方のないことだが、もし、一つでもボタンが正常にかかっていたのなら、勝っていたのはお前だ」

 

私は頷く。

だからこそ、悔しかったのだ。

 

「お前にできることは走ることだ。俺に勝って見せろ、スズカコバン。それがお前にできる唯一のことだ」

「――わかったわ、ブラックトレイター。きっと私はあなたを倒して見せる」

「いい、それでいい」

 

ブラックトレイターはそれだけを言って、足を引きずるようにして帰って行った。

 

私にもう一つ、走る……いや、勝つ理由ができた。

私は勝ちたい。

自分のために、トレーナーのために、ファンのために。そして、ライバルであるブラックトレイターのために。

 

だけど、私の生活に劇的なことはない。

ただ、いつも通りに走り、いつも通りに過ごすだけだ。

アスリートである私たちは変化を嫌う。

 

だけど、少しだけ。

少しだけいつもよりも走り、少しだけ動きに気を配れた。

その些細な変化は目標がさらに固まったからだろうとトレーナーは言った。

 

京都記念を超え、ブラックトレイターはダート戦であるフェブラリーステークスにも勝った。

そして、次に鳴尾記念に目標を定めた。

私は、そこでブラックトレイターに勝つことに決めた。

 

3月に入り、鳴尾記念はやってくる。

 

この日のために私は調整をし、絶好調で臨むことができた。

逆に、ブラックトレイターは絶不調もいいところだった。

パドックではすでに大きく呼吸をしていたし、誰かを挑発することはしなかった。

もう、すでに限界など超えているのがわかった。

ただ、調子とは裏腹にギラギラとした瞳だけが光っていた。

 

私はブラックトレイターに話しかけることはしなかった。

それは勝つために必要なことじゃなかったから。

ブラックトレイターも、ほかのウマ娘も、何も言わなかった。

レースとは違う緊張感が私たちの呼吸を乱そうとしてくる。だけど、私はそれに惑わされることはなかった。

 

『さあ、G3の鳴尾記念が今始まろうとしています! 人気上位のウマ娘を紹介しましょう!』

 

私はそれを聞かずに精神を統一する。

今日、今だけは人気は関係ない。

このレースだけはファンのために走るのではないのだから。

そのおかげかわからないが、少し苦手なゲートも今日はすんなりと入ることができる。

 

ちらりといくつか隣のブラックトレイターを見る。

相変わらずの調子。

今日なら。

今日こそは。

彼女に勝つのだ。

 

「――今、スタートしました!」

 

この時のことを私は生涯忘れはしないだろう。

どんな格式高いレースでも、ファンが応援してくれるレースでも、あるいは将来子供ができた時に見るレースよりも、私はこのレースを心に刻み付けることになる。

 

この日、私は初めてライバルに勝った。

そして、それは同時にライバルの覚醒を意味していた。

 

 

 

レースの終盤に見た、何もない世界を私は生涯忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

呼吸音が響く。

負けた。

G3のレースで負けた。

1着はあのスズカコバンちゃんだ。

でも、分かった。

これが本能か。

 

控室に行くと、トレーナーがいた。

何かを言おうとし、それを止めた。

その前に僕がトレーナーに抱き着いたからだ。

 

悔しい。

悔しい。

やっぱり負けるのは悔しい。

勝ちたい。

誰にも負けたくないんだ。

誰にだって勝ちたいんだ。

 

それからしばらく僕は泣いて、トレーナーは僕の頭を撫で続けた。

 

『だって、あなたのライバルだから』

 

スズカコバンちゃんはそう言った。

その言葉に僕は驚いて、ぼんやりとじゃあ負けたくないなと思った。

 

だから、勝とうと思った。

今日も、勝とうと思った。

 

でも、スズカコバンちゃんは強かった。

怪我を克服し、スタミナを克服していた。

僕を研究し、勝つためだけに走った。

 

勝てない、と思った時に僕の体の中で押さえつけられ、膨張していた何かが耐えきれずに爆発した。

 

その瞬間、景色が引き延ばされた。

世界が遠く向こうの方へ去っていく。

残されたのは僕とスズカコバンちゃんだけだった。

ターフの上だというのに、そう幻視した。

 

体が脈動し、心が燃え上がる。

頭が凍てつき、理性が凍え固まる。

 

知っている。

これを体験したのは3回だ。

シンザン会長、ルドルフ、そして、シービーが僕に見せたもの。

だけど、これは体験してきたものとは違って僕から発されるものだった。

そうか。

これが『領域』か。

 

だけど、それを知った時にはあまりにも遅くて、僕は負けてしまった。

それでも、レッドさんの言っていることが少しだけ理解できたように思う。

 

しばらくすると、レッドさんは控室にやってきた。

 

「よお、2着、おめでとウ」

「2着以下は負けなんですよ」

「知ってるヨ」

 

綺麗に笑うレッドさんはいっそ清々しいほどの美人だった。

そして、レッドさんは言った。

 

「おめでとう、ブラックトレイター。覚醒の時ダ。本能を獲得……いや、本能を呼び起こすことに成功したナ」

 

だが、その視線は少しだけ憐れみが含まれていた。

僕にはその意味がわかる。

剥き出しの本能は僕にとって恐怖の対象だった。

ヒトだった僕はこの純然たる闘争本能と超人的な身体能力は何かを壊すのに最適だったからだ。

だから、僕はその闘争本能を消化するのにとどまり、それを使おうとしなかった。

ずっとずっと拒絶していたんだ。

それこそ、生まれた時から。

本能を恐怖する心は今も変わらない。

体が震えて止まらないのだ。

 

レッドさんは僕の胸を人差し指で突く。

 

「お前が決めてイイ。その震えは恐怖なのか、武者震いなのカ」

 

僕はレッドさんを見上げる。

わかっている。

わかっているとも。

怖くても僕はその震えを止める努力をしない。

だって、僕の中にあるのは恐怖だけではないのだから。

 

「これは――恐怖であり、武者震いです」

 

レッドさんは心底嬉しそうに笑って言った。

合格ダ、と。

 

 

 

 

そこから、僕は半月ほど休むことになった。

その間ずっと震えは止まらなかった。

 

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