「るーどーるーふっ!」
「うわ、危ないだろう! 転んだらどうするんだ!」
僕はルドルフを見つけたので、後ろから抱き着く。
廊下にはすでに誰もいなくて、さらにここは生徒会室前なので生徒が来ることもない。
「あれ、ルドルフはそんなヤワな鍛え方してたの? じゃー、一緒に走ることになっても負けないかなー!」
「言ってくれるじゃないか……ってラック?」
「なに?」
「その、大丈夫なのか?」
「ふふふ、ありがと。大丈夫だよ」
「そうか、心配したぞ」
「うん、マルゼンスキーから聞いたよ? トレーナーにブチギレてたんだって?」
「……少しだけだ」
「やーん、ルドルフ僕のためにありがとね! キスしてあげよっか?」
「やめろ!」
「きゃー!」
僕はルドルフに振り落とされる。
3月も後半になっており、もうすぐルドルフのクラシックも直前に差し掛かりつつあった。
11月から僕は自分のことで精いっぱいだったからルドルフに会いに来たのだ。
僕の調子は絶好調。
今の今まで誇張なくトレーナーが付きっ切りで見てくれていたから僕は最悪の調子で怪我なく乗り越えることが出来た。むしろ、トレーナーが隈を作ってしまっている。なので、僕はしっかり休みを入れてトレーナーに休んでもらおうと思ったのだ。
で。
遊びに来たっていうのに、なんだかルドルフに違和感。
久しぶりにしっかり見るルドルフだったから、僕は気づいた。
「ルドルフ?」
「なんだ?」
「――ずいぶん、お化粧が上手になったね?」
そう言うと、ルドルフはあからさまにゲッという顔をした。
僕はルドルフにとびかかり、ヘッドロックをかます。
「な、なにをするんだ!」
「お前、隠せねえぞ」
そう言って僕は鞄から化粧落としを取り出してぐりぐりとルドルフの顔を拭く。
ルドルフは本気で抵抗するが、僕のスーパーパワーには敵わない。
その化粧の下にあったのは青い顔色と隈だった。
「おいおいおい、ルドルフちゃん、僕の心配のしすぎでそうなっちゃったってのかよ、ええ?」
そう問いながらも僕はその問いに答えを求めなかった。
僕の心配はあるだろうが、それはきっと些細なことだろう。原因は――。
と、そんなことをしていると、バンと生徒会室の扉が開いた。
「誰ですか、生徒会室前で騒いでいるのは! いい度胸です!」
そう言って出てきたのは本格化前のウマ娘だった。
鹿毛をショートカットにして、赤いアイシャドウをしている。勝気な吊り目をしているのが印象的だ。
「って、貴様! 会長になにをしている!」
僕は目を瞬かせた。
似ている。
カールちゃんに似ている。
もしかして。
「お前、エアグルーヴとかいうウマ娘か?」
「だからなんだと言うのだ! 早く会長を離せ! どうしてヘッドロックをかけているんだ!」
そうか。
ルドルフが言っていたな。
もう先行入学していたのか。
と考えたところで僕はいいことを思いついた。
「おい、エアグルーヴ」
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
「リギルに行くぞ」
「は? ちょっと待て!」
「ら、ラック! よせ!!」
それに慌てたのはルドルフだった。
そういうのなら、先にどうにかするべきだったな。
僕はずんずんとルドルフを押さえつけながら歩いていく。
エアグルーヴちゃんも力づくで止めようとしてくるが、僕には効かん。半ば二人を引きずるようにしてリギルに行く。
僕はノックもせずにバンと入る。
「たのもう! ブラックトレイターだ!」
「な、貴様が!?」
エアグルーヴちゃんが驚きの表情をする。
流石に知っていたか。
奥からはすぐに東条トレーナーがやってくる。マルゼンスキーもいる。
「なんの騒ぎだ! ……また貴様か!」
「その通りだ」
「今度はなんだ! 何が不満だ! 何をたくらんでいる!」
「たくらんでいるとも。マルゼンスキー、へいパス!」
「きゃ! ……ルドルフ、ラックちゃんを怒らせたの?」
「い、いや、その……」
マルゼンスキーにルドルフを投げ渡す。
ルドルフはなるべく顔を見せないように俯く。
この野郎、無駄な抵抗を。
僕はルドルフの顔を掴んで、東条トレーナーとマルゼンスキーによく見えるようにする。
「こいつ、休みの日も生徒会の仕事してるぞ、どうなってんだ!」
そう言うと、ルドルフはバツが悪そうにして、マルゼンスキーは頬を膨らませてルドルフを睨んだ。
東条トレーナーは顔を引きつらせて、エアグルーヴは何が何だかわからないという顔をする。
「ルドルフ……私は休むように言ったはずだが?」
「いや、もちろん休んでいますトレーナー」
「休みとは、体の疲労を抜いて精神を安定させることを言うんだが?」
「……いや、これは……」
東条トレーナーにお説教されるルドルフ。
それが終わらないうちにマルゼンスキーが言う。
「ルドルフ、生徒会の仕事もほどほどにしなさいって言ったわよね?」
「違うんだ、これは……」
「じゃあ、どうしてそんなに隈を作っているの?」
そう問うとルドルフはがっくしと肩を落とした。
「諦めろルドルフ。どっちにしろ体調不良は治せ。クラシックでこんなことだったらシービーには勝てねえぞ。マルゼンスキーにも俺にもだ」
「……しかし、仕事があることも事実だ。私は休まなくてもクラシックは取れる。そういう風に鍛えるように提案したのは君たちじゃないか」
パンと僕はルドルフの頬を軽く叩いた。
「シービーは……そんなことのために言ったんじゃねえ! そんなことのために東条トレーナーはお前を鍛えたんじゃねえ! 俺は、そんな腑抜けたお前に勝つために戻ってきたわけじゃねえぞ!」
そう言うと、ルドルフはびっくりした顔をする。
「今年のジャパンカップ。俺はそこに出て優勝する。お前も出ろ、ルドルフ。三冠を取って、無敗でそこまで来い。その称号を俺がぶんどってやる。いいな?」
「……だが……」
それでもルドルフは生徒会のことを気にしているようだった。
エアグルーヴちゃんがいるのと、シンザン会長のためなのかもしれない。
だから、僕は高らかに宣言する。
「お前が治るまで、生徒会は俺のものだ! 俺が生徒会をジャックする! このエアグルーヴももらっていく!」
「は!?」
「もちろん、私物化する! 好き勝手やらせてもらうぞ! それが嫌だったらさっさと治すんだな!」
「何を言っている!? ま、マルゼンスキーもトレーナーも止めてくれ!」
ルドルフはそう言って二人を振り向くが、二人は首を振った。
「ルドルフ、私は生徒会よりもあなたと全力で走ることを望むわ?」
「……いささか業腹だが、ルドルフ、お前がブラックトレイターを生徒会に推薦したいと言っていたんだ。私はその言葉を信頼することにする」
東条トレーナーがそう言ったのは意外だったが、結局そうなることになった。
僕はルドルフに耳打ちをする。
「これが終わっても、手伝うからね。わかった?」
「……わかったよ。私とて、どうにかしたいとは……思っていたんだからな」
「いい子だ」
僕はルドルフの頭を撫でて退出することにした。
きっと、ルドルフには東条トレーナーのお説教が待っているだろうから。
さて、とはいえこれからどうしようかと考える。
勢いでやったので、考えないといけないことがたくさんある。
「お、おい、どういうことだ!? 私はどうすればいいのだ!?」
「あーうん、そうだよな?」
一緒に出てきたエアグルーヴちゃんは未だに困惑している。
生徒会を手伝ってくれと先行入学したのに生徒会長が仮とはいえ変わるのだから。
「エアグルーヴ、これからは俺が生徒会長を務めることになる。最長で……2ヶ月。最短で2週間ほどだな」
「しかし、会長は……」
「ルドルフは体調不良で欠席だ。……で、いきなりで悪いが、仕事はどこまで教わった?」
「やり方は全て教わったが……」
「よし、いい子だ。それを俺に教えてくれ」
「ま、待て待て、待ってくれ。その前に説明をしてくれ。私は何が何だかわからないんだ……」
頭痛がするのか、エアグルーヴちゃんは頭を抑える。
「そうだな、まず挨拶だ。初めましてエアグルーヴ。俺の名前はブラックトレイターだ。知ってるか?」
「……お前を知らないウマ娘はいないだろう。あの悪名高いブラックトレイターならな」
「そいつは結構! で、説明だが……説明することはほとんどない! 生徒会は今、俺とお前だけだ。だから、俺とお前だけで学園を回す。わかったな?」
「……どうしてお前がそんなことをする。悪名高きブラックトレイターなんだろう?」
「その前に。お前はルドルフをどう思う?」
「生徒会長を? ……そうだな、正直、憧れだ。同時にあの人を知りたいと思う。あの傑物であるシンボリルドルフを知るために私は誘いに乗ったのだからな」
エアグルーヴちゃんはまっすぐそう言う。
それは信仰の目ではない。ちゃんとルドルフを見ようとしている目だ。
「次にお前、口は堅いか?」
「は? ……別に何かを言いふらすような口をしているわけではないが」
「じゃあ、いっか。改めて自己紹介しよっか。僕の名前はブラックトレイター。シンボリルドルフとかミスターシービーとかマルゼンスキーとか……ダイナカールちゃんとかの友だちって覚えておいてくれればいいから。これからよろしくね」
そう言うとエアグルーヴちゃんは目を丸くする。
「な……! 貴様、猫を被っていたのか!?」
「あはは、逆じゃない? ……とも言い切れないか。問題児な自覚はあるし」
「……どういうことか、説明をしてくれるんだろうな?」
「いいよ。僕の目標はトゥインクルシリーズを盛り上げること。そして、すべてのウマ娘がそれを誇りに思えるようにすることかな。語弊を恐れずに言うと。そのために必要なのは悪役だと思ったからエアグルーヴちゃんが知っているようなことをしてたんだ」
「……だからと言って、あれは……」
「去年のクラシックは盛り上がったでしょ?」
そう言って笑うと、エアグルーヴちゃんはこめかみに手を当てて頭痛を我慢するような仕草をした。
「で、ルドルフとは友達なんだけど、ルドルフってなまじ何でもできちゃうから一人で全部やろうとしちゃうんだよね。……まさか、マルゼンスキーにもシービーにも頼ってないとは思わなかったけど」
「……私が負担になっていたのか」
「え? いや? 負担を減らすためにエアグルーヴちゃんを呼んだからね。むしろ、ルドルフが唯一頼っていたウマ娘だよ」
「そうか……良かった」
「で、ルドルフは大事な時期だからちょっと強引だけど休んでもらうことにしたの。事後承諾になっちゃうけど、エアグルーヴちゃんには手伝ってもらいたい。まあ、無理にとは言わないよ」
「いや、そういうことなら手伝おう。よろしく、ブラックトレイター」
「ラックって呼ばれてるんだ。そっちで呼んでくれると嬉しいな」
「わかった。では、私はグルーヴと」
「よろしくグルーヴちゃん」
「ああ。……ところで、敬語に戻した方がいいか?」
「え? いや、外だと僕は口悪いからいいよ。その僕は尊敬されない存在だからさ」
「……わかった」
生徒会長代理編です。
細かいことはまた次回。