糸口も見つからないまま4月が近づいてくる。
「そーいえば、ラックはアタシに勝てそう?」
生徒会で仕事をしているとシービーが世間話でもするようにそう聞いてきた。
実際、世間話だったのかもしれない。
「さあ」
「そっかー」
緩い空気が漂う。
それに困惑したのはグルーヴちゃんだった。
「その、二人はライバルなんだろう?」
「ライバルだね」
「全く持ってそう」
「……ライバルはそういうことを聞く間柄なのか?」
「え? どうだろ」
「今のところアタシの方が強いから確認したかったんだよね」
「……言われてるが、どうなんだラック?」
「それは確かに。シービーは今最強だ。たぶん、ルドルフも勝てないよ」
そういうと、グルーヴちゃんは少しむっとする。
グルーヴちゃんはルドルフが大好きなので、勝ってほしいようだ。
1年の違いがあるとはいえ、成長という点では本格化が早いルドルフは世代を超える実力があるのでなおさらなのだろう。
「あんまり遅いと置いてっちゃうよ?」
「待つ気を持ってからそういうことは言ってよね」
「あはは、バレた。アタシ、全速力で強くなってるからどんどん差が開くよ」
「ま、見ててよ。わかってきたんだ。コツが。4月には完成させるよ」
「ふうん、そうしたらアタシよりも強いの?」
「どーだろ。前人未踏……には先駆者が1人いるだけだから。でも、そうしないと勝てないことはわかってる。だから、先行っててよ」
「おっけー」
「あのレースを繰り広げた二人だとは思えない緩さだな……」
グルーヴちゃんは呆れたように言う。
僕は今、トレーニングをしていない。休むように言われたからだ。だが、軽く走らないと逆に体がおかしくなってしまいそうなので、許可をもらってランニングをしている。
そこでも、レッドさんの言っていることが少しだけわかってきていた。
「……会長は競い合う相手はいるのだろうか」
不意にグルーヴちゃんがポツリとそう零す。
僕とシービーは顔を見合わせて考える。
「同年代だと……いるのかな?」
「アタシが覚えている限り、確か……ルドルフと同じで無敗のビゼンニシキってウマ娘がいたはず」
「弥生賞でルドルフが勝ってたよ」
「あそっか。しかも皐月賞のレコード上回ってたんだっけ」
「そうそう。だから皐月賞はルドルフが優勢かな。それにビゼンニシキちゃんはたぶんマイル以下の距離が得意っぽかったからダービー以降は出るのかわかんないってトレーナーが言ってた」
「へーよく知ってるね」
「普通相手を知らなきゃレースで勝てないの。情報収集は基本です」
「でも、じゃあ同年代ではいないね」
「まあ、これから頑張る子がいるかもしれないけど、今のところはね」
「他世代はアタシとラックとマルゼンスキー……かな」
「シンザン会長いなくなっちゃったしね」
後は……と僕はグルーヴちゃんを見る。
その視線にグルーヴちゃんは身じろぎをする。
「な、なんだ?」
「グルーヴちゃんとか?」
「わ、私か? いや、しかし……」
「クラシックレースは一緒に走れないけど、それ以外では走れるよ」
「そうだが……実は私は会長にすでに負けているんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。……言いづらいことだが、私は会長に出会った時に勝負を挑んでな。もし勝ったなら私が入学した時に生徒会長の椅子を渡してもらおうと」
「あはは! 面白いね! どうだった?」
「もちろん、影も踏ませてもらえなかったよ」
「そうなんだ。じゃあ、雪辱を果たさないとね」
「それは……」
言いよどむグルーヴちゃんにため息を吐く。
グルーヴちゃんは自分の感情に気づいてないようだ。
「グルーヴちゃん」
「なんだ」
「想像してみてよ。あのシンボリルドルフとの勝負。大きな舞台……G1レースだ。そうだな、距離は2000mで天気は晴れ。ターフの状態も悪くない。自分の実力を十分以上に発揮できる。だけど、それはルドルフも同じ。最終コーナーで同時に直線に入って駆ける」
グルーヴちゃんはそれを黙って聞く。
困惑しつつもその情景を想像している。
だが、段々と真剣になっていく。
「さあ、駆け抜ける。勝つか負けるか、二つに一つ。君はどんな気持ちだ?」
「……負けたくないさ、もちろん」
「そうだね。じゃあこうだ。君は負けなかった。掲示板には君の番号が一番上にある。信じられない気持ちをどうにか呑み込み、息を整える。だけど、それは君だけじゃない。あたりを見渡せば、同じように掲示板を見上げるルドルフの後ろ姿が見える。さあ、君は声をかける。シンボリルドルフは君に振り返る……」
そこでパンと手を叩く。
びくっと肩を揺らすグルーヴちゃん。
「ルドルフはどんな顔をしていると思う?」
「それは……」
「悔しくて泣くのか、君を称えるために笑うのか、戦績に傷をつけたことに怒るのか。……それとも自分を負かしたライバルの登場を喜ぶのか。だけど、そんなことは想像でしかない。グルーヴちゃん」
「……」
「――見たくない? その時のルドルフが、どんな顔をしているのか」
「……見たい。あの、皇帝を負かした時の顔を、私は見たい」
「でしょ? 僕もだ」
眉間にしわを寄せてグルーヴちゃんは低い声で言う。
抑えられない激情を湛えた表情だ。
きっと、グルーヴちゃんはルドルフに憧れている。だからこそ、勝ってみたいのだ。
僕たちがそうだったように。
それを噛みしめるようにしてグルーヴちゃんはため息を吐く。
「……乗せられたようだな」
「いや? グルーヴちゃんがルドルフに憧れてるだけだったらこんな結論に至らないでしょ」
「そうだな。私は会長に勝ってみたいようだ」
「ルドルフの世代はルドルフを絶対視しているから、きっとそうじゃないグルーヴちゃんは可愛がってくれるよ」
「ああ、その愛玩をあずかるとしよう。私が勝つ時まで」
僕はにっこりと笑う。
ルドルフはマルゼンスキーや僕がいなくなったとしても一人じゃないことが嬉しい。
でも、それならなおさらルドルフの問題を早めに解決したい。憂いなくレースに挑んでほしいからね。
「で、どうするのラック?」
「うーん、他の問題は大体片付いたんだけど、ルドルフはなー。本人がちょっとお堅いからなー」
「そうだねー」
「……いっそ意見箱を生徒会室前とかにするか」
「まあ、それは確かにあるね。そもそもルドルフの性格をもう少し知ってもらうには物理的に近づいてもらう必要があるしね」
そもそも、生徒会室は奥まった場所にあるので人気が全くないのだ。
なので生徒会室には人は来ない。
きっかけさえあればルドルフはすぐに慕われるようになるだろう。いや、すでに必要以上に慕われているのだが、印象は変わってくるはずだ。
それをどうにかできれば……と思ったところで、扉前に花が添えられていることに気づく。
「あれ? あの花は?」
「ああ、それは私が添えたんだ」
「グルーヴちゃんが? わざわざありがとう」
「いや、買ってきたわけじゃない。生徒会室の裏に花壇があってな。そこを整えるついでだ」
「え、花壇なんてあったっけ?」
「あったぞ」
シービーがカーテンを開けて窓の外を見る。
そして、目を瞬かせた後に少し笑った。
「どしたの?」
「いや、ここに来るきっかけだったらもう心配なさそう」
「え?」
僕も外を覗く。
すると、そこには綺麗に整えられた花壇とそこで談笑するウマ娘たちがいた。
僕は慌てて引っ込むが、シービーは気にせずに窓を開ける。
するとそれに気づいたウマ娘たちが慌てたように立つ。
「あ、ご、ごめんなさい。うるさかったですか?」
「ううん、全然。珍しいね、ここにいるのは」
「あ、私たち花が好きで、最近ここが綺麗になってて、よく見に来るんです。迷惑……でしたか?」
「いいや? 良かったら他の人も誘って見においで。その花壇の面倒を見ている子も喜ぶよ」
「やった、ありがとうございます。お花たちがあんまり綺麗に整えられているからきっと花壇の面倒を見てくれている人は本当にお花が好きなんだろうって話し合ってたところなんです」
「そっか。そうだ、良かったら暇な時に生徒会に来るといいよ。その子は生徒会にいるから」
「え? シンボリルドルフ会長ですか?」
「ううん。というか、紹介しよっか」
シービーはグルーヴちゃんに手招きをする。
グルーヴちゃんは控えめに顔を出す。
「エアグルーヴです、勝手ながら花壇の世話をしていました」
「そうなの。すごく見事な花壇だわ。また来てもいいかしら」
「もちろんです。もし生徒会に来てくださるのであればお茶を出しますよ」
「本当? ありがとう。実は生徒会室の近くはそれだけで緊張したのだけど、あなたがいてくれるなら大丈夫そうだわ」
「そうですか、それは何よりです」
グルーヴちゃんは微笑む。
確かに、これならきっかけは心配なさそうだ。
その生徒たちを見送った後に僕は花壇を眺める。
「グルーヴちゃんがいるなら生徒会は問題なさそうだね」
「……花壇を整えただけでそう言われるのはむず痒いな」
「それがルドルフの悩みを解決するきっかけになりそうなんだから、十分以上だよ。それにほら、素人目からしてもこの花壇は綺麗だ」
そう言うとグルーヴちゃんは照れたようにそっぽを向いた。
それから数日も経たないうちに生徒会裏の花壇の噂は広まっていった。
ルドルフの問題は僕やシービーじゃ解決できなかった。
ルドルフの人柄を知ってもらうというだけのミッションは失敗だった。
だけど、それはそもそもルドルフよりも人の寄り付かない僕や生徒会に属しているわけではないシービーが解決できるものではなかったのだ。
それをグルーヴちゃんは解決してくれる。
グルーヴちゃんの人柄はそれだけでルドルフの助けになりそうだ。
……生徒会に人が遊びに来るようになったので僕は変装する羽目になったが。
まあ、すぐルドルフは帰ってくるだろうし、良しとしよう!