ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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I want to dance with you again

「くそう、これじゃルドルフのこと怒れないぞ……」

「眠そうだな。大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。合間合間に仮眠は取れるし、感謝祭が終わったら生徒会の仕事の大部分が終わりだから。それに調子を落とすようなことはしないよ」

「頼むから倒れてくれるなよ?」

「もちろん」

 

感謝祭当日、僕は自分の仕事をしていた。

ちゃんと開催にこぎ着け、準備も入念にしたのでレースなどのイベント関係は大丈夫だ。

校内放送などのスピーチは用意してあるし、読み上げるだけ。

なんとかなりそうだった。

後の大きな仕事は閉会式の挨拶と取り締まりくらいだ。

そこはグルーヴちゃんが意欲的に働いてくれるし、風紀委員や美化委員は「シンボリルドルフ会長がいない今学園を支えられるのは私たちだけだ!」と盛り上がってくれている。

見てるかルドルフー! お前の存在はお前がいなくても学園を支えているぞ!

 

今回、ルドルフは一生徒として感謝祭に参加している。

せっかくの感謝祭だっていうのに参加できませんは流石に可哀想だ。だから、裏方の仕事をしていることにして、生徒会長はプライベートの事情で離席中ということにしてある。

仕事はやらせないけど。

僕が仕事をしているところをチラチラと『大変そうなら手伝おうか?』みたいな視線で見てきたけど、全部無視。

 

ちなみに、生徒会の仕事をトレーナーも手伝ってくれている。

生徒会室には寄り付かないが、それでも僕よりも仕事量をこなしている。

やらなくてもいいと言ったのだが、「俺の目標のためだ」とだけ言った。

……生徒会の仕事とトレーナーの目標がどう繋がるのかはわからないけど、トレーナーが言うならそうなんだろう。

 

さて、とはいえ僕はブラックトレイターとして活動するのは良くない。

なのでホワイトローヤルとして活動している。この姿の評判は悪くない。生徒会に来るお姉さま方に可愛がってもらっている。とはいえ、流石にブラックトレイターとホワイトローヤルを行き来していたらぼろが出そうなので、ホワイトローヤルの時は去年もつけていた仮面をつけている。

そんな僕は、見回りついでに色々と情報収集をしている。

 

「こんにちは」

「あら、こんにちは」

「何か問題はありますか?」

「いいえ、ありがとう。ああ、でも、人だかりができていたところはあったわね」

「そうですか、そこは?」

「……確か、リギルの部屋の近くだったかしら」

「リギル? ……なるほど、行ってみますね。ありがとうございました」

「ええ、頑張ってね」

「はい。行こうか、グルーヴちゃん」

「ああ」

 

僕たちは急いでリギルに行く。

 

「しかし、会長がいるのだろう? どうしてそんなことに?」

「……ルドルフがいるからだろうね」

「会長がいるから? どういうことだ?」

「行けばわかるよ」

 

そこには確かに廊下を埋め尽くすほどの人だかりがあった。

ここを通るのは苦労しそうだ。

僕は身なりを整えて……逆か。少し崩して、声を上げる。

僕は変身ヒーローか何かか?

 

「おい、何が起こってる! 道を開けろ!」

 

そこに居た人たちはぎょっとした目で僕を見る。

そして海を割る聖人のように道が開かれる。

その先はリギルだった。

 

リギルは男装喫茶をしている。

なんでも、それが伝統だそうで。

その中を覗く。

そこには男装をしているルドルフがいた。

 

キャー! ルドルフー! かっこいいー!

 

「おや、次のお客様は生徒会長様かな?」

 

そう言って、僕の顎を持ち上げる。

やだ、かっこよすぎ……。

そうですと言いそうになる衝動を抑えて取り繕う。

 

「2年前に一度言ったが、給仕にだったら正式に雇ってもいいぜ」

「おっと、それはできないな。私には私を待っているご主人様が大勢いるのでね」

「そうかい」

 

なんでもない。

ただ、このリギルが人気過ぎるだけだ。

ルドルフの姿を一目見たい人たちも多いのだろう。

しかし、問題がないからこそ問題。

この人だかりはどうにかしないといけない。

とりあえず列を整えることにする。

 

「おい、廊下にいるやつらは壁際にならべ。じゃないとつまみ出すぞ」

 

そういうとお客さんたちは壁際に並ぶ。

だが、そもそも列ができてなかったので、誰が先かという言い争いが起こり始めていた。

私は先にいた! いや、私だ! 違う、俺だ! と。

この野郎ども、いい度胸だ。

 

「おい、いいか! てめえが先だ。次はお前、その次はお前だ。わかったな」

「でも、私が先に並んで……」

「おい、俺が言ったんだ。誰が先に来たのかなんて関係ねえ。俺は生徒会長だ。生徒でもねえやつらを出禁にするのなんて、簡単だぞ。わかったな? 返事ははいだ」

 

そういうと、黙って並び始めた。

こういう時はブラックトレイターというキャラは便利だ。

横暴でも許される……わけではないが、立場も相まって従わざるを得ない。

 

だが、列になっても人だかりが消えるわけじゃない。

回転率を上げないといけない。

 

「おい、シンボリルドルフ」

「何かな?」

「回転率を上げろ」

「……少し難しいな。こちらもこう見えて手いっぱいだ。今は一番手薄な時間でな……」

 

人数が足りないか。

仕方ない。

 

「エアグルーヴ」

「なんだ?」

「俺たちは今からリギルだ」

「は?」

「ここを手伝う。おい、シフトはいつまでが手薄だ?」

「あと……30分くらいだな」

「よし、そこまでならいいだろう」

 

僕は問題があったので30分ほど席を外すということを全体に連絡する。

そして、リギルの更衣室にグルーヴちゃんを引っ張り込む。

 

「お、おい! どうするんだ!? バレたら問題だぞ!?」

「大丈夫、昔リギルの練習に紛れ込んだこともあるし何度もここには忍び込んでるから!」

「何も大丈夫じゃないが!?」

「とにかく、はい、これ。サイズは大丈夫だよね? それとも調理がいい?」

「……ええい、わかった。これも会長のためだ。……私は調理に回る。こう見えて料理は得意だ」

「わお、家庭的。尻に敷くタイプ?」

「黙って準備しろ!」

 

僕は執事服を着て、ホールに出る。

その姿を見てルドルフは目を丸くする。

そして、小声で話しかけてくる。

 

「驚いた、似合っているな。男性だった時期があるのか?」

「悪役のイメージは男だ。わかったな?」

「そうか、道理で。だが、リギルの評判を落とすなよ?」

「わかってるよ」

 

僕はお盆を持って、仕事にかかる。

 

「お待たせしました。おかえりなさいませ、お嬢様。こちらへどうぞ」

「は、はい。え?」

 

僕のことを見て戸惑っているようだ。

さっきのやり取りを見ていたので、僕がブラックトレイターだとわかっているのだろう。

僕は優雅な仕草でお客さんの耳元で囁く。

 

「さっさとしないとお仕置きですよ」

「は、はい!」

「よろしい。ではこちらへ」

 

荷物を預かり、コートを脱がす。

そして、注文を取る。

 

「じゃあ、この『一口あーん付きのチョコパフェ』を」

「……かしこまりました」

 

なんてものをメニューにしているのだ、この店は。

ああもう、忙しくてメニューの精査なんてできてない僕の責任ですよ!

僕は小声でメニューを作ってくれたウマ娘に聞く。

 

「この『一口あーん付きのチョコパフェ』ってのは誰があーんするんだ!?」

「それは運んだ人が……」

「じゃあ、俺か!?」

「そうです……」

「くそ! 東条トレーナーはなにやってるんだ!」

「これはマルゼンスキー先輩が……」

「あいつあとで覚えてろ!」

 

僕はメニューを運ぶ。

そして、少し混ぜてチョコとクリームが食べられるように掬う。

 

「お待たせしました、お嬢様。さあ、どうぞ。あーん」

「あ、あーん」

 

僕はその口に慎重に運ぶ。

零したりしたらとんでもないことになる。

だが、その口端にはチョコが付いてしまった。

ぐぬぬ……。

 

「お嬢様。失礼します、こちらをお向きください」

「え?」

 

僕は持っていたナプキンでその口を丁寧に拭う。

 

「いい子だ。ごゆっくりどうぞ」

「は、はい……」

 

僕はお客さんが赤くなるのを横目に次のお客さんに取り掛かる。

さっさと終わらしたい!

真顔でこれができるルドルフはおかしい!

 

それからどんどんと来る客をなんとかさばいていく。

ええい、僕はこんなことをするために演技力を磨いたんじゃないぞ!

だが、その甲斐もあって回転率は上がり、お客さんも比較的まばらになっていく。

 

――そのお客さんが来たのは残り5分を切ってからだった。

制服を着たシービーに連れられてきたのは、本物のお嬢様だった。

 

「やっほー、お嬢様を連れて来たよラック」

「! おかえりなさいませ、シービーお嬢様、モンスニーお嬢様」

「ええ、ただいま帰りましたわ、ラック」

「シービー様も、エスコートはお任せください」

「はーい! ルドルフー! きたよー!」

「これは元気なお嬢様だ、こちらへどうぞ」

 

僕はモンスニーちゃんのエスコートをする。

だが、案内しようとした瞬間、モンスニーちゃんは転びそうになってしまう。

僕は咄嗟にそれを支える。

やはり足はまだ……。

だが、モンスニーちゃんはクスクスと笑った。

 

「あら、ごめんなさい。また、助けられちゃいましたわね」

「……お嬢様は、ちゃんと立ってもらわないと困ります」

「そう? そうかもね。でも、こういうの悪くないですわ」

 

今度は転ばないように手を引いて誘導する。

その時にルドルフが声をかけてくる。

 

「ありがとう、十分に働いてくれた。後は席で休むといい」

「いいの?」

「もちろん。だが、彼女は君の最後のお客さんだよ」

「ありがとう。わかってるよ」

 

とりあえず、僕は注文をとることにする。

 

「ご注文はいかがいたしましょう」

「そうですわね。じゃあ、この『一口あーん付きのチョコパフェ』を」

「……かしこまりました」

 

苦々しい顔をして見ると、モンスニーちゃんはにっこりと綺麗に笑った。

くそう、可愛いな。

 

運び、なるべく気を付けてパフェを置く。

モンスニーちゃんは本物のお嬢様だ。

僕のアマチュアな所作など可愛いものだろう。

実際に微笑みながら僕を見ている。

 

「失礼します、はい、あーん」

「あーん。ん、美味しいですわね。マックイーンが好きそう」

「ありがたき幸せです」

「ふふ、さあ座って。もう口調も戻してもいいですわよ?」

「……悪いが、今はこっちだからな」

「もちろん。まさか、執事になってるとは思いませんでしたけど」

「人を回せてないリギルが悪い」

「あらあら」

 

騒がしい部屋なので会話を聞かれることはないと思うが一応演技は続けることにした。

モンスニーちゃんは優雅にパフェをパクパクと食べる。

食べる姿も様になるからずるいよな。

 

「モンスニー……足は?」

「大丈夫……とは言いませんわ。だけど、来年の天皇賞春には出て見せます。だから、あなたも出てください」

「……ま、いいだろう。今年の春は出ないからな」

「春は……ということは?」

「秋ならわからん。わかってるのはジャパンカップに出ることだ」

「そうですか。応援していますわ」

「ああ、そうしろ」

 

しかし、とモンスニーちゃんは僕を案じるような顔をする。

 

「しかし、ずいぶんと心配しましたのよ? あんなにボロボロになって……」

「……悪かったよ。だが、心配するなら自分の心配をしてな」

「今日もボロボロだったらあなたを拉致するところでしたわ」

「……人のこと言えないが、拉致が選択肢に入ってくるやつらはどういうことなんだ……」

「あら、わたくし以外にもあなたを?」

「……忘れろ」

 

ふふ、と笑ったモンスニーちゃんはそういえば、と言う。

 

「そういえば、時間がかかりましたけど犯人を捕まえましたわ」

「は? 犯人?」

「あなたを轢いた犯人ですわ」

 

僕は思わずモンスニーちゃんを凝視した。

僕を轢いた犯人というと、あのホープフルSの後のやつ。

警察から連絡がなかったので、進展してないのだろうと思っていたが……。

あれ、なんでモンスニーちゃんが知ってるの?

……って捕まえた?

 

「つ、捕まえたって?」

「そのままの意味ですわ。メジロ家が総力をあげて探し出しました。証拠をそろえているので警察のお世話にさせますわ」

「な、なんで? あ、メジロ家も被害があったとか?」

「いいえ。あなたが再び害されてしまうかもしれませんもの。絶対に許しませんわ」

 

お嬢様の笑顔こわっ!

 

「そ、その、ありがとう?」

「ええ」

「その犯人はどこにいたの……?」

「国外にいました。元々仕事で外国へ行く予定だったようですが、その直前に事件を起こしたようで。それで捕まえるのに手間取りました」

「ってことはただの事故?」

「……調べたところ、事故ではなく故意のようですので罪は重くなりそうですわ」

「そうなの? ……いや、そうなのか? あの時はルドルフと歩いていたが、どっちを狙ったんだ?」

「どうやら、どちらもというのが正しいようですね。……その男はあまり勝ててないウマ娘のファンだったらしく、強いウマ娘に逆恨みをしていたそうです。それで仕事のストレスも相まって衝動的に、ということらしいですわ」

「そう、か……」

 

それなら捕まって本当に良かった。

つまり、有力なウマ娘……特にシービーも狙われる可能性があったということだ。

 

「ありがとう、モンスニー」

「当然のことです。むしろ、こんなことしかできずに不甲斐ないですわ」

「いや、モンスニーがいなかったらもっと時間がかかったろう。きっと、ルドルフも安心できなかったはずだ」

「こんな時まで他人の心配ですか? 被害者はあなたですのよ?」

「あ、ああいや、お、俺も安心できた。うん。ありがとう」

「全くもう」

 

ちょっと目が吊り上がったモンスニーちゃんにどうにか取り繕う。

 

そして、それからモンスニーちゃんは長居をしていられませんからと帰って行った。

その間シービーはルドルフとイチャコラしたり、何故か執事服を着て接客をしていたりした。

お客さんは増えた。

余計なことを……!

だが、シフトの子も来るようになって、並ぶ人も減ったので僕はお役御免ということになった。

 

 

 

グルーヴちゃんと共に見回りを再開する。

 

「ごめんね、グルーヴちゃん」

「ん? 何がだ?」

「いや、お客さんとして行きたかったでしょ」

「ふん、そんなことか。もとより生徒会としてここにいるんだ。気にしていないさ」

「そっか。真面目だね」

「そうでもない。リギルの雰囲気を見れたからな。入学後に入るかどうかを見ると言う意味もあった」

「あはは、大切だ」

 

さて、歩いて回っているが、大きな問題もない。

そろそろ次のスケジュールに移ろう。

 

「そろそろレースの方に行こっか」

「ああ、そうだな」

 

次のスケジュールはレースイベントを見ることだ。

監督役はトレーナーたちがしているが、そこを欠席が出た場合などに補充をしないといけない。大体が風紀委員が出ることになるのだが、風紀委員も無限にいるわけではない。

僕たちの担当もあるのだ。

ターフ横のパイプテントに向かう。

 

ちなみに、今年は特設レース場を作って自転車競技の方々とウマ娘が走るレースも開催した。

ヒトVSウマ娘は面白いぐらいに白熱した。

特に協力してくれた中野さんは鬼のように強かった。ウマ娘で言えばシンザン会長くらい強かった。

もしかしたら来年もやるかもしれないな。

 

テントに入ると風紀委員の子が仕事をしてくれていた。

 

「せ、生徒会長代理、お疲れ様です」

「おう。順調か?」

「はい、今のところは」

「そうか。次のレースはなんだ?」

「ジュニア級のレースですね」

「ふうん。出走表見せろ」

「はい」

 

出走表を見ると、面白い対戦があった。

タマモちゃんとゴールドシチーちゃんが対戦するレースだ。

 

タマモちゃんは去年の走りを見る限り追い込みか差しが得意なのだろう。ゴールドシチーちゃんはわからないが、ここに入学できるくらいだ。何かしらの強みがあるはずだ。

というか二人とも入学してすぐなのに頑張るなぁ。

 

僕はテントに入ろうと……思ったが、僕がいると他の人が仕事どころではなくなってしまうだろう。

グルーヴちゃんに任せることにした。

 

「グルーヴ、ここはお前に任せる。インカムは付けておけ」

「そっちはどうするんだ?」

「サボりだ」

「ちっ、行ってこい」

「そうさせてもらおう」

 

グルーヴちゃんはおおよその事情を把握してくれて、頷いてくれる。

なんていい子なんだ……。

とはいえ、本当にサボるわけじゃない。

ここら辺を歩いて見守ろう。

 

レースは順調に進んでいく。

今年は実力のあるウマ娘ばっかりが入学した。

クラシックやティアラがどうなるのかはわからないが、もしかしたら3年連続……ということもありえなくはない。

特に僕が期待しているのはタマモちゃんだ。

前世ではどういう戦績をしていたのかを覚えているわけではないが、あの末脚はとんでもないものだ。

調子さえよければ可能性は十分以上にある。

だから、このジュニアレースにも期待していた。

 

だが、レース直前のタマモちゃんを見ておやと思う。

 

「……あの葦毛の子、緊張してるなぁ」

「そうだな、掛からないといいけど……」

 

そんな会話が聞こえてくる。

タマモちゃんは明らかに気負っていた。

闘志というのは十分だが、それが逆効果になっているようだった。

ここでスカウトするウマ娘を探すというトレーナーもいるので頑張ってほしいところだが……。

 

レースが始まる。

だが、やはりというか、タマモちゃんは掛かってしまっていた。

 

「あれ、あの子って」

「ああ、ゴールドシチーじゃないか? 本当に入学してたのか」

「モデルは辞めたのか?」

「辞めるわけないだろ。……でも、シチーも掛かってるなぁ」

 

タマモちゃんもゴールドシチーちゃんも掛かってしまっているようだ。

結局、勝ったのは最初から先頭を走っていた子だった。

二人は苦々しい顔で帰って行った。

 

「来年のクラシックは荒れそうだなぁ」

 

僕は一人そう呟いた。

その時につけていたインカムに連絡が入る。

 

『ラック、悪いが欠場だ』

「オーケー、どこかな?」

『シニア級だ。行ってくれないか?』

「いいよ、いつのレース?」

『第四レースだ』

「第四レース第四レース……あ、まじ?」

『ああ、よろしく頼むぞ』

「りょーかい」

 

僕はインカムの通信を切って、ため息を吐く。

ちゃんと調整したかったんだけどな……。

 

第四レース。

そこにはマルゼンスキーの名前が載っていた。

距離は2400m。もちろん、芝。

登りと下りはなしの平坦コースだ。

 

更衣室へ行くとマルゼンスキーがいた。

 

「あら、なにか問題?」

「ああ、問題だ」

「どうしたの? 手伝えること?」

「まさか、公式レースじゃないレースでお前を倒すことになるとはな」

 

そう言うとマルゼンスキーは驚いたように目を開いて、笑った。

 

「リベンジマッチね!」

「バカ言え、俺がリベンジだ」

 

シンザン記念以来だ。

実に2年振りくらいにマルゼンスキーと全力で走る。

前回は罠で仕留めたようなものだ。そうじゃなきゃ僕は……僕らは負けていた。

 

「全く、欠場はお前の所為か」

「あー、そうかも?」

「感謝しろよ」

「ええ、ありがとうラックちゃん」

「違う」

「え?」

「その欠場したやつにだ。俺のいないレースは退屈だろう?」

「ぷ、あははは! もう! そうねって言っちゃったらもっと欠場がでちゃうわ!」

 

体操着に着替えた僕たちはターフに出る。

その瞬間、感謝祭のレースとは思えない歓声が聞こえてくる。

 

『さあ、マイルの怪物マルゼンスキーの入場です! 最強のダービーウマ娘と名高いマルゼンスキーはこの長距離をどう攻略するのか! え? 欠場? ……失礼しました。選手交代のお知らせです。ドカドカに代わりまして……え、ブラックトレイター? ぶ、ブラックトレイターです!』

 

そうアナウンスが告げると歓声は困惑に変わる。

そして、事態を呑み込んだアナウンサーが興奮したように言う。

 

『まさか、まさかここに来てダービーウマ娘の激突です! このカードは実に2年弱振り! シンザン記念以来です! 数多の心を折り続けた二人、最強の怪物と復活の魔王のレースはどうなってしまうのでしょうか!』

 

そのアナウンスによってマルゼンスキーへの声援は勢いを増す。

どうやらシンザン記念のことを知っているようだった。

 

「困っちゃうわ、あなたとのレースってこんなにドキドキしちゃうんだもの」

「緊張なんかしなくていい。どうせ勝つのは俺だ」

 

そういう僕も高揚していた。

あのマルゼンスキーとの勝負だ。

最強の逃げウマとの勝負、ドキドキしないわけがない。

それに僕の今の力がどれだけ通用するのかを確かめたい。

その相手にマルゼンスキーなんて最高じゃないか。

 

ゲートインが開始される。

僕は内枠、マルゼンスキーは外枠だ。

僕が有利だ。

 

だが、当たり前だがマルゼンスキーも強くなっている。

勝負はスタートだ。

 

『さあ、態勢整いました。――今、スタートです!』

 

僕は好スタートを決める。

スタートだけなら、僕はマルゼンスキーより速い。

 

「――っ! 流石ね!」

「抜いてみな!」

 

僕の斜め後方にマルゼンスキーが陣取る。

前は譲らない。

先頭にいる方がラップ走法が容易だからだ。

しかし、だからこそマルゼンスキーは先頭を取りに来る。

 

僕は等速ストライドでそれに適応していく。

同時に頭でラップの更新をしていく。

今までは開始前にハロン毎の時間を決めていた。

しかし、等速ストライドではそれができない。

その場に適応したフォームで走ることになるからだ。

もちろん、ラップはバラバラになる。

だから、走りながら計算を調整しないといけない。

本当に賢さトレーニングを怠らなくてよかった。

 

『速い速い! まるで二人旅! すでに半分を越えた二人は未だに先頭争いをしています! 追うマルゼンスキー! 譲らないブラックトレイター!』

 

「くっ! きついわね……!」

「スタミナは十分か、マルゼンスキー!」

「言ってくれるじゃない!」

 

直線だ。

直線が一番怖い。

並ばれると純粋なスピード勝負になるからだ。

まさか、シンザン記念と同じでマルゼンスキーにプレッシャーをかけて戦わないといけないとは。

 

だが、マルゼンスキーも黙ってそれを受け入れるわけじゃない。

不意にガチンと音が聞こえた。

ように思えた。

それは幻聴だった。

しかし、同時にマルゼンスキーの領域だった。

 

マルゼンスキーの速度が上がる。

まるで、ギアが変わったようだ。

 

「っ、おんなじようなことをしてくるな!」

「ギア、温まってきたわよ!」

 

先頭を譲らない。

再びマルゼンスキーはギアを上げる。

だが、コーナーでは抜かせないはずだ!

 

そして、先頭は僕の領域だ。

 

『最終コーナーを曲がって正面スタンド前にやってきます! 怪物と魔王のデッドヒート! どちらも譲らない! 横一直線! 残り200m!』

 

「おおおおおおおおおお!!」

「はあああああああああ!!」

 

とんでもない速度だ。

マルゼンスキーも、僕も。

だが、譲れない。

 

そこで僕はふと思い出した。

……そういえば、あのメニューを考えたのはマルゼンスキーだったな。

絶対に負けてやるもんか!

 

僕は気合で加速する。

そして、勝敗を分けた要因もまた、シンザン記念と同じものだった。

 

『今、ゴールイン! 勝ったのはブラックトレイター! 最終直線の競り合いを制してエクストラレースの勝利をもぎ取りました!』

 

「あ、あーもう! くっやしいわねぇ!」

「こっちの、セリフだ……お前と走るといつも根性勝負になる……!」

「あっははは! 強くなったわね、ラックちゃん。アタシの負けよ」

「ふざけんな、本気だったが全力じゃなかったろ」

「あなたもでしょ? だから私の負け」

「……ふん、受け取っておいてやるさ」

 

きつい。

体も頭もオーバーヒートしそうだ。

 

僕のリベンジマッチは果たされた。

……だけど、もう200m短かったら負けてたのは僕だったな。

本当に僕の得意距離でよかった。

いや、得意距離でもこれが公式レースだったら負けていただろうな。きっと全力を出すだろうから。

だけど、マルゼンスキーと競えるだけの実力はついてきている。もっと等速ストライドの完成度を高めよう。

 

そう結論付けた僕は帰ろうとして退場口の近くに憤怒の表情をしているシービーを発見した。

 

「ラック――!! なんでアタシ抜きで楽しいことしてんの――!!!!」

 

僕は帰る意欲がなくなり、その場に立ち尽くした。

シービーをなだめるのには苦労したことをここに記しておく。

 

こうして今年の感謝祭は過ぎ去っていった。

 

 

 

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