僕は決心した。
マルゼンスキー先輩をダービーに出したい。
いつかではなく、今やりたいのだ。
「トレーナー!」
「……なんだ」
「URAをぶっ壊そう!」
「政党でも立てる気か」
しかし、トレーナーの顔はすごく不機嫌だ。
どうしたというのだろう?
「トレーナー?」
「……なんだ」
「どうかした?」
「……どうも」
「何かあった?」
「……なにも」
すごくむっつりしている。
え、僕何かしたっけ。
短い付き合いだが、このトレーナーは口下手だと言うことを知っている。
加えて話すべきか否かを悩んだら、黙る癖がある。
そして、話すのを待つと思いなおして話してくれる。
「……お前は」
「僕は?」
「リギルには入らないんだろう?」
「え、この前その話したよね?」
「ああ。覚えている」
「リギルの勧誘は受けてないし、試験も受けてないからそもそも入れないよ」
「もし、勧誘が来たら受けるのか?」
「いや、リギルよりトレーナーがいいけど、なんで?」
「お前が……リギルの練習に紛れ込んだと聞いた」
「あ」
それはそうだ。
専属担当のウマ娘が他のチームの練習をしているなんて、気が気じゃないだろう。
あれ、僕ってもしかして専属になってからトレーナーに迷惑……というか、心労かけまくってる?
「ごめんトレーナー」
「何故謝る」
「あ、いや、違うんだ。リギルに入りたかったから練習に潜り込んだんじゃないんだ」
「それならなぜだ?」
「マルゼンスキー先輩のことが気になったんだ。ダービーに出たいのかどうか」
「それなら普通に聞けばいいだろう」
「そうなんだけど、リギルでの様子も見たかったんだ」
「……それで?」
「ダービー……というより、やっぱり上のレースに出たいみたいなんだ」
「そうか。だが、どうにもならないことだ」
「なる! する!」
トレーナーは目頭を揉む。
「方法を聞こうか?」
「一緒に考えて!」
「どうにもならない」
「考えて!」
トレーナーは椅子に深く座る。
「そもそも、お前がどうこうする話じゃないだろう」
「ううん、僕がするべきことなんだ」
「何故だ?」
「僕の目標はそういう、窮屈なことを無くすことだからだ」
「……そうだったな。だが、仕方のないこともある。今、できなくても将来できるようになる……かもしれない」
「トレーナー。確かにそうだよ。僕もそう思った。だけど、それじゃマルゼンスキー先輩はダービーに出れない」
「残念なことだが、そうだな」
「トレーナーはURAにいる人を引きずりおろしたいんでしょ?」
「そういう、目標だ」
「いつやるの?」
「お前が強いウマ娘になって、実績を残した時だ。それを盾に引きずりおろす」
「じゃあ、僕はいつ強くなって、いつ実績を残せるの?」
「クラシック級には強くなるし、シニアの時には実績があるだろう」
「それで、それを盾にいつ引きずりおろすの?」
「それは、お前が……」
そこまで言ってトレーナーは黙る。
トレーナーに必要なのは実績ではなく、実績があるウマ娘だ。
「僕が、ドリームシリーズに進むって言わなきゃ頓挫する計画だよね」
「……その時は、他のウマ娘を育てるさ」
「僕よりも優良物件が見つかると思う?」
「……見つかる」
「それはいつだよ、トレーナー」
トレーナーは目を瞑って黙る。
「迷惑かけてすぐになじるようなこと言ってごめん、トレーナー。だけど、僕もやりたいことがある。きっと、それはトレーナーの計画のためにもなることだ」
そういうと、トレーナーは平坦な声を出す。
「お前は不器用だ。余計なことを見れば、お前の競争人生が、終わるんだぞ」
出てきた言葉は僕を案じるような言葉だった。
悪ぶっているが、トレーナーは本当の意味でトレーナーなのだろう。ウマ娘が大切で仕方ないんだ。
自分の目標と、僕の目標と、そして僕自身を天秤にかけて、僕を選んでくれた。
この人がトレーナーでよかったと思う。
「トレーナー。今、動かなきゃ、マルゼンスキー先輩の競争人生が終わるんだ」
その言葉にトレーナーは動きを止める。
マルゼンスキー先輩は絶望している。
ライバルがいない、それどころか、走る相手すらいない。トレーナーに恩を感じて外国にも行かない。いや、マルゼンスキー先輩はどこに行っても外国バだ。どこも同じだ。
マルゼンスキー先輩の競争人生が終わりかけているのは誇張でもなんでもない。
あのマルゼンスキー先輩がターフの上で終われないなんて、あんまりだ。
あんなに速いのに。
あんなに強いのに。
「お願いだ、トレーナー。走ってみてわかった。マルゼンスキー先輩は僕の競争人生にも必要なんだ」
長い沈黙の後にトレーナーはサングラスを取った。
「……俺は、俺は何もしない。やるなら勝手にやれ」
「……」
「そもそも、俺はその方法を知らないんだ。知ってるなら、おハナがやってる」
「おハナ?」
「リギルのトレーナーだ」
「ああ……」
「それをできるのはURAだけだ」
そこまで言ってトレーナーはまた黙った。
僕は待つ。
「……URAをどうにかできる方法を知っている可能性があるのは、理事長か……生徒会長だ」
生徒会長。
そのポストは生徒の枠には収まらない。
生徒会長になれるのは実力と、人気と、人格と、家柄が必要だ。
そして、それを兼ね備えていた人物が少し前に三冠を取った。
今はドリームシリーズに所属している。
その名も『シンザン』。
マルゼンスキー先輩がトゥインクルシリーズ最強のウマ娘なら、
シンザン生徒会長は日本最強のウマ娘だ。
僕は生徒会室と書かれた扉をノックする。
重厚で歴史を感じる扉はそれだけで雰囲気のあるものだった。
トレーナーに言われてから色々と調べた。
そして、僕なりに疑問に思ったことなどを洗い出してきた。もし、僕の考察があっているなら、生徒会長も動いてくれるかもしれない。
「ジュニア級のブラックトレイターです!」
『ふむ? 入りたまえ』
「失礼します!」
僕はばばーんと生徒会室に入る。
ゲートは入るのも出るのも得意なのだ。
コツは躊躇わないこと。
中は清潔で、いくつもの賞が並んでいる壁に観賞植物もあった。
奥の生徒会長と書かれたプレートがある机がある。
そこにいたのは鹿毛にひし形の星がついているウマ娘だった。体躯は大きくないと言うのに、その威圧感は立っているだけで感じるものだった。
「ジュニア級のブラックトレイターです!」
「ドリームシリーズのシンザンだ。それとも生徒会長のシンザンと言った方がいいかな?」
目の前にいるのは間違いなく、現存する伝説。
神の二つ名を持つウマ娘、シンザンだった。
「初めまして!」
「ああ、初めまして。どんなご用向きかな? サインが欲しいとか?」
「サイン欲しいです!」
「そうか」
そう言うと、色紙を取り出して、ササっとサインを書いてくれる。
しかもしっかりと『ブラックトレイターちゃんへ☆』と書いてくれた。
「うああああ、やったあああああ!! シービーに自慢しよ!」
「私はいいんだけどな? 本当に用はそれだったのか?」
あ、違う違う。
シンザン生徒会長は苦笑している。
気を引き締めなければ。
「実はシンザン生徒会長に聞きたいことがあって来ました」
「ほう、聞きたいこと。私の三冠を取った時のことかな?」
「あ、それ聞きた……ではないのです!!」
危ない。
このウマ娘、危険だ。
すぐにペースに巻き込まれてしまう。
その証拠にはっはっはと心底おかしそうに笑っている。
「すまないすまない。フレンドリーに接してくれるウマ娘はいなくてね。それで、聞きたいこととは?」
「マルゼンスキー先輩をご存知ですか?」
「知っているとも。強いウマ娘ではなく、在籍しているウマ娘は全員知っている」
それはすごい。
「じゃあ、マルゼンスキー先輩が抱える問題もご存知ですか?」
「……そうだね、知っているとも。脚部不安も、競う相手がいないことも、レースに出れないことも」
「僕はそのレースに出れないという問題をどうにかしたいんです。どうにかできる方法を知りませんか?」
ふうん、とシンザン生徒会長は僕を見つめる。
威圧感が強くなる。
「どうして君はそれをどうにかしたいんだ? 問題を抱えているのはマルゼンスキーだけじゃないはずだ。君はマルゼンスキーと親しいと聞いていないし、君はリギル所属でもない。問題を抱えているウマ娘なんて星の数ほどいるんだ。どうしてマルゼンスキーなんだ?」
確かにそうだ。
マルゼンスキー先輩の問題をどうにかする前に解決すべき問題なんて山ほどある。
「君は『全てのウマ娘のために生まれてきた』と言ったそうじゃないか。それだけを解決しようとするのはエゴだと思わないか?」
シンザン生徒会長は淡々と言うだけ。
こちらを試す様子もない。
ただ、事実を言う。
だけど、そもそも、僕は別にそんな問答をしに来たわけじゃないんだ。
「エゴですよ。ダメですか? ウマ娘の抱える問題なんて、山ほどある。確かにそうです。でも、それを知って、じゃあたくさんあるしどれから解決していこうかななんて悩むことは傲慢で、無駄だと思うんです。なら目の前の問題から取り組みたいと思うのはダメなんですか?」
「ふうん、そのポンと出てきた問題がマルゼンスキーだったと」
「そうです。そして、マルゼンスキー先輩に会ってわかりました。僕はあの人を救いたい……っていうのも傲慢ですけど、また一緒に走りたい。できればレースで、本番のターフの上で。……まだ、負けたままなんです」
シンザン生徒会長は足を組む。
僕は無意識に汗をかいていた。
「したいことと、理由はわかった。で? どこまでわかっていて、何を聞きたいんだ? もしかして、わからないから全部やってくれ、なんて言わないでくれよ?」
「はい」
僕はマルゼンスキー先輩の抱える問題を整理する。
「マルゼンスキー先輩の直接の原因はマルゼンスキー先輩が強すぎるのが悪いです」
そう言い始めると、シンザン生徒会長の顔が少し歪む。
なにかをこらえているようだ。
「そもそも、負けると知ってる相手に勝負したいって思うのは結構異常です」
「そうだな。みな、勝つつもりで走るからな」
「僕も一回併走しましたけど、完璧なスタートダッシュを内枠で決めたのに、次の瞬間には目の前にいるんですよ? 逃げウマだったら顔も見たくない……いや、逃げウマだったら顔みたいか」
「……それは、まあ、前じゃなきゃ顔見れないからな?」
「走り終わった後も、息を切らさずに良い勝負だったわぁみたいな顔してるんですもん! 一回実力差を見たらそりゃ回避するのは当たり前です!」
「ぷっ、あっはははは! きみ、ちょっと待ってくれ、ははは!」
急にシンザン生徒会長は笑い出す。
何だ急にこっちは真剣に言ってるのに!
「君は、ふ、その、マルゼンスキーをなじりに来たのか、問題を解決しに来たのか、どっちなんだい?」
「もちろん、問題を解決しに来ました!」
「あはは、そうかそうか! いや、君は面白いな?」
「え、そうですか? ありがとうございます。それで話を続けますよ?」
「ああ、ごめんごめん」
「マルゼンスキー先輩は強くてレースを回避されるのは仕方ないと思うんです。レベルっていうのはどうしてもありますから。だからマルゼンスキー先輩の戦えるレースがないのが問題なんです」
「まあ、そうだね」
「トゥインクルシリーズを引退してドリームシリーズに行くためには実績が必要です。だから、格式の高いレースに出れないマルゼンスキー先輩はこのままではドリームシリーズに行けない」
「確かにね。間違ってない。だから、クラシックや天皇賞に出したいと?」
「そうです」
「マルゼンスキーは外国のウマ娘だ。外国のウマ娘が国内の格式高いレースに制限がついているのは私を含めた君たち日本のウマ娘を守るための措置だろう? 誰かの幸せのために多くのウマ娘の守りを壊すのかい?」
「いいえ、違います。マルゼンスキー先輩は外国のウマ娘じゃありません」
「ふうん、どこが違うというのかい?」
「マルゼンスキー先輩は持ち込みのウマ娘です」
「同じことだよ。扱いが同じだからね」
「いいえ、違ったはずです」
そう言うと、シンザン生徒会長の笑みは完全に消えた。
「ほう、どう違うのか、説明してくれないか?」
「少し前まで、持ち込みバは外国のウマ娘と同じ扱いじゃなかった。規制が強まったんです。そして、それはURAのエゴだ」
「口を慎みたまえ。聞かなかったことにしてあげるから」
「持ち込みのウマ娘がどれくらいいるか知っていますか」
「君」
「日本にいる外国のウマ娘の1パーセント以下です」
ここは前世の世界じゃない。
ウマ娘は馬じゃない。
馬のように多くの人間が安全を配慮して腹に子供を抱えた母体を運んでくれるわけじゃない。
だから、子供を妊娠した母親は国を渡るというリスクを取りたくないのだ。
ましてや、腹の中の子供がウマ娘かどうかなんて知るすべなんてない。
繰り返し、言うがここは前世の世界じゃない。
なら、その1パーセント以下に理由があるはずだ。
「調べました。その規制が始まったのはごく最近ですよね。それこそ、ここ3、4年だ」
「……そうだ」
「マルゼンスキー先輩が最初に走ったレース、調べました。未登録バ戦でした。しかも、年齢制限なしのレース。5年前でした」
「……」
「嘘を吐かずに教えてください、シンザン生徒会長。持ち込みのウマ娘の規制は持ち込みのウマ娘全体を規制するのが目的じゃありませんね?」
「……」
「その規制はマルゼンスキー先輩だけを狙い撃ちするものだったのではないのですか?」
「……それを知って、どうにかなる問題じゃないのではないか?」
「知らなきゃ、どうにもできないんです。もし、マルゼンスキー先輩が賞金を持ち帰ることを危惧しているなら、見当違いです。マルゼンスキー先輩の故郷は日本だ」
シンザン生徒会長はため息を吐いた。
そして、椅子を回して後ろを向く。
「……マルゼンスキーは強かった。本当に、あのウマ娘が負けるなんて、想像できなかったほどだ。わかるか、まだランドセルを背負っているような子供が大人のウマ娘に5バ身という着差をつけた衝撃を」
その言葉に僕は驚いた。
生まれながらの怪物。
それこそが、マルゼンスキーというウマ娘の正体なのだ。
「賞金は、どうでもいいんだ。URAが危惧したのは、三冠ウマ娘や天皇賞優勝ウマ娘という称号にケチがつくことだ」
「ケチなんて……」
「どうあれ、マルゼンスキーは外国のウマ娘だと思う人間が多いと考えたんだ。ドリームシリーズには強者がたくさんいる。一番は私がそうだ。神バと呼ばれた私は自分で言うのもなんだが、日本の象徴になりつつある。そして、一番の問題は」
その声は震えており、まるで泣きそうな声だった。
「問題は、URAは私が負けることを恐れたんだ」
罪の懺悔だった。
シンザン生徒会長は他人が作った罪を被っているのだ。
「日本の象徴が海外の血に負ける。積み重ねたものが壊される。怪物マルゼンスキーに。マルゼンスキーは三冠を取って、ドリームシリーズに挑みに来る。だから、マルゼンスキーを飼い殺すことにしたんだ」
ぽつりとシンザン生徒会長が呟く。
「私の存在が、彼女を殺したんだ」
僕にはシンザン生徒会長の心中を理解することはできない。
けど、彼女もまた、問題を抱えるウマ娘だということは理解できた。
ああ、そうだったんだ。
僕は最初にマルゼンスキー先輩が強すぎるのが問題だと言った。
それは最初から最後までそうだったんだ。
みんなが恐れているんだ、怪物マルゼンスキーを。
なんだ、そうか。
じゃあ、問題の解決方法はあるじゃないか。
「シンザン生徒会長」
「悪かったな、反応に困るようなことを言って。わかったろう、問題は私なんだ。だから」
「マルゼンスキー先輩を救う方法を思いつきました」
その言葉にシンザン生徒会長はびっくりしたようにこちらを見る。
赤くなった目を隠そうともせずにこちらへ向ける。
「証明すればいいんです。日本のウマ娘の強さを」
それは誰もが思ったことで。
だけど、誰も達成できなかったから怪物の称号。
僕は思う。
でも、怪物っていうのなら、最後には倒されるのだ。
「トゥインクルシリーズのウマ娘でマルゼンスキー先輩を倒します」
怪物マルゼンスキーの討伐こそが彼女を救う道だ。
シンザン会長、出すのを迷いましたが大切なポジションなので出しました。