投稿できそうならいつも通りの時間に投稿します。
よろしくお願いします。
等速ストライドには弱点がある。
いや、正確には弱点ではないが、捨て置けない要素がある。
等速ストライドは言うならば、どのようなバ場でも距離でも適正関係なくスキルを使える走法だ。
というとかっこうがつくが、これは言うなれば『使えるもんなんでも使うぜ!』という戦法に他ならない。
長距離の直線時に短距離直線のスキル、走法を使えるし、短距離コーナーで長距離用の息の入れ方ができたりする。なんだったら芝でダート用の加速が使えたりするのだ。
だが、それは適切な時に適切に使わないといけない。
極端なことを言えば、角度のあるコーナーでスプリントなんかしたら外柵に激突する。
冷静にその場に合ったスキルを使わないといけないのだ。
『その場に合った』というのが意外と難しい。
特にスプリントなどスタミナを多く消費してしまう。
なので、使いどころを間違えると一気に不利になる。
レッドさんは全部感覚でやっていたというのだから恐ろしいものである。
ではそのミスを少なくするにはどうすればいいのか。
それはレース勘を養うことだ。
今思えば有馬記念からの連戦はそのためのレースだったように思う。
そして、京阪杯もだ。
正直なことを言えば、京阪杯に僕の敵はいない。
そもそも、普通に走れば勝てるレースだ。
逃げというのはスペックで勝れば安定する戦法なのだ。
トレーナーはだからこそ、恐れずに走れと言った。
「……もし、失敗したら僕は負けそう?」
「そうだな。だが、心配はしていない」
「なんで?」
「……信じてるからな」
「え!? 今、なんて!?」
「……早く行け」
「もう一回言ってよー! ねーお願い!」
「……はあ、俺はお前を信じてる。わかったら行け。怪我だけはするな」
「へへ、わかってるよ。じゃー行って来ます」
「おう」
そう言って、僕はパドックに向かった。
パドックではいつも通り、悪役を演じる。
「今日も、俺の勝利で終わる。トレーナーにはウイニングライブの準備をさせている。楽しみにしていろ」
そんな僕に慣れてきているのか、アナウンスも観客が何かをする前に『ものを投げないでくださいね』と言っていた。
よく見たら張り紙もしている。
うん、迷惑をかけます。
そこから裏側に戻ると、案の定というか他の参加者のウマ娘が僕を睨んでいる。
それを無視して体を温める。
いつもなら知り合い以外は話しかけてくることはなかったのだが、今日は違った。
「ねえ」
「あん? なんだ、お前」
「あんた、今日も勝てると思ってるの?」
「もちろんだ。勝つためにここにいるんだからな」
「……じゃあ、勝てるレースにしか出てないって言うの?」
「どう解釈したらそうなるんだ。……いや、そうかもな。俺は勝てるレースにしか出ない。何故なら、これからすべてのレースに勝つからだ」
そう言うと、そのウマ娘は暗い瞳をして僕を睨む。
僕はその顔を見たことがある。
確か、ダービーで一緒に走った子だ。
惜しくも掲示板を逃していた子。
「あんたはいつもそうだ」
「……何が言いたいんだ?」
「負けるウマ娘の気持ちなんか、知らないくせに」
「そうだな」
「っ! ……事故に気を付けることね」
その子はそのまま行ってしまった。
僕はその気持ちを察せないほどバカじゃない。
あの子は今、戦績が良くない。
今日のレースも人気は上位じゃない。
……少し危険だな。
僕はそう思った。
だが、どうこうするわけにもいかない。
すぐにレースが始まることになる。
『G3、京阪杯! 2000mの芝で行われるこのレースは速さが重要視されるレースです!』
アナウンスを無視して、周りを観察する。
芝の状態は良くはない。
だが、悪すぎるわけでもない。
少しだけ湿っているくらいだ。
禿げているところもあるが、気になるところではない。
他の参加者のウマ娘は僕がいることで緊張しているようだ。
しかし、流石シニア級が多いこのレース。
それを抑え込みレースに集中しようとしている。少なくとも呑まれているウマ娘はいないようだ。
……しかし、気になるのはさっきの子。
名前はリボンパックちゃん。
どう出るのか。
ゲートインが開始される。
僕は大外だ。
リボンパックちゃんは内枠。
だが、先頭は譲らない。
僕はそう決心してゲートに入った。
『さあ、各ウマ娘ゲートインが完了しました。――今、スタートです! おおっとぉ、ここで出たのはブラックトレイターではなくリボンパックです! なんという逃げ! 先頭は譲らないとばかりの逃げです!』
始まった直後、リボンパックちゃんは爆逃げどころではない速さで駆けだした。
どういうことだ?
何をしようとしている?
これでは1000mも持たないぞ。
だが、僕とてスタートで負けたわけではない。
僕とリボンパックちゃんは並べるように走る。
このペースは僕とて辛いが、息を入れるところがあるなら走り切れる。タイムは狂いつつあるが、ここはリボンパックちゃんに付き合おう。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
リボンパックちゃんの短い呼吸音が聞こえてくる。
そして、僕は驚いた。
リボンパックちゃんは強引に僕の前に出てきたのだ。
斜行だ。
いや、前を走っていたからどうなるかわからないが、審議は確実に入る走りだ。
『リボンパック、強引に前を取る! ブラックトレイターは抜かせない!』
『……少し危険な走りでしたね。審議は避けられないでしょう』
解説がそう言う。
僕は気を取り直して走る。
後ろは気にならないほどに差がついている。
冷静に行こう。
リボンパックちゃんは横にずれた勢いで、僕の前を開ける。
前に出るか、キープか。
僕は悩んだ。
ここで無理して前に行く必要はない。
リボンパックちゃんが何を考えているのかわからないが、リボンパックちゃんは長距離を走れるウマ娘じゃない。
ましてや僕のように等速ストライドができるわけでもない。
キープだ。
僕はその位置にとどまることに決めた。
そして、レースは半分を越える。
リボンパックちゃんの呼吸は乱れ、フォームもぐちゃぐちゃになる。
ペースも遅くなり、下がってくる。
僕は横を開け、前に行こうとした。
その時、聞こえてきた。
「わること、されるきぶんを、あじわえ」
僕は目を見開いた。
抜かす瞬間、思いっきりリボンパックちゃんが僕にぶつかってきたのだ。
ラフプレイどころの話じゃない。
どんと衝撃が僕を襲う。
スローに見える中、リボンパックちゃんが笑った気がした。
そうか。
これがやりたかったのか。
そこまで、君は追い詰められてたのか。
――だけど、それは元気な時にするべきだったね。
「なっ……!」
「悪いな、そんな力の入っていない攻撃は……効かない」
その体当たりは僕を倒すどころか、バランスを少しも崩せずに終わった。
リボンパックちゃんは失速していく。
ごめん、君を運ぶわけにはいかない。
先に行くよ。
僕はそのままのペースで最終コーナーへ駆ける。
息を入れる。
僕はリードしている。
だが、セーフティリードじゃない。
想定外のことだらけでスタミナは思った以上に消費していた。
僕は気合を入れなおす。
『さあ、最終直線! ブラックトレイター先頭! 後続のウマ娘は追い付けない! 追い付けない! 今2バ身のリードを保ちブラックトレイター1着でゴールイン!』
どうにか、僕は1着を取ることができた。
荒い呼吸を整える。
リボンパックちゃんは最下位に沈んだ。
ふらふらとこちらへ寄って来る。
僕は逃げることはしなかった。
どうするにせよ、今のリボンパックちゃんがどうこうできそうにもなかったからだ。
リボンパックちゃんは僕の胸倉をつかむ。
あまりに弱弱しい力だった。
「どうして……どうして、そんなに強いのにっ! どうして……っ!」
「必要だからだ」
「必要なんかじゃ……ない」
「必要だ。俺はそうあるべきなんだ」
「なんでよっ! それじゃ、負けた私は……バカみたいじゃないっ!」
「バカじゃない」
そう言うと、リボンパックちゃんは顔を上げて僕を見た。
「勝つために走る。それを否定して何になる。俺だって負ける。確かに今日のお前はバカだった。だが、ダービーで走ったお前は、少なくとも誇り高いウマ娘だった。負けてもそれは変わらない。そんなこと、わかっていただろう」
「わ、わたし、わたしっ……! う、うああああああぁぁー!」
リボンパックちゃんは声を上げて泣いた。
僕は抱きしめてなんかやらない。
確かに今日のリボンパックちゃんはしてはいけないことをしたのだ。
そして、慰めなんか彼女は欲していないだろうから。
ウイナーズサークルに行くと、いつもとは様子が違った。
困惑した……というより、どうすればいいのかわからないという空気だ。
「お、おめでとうございます」
「ああ」
「今回の接触事故なのですが……」
「ふん、面白みもないことを聞くな。……ま、あいつにしてはよくやった方だ。俺の前をあそこまで保ったんだ。誇ってもいい。その結果、スタミナ切れでバランスを崩すことになったとしても、だ」
「で、では、リボンパックはバランスを崩した結果だったと?」
「なんだ、お前らにはそうは見えなかったのか? ……じゃあ、そういうことにしておけばよかったな。しかしまあいい。言ってしまったことは言ってしまったんだ。そうだ。じゃないと俺に勝てないと踏んだんだろう」
「そ、そうですか……では、次の質問なのですが……」
と次の質問に行こうとした時、声が聞こえてきた。
「通せ! どけ、邪魔だ」
僕は首を傾げた。
トレーナーの声だ。
何かあったのだろうか。
トレーナーは僕の前に出てきて、僕の手を取った。
「なんだ、何かあったのか?」
僕のその質問を無視し、トレーナーは声を上げる。
「インタビューは終わりだ。ウイニングライブも出ない」
「おい、何を勝手な……」
そう言おうとするが、トレーナーは僕の肩を掴んで低い声で言う。
「従え、ラック」
「……ちっ、確かに今日は疲れたからな。ウイニングライブはなしだ」
「行くぞ」
「わかったよ」
そして、僕はそのままトレーナーに連行される。
控室に言った僕は不満ですという顔を作る。
「ちょっと、トレーナー! どういうこと!? 何勝手してるのさ!」
「足を見せろ」
「あしぃ?」
「早く」
「……わかったよ」
僕は靴を脱いでトレーナーに見せる。
トレーナーは触診する。
どこも痛めていない。
今日は限界を超えたわけでもない。
どうしたんだ、トレーナー。
案の定というか、なんというかトレーナーも怪我をしているわけではないことがわかったのか、ため息を吐いていた。
「どうしたのさ、トレーナー」
「ラック、次にああいうアクシデントがあったらレースを中止しろ」
「ええ? いや、まあそりゃ足が痛んでたら止めるよ」
「違う! 何があっても、だ」
「な、なんだよ、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃんか……」
「……すまない。だが、言うことを聞け」
「……わかったよ。でも、約束はできない」
そう言うと、トレーナーは不満気な顔をする。
だけど、僕にも譲れないレースはある。
慢心するわけではないが、僕は特別丈夫だ。
中止するというのは、それだけのことがあった時だけだ。
「……今は問答はいい。病院に行くぞ」
「ちょっと! 今診てくれたんでしょ? ああ言ったけどウイニングライブは行っても……」
「ダメだ。お前には走りたいレースがあるんだろう? 万全を期すことを念頭に置け」
「……わかったよ」
様子がおかしいが、トレーナーの言う通りだ。
普通接触事故は大きなことになることが多い。
僕はトレーナーに従うことにした。
トレーナーの運転する車の中、僕はトレーナーに聞く。
「トレーナー、最近おかしくない? どうしたのさ」
「……おかしくなんてない。俺は、お前を勝たせると決めただけだ」
「それは嬉しいけどね。ちょっとは僕を信用してもいいんじゃない?」
「してる。だが、それとこれは別の話だ。……お前は、一度事故にも遭っているんだぞ」
「ああ、それ」
そういえば、トレーナーは知っているのだろうか。
いや、メジロ家が捕まえたと言ったし、トレーナーは別に保護者じゃないから話は行っていないかもしれないな。
「犯人捕まったって」
「なに?」
「モンスニーちゃんが頑張ってくれたみたいで、運転手捕まったって」
「……どうして、あんなことが起きたのかわかったのか?」
「うん。強いウマ娘を妬んだってさ。事故じゃなかったけど、もう捕まったから心配ないよ」
心配させまいとそう言ったが、病院に着くまでトレーナーは無言だった。