ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

79 / 100
I love you, Goodbye

もう夏が始まりつつある。

僕たちにとって、夏は重要な時期だ。

ウマ娘は暑さに弱い。

積んでいるエンジンがヒトとは違うため、体温が上がりやすいのだ。

冬のレース時など、汗が蒸発して湯気になるほど体温が上がる。

だからこそ、この時期の調整というのは重要になってくる。ここをミスしてしまうと、去年のシービーのようになってしまう。まあ、シービーはそれだけではなかったが。

 

梅雨と言うこともあって、今日は雨だ。

しとしとと降る雨は否応なく気分を陰鬱とさせる。

そんな中、トレーナーから休みを命じられた僕は生徒会室で仕事をしていた。

 

「今年の夏合宿はどうしようかな」

「どうする、とは?」

「いやね、僕が毎年泊ってる合宿所があるんだけど、めちゃくちゃぼろいんだよね」

「ラックはそれなりに稼いでいるんじゃないのか?」

「まあね。でも、節約よ、節約」

「まあ、それは悪いことではないが……」

「でも、今年はジャパンカップもあるし、天皇賞にも出ようと思ってるから、無駄な労力をかけたくないんだよね」

「では、少し値が張ってもいいんじゃないか?」

「そうしようかな。トレーナーに相談してみよ。あ、そうだ、グルーヴちゃんは合宿来るの?」

「いや、私は行かない。来年にはデビューだからな。ここで怪我をしてしまっては遅れを取ってしまう」

「そっか」

 

そう考えるとルドルフの時は結構向こう見ずな感じだったんだなぁ。

そう思ってルドルフを見ると、ルドルフは身じろぎをする。

 

「……私は別にトレーニングではなく、君たちを矯正するために行ったんだからな」

「わかってますとも」

「いいや、それはわかっていない顔だ」

「あの時のルドルフは尖っていたからなー」

「ほら、わかっていないだろう!」

 

そう言いながらもルドルフは手を止めないので、器用なものだ。

 

「そういえば、ルドルフはこれからどうするの? ジャパンカップには出てくれるの?」

「ああ、もちろんだ。URAからも要請があったしな」

「そうなんだ?」

「きっとシービーにも行っているだろう。今年のジャパンカップは最強の布陣で行きたいらしい」

「去年もすごかったけどね?」

「わかっているとも。だが、私に期待を寄せられているのも事実」

「菊花賞とは時期が近いけど大丈夫そう?」

「そうだな。調整はしている。菊花賞はこのクラシックレースの中では一番得意なものだ。だから、鎧袖一触と行こう。そういう意味では、ジャパンカップが本命さ。宝塚記念も出走の誘いが来たが、調整のために断ったくらいだ」

「あ、そうなんだ」

 

確かにルドルフの人気もシービー以外では追随を許さないからな。

ファンからして見れば、出てほしいんだろう。

ちなみにシービーは正直言って異常なほどに人気がある。もう大スターだ。おそらく未来を含めて歴代の中でも一番人気があるウマ娘だろう。そう思わせるには十分な人気を誇っていた。なんだったら海外でもグッズ展開がされているらしい。

 

「そういえば、今日は休みなのか?」

「ああうん、前々から今日は休みって言われてさ。今後の予定立てたいからトレーナー室に行ったんだけど、いなくてさー」

「そうか。……そういえば、うちのトレーナーも今日は休みだったな。トレーナー同士で何かあるのかな」

「そうなんだ?」

「……ああ、そうだ。確か理事長も今日は予定があると言っていたな。なんでも、学園としても大切な発表があるのだとか」

「え、それって……」

 

結構重要なことじゃない?

そう言おうとしたら、僕の携帯が鳴り出す。

 

僕は思わずそれをじっと見つめた。

なんだか、空気が重い。

雨の所為だろうか。

暑さも相まって、手に汗が出る。

 

画面にはシービーの文字だ。

ルドルフが頷いたのでそのまま出ることにした。

 

「もしも――」

『テレビ見てっ! 早く!』

 

挨拶もせずに焦ったように言うシービー。

ただならぬ様子に僕は困惑する。

 

「ど、どしたの、シービー?」

『今どこ!?』

「生徒会室だけど……」

『じゃあ、テレビあるでしょ! つけて! 早く!』

 

僕は言われた通りにテレビをつける。

そして、映った光景に思わず、呟く。

 

「なにこれ……」

 

そこには理事長と珍しくサングラスのしていないトレーナーが映っていた。

記者会見だ。

ルドルフもグルーヴちゃんも驚いている。

知らなかったらしい。

テレビに映った理事長は声を上げる。

 

『説明! 我々にはその義務がある。これは、今話題のブラックトレイターというウマ娘についてだ』

 

知らない。

僕は何も聞いてない。

何か事件でも起きたのだろうか。

ああ、もしかしたら車の件かもしれない。

だが、僕の予想は外れた。

 

『今までのブラックトレイターの悪行は、このトレーナーによるものだと調査によってわかった』

「は?」

 

僕はその言葉をしばらく理解できなかった。

だが、理事長の言葉は続く。

 

『度重なる挑発行為も、このトレーナーが指示したものだと知ることができた。ブラックトレイターは利用され、このような事態になってしまった。我々としても監督不行き届きであったと言わざるを得ない。本当に申し訳ない』

 

そう言って理事長は頭を下げ、フラッシュが焚かれる。

 

なんだ、これ。

なんだよ、これは。

 

『どういう意図があって、そんな指示をしたんですか!?』

 

質問が飛ぶ。

それに応えたのは理事長ではなく、トレーナーだった。

 

『ウマ娘は道具だ。誰もが口にしないが、それは事実だろう? エンターテイメントの道具にしている。だから、道具として扱って、何が悪い。実際、盛り上がったろう?』

 

その言葉に騒然とする。

 

『じゃあ、本当にあなたがブラックトレイターというウマ娘をあのような悪役に仕立て上げたと?』

『ああ。バレるとは思っていなかったがな』

『ブラックトレイターに対して、良心の呵責はなかったのですか!?』

『あるわけないだろう、そんなもの。扱いやすいやつだったよ、あいつは。トゥインクルシリーズを盛り上げるのが夢だと言っていてな、悪役になればそれができるぞと言ったら簡単になってくれた。おかげで儲かった』

『そんなウマ娘を騙したのですか!?』

『騙したも何も、結果としては盛り上がった。そうだろう? ふん、バカなやつだ。獲得した賞金も、孤児院に入れやがって。俺に渡せばよかったものを』

 

思わず、僕は携帯を落とす。

なんで、そんな嘘を吐くんだ。

トレーナーがそんなことをするはずがないじゃないか。

トレーナーは、確かに素直じゃない。

だが、悪人であるはずもないんだ。

 

『これまでの行動について、知り得たことを公開――』

 

僕は生徒会室を飛びだしていた。

 

「ラックっ!」

 

後ろからルドルフの声が聞こえたが、それを無視した。

だって、今止めないと……今、間違いだって言わないとトレーナーは……。

 

雨の降る中、僕は全力で走った。

こんな時に必死で身に着けた等速ストライドは役に立ってくれた。

まさか、アスファルトにも適応できるとは、思わなかったけど。

 

あの記者会見の部屋は見覚えがある。

東京レース場のウイナーズサークルをした部屋だ。

近くはない。

だが、遠くはない。

すぐだ。

すぐに着いて見せる。

 

だから、待って。

待っててよ――。

 

「――トレーナーっ……」

 

顔に当たる雨が痛い。

夏の空気が肺を生ぬるくする。

僕はあえぐように呼吸をして走る。

ローファは悲鳴を上げボロボロだ。

道行く人たちは僕を見て驚く。

僕はそれらを全部無視する。

 

『どう、責任を取るつもりですか!?』

 

不意に街灯についているモニターからそう聞こえてきた。

 

嫌だ。

聞きたくない。

だって。

だってそんな場所で言ったら――。

 

『俺は……トレーナーを辞める』

 

――終わりじゃないか。

 

「っ、トレーナーっ!!!」

 

着いたのは、それから少ししてからだった。

僕には永遠に思える時間だ。

 

扉を乱暴に開けると、中にいる人たちは驚いた様子で僕を見た。

トレーナーも驚いていたようだが、すぐに目を細める。

マイクを通した冷たい声が浴びせられる。

 

『おい、そいつを止めろ。俺に暴力を振るいかねんからな』

「ふ、ふざけんなよっトレーナー!!」

 

僕はガードマンに止められる。

僕は振り払おうとするが、そのガードマンはウマ娘で止められてしまう。

 

「違うだろうっ! これは、俺がやったことだ! 全部、俺がやったことだ! 何を言ってるんだ、ふざけるなっ!」

 

そう怒鳴る。

だが、トレーナーの僕を見る目は冷ややかだ。

 

『ふん、憐れなやつだ。辞め時を見失ったか』

「待てよ、なあ! なんでそんなこと言うんだ! おい、これからだろうっ!

まだ、お前のやるべきことが、あるだろうがっ! どうしたんだよ! 今更やめるっていうのかよ!」

『そうだ』

 

返された答えに僕は唖然とする。

なんで。

まだ、トレーナーは目標を達成できていないはずだ。

そのために僕が必要なはずだ。

 

「っ、ジャパンカップは!? 天皇賞もあるっ! 必要なんだトレーナー!!」

『勝手にやればいいだろう。俺は降りる』

 

そう言ってトレーナーは立ち上がる。

 

「待てよ! 話はまだ終わってねえぞ! 俺がやったことだ! トレーナーは関係ねえ! おい、書き留めろ、俺がやったことだって! おい! トレーナー、待てよ!」

『記者会見は終わりだ。俺は帰る。……そっちからは行けそうにないな』

 

そして、トレーナーは思い出したようにネクタイピンを外し、机に置いた。

その意味が、僕にはわかってしまった。

 

「待てよ……待って、待ってよっ!! 僕を見捨てるのかよ、トレーナーっ!!」

『さよならだ、ブラックトレイター』

「――トレーナアアアアアアアアアアアアァァァァっ!!!」

 

演技という仮面をかなぐり捨てて手を伸ばす。

だが、それは届かない。

涙で滲んで、目の前が見えなくなる。

頼む。

通してくれ。

放してくれよ。

こんな別れは嫌なんだ。

 

感謝してるんだよ、トレーナー。

君がいなかったら、僕はここまでこれなかったんだ。

君がいなかったら、僕はここから進めないんだ。

待ってよ。

まだなにも。

 

「返せてないんだっ……」

 

だけど、トレーナーは行ってしまった。

僕を置いて。

 

雨でぬれた体が冷たい。

酷く体が震える。

頭がぐるぐるとして、気持ちが悪い。

立っていられなくて、ガードマンに支えられながら脱力する。

 

「……はは」

 

何故か、笑いがこみ上げた。

そして、それ以上に涙が出た。

 

 

 

その日、一縷の望みにかけて行ったトレーナー室はもぬけの殻だった。

ただ、手紙が一通残っていた。

トレーナーからだ。

 

『最初に、お前を傷つけてしまったこと、本当にすまなかったと思っている。

俺はお前がこれ以上悪として傷つけられる存在になるのが嫌だった。だから、虐げられる立場ではなくしたかったんだ。

お前が俺を想ってくれていたことは知っている。俺がお前の居場所で、理由なのも。きっとお前は傷ついただろう。俺を許せないだろう。すまなかった。それは俺が不甲斐ない所為で招いた結果だ。だから俺はそれを受け入れなければならない。

その上でお前に伝えたいことがある。

それはお前の居場所はライバルとの絆であり、走りたいという気持ちだということだ。お前の本当の居場所は誰にも奪われるものじゃない。そして、俺の隣というお前を傷つける場所でもない。

お前を傷つけ続けた俺が言えた義理ではないが、それでも言わせてほしい。

今までありがとう。お前を愛している。俺はお前の勝利を誰よりも願っている。

黒沼より』

 




次回から最終章
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。