ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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微妙に長め。


Goodbye Monster

僕はトレーナーに協力を求めた。

どうあってもトレーナーの協力は必須だからだ。

 

「俺は協力しない」

 

にべもなく言う。

しかし、僕はシンザン生徒会長から言質を取っている。

 

「もし、マルゼンスキー先輩に勝てたらURAの判断が間違っていたって証明できる。シンザン生徒会長が規制を強硬した派閥を潰すと約束してくれたんだ」

「おまえ……」

「トレーナー、走るのは僕だけじゃない。こんなこと言いたくないけど、勝つのは僕じゃなくてもいいんだ」

 

最終的にトレーナーは頷いてくれた。

 

 

さて、他にも協力してほしい人物がいる。

もちろん、それは怪物討伐に相応しい人物だ。

 

「シービー。楽しいこと、しない?」

「へぇ~? ミスターシービーであるアタシにそんなこと言っちゃうんだ。いいよ。他ならぬラックの誘いならね」

 

シービーはにこりと笑う。

 

「それで? 何をするの?」

「マルゼンスキー先輩を倒して、ダービーに出てもらうんだ。そしたらさ、僕か君、勝った方はデビュー前なのにダービーの冠、被れるんだ」

「あはっ、あはははは!! 何それ! すっごい素敵じゃん!! うわぁ、いいなぁ、君と友達でよかったよ」

「僕も、君と友達でよかったよ」

「でも、じゃあ、まだ足りないね」

「確かにレースだから協力はできなくても、まだ人数が欲しいね。いい人いる?」

「まっかせてよ! アタシが人差し指上げたらみんなそれを掴みに来るんだから」

「じゃあ、お願いね、シービー」

「オッケー、いいよ、ラック」

 

 

まだまだ、誘いたい人はいる。

僕はスマホを動かして、インターネットで宣伝を行う。

 

実は僕はSNSで多少のフォロワーがいるのだ。

これはアマチュア時代にレースの宣伝をするために創ったものだ。参加するということもあって、コアな層に人気のアカウントとなったのだ。

 

内容は新しいレース開催するらしいという噂。

 

その名も『シンザン記念』。

 

シンザン生徒会長の偉業をたたえて作られたレース。その試験レースが行われるというものだ。

 

これはシンザン生徒会長が提案してくれたものだ。

 

「実は、私の名前を付けたレースを作りたいから企画してくれないかと言われていたんだ。だから、進めていたんだが……どうにも自分のレースをするなんて気乗りしなくて、ある程度まで進めて放置していたんだ。ちょうどよいから人を集めて試験レースとして開催しちゃおう。そうすればURAも逃げられなくなる」

 

企画は私でも主催はURAだからね、と笑う生徒会長はなんだか怖かった。

 

 

そして。

そして、一番必要な人材がいる。

 

それは――。

 

「こんにちは!」

 

ドアを開けてリギルに入っていく。

こんにちはーと返してくれるリギルは本当に良いチームだな、と思う。

 

一番必要な人材、それはマルゼンスキー先輩本人だ。

 

前にいた場所にマルゼンスキー先輩と東条トレーナーはいた。

レースプランの計画を立てているらしい。

 

「こんにちは!」

「元気ねぇ、こんにち……あれ?」

「はいこんにちは。今日は筋肉トレーニングだから用意しなさい」

「マルゼンスキー先輩、東条トレーナー」

「まだ何か用が……お前!」

 

僕は挑発するようににっこりと笑う。

そして、東条トレーナーのクリップボードを奪う。

 

「あっ! どういうつもりだ!」

「いや、マルゼンスキー先輩の予定を教えてあげようと思いまして」

 

そう言って僕は出バ投票の紙を挟む。

もちろん、『シンザン記念』だ。

 

それを東条トレーナーに手渡す。

 

「シンザン記念……?」

「あら、聞いたことないわねぇ」

「新しくできるレースです。今回は試験レースですけど」

「……それで? なんのつもり?」

「マルゼンスキー先輩。出てください。僕もシービーも出ます。トゥインクルシリーズの強い面々も出ます」

 

びしっとマルゼンスキー先輩に指をさして宣言する。

 

「宣戦布告です! マルゼンスキー不敗神話はここで終わりです! だから、負けに来てください!」

「お前、勝手に決めるな!」

「……おハナちゃん、出たいわ私」

「マルゼン!」

「だって、私とレースをしたいって、言ってくれてるんだもん。ずっと怯えられてたのにこんな舞台まで用意してくれて……。それなら、出なきゃ嘘じゃない」

「マルゼンスキー……お前……」

「いいでしょ、トレーナー?」

 

そう言って微笑むマルゼンスキー先輩に東条トレーナーはため息を吐いた。

 

「……本人が言うんだ、いいだろう。予定は決まっては……いなかったしな」

「ありがとうございます!」

「それでラックちゃん」

「なんですか?」

「距離とかは? どうなるの?」

「芝、1600m、左回りです」

「いいの? 私の得意な距離よ?」

「ええ。その代わり、負けても言い訳はできませんよ?」

 

そう言えば、マルゼンスキー先輩は嬉しそうに笑った。

 

「ああ、楽しみだわ。こんなに楽しみなの、いつぶりかしら……」

「ではよろしくお願いしますね!」

 

僕はそう言って、退室した。

さあ、これで準備は整った。

 

 

 

レース当日、公式……とは微妙に言い難いが、僕にとっての初の公式レースだ。

メイクデビューが終わっていない僕やシービーが出場できるのはこれが試験レースだからだ。

賞金は出るし、観客も、実況もいる。

けど、これは試験レースだということで許されているのだ。

 

僕はシービーに出場するウマ娘について聞いていた。

「アタシたちの世代からはアタシとラックと、メジロモンスニーとダイナカール」

「メジロ?」

「あ、気づいた? そう、あのメジロ家のご令嬢。ダイナカールも実は超ご令嬢なんだけどね」

「ひょえ~、僕、浮いてない?」

「大丈夫大丈夫! マルゼンスキー先輩を倒すために生徒会長脅してレース開いた子って言ったからどっちにしろ浮いてたと思うし!」

「それ全然大丈夫じゃないよね? その二人の僕に対する印象終わっちゃったよ? 大魔王とか、悪代官とか言われててもおかしくないからね?」

「で、一押しはシニア級で二冠バ、カツトップエース先輩!」

「おお!」

 

僕はスルーされたことも忘れて歓声を上げる。

二冠バ、絶対に強い!

素敵!

 

「まあ調子は絶不調だけどね」

「どうしてシービーはそういうこと言うの?」

 

あはは、ごめんごめんとシービーは笑う。

 

「でも、アタシたちは運が良い。内枠出走だ。マルゼンスキー先輩は外枠。12人での出走だからロスも多い。本格化が来てないとはいえ、逃げウマに対してこの差は大きい」

「そうだね。最初にマルゼンスキー先輩を捕まえなかったらもう敗北だからね。これ以上ないくらいの好条件だ」

「それで、ラックはどういう作戦を取るの?」

「僕は逃げだ」

 

へえ、とシービーは興味深そうに僕を見る。

 

「あの最強の逃げウマ娘に対して先頭争いするんだ?」

「まあね、考えてみたんだけど、マルゼンスキー先輩と僕で僕が勝っているところがあるんだよね」

「何? 身長の低さ?」

「はは、レース終わったら泣いても知らねえぞ」

 

にょほほとシービーは笑う。

 

「それは」

「それは?」

「根性だ!」

 

シラ~っとした目で見られるが、本気も本気だ。

というかそれしかないのでそう言うのだ。

 

「じゃ、行きましょうね~」

「僕は本気だぞ!」

「はいはい」

 

 

 

僕たちはレース場に着き、準備をすることになる。

僕にはトレーナーがついていてくれる。

 

「トレーナー」

「なんだ?」

「レースって緊張するね」

「……そうか。だが、適度な緊張はパフォーマンスを上げてくれる」

「そっか」

 

「トレーナー」

「なんだ?」

「ありがとね、無茶聞いてくれて」

「ああ、感謝しろ。こういうことはこれ切りにしてほしいものだ」

「これからもよろしくね」

「……このタイミングでそのセリフは聞きたくなかったな」

「んふふ」

「……時間だ」

「うん。愛バにかける言葉はないの?」

「ないな。お前が勝手にやったことだ。勝手に優勝すればいい」

「あはは、気の利くセリフ言えるじゃん、トレーナー」

「……」

「行ってきます」

「おう」

 

僕は控室からターフに向かって歩く。

その途中、シンザン生徒会長が待っていた。

 

「会長?」

「ああ、待っていたよ」

「そうなんです? どうも」

 

シンザン生徒会長は少しだけ口を開こうとして、それをやめてを繰り返した。

だが、結局言うことにしたようだ。

 

「……きっと、これがマルゼンスキーの取り巻く問題をどうにかできる最初で最後のチャンスだ。ここで負ければ、URAはそれ見たことかと言うだろう」

「そうですね」

「君には感謝している。と、同時にここで見ていることしかできない自分が歯がゆいよ」

「あはは、シンザン生徒会長が出て優勝しちゃったら、とんでもないマッチポンプだって末代まで笑われますよ」

 

そう言えば、シンザン生徒会長は初めて笑った。

 

「そうだな」

「だから、会長」

「?」

「あなたの名前の王冠を被るウマ娘をちゃんと見ててくださいね」

「ビッグマウス、というのは本当だったんだな」

「入学の時の話ですよ、それ」

「まだ1ヶ月半だ」

 

そんなウマ娘がマルゼンスキーを倒す、なんて言っているんだから面白いものだ、とシンザン生徒会長は言った。

 

僕は一礼をしてターフに出た。

 

今日は晴れ。

バ場も良い。

それがマルゼンスキー先輩にとってどう作用するかは未知数だけど、僕にとっては悪くないコンディションだ。

 

いつもとは違うターフ。

蹄鉄の感じも悪くない。

 

「ラックちゃん」

「マルゼンスキー先輩」

「誘ってくれてありがとう」

「僕、一回負けてますからね」

「あれは併走よ?」

「負けず嫌いなんですよ」

「今日は良いレースにしましょう」

「ええ、楽しいレースにしましょうね」

 

少しの会話をした後にマルゼンスキー先輩はゲート近くへ帰って行った。

 

さあ、集中だ。

 

ゲートインが始まる。

 

『ここ、京都レース場で伝説の名バを冠するレースが始まろうとしています。その名もシンザン記念。今日はご本人も見に来ていると言います。御前試合の勝者には神の名を被ることができることでしょう。さあ、人気上位のウマ娘を紹介しましょう』

 

僕は最初だ。

次にシービーも収まっていく。

つつがなく解説も進んでいく。

 

『さあ、一番人気、マルゼンスキー。これまで4戦4勝、平均着差8バ身。合計30バ身以上という実力を誇っています。今回もその逃げ足が炸裂するのか。ゲートイン、完了しました』

 

そして。

 

『シンザン記念、スタートです!』

 

そして、僕は勢いよくゲートを飛びだした。

 

『さあ、ハナを切るのはやはりこのウマ娘、マルゼンスキー……ではない!? 1番、ブラックトレイターです! ブラックトレイター、すさまじいスタートダッシュに加え、最初からスパートをかけています!』

 

スタートダッシュは死ぬほど練習した。

それにこの人数の外枠内枠のロスはすぐに覆るものじゃない。

僕のマルゼンスキー先輩への対策はただひたすら先頭を譲らないこと。そして、ただひたすら圧力をかけること。

 

「……!」

 

僕の後ろでマルゼンスキー先輩が息を呑むのがわかった。

 

『レースには絶対がない。だが、君にはもっと絶対がない』

 

会長は僕にそう言った。

会長はレースが決まってから僕の練習に付き合ってくれるようになった。

 

『君は器用貧乏だ。どんな脚質も距離も無難に走り切れる。スプリンターにもステイヤーにもなれて、どちらにもなれない存在だ。では、そんな君が勝つにはどうすればいいのか?』

 

僕は開催までの短い時間、会長にマンツーマンでひたすらレースを教わった。

 

『それはスキルだ。技術を学ぶ。呼吸の仕方、入れ方、足の動かし方、体幹の保ち方。それらを学べば加速力をつけられ、体力を保てる。だけど、今は時間がない。必要最低限のことだけ教えよう』

 

このシンザン記念、というよりこのコースは1600mだが、緩やかな坂があり、スタミナを消費する。

長さよりもスタミナを消費するコースなのだ。

 

『前に出てひたすら後続に圧力を与えろ。スタミナを削り続けろ。そうすれば勝負はわからなくなる』

 

だけど、その作戦はもちろん僕も体力と集中力を削ることになる。

だから、これは根性の勝負なのだ。

 

『マルゼンスキー、先頭を奪えない! ブラックトレイターがひたすらゆすり続ける! まるで二人旅! 後続を置いて8バ身の差がついています!』

 

「……! 初めてよ、お姉さんが先頭を譲ってるのは!」

「そのまま、最後までお願いしますよっ!」

 

『最初の直線が終わる! さあさあ、詰めてまいりました、4バ身ほどに近づいております! ブラックトレイター、マルゼンスキー厳しいか! 3番目にはカツトップエース、淡々と狙っております! その後ろにはミスターシービー、不気味なまでに動きません!』

 

こういう時に実況は便利だ。

状況がわかる。

 

だが、わかったところで、僕の足と肺が悲鳴を上げる。

 

「はぁっ! はぁっ!」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

 

マルゼンスキー先輩も息が上がっている。

譲れない。

先頭だけは譲れない。

 

だけど、ああ。

ちくしょう。

 

『ああっとここで先頭変わってマルゼンスキー! ブラックトレイターは下がっていきます! マルゼンスキー相手に良く持ったという方でしょう! しかし、マルゼンスキーもその距離を詰められていきます!』

 

第三コーナーを回り、僕は先頭を譲った。

後ろから足音も聞こえてくる。

 

すぐに第四コーナーが見えてくる。

 

『最終コーナー! ついに、ついにあのマルゼンスキーの影を踏んだ! カツトップエース、ミスターシービー! ブラックトレイターもまだ粘っている!』

 

第四コーナーは坂の効果も相まって、スピードが落ちない。

つまり、それはどういうことか。

 

本当の体力勝負はここからだということだ。

 

『苦しい! 先頭から最後まで苦しい接戦が巻き起こっています! カツトップエース、伸びきれない! マルゼンスキーも譲らない! シンザン記念、すさまじいことが起こっているぞ!』

 

第四コーナーが終わる。

 

『最終直線、先頭マルゼンスキーとの距離は1/2バ身もありません! カツトップエース、ここにきて沈んでいく! ああっとここで! ここで! なんと!』

 

ずっと息をひそめていたミスターシービーが飛びだした。

 

『ジュニア級ミスターシービーが飛びだした! なんということだ! 並んだ! マルゼンスキーとならんだ! まさか、まさかあの怪物マルゼンスキーを倒すのはジュニア級なのか!? こんなことがあっていいのだろうか!?』

 

「リベンジです! マルゼンスキー先輩っ!」

「受けて、立つわ!!」

 

『強い、強い! 真っ向からの叩き合いだ! これが、こんな伝説的レースが第一回から起こってもいいのだろうか、シンザン記念! 残り100m!』

 

「はああああああ!!」

「ううううううう!!」

 

『どっちだ! どちらが勝つ! ……! いや! もう一人! もう一人やってくる! 何故だ、何故生き返ることができたのか、ブラックトレイター!?』

 

二人は驚愕の表情で僕を見る。

それもそうだ。

こんなの、ありえないから。

 

僕は会長に一つだけ褒められたことがある。

 

『……君は信じられないほどに回復が早いね。息を一つ入れるだけでこうも変わるとは。トレイター、ね。面白い子だ』

 

本当は、これは秘密兵器だった。

クラシックまで秘密にしようと思っていたもの。

けど、やっぱり僕も負けたくない。

 

ウマ娘がウマソウルによって馬の特徴を継いでいるなら、僕は人間の特徴を継いでいた。

それは記憶であり、矯正の難しかったフォームであり、そして、人間の持つ原始的な身体的特徴だった。

 

人間の特徴。

それは体力だ。

人間の原始的な狩りの仕方はただひたすら獲物を追い続けて、疲れたところを狩る。そして、そのために人間は疲労の回復がすさまじく早いのだ。

その副次的な作用なのか、怪我の治りも異常に早い。

 

これに気づいたのはレースに出るようになってからだった。

短いレースでは発揮できないし、上手く使いこなすこともできなかったが、今回は神がかり的に上手く行った。

 

それこそが器用貧乏な僕に許された唯一のズル。

 

言ったろう、シービー。

このシンザン記念、勝敗を分けるのは根性だ!!

 

「「「アアアアアアアアアア!!!」」」

 

『今、横一直線にゴール!!!』

 

僕たちは一斉にゴールに飛び込んだ。

僕は顔からズザアとターフに倒れ込む。

が、顔面が削れた。

絶対のっぺらぼうになった。

 

もう限界だ。

顔を上げることすらできない。

 

「しーびー……」

「どうしたのさ」

「たすけてくれ」

「いやだ。アタシもきついから」

「せんぱぁい」

「はいはい、でも、ちょっとまってね……」

 

と言っていると、僕は助け起こされる。

鹿毛と栗毛の可愛いウマ娘だ。

 

「全く。優勝争いが倒れてて、負けた我々に助け起こされるとは情けないぞ」

「まあまあ、カールちゃん。それだけ頑張ったのですわ」

「そうは言うがな、モンスニー」

「あ、はじめまして、ぶらっくとれいたーです」

「のんきなものだ。ダイナカールだ」

「メジロモンスニーですわ」

 

僕は掲示板を見る。

 

14ならマルゼンスキー先輩、3ならシービー、1なら僕だ。

写真判定の文字が点滅する。

 

そして。

そして、『1』の文字が光った。

 

僕は呆然とそれを見る。

 

2着にシービー。3着にマルゼンスキー先輩だ。

 

「嘘だろ? 本当に成し遂げたぞ」

「す、すごいですわ!」

 

「し、しーびー! シービー!」

「全く、どうしたのさ」

「勝った? 僕、勝った?」

「アタシに聞く? まったくもう。勝ったよ。君の勝ちだ」

 

「や、やったぁあああああ!!!」

 

僕はガッツポーズをして、そのまま後ろに倒れ……

 

なかった。

マルゼンスキー先輩に支えられる。

 

「もう、怪我しちゃうわよ」

「マルゼンスキー先輩……」

「ええ、そうよ。負けたわ、ラックちゃん」

「それは、なんというか、運が良かったです」

「もう! いいのよ、挑んできた時みたいに不敵に笑っても」

 

よたよたと僕はマルゼンスキー先輩から離れて向き合う。

そして、ぎょっとした。

 

マルゼンスキー先輩はボロボロと涙を流していたからだ。

 

「負けたわ、負けた。初めてよ」

「……」

「知ってる? 大人にだって負けたことなかったのよ?」

 

拭っても、拭っても涙が止まらない。

 

「誰かと走るのが好きだった。誰かと走るのが楽しかった。でも、みんな離れていったわ」

「マルゼンスキー先輩……」

「もう、私は走れないんだって思った。もう、ずっと一人なんだって」

 

気が付いたら、トレーナーも東条トレーナーも来ていた。

 

「ありがとう、誘ってくれて」

「マルゼンスキー先輩、またやりましょう!」

「マルゼンスキー先輩、今度はラックごと倒してあげます!」

「うんっ、うんっ!」

 

泣くマルゼンスキー先輩を東条トレーナーが抱きしめる。

 

「マルゼン、すまなかったな」

「おハナちゃん……」

「私は、お前の気持ちに気づいていた。だが、自分には何もできないんだと諦めていた」

「ううん、いいの。私、おハナちゃんがトレーナーでよかったの。本当、本当なのよ」

「ありがとう、マルゼンスキー」

 

そう言って、東条トレーナーはマルゼンスキー先輩に紙を差し出した。

 

「なあに、これ?」

「あの時、シンザン記念の出バ投票用紙と一緒に挟まっていたものだ。キザなウマ娘が用意したプレゼントだろう」

 

それを見たマルゼンスキー先輩はぽかんと口を開けた後に、こちらを見た。

僕は、出入口の方を指さす。

そこには、シンザン生徒会長と秋川理事長がいた。

 

「どうにか、してくれるそうです。勝ってくださいね」

 

そう言ったらマルゼンスキー先輩はとうとう声を上げて泣いた。

それを祝福するように観客の拍手が降ってきた。

 

その紙は『東京優駿出バ投票用紙』。

 

マルゼンスキー先輩の日本ダービーが決定した。

 




次回、1章エピローグ
出馬投票って意味合ってるかわからないまま使っています。合ってるかな?
間違ってたら直します。
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