なので、ここで一度お休みをいただきたいと考えています。
期間は一週間ほどです。
楽しみにしてくださっている皆様、本当に申し訳ありません。
次回は4月7日(木)の7時半を予定しております。
もし、リアルの都合が早く終わったり、逆に長引いたりした場合は活動報告にてお伝えさせていただきます。
繰り返しになりますが、本当に申し訳ありません。
強くなっていると、実感している。
色々なものが削ぎ落ちた僕はそれだけで強くなっていった。
世間を気にする必要も消え、ただ純度の高いトレーニングを積むことができた。
だが、それでも耳には入ってくる。
世間では僕のことで持ちきりだ。
世紀の大悪党から悲劇のヒロインへ。
僕の出走したレースやその行為は再放送され、演技だったのかそうでなかったのかが議論された。
URAにも多少の批判は集まったが、それ以上に僕を叩いた悪いメディアたちが僕を理由にトゥインクルシリーズから徹底的に排除された。その結果、トゥインクルシリーズは綺麗になった。
そして、トゥインクルシリーズのために僕を排除しようとしたメディアも暗黙の了解で僕の話は半分タブーとなった。もしかしたら自分たちも同じように排除されるのではないかと考えたからだ。
結果、僕を取り扱うのは新しく出来た出版社か今まで僕にノータッチだったメディアだけになった。
URAは火消しだけは得意らしい。
それと僕に対するいじめはぱったりと止まった。
それは反省と言うよりも戸惑いからくるものだろう。素直に演技をやめればそんなことはなかったのだろうけど、僕は演技を続けていたので謝るに謝れないという空気が漂っていた。
どうでもよかった。
僕にとって、もはやそれらはどうでもよかった。
僕に対する評判なんて僕には関係なかったからだ。
たまたま見た僕のグッズの表情がちょっと柔らかくなっていたのは笑ってしまったが。
夏合宿が始まる。
僕は単独で行き、他のチームに交ぜてもらう形でトレーニングに参加する。
泊る宿舎はリギルと同じ場所だ。
どうも、トレーナーの中では一番心配してくれているのが東条トレーナーのようで、頭がさがる思いだった。
相変わらず日差しは強く、だが海の風が僕らの体を冷やす。
夏のウマ娘は大きく成長する。
それは様々な面でだ。
僕はもうすでにトレーナーのことで動揺することはなくなっていた。
トレーニングではひたすら併走をすることになる。
そのための相手はこのトレセン学園では困ることはない。
特に強くなろうと合宿に来るウマ娘たちは。
「その併走相手の最初がボクってこと? 最初に負けに来るなんて、殊勝なことだね。それとも、中距離を走りたい?」
「ううん、マイルかな。いや、短距離でもいい」
そういうと、ニホンピロウイナーちゃんはちょっと怒った。
挑発と思われたみたいだ。
まあ、それでもいい。
カノープスは新しいウマ娘を募集していない。
マスカレードレースでゲットしようとしたらしいが、ニホンピロウイナーちゃんのことを考えてそれもやめたそうだ。単純に合わなかったというのもあるらしい。ただ、来年からは募集すると聞いている。
ニホンピロウイナーちゃんを最初に僕が併走相手に欲しがったのには理由がある。
それはそのスプリント技術は唯一無二だからだ。
去年、僕はそれを欲しがり、挫折した。
だが、思えば僕が鳴尾記念で無意識に真似たのはニホンピロウイナーちゃんだった。
僕は元々スプリンターらしい。
それを改造とも言えるトレーニングで長距離を走れるようになっている。その分、スプリンターとしての能力は失われた。
だが、等速ストライドはそれを克服できる。
なら、しておこう。
にっこりと笑う僕にニホンピロウイナーちゃんは鼻を鳴らした。
「ふん、また泣いてるのかと思ったけど、吹っ切れたみたいだ」
「吹っ切れた……とは違うかな。悲しいし、後悔してる。だけど、今僕ができることは強くなることしかないから」
「……ま、いいけど」
ニホンピロウイナーちゃんはそう言って顔をそむけた。
心配してくれていたらしい。
「じゃあ、やろっか」
「わかったよ」
僕たちは併走を開始した。
だが、まるで相手にならなかった。
僕の圧勝だ。
ニホンピロウイナーちゃんには何かの間違いだと言われた。
どういうことだとも。
これには僕も頭を掻いた。
確かにこの条件じゃシンザン会長にも負けはしない。
併走する場所が悪かったのだ。
僕たちは砂浜で併走をしたのだが、バ場適性が芝のニホンピロウイナーちゃんが等速ストライドを使う僕に勝てるはずがなかったのだ。
涙目でずるいずるいと連呼するニホンピロウイナーちゃんをなだめるのには苦労した。
等速ストライドの真価を目にした南坂トレーナーは驚きで手伝ってくれなかったから。
芝のトレーニング施設を紹介してくれたのは東条トレーナーだった。
お金はかかるらしいが、今の僕の財力をして見れば2月借りるのは安いものだった。
合宿所の近くにあり、足に負担をかけることを嫌う夏合宿では使われることが少ないとのこと。
そこでもう一度ニホンピロウイナーちゃんと勝負をする。
短距離だ。
今度こそ平等なレースだ。
距離は1200m。
純粋なスプリント勝負。
南坂トレーナーの合図で走る。
スタートは僕が強い。
だが、スピードは純粋にニホンピロウイナーちゃんが強い。
その走り方、息遣い、コーナー技術、直線スプリントを学んでいく。許可を取ってカメラも用意した。
1本目。
僕の負けだ。
相手にもならなかった。
スピードもそうだが、早いペースでのコーナーのロスが目立つようだった。
2本目。
今度も僕の負け。
コーナーでのコツがわかりつつあった。そこは悪くないが、そこからの直線への繋げが上手く行かなかった。
結局直線で抜かされる。
3本目。
僕の負け。
今度は直線を意識しすぎた。
コーナーで内側からえぐるように入られ、減速してしまった。
走力勝負ではなくなってきていることを実感した。
4本目。
僕の負け。
だが、レース運びは悪くなかった。
もう少しまでニホンピロウイナーちゃんを追い詰める。
嬉しくなったが、考えてみれば連続だから単純にスタミナが切れかけているんだと気が付いた。
この日は併走を終え、僕は自分のトレーニングをすることにした。
南坂トレーナーとニホンピロウイナーちゃんはその様子に少し引いていた。
休憩の時、少しだけニホンピロウイナーちゃんと話した。
「ありがとね、付き合ってくれて」
「別に、ぼくだって良いトレーニングになるし」
「そっか」
「それに……」
「それに?」
「ジャパンカップ、勝ってほしいから」
僕はその言葉ににっこりと笑った。
結局、万全なニホンピロウイナーちゃんに白星をつけれるようになったのは2週間が経ってからだった。
「ルドルフは呼ばなくても良かったの?」
「いいんだ。ルドルフはまた今度。それとも、僕と二人は嫌だった?」
「まさか! お姉さんはいつでも歓迎よ!」
そう言って、腰を突き出してポーズを取るマルゼンスキー。
こういう感性は古いんだよな。
この世界にもこういうのが流行ったのかは知らないけど。
「カノープスの子を負かしたんだって?」
「言い方が悪いなぁ。勝てるまで走っただけだよ?」
「付き合わされるあの子が可哀想よ? 南坂トレーナー呆れてたじゃない」
「でも、いい練習になったと思うよ。だって、短距離で相手になるのは僕しかいないんだから」
「あら、いい自信ね」
「ううん。自信じゃないよ?」
「じゃあ、事実?」
「それもちょっと違うかな。ニホンピロウイナーちゃんを負かしたのは、ニホンピロウイナーちゃんの技術だからね」
そう言うとマルゼンスキーは驚いたように言った。
「じゃあ、次は私ってこと?」
「そういうこと」
「えー? お姉さん怖くなっちゃうわ」
「そういうことは青ざめて言ってよね。笑いながら言われても説得力ないよ?」
「うふふ」
マルゼンスキーは脚部不安から多くのトレーニングを積めない。
だから、学ぶなら効率的に行きたい。
今日は東条トレーナーも付いてきてくれている。
僕は体を伸ばしながら言う。
「1600mがいいんだけど、行けそう?」
「私の得意距離よ? いいの?」
「勝つなら長く行くけど、トレーニングだからね」
「あら、生意気ね」
「好きでしょ? こういうの」
「ええ、大好きよ」
今のマイル戦では最強のウマ娘が二人いる。
一人はニホンピロウイナーちゃん。もう一人はマルゼンスキーだ。
だが、どちらかというとニホンピロウイナーちゃんは短距離、マルゼンスキーはマイルを好む。
それは二人の性格から来るものだろう。
ニホンピロウイナーちゃんはどちらかというと気性が荒い。
勝負根性が強いというべきか、短ければ短いほど適しているのだ。
逆にマルゼンスキーはスピードこそ最高峰だが、その穏やかな性格から冷静にレースを進めるタイプだ。
レースに楽しみを見出せなくなっていた時期が長いからか、俯瞰した視点を獲得している。レーステクニックという意味ではニホンピロウイナーちゃんよりも上。だからこそ、マイルの中でも長い方がそのテクニックが活かされる。
似た者同士だから、マルゼンスキーと戦うのは同時にルドルフ対策ができる。
「今回の併走は数に制限をかけるぞ。マルゼンスキーもブラックトレイターも、相手が強いと加減を知らないからな」
「……はーい」
「……わかりましたー」
「もう少し不満を隠せ……」
まあ、さっきも言ったがこれは仕方ないことだ。
ニホンピロウイナーちゃんから学んだ分、もっと効率的に行こう。
「よし、では始めるぞ。準備はいいか?」
「おっけーよ」
「大丈夫です」
僕たちは同時に駆けだした。
結果から言うと、やはり負けた。
だが、いい勝負にはなった。
なるほど、スプリント勝負というのは足の速さだけでは成り立たないことがわかった。
マルゼンスキーは満足そうにしている。
「いいわ。わくわくするこの感じ……」
「くそう、負けたらわくわくもないぞ……」
「うふふ、そうかしら?」
「僕は負けず嫌いなんだ」
「そうだったわね。でも、私もよ?」
こうなったマルゼンスキーは獰猛だ。
ルドルフがライオンだったなら、マルゼンスキーは怒り狂ったデカい草食獣だ。ある意味でルドルフよりも手の付けられない存在になる。
「もう一本」
「ええ。もちろんよ」
「……位置に着け」
東条トレーナーも呆れながらも、ジャッジをしてくれる。
2本目も負け、3本目も負けた。
4本目は同時にゴールしたが、写真判定もないので引き分けということになった。
ここでこの日は終わることになった。
僕はマルゼンスキーとのレースを反芻する。
やはり強い。
しっかりとしたレース形式ならニホンピロウイナーちゃんやマルゼンスキーに勝てる気はしない。
最初から最後まで気が抜けないレースは緊張感が違うだろう。
マルゼンスキーは休憩に入り、僕はトレーニングを続行する。
東条トレーナーはそれを見てくれていた。
僕も休憩に入ると、東条トレーナーは僕に話しかけてくる。
「……あいつを、黒沼のことを許してやってくれないか」
「……ああ、トレーナー?」
「そうだ。あいつは昔から不器用で、こんなことしかできない男なんだ」
「そうなんですね。でも、ダメです。置いてくなんて、許せません」
「……そうか、しかし……」
「だって、これは僕が始めたものだ。僕が背負わなきゃいけないものだった。だっていうのに、トレーナーはそれを背負って勝手に行っちゃうんですよ? 許せません!」
「ブラックトレイター……」
「だから、戻ってきて謝るなら考えてあげますよ」
「そうか」
僕は冗談めかして言う。
トレーナーが帰ってくることはありえないとわかっていたから。
東条トレーナーは少し黙ってから、迷う様に言った。
「……実は、あいつがああすることを、私は少し前から知っていた」
「そうだったんですね」
「私を恨むか」
「どうでしょう。トレーナーの人達は、僕たちを大切にしてくれています。それはわかるんです。だけど、自分たちがいなくなった後のことをわかってないでしょう?」
「……」
「トレーニングができれば、レースに勝てればウマ娘のためになると思っている。ゴールドシチーちゃんのトレーナーもそうだった」
「待て、聞いてないぞ。何をしたんだ?」
「え? モデルかレースかを選べってマネージャーとトレーナーに迫ったんです。選ばれた方とは別の道を絶ってやるって」
「何をしてるんだ、お前……」
「まあ、丸く収まったからいいんです。……東条トレーナーも、マルゼンスキーが海外に行くって言ってたら自分の何を犠牲にしたってそれを叶えたでしょう?」
「それは……」
「そういう人たちなんです。あなたたちは。だから、みんなあなたたちについて行こうと思うんです。でも、あなたたちは僕たちウマ娘の居場所なんですから自覚を持ってほしいですね」
でも、僕やプロミス先輩の生き方が決まっているように、きっとトレーナーたちも生き方が決まっているのだろうなと思った。
東条トレーナーは休んでいるマルゼンスキーを見る。
そして、僕に頭を下げる。
「ブラックトレイター、今一度感謝する。あの時、君がああしてくれなかったら私は一生後悔していただろう。……マルゼンスキーを救ってくれて、ありがとう」
「……ふふ、あなたの下でなら救われていたと思いますよ」
「それでもだ」
「わかりました。受け取っておきます」
会話が終わると、マルゼンスキーがやってくる。
「話は終わったかしら?」
「待っててくれたの?」
「盗み聞きするほど、落ちぶれちゃいないわ」
「そっか、ありがとう。でも、聞いてても良かったんだよ?」
「そうなの? どんな話をしていたの?」
「東条トレーナーはマルゼンスキーのことだいす……」
「なんでもない。世間話だ」
東条トレーナーは素早く僕の口を塞ぐ。
恥ずかしがらなくてもいいのに。
マルゼンスキーに勝てるようになったのはそれからすぐだった。