毎日王冠というレースは天皇賞秋のトライアルレースだ。
だから、強豪が集うレースだと言ってもいい。
下手したら、G1レースよりも激戦になると言う人もいる。
注目されているメンバーは4人。
まず、僕。
これは実力もそうだが、色々と騒ぎの渦中にいるから目立っていると言ってもいい。
次にダイナカール。
なんと出走していたカールちゃん。出走表を見て仰天した。
それを言うと、「戦っていない相手がいるからな」と言った。確かにそうだけども。
3人目はサンオーイ。
地方から出てきたウマ娘でなんと南関東三冠ウマ娘という称号を持っている。3つとも大井レース場で開催されるレースで達成できたのはサンオーイさんで史上4人目だ。すごく注目されている。
そして、最後はやはりミスターシービー。
言わずと知れたクラシック三冠ウマ娘。約1年の休みを経て次の狙いを天皇賞に定めている。
復帰戦は勝つことができない。それは当たり前のことで、怪我やブランクというのはウマ娘にとってそれほど大きいものなのだ。
だが、今回のシービーには当てはまらないと言う者もいる。
怪我が大きなものではないし、治ってからも狙いを天皇賞に絞り、無駄なレースには出なかったのだ。
出走するウマ娘は9人。
20人とか出走するレースに出ていたので、少し少なく感じる。この人数だと追い込みや差しがバ群に吞まれることはないだろう。そういう意味ではシービーにとってピッタリの復帰戦と言える。
そして、今回異常ともいえる事態が発生している。
これだけ人気のウマ娘が出走していると言うのに、事前投票では僕が3番人気なのだ。
どうやらあの全国中継は効果絶大のようで、手のひらを返したように僕を応援する声が高まった。
僕はなんとも言えない気持ちになりながらも、これがトレーナーの望んだことだからとそれを呑み込むことにした。
控室には僕以外誰もいない。
理事長からはトレーナーをつけるように言われているが、それをする気にもなれない。トレーナー代理の沖野トレーナーはシービーについているし、僕は一人で戦う他ない。そして、僕はそれを望んでいる。
体操服に着替え、気合を入れる。
今更感傷には浸らない。
今日勝って、天皇賞にも勝って、ジャパンカップに勝つ。
それをすればいいんだ。
うん、それがいい。
僕はネクタイピンをポケットに入れて控室を後にした。
「ラック」
「ん、シービー。どうしたの?」
「はいこれ」
「? ハンカチ?」
「負けた時に泣いちゃわないかと思って」
「ははは、ぶっ飛ばすぞこの野郎」
「いやん、こわいわ~」
パドックでのシービーはいつも通りだった。
それを見ていたカールちゃんは呆れている。
「緊張感が抜けるぞ。しゃんとしろ」
「そう? いつも通りが一番! アタシはいつもそうしてる!」
「復帰戦で力が出せませんでした、なんて言うなよ? 私とて今日を楽しみにしてたんだ」
「なーに言ってんの! 今日を一番楽しみにしてたのはアタシだよ!」
違いないと僕は思った。
よくあの戦闘狂であるシービーが1年近くレースに出ずにいられたものだと。
そうしていると、僕たちの元に近づいてくるウマ娘がいた。
白を基調として青いラインの入った特攻服の勝負服を着た鹿毛のウマ娘だ。何故か体操服ではない。それだけ気合十分ということか。
こちらを睨むようにやってきたその子はびしっとシービーを指さす。
「三冠ウマ娘同士のレースだ! 今日はあたいが勝つからな!」
「ふうん」
シービーはその子を上から下までじっくりと見まわした後ににっこりと笑った。
「アタシはミスターシービー、よろしくね」
「お、おう。サンオーイだ。ってちげえ! これは宣戦布告だ! クラシックだかアンティークだか知らねえが、あたいが出てたら6冠だったんだ、それを今日証明してやる!」
この子が噂のサンオーイさんらしい。
……というのはわかっていた。ちゃんとリサーチ済みだ。
差しや追い込みが得意なウマ娘でどちらかというと、重馬場を好むパワー型。だから、芝よりもダートを得意とする。だが、芝が走れないというわけではなく、北海道ではこのウマ娘を知らない人はいないというスターウマ娘だ。
聞くところによると、シービーの誕生で地方のウマ娘も中央に憧れを抱くことが多くなっているらしい。だからこそ、地方の星であるサンオーイさんはシービーに対抗心を抱いているのだろう。
……言っていることは少しずれているが、それだけの自信があるのだろう。
だが、その挑発にシービーは乗ることにしたようだ。
「へえ? 君が出ていれば皐月賞もダービーも菊花賞も勝てるんだ?」
「ああ! そうだ! 走った場所が違うだけでお前の方が上だのなんだのってのは間違ってんだ! あたいが勝つさ!」
「――日本では1年に1万人を超えるレースを志すウマ娘が生まれる」
「あ?」
「その中で中央に行けるのはごく少数。そして、その中で最初の皐月賞に出れるのは精々20人くらい。ましてや勝てるのは1人だ。そして、速さ、運、強さを示し続けなければならない。今まで2冠を達成したウマ娘は10人以上いる。だけど、三冠はアタシを含めて3人だ」
「だからなんだってんだよ! あたいはそれ以上だって言ってんだ!」
サンオーイさんがそう言うと、シービーはにっこりと笑う。
だが、その威圧感たるや、シンザン会長以上のものだ。
「――中央を
その空気に呑まれ、関係のないウマ娘たちもこちらを見て怯えている。
サンオーイさんはそれを真っ向から受けてしまった。
どう出るのかと思っていると、少し怯えながらもシービーを睨み返す。
僕でもびびる威圧感なのにサンオーイさんは言い返す。
「か、勝つのはあたいだ! どうあっても!」
その返事にシービーは満足したのか、今度は楽しそうに微笑む。
「よかった、これくらいでダメになるようだったらライブは逃しちゃうから」
「なんだと……?」
「そうだったなら、ラックにもカールにも絶対勝てないからね」
するとサンオーイさんは今度は僕たちを睨む。
「けっ! こんなやつらが強いとは思えねえな?」
「ほう」
「ふん」
「ああ? お前、トレーナー付けてねえって話だったな。負けに来たのか、ブラックトレイター?」
「――へえ。よく、知ってるな」
あんまり話さないようにと思っていたが、返さないのも失礼かと僕は思い直した。
僕はサンオーイの顔を見る。
ああ、確かに綺麗な顔だ。
スターウマ娘と言われているのもわかる。
実力もあるだろう。
足が太くパワーがありそうだからスプリンターのように見えるが、長い距離もいける足をしている。
僕はこのウマ娘をよく見る。
レースでぶちのめす相手だ。
「な、なんだよ、事実だろ? トレーナーが付かずに勝てると思ってんのか!」
「よくしゃべる口だ。知ってるか? 空の空き缶の方が良く音が響くんだぜ」
「何が言いてえ」
「中身のねえやつだなって言ったんだ。三冠が取れるだの、シービーに勝てるだの言っているようだが、シービーに並ぶ記録を一つでも出してから言うんだな」
「い、今ミスターシービーのことを言ってねえだろ!? てめえら中央はシービーにおんぶに抱っこか!?」
「俺はダービーウマ娘だ。コースレコードもいくつか持っている。菊花賞は負けたが、タイム差なしだからワールドレコードだな。そして、今、連対率100%、18戦連続だ。そして、今日あのシンザンと並ぶ予定だ。聞こうか、お前は?」
「き、記録がそんなに偉いかよ!? そうやって自慢してえだけだろうが!」
「三冠がどうとか言ったのはお前だろうが。だが、その通りだ。記録なんざ勝負になんの意味もねえ。だからキャンキャン騒ぐよりも黙って結果を出せ田舎者」
「くっ……! レースが始まったら黙らせてやるからな!」
そう言ってサンオーイは行ってしまった。
カールちゃんとシービーは僕の顔をまじまじと見る。
「……大丈夫か?」
「なにが? ……ちょっと言い過ぎたかな?」
「あはは! ラック、頭からかぶりつくかと思った!」
「ええ? そんなことしないよ!」
「いや、この場でサンオーイを叩きのめすかと思ったぞ。私とシービーは止める準備をしてた」
「失礼だなぁ。そんなに短気じゃないよ」
「気性難がよく言うね!」
「シービーには言われたくない!」
そうこうしていると、パドックは始まっていたようですぐに2枠2番のサンオーイも呼ばれていた。
僕とカールちゃんとシービーは5、6、7と並んでいる。外枠だ。
今日は人数も少ないのですぐに呼ばれる。
観客の前に出ると、なんだか微妙な空気で迎えられる。
応援や罵声などはなく、ただ僕がどう出るかを観察しているようだった。
『5枠5番、ブラックトレイター。今日の3番人気! そして、現在連対数18! 今回も連対に乗ることができればあのシンザンと並ぶことになります! ここで勝って天皇賞の足掛かりになるか!』
僕は腕を組む。
「今日、勝つのは俺だ。女王様でも、田舎者でも、生意気な英雄様でもねえ。わかったらライブの準備をしておくことだ」
その言葉に観客たちは僕に言葉を投げかける。
「ブラックトレイター! あの話は本当なのか!?」
「お前は悪くなかったのか!」
「君の言葉で聞きたいんだ!」
「俺が悪かったー!」
「聞かせてくれー!」
もはや僕が悪役を続けることに意味はない。
だが、それでも僕はこれを捨てることはできなかった。
そうすればトレーナーがいつか戻ってきてくれるのかもしれないという淡い期待だった。
でも、もう戻ってこないことはわかっていた。
トレーナーにその意志があったとしても、もう周りがそれを許すことはないだろう。
だから、これは意味のないことだ。
昔を懐かしむだけの行為だ。
「俺が悪かったか、だと? 俺は悪くないさ、今も昔も! デビューしたあの時からすべてが俺を肯定した。だから、ここまで来たんだ。そうだろう? 俺は俺の意思でここまでやってきた! 俺は、誰にもとらわれることのないウマ娘だ」
この言葉になんの意味もない。
だが、それでも言っておかないといけないことがある。
「俺はずっと俺に従って生きてきた! それは誰にも変えることはできない! 見ているか、トレーナー! それはお前にもだ!」
僕はそう言って、パドックを後にした。
それから少ししてシービーがパドックの表に出て爆音の歓声が聞こえてくる。
「みんな久しぶり! ちょっと待たせすぎちゃったけど、後悔させないから!」
すっかりみんなのスターウマ娘になったシービーはファンサも欠かさない。
「しーび――――!!!」
「愛してるぞおおおおお!!」
「勝ってえええええ!!!」
「ブラックトレイターとはどんな関係なんだ!!」
「天皇賞待ってるぞ!!」
それを聞いたサンオーイはちょっと頬を膨らませている。
まあ、今までは一番のスターだったのだから嫉妬しているのだろう。
可愛いところもあるな。
それも終わり、僕たちはレースが始まる。
ターフに出ると、G1レースのような光景が目に映る。
観客席は埋まり、シービーの応援歌が歌われる。他のウマ娘を応援している人たちも声を張り上げている。
紙吹雪が舞い、日差しが照り返す。
残暑はまだまだある。
だが、それでも肌寒くなり始めていた。
「やっぱり、アタシは秋が好きだな」
「どうして?」
「レースが始まるから」
「シービーらしいね」
「まあね。ラック」
「なに?」
「いいレースにしようね」
「うん、楽しいレースにしよう」
シービーは楽しいレースにしようとは言わなくなった。
それがどういう心境の変化かはわからない。
だけど、だから僕が言うのだ。
楽しいレースにしようと。
「今日は勝つよ」
「今日も勝つ」
『さあ、人気上位のウマ娘を紹介しましょう! 3番人気、ブラックトレイター! 続く天皇賞、ジャパンカップに出走表明をしています! その逃げを今日も観られるのでしょうか! この人気は不満か2番人気、サンオーイ! 地方から中央へ殴り込みにきた北海道の星! 南関東三冠ウマ娘でもあります!』
『私一押しのウマ娘です! 頑張ってほしいですね!』
『そして! 本日復帰戦、1番人気ミスターシービー! トゥインクルシリーズの大スター! 今日を勝って、力を示せるか! ……各ウマ娘、ゲートインが開始します』
ゲートインが始まる。
毎日王冠はポケットと呼ばれるコーナー横の出っ張りのような場所からスタートする。
そこから150mという短い直線を走り、コースに合流する1800mのレースだ。
そして、バックストレッチを走り、第三コーナー、第四コーナーを通過、最後の直線となる。
つまり、コーナーは3つ。最初のコーナーは緩やかなので実質2つだ。
コーナーが得意なウマ娘は少し苦手なコースかもしれない。
今日は良バ場。
スピードが大切になるレースだろう。
ゲートに入る。
サンオーイに精神を乱されかけたが、集中力はある。
『ゲートイン完了しました! ――今、スタートです!』
僕は勢いよくスタートする。
今日は逃げウマは僕だけだが、先行策を取るウマ娘は僕に近しい位置を取るだろう。そうでないと捕まえられないから。
カールちゃんは後ろ目の先行、前目の差しといったところか。
シービーは……。
『おおっと!? ミスターシービー出遅れた! 最後方からのスタートです!!』
……。
まあいいや、シービーは意地でも来るし。
呆れながらも僕は後方をチェックする。
サンオーイは差しだ。カールちゃんの後ろにいる。少し走り辛そうにしているのは近くにいると思ったシービーを気にしているのだろう。だが、近くにはいない。出鼻をくじかれたというわけだ。
150mのポケットはすぐに終わる。
本当ならば先頭争いはこのコーナーとバックストレッチの前半で終わるだろうが、今回は逃げが僕だけということもあって激しい争いはない。代わりに先行策を取るウマ娘は多い。
思うに、先行策が多いのは僕とシービーの所為だろう。
マルゼンスキーと戦える逃げの僕とシンザン会長並みの末脚を持つ追い込みのシービー。相手にすれば潰れる相手にはやはり堅実なレース展開が必須になる。だからこその先行策なのだ。
最初のコーナーを抜け、バックストレッチに入る。
『ブラックトレイターいつも通りに逃げる! 逃げる! 先頭から最後方のミスターシービーまで、すでに20バ身の距離が開いています!』
シービーが遠い。
今のうちに有利を取らせてもらおう。
バックストレッチはコーナー前に緩やかな上り坂になっている。足を溜めるにはここをゆっくり登る必要がある。コーナー前には下がることになるが、そこからまた少しだけ上がる。
僕はそこを同じスピードで駆けのぼる。僕に足を溜める必要はない。等速ストライドによって一定のパフォーマンスを発揮できるからだ。
そこで勝負を仕掛けてきたのはカールちゃんだ。
「行かせはしない!」
「やってみろ!」
カールちゃんはわかっているのだろう。
ここで逃がせば僕には追い付けないということに。
上り坂の異例な仕掛け合い。
ここで抜かされれば僕は自分のレースができなくなる。なら、それはさせるわけにはいかない。
僕はスプリントを仕掛ける。
だが、流石マイルで戦っていた女王はそれに追い付いてくる。3番手を引き離して僕のすぐ後ろにやってくる。
僕は一瞬迷い、外側へ寄る。
僕は先頭を諦めた。
カールちゃんの仕掛けに付き合った場合、差しが有利なこのレースでは勝てない。
『ダイナカール先頭! ダイナカール先頭! 先頭争いに勝利し、コーナー前へ行きます!』
だが、それも一瞬だ。
コーナーに差し掛かった瞬間、僕は斜めに入るようにコーナーへ行く。
急なカーブを描くコーナーだ。カールちゃんが少しだけ膨らんだところへ入ったのだ。
これはスズカコバンちゃんがやっていたこと。
今はそれを真似させてもらう。
「くっ!」
「先に行くぜ!」
そのままコーナーへ入る。
1800mは僕にとって短い。
だが、どこかで息を入れないといけない。
後ろを確認する。
もし仕掛けられたら少しだけ厳しい戦いになる。
ここで仕掛けてきたのはサンオーイだ。
早い仕掛けだ。
作戦でもあるだろうが、少しだけかかった様子。
「行くぜええええええ!!」
その足は強烈だ。
コーナーの緩やかな下り坂で加速しながらこちらへやってくる。
どんどんと差を詰めてくる。
実力は想像以上だ。
僕はそれでも息を入れる。
冷静に冷徹に行こう。
コーナーは速度が出ない。
いや、正確には速度は出るが、ロスが多くなる。
「いいのか、そんなにちんたらしててよぉ!」
僕は目を細めた。
サンオーイのコーナリングは見事だ。
ロスを最小限に抑えている。
才能にあぐらをかかず努力をしてきたのだとわかる。
ここであがらなければ、追い付かれるだろう。
僕は少しだけ考えて、サンオーイを目印にすることにした。
今も、僕はラップ走法をしている。
相手に合わせて、レースに合わせて時間を計っているが、今は少しだけ遅いタイムだ。
逃げウマは単独だとタイムの基準になる。
特に僕は大逃げをするウマ娘。
普通ならば早いタイムだと思うだろう。
だが、今回僕はスローペースで走っていたのだ。
息を入れれば、足は残っている。
コーナーを曲がり切る。
そこからは高低差2mの上り坂がある。
その距離は240m。
サンオーイはそこで減速をする。
登り切った平坦な道の260mで末脚を解放する気なのだろう。
だけど。
「なっ!? てめえ!」
「それだと負けるよ?」
「なんだと!?」
僕は上り坂でも減速しない。
そんなことしたら、僕は負けるから。
末脚がないからじゃない。
やってくるからだ。
彼女が。
僕たちは幻影を見る。
広大な大地の真ん中にいるような、そんな景色。
残酷なほどの強さを象徴するその景色は、シービーのものだ。
上り坂は、シービーの領域だ。
『ミスターシービーやってくる! とんでもない速度だ! 上り坂を駆け上がる! これがシービー! これが英雄だ!』
大きな足音が登って来る。
その末脚の切れ味は前にいるウマ娘を両断する。
だが、僕とて負けるわけにはいかない。
意識を切り替える。
ここからは、僕の領域だ。
サンオーイを置き去りにして、何もかもを置き去りにして、景色が引き延ばされる。
何もない世界。
音も、光も、世界をも置き去りにした先頭の景色。
――僕は最適化される。
『だが、ブラックトレイター粘る! ブラックトレイター粘る! まるでダービーの、菊花賞の再現だ! やはり最後はこの二人!!』
だが、シービーはあまりに遅すぎた。
速度がじゃない。
スタートが。
「ラックウウウウウウウウ!!」
「シービーのバカ!!!」
僕はそう言って、先頭でゴールした。
息を整える。
掲示板を確認する。
しっかりと1着、アタマ差で僕の勝ちだ。
シービーは2着でサンオーイは3着。
蓋を開けてみれば、僕は三冠ウマ娘を二人とも下した結果となった。
僕はシービーの頬を軽くビンタする。
「もう! シービーはもう!!」
「うえーん、負けたー!!」
「どうして出遅れたのさ! 去年あんだけ練習したのに!」
「だってー、楽しみすぎたんだもん!」
「このう!」
僕はシービーの顔をぎゅむぎゅむとこねくり回す。
油断しやがって、この!
「何をしているんだ、お前たちは……」
「だって、カールちゃん! 出遅れるのはいいけど、あんだけ出遅れるってなに!? 20バ身だよ、20バ身!!」
「……まあ、私もどうかと思うが、そもそもシービーは復帰戦だ。ずっとレースをしてきたラックとは違うんだぞ?」
「そうだけどぉ」
「許してやれとは言わん。だが、天皇賞があるんだ。ここは前哨戦なんだから、本番でその気持ちはぶつけてやれ。シービーもだ」
「はぁい、おかあさん」
「誰がおかあさんだ!!!」
過去一ブチぎれるカールちゃんを尻目に僕は自分を納得させる。
確かにそうだ。
復帰戦でこの走り。
シービーはやはり強い。
出遅れさえなければ勝敗はわからなかった。
それどころか負けていた可能性の方が高い。
今はそれでいい。
シービーは強ければ強いほどいい。
それに合わせて僕はまだまだ強くならないといけない。
天皇賞もそうだし、ジャパンカップも勝たないといけない。
気を抜かずに行こう。
「おい」
「……なんだ?」
そうしているとサンオーイに声をかけられる。
「今回は負けだ。認める。お前は強かった。さっきも悪かった」
「認めるんだな」
「だが! 毎日王冠はトライアルレース! 前哨戦だ! 天皇賞で勝った方が本当の勝者だ! わかったな!?」
「はいはい。わかってるよ。それまでにしっかり仕上げてくるんだな」
「うるせーバカ!! 次はお前とシービーの居場所を奪い取ってやるからな!!」
「こいつ……」
へーんと舌出しながらターフを去るサンオーイ。
……ウイニングライブがあるのを忘れてないか不安だ。
『天皇賞へのスタートを決めたのはブラックトレイター! ミスターシービー、サンオーイは惜しくも2着、3着に敗れました。そして、ブラックトレイターはこのレースで連対数19! あのシンザンと並びました! 今から天皇賞での結果が楽しみです!』
「優勝おめでとうございます!」
「ああ」
「今回のレースの勝因はなんだったでしょうか」
「あいつの出遅れだ。わかってるだろ?」
「では、今回の強みはなんだったでしょうか?」
「作戦だ。今回は上手くハマった。同時に、他のウマ娘の作戦はダメだった。ダイナカールのようにビビらずに仕掛けるべきだったな」
「しかし、ダイナカールは今回好走とは行きませんでしたが……」
「1着以外に価値があんのかよ? 勝つレースをしろ。賭けなきゃ勝てないなら賭けろ。当たり前だろうが」
ウイナーズサークルでのインタビューはいつもと違い、つつがなく進行する。
多少挑発してもそれを流され、次の質問になるのだ。
だが、それも続き、レースの質問が終わると僕個人への質問へ変わっていった。
「未だにトレーナーがついていないとは本当なのでしょうか?」
「だからなんだ?」
「しかし、出走登録はトレーナーがいなければできないはず……」
「シービーのトレーナーがしてる。問題はない」
「では、あの話は本当なのでしょうか?」
「あの話?」
「今までの悪事はトレーナーが指示していたことです」
「俺がやってたって言ったら?」
「しかし、URAの正式な発表によると……」
「うるせえ。どうでもいい。結局そうなるだろうが」
「あなたは本当は心優しいウマ娘だとあの発表では……」
「今日は以上だな。ウイニングライブの準備にかかる」
「あ、ちょっと!」
「じゃあな。そこの関係ないことを聞く記者は次までにしょっ引いといてくれ」
この演技を続けることに意味はない。
昔を懐かしむだけの行為だ。
だけど、それだけじゃなかった。
そもそも、僕はこの演技以外でどう接すればいいのかわかっていなかったのだ。
心の中で謝る。
もう少しだけこのままでいさせてほしい、と。
僕は早々にウイナーズサークルを後にした。
もう一人の三冠ウマ娘登場でした。
サンオーイ、書いてて楽しかったので結構お気に入りのキャラです。