ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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A world that usurps our place in it

天皇賞までの期間は短いというほどでもないが、長くもない。

3週間もすれば本番だ。

 

僕は毎日王冠で自分の実力不足を実感し、さらにトレーニングを積んでいる。

追い詰めて追い詰めて、精神と肉体を絞り上げる。

そうじゃないといけない。

そうじゃないと勝てない。

 

昔はもったいなくてギリギリまで使っていた蹄鉄も、最近は着ける時間ももったいなくて安い蹄鉄つきのトレーニングシューズを大量に買ってそれを使っている。

 

その日は小雨が降っていた。

気温も急激に下がり、冬の到来が感じられる日だ。

 

もうすでに日は落ち、学園も沈黙した時間。

僕は学外のトレーニング施設を借りて練習をしていた。

トレーナーから送られたトレーニングの内容はすでに終わり、ただひたすら身を削るトレーニングをしていた。

体に落ちた雨粒と汗は体温で湯気に変わる。

吐いた息は蒸気機関のようで、僕は夜の汽車のようだった。

 

不意にとある絵画を思い出した。

馬の絵画だ。

リアリズム主義の画家の描いた絵で、デザイナーを志した時に見た絵。

奥には機関車が走ってきており、手前の黒い馬がそこへ向かって走っていく。灰色の背景と、その黒い二つの動体が妙に印象に残っていた。

 

その絵画はこの世界にはない。

馬というモチーフがそもそもないからだ。

 

何故、今思い出したのかはわからない。

だけど、僕はそのことを思い出すのを避けていたように思える。

 

「ラック」

 

不意に声をかけられ、僕は顔を上げた。

ターフの横には傘を差したウマ娘が立っていた。

僕はその姿がよく見えなかったけど、その声で誰かわかった。

 

「こんなところに来て、どうしたの? 風邪ひいちゃうよ、モンスニーちゃん」

「それはあなたもですわよ」

 

そのウマ娘はモンスニーちゃんだった。

僕はそちらへ向かう。

ジャージが張りついてうっとうしかった。

 

「こんばんは、いい夜だね」

「あなたは雨が好きなんですのね」

「そういう人の感性を否定しないところ、好きだよ」

「ありがとうございます」

「で、どうしてここに?」

「リハビリの帰りですわ」

「あ、そうなの? お疲れ様! 調子はどう?」

「その前に」

 

そう言ってモンスニーちゃんは僕にタオルを渡して、屋根のあるベンチを指さした。

 

「このまま話をするつもりですの? それこそ風邪をひいてしまいますわ」

「ん、そうだね。行こっか」

「ええ」

 

髪を絞り、水気を抜いてから拭く。

温められた体温は湿気とは裏腹に僕を乾かしていく。

 

「天皇賞、出るそうですわね」

「もちろん。トロフィーを君にプレゼントするって言ったら喜んでくれるかな?」

「うふふ、気持ちは嬉しいですわ。ですが、わたくしは自分で取って見せます」

「そっか」

 

短い会話。

それから少しだけモンスニーちゃんは黙った。

だけど、帰ることもしなかった。

僕はそれを黙って待ち、モンスニーちゃんを眺めた。

 

足の調子は悪くなさそうではある。

ギプスはなく、包帯が巻かれているだけ。杖こそついているが、自分で歩けている。

来年の天皇賞春には間に合いそうだと勝手に思う。

 

モンスニーちゃんの瞳に映るトレーニング場を照らす光が揺れている。

長いまつげは入り込んできた雨を弾き、肌を湿らせる。

綺麗だな、と思った。

きっと前世のメジロモンスニーも綺麗だったんだろう。

 

「リハビリは上手く行ってますわ」

「ほんと? よかった!」

「ですがやはり、前のように走ることはできないようです」

「……そっか」

「おばあ様にも言われましたわ。『もういいだろう』『十分頑張った』と」

「それは……」

「ですが、わたくしは諦めたくありません。どうしても、天皇賞に挑みたいのです。たとえ、それで勝てなかったとしても、わたくしはこんな形で夢を諦めたくなんてない」

「モンスニーちゃん……」

 

モンスニーちゃんは僕に顔を近づける。

僕は少し驚いて、体を引こうとするが後ろには屋根の柱があって下がれなかった。

モンスニーちゃんは僕の頬に落ちたしずくを人差し指で掬う。

 

「ですが、何度もくじけそうになった。その姿がまたおばあ様を不安にさせ、その度に今の言葉を言われました」

 

モンスニーちゃんは柔らかく微笑む。

 

「ここまで来れたのは、あなたのおかげですわ、ラック」

「そんな、僕は何も……」

「あの時、あなたは駆けつけてくれた。そして、抱きしめ、言ってくれた。『大丈夫』だと『きっと治って天皇賞に出れる』と。どれだけあなたの言葉に救われたか、あなたは知らないでしょうね」

 

いや、知っている。

知っているとも。

僕もそうだったんだから。

 

逃げられない僕をモンスニーちゃんは抱きしめる。

濡れてしまうと抵抗しようとした。だけど、モンスニーちゃんはそれを許さなかった。

冷え切った体が、それでもモンスニーちゃんが諦めていないことを教えてくれる。

 

「あなたが居場所をくれた。レースという居場所をくれた。納得のできる終わりをくれたんです」

「終わりなんて……」

「いいんです。わたくしは勝てなくても、最後までレースという居場所にいられる」

 

僕の体から、モンスニーちゃんへ熱が移っていく。

その冷たさが、とても心地いい。

 

「ありがとう、ラック。あなたがどこへいてもわたくしは応援していますわ」

「うん、僕も……君を応援しているよ、モンスニーちゃん」

 

それからモンスニーちゃんは体を離して、少しだけ顔を赤らめる。

 

「こほん、なんだか、恥ずかしいことをしてしまったようですわ」

「えぇ~。恥ずかしかったの?」

「だってこんな……はしたないウマ娘とは思わないでくださいまし……」

 

その様子がどうにも可愛くて、僕はモンスニーちゃんを抱きしめた。

 

「ほら、恥ずかしいよ! どう?」

「も、もう! やめてください! こういうのはシービーやルドルフさんにしてください!」

「ここには僕と君しかいないよ。それにこんな子を放っておけるやつなんかいないさ……」

「あなた、普段からシービーのことをタラシだなんだと言ってますけど、面白半分にこういうことをするあなたの方が性質が悪いですわよ」

「にしし、でも嫌いじゃないでしょ?」

「それには答えません!」

 

そう言ってモンスニーちゃんは顔をそむけた。

僕はその体を持ち上げる。

 

「きゃっ!」

「そろそろ帰らないとね。体が冷えちゃうよ」

「も、もう、本当にあなたは……」

「エスコートを許してくれるかな、お嬢様?」

「まったく……ええ、いいこと? 丁重に扱いなさい?」

「かしこまりました」

 

お姫様抱っこをして、傘を拾い上げる。

トレーニング施設の外を見れば、モンスニーちゃんの家の車が止まっていた。

僕はそのままモンスニーちゃんをそこまで運ぶことにした。

 

 

 

ジャパンカップに出場する候補のウマ娘たちが決まりつつある。

 

ニュージーランドからはハンディキャップ戦で活躍したキーウイ。

オーストラリアからはクラシック路線で活躍したバウンティーホーク、バーデン大賞優勝ウマ娘で凱旋門賞5着、ブリーダーズカップターフ4着のストロベリーロード。

カナダからはブリーダーズステークス優勝ウマ娘であるバウンティングアウエイ。

アメリカからはマンハッタンジャンデャップ優勝ウマ娘のウイン、3年連続でG1を勝ちトップウマ娘であるマジェスティーズプリンス。

フランスからは凱旋門賞4着のエスプリテュノール。ドイツからはオイロパ賞2着のカイザーシュルテン。イタリアからはダービーウマ娘であるウェルノール。

そして、本場イギリスからは11戦9勝のベッドタイムが来る。

 

特にベッドタイムさんは期待されているウマ娘だ。

正直言って、この世界でも本場のイギリスのウマ娘は強い。他の国が相手にならないほどだ。

そんな中、11戦9勝という戦績を残しているベッドタイムさんは国内外から注目を浴びている。

 

ちなみに日本勢は僕とシービーとルドルフだけらしい。

あと一枠あったらしいが、辞退したとのこと。

 

天皇賞が差し迫る中、日本に一番先にやってきたのは綺麗な栗毛をしたウマ娘、ベッドタイムさんだった。

 

ベッドタイムさんは空港に降り立つと、報道陣に囲まれる。

そして、自身のトレーナーを通して通訳をつけるように言った。

記者たちは我先にと質問攻めをする。

 

「ベッドタイムさん! 早い来日ということですが、それだけ気合が入っていると言うことですか!?」

「注目しているウマ娘はいますか!」

「自信のほどは!?」

 

ガードマンが記者を抑える中、ベッドタイムさんはマイクの一つを手に取る。そして、早口に何かを言って返す。

通訳の人はそれを必死に訳して、その場にいる全員に伝える。

 

「日本にはヘルシーな料理があると聞いたから先に来た。それ以外に理由はないし、作る気もない。だから、注目の選手もいないし、私は料理を食べてレースに勝って帰るだけ。後でSNSに美味しい料理を出す店を紹介してほしい……だそうです」

 

その日本を舐めているという風な話に記者たちは色めき立つ。

口々に質問や、日本のウマ娘のことを教えようとする。

 

「日本には、ミスターシービーがいる! シンボリルドルフだっている!」

 

誰かがそう言った時だった。

ベッドタイムさんは再び通訳に何かを言って、その場を後にした。

通訳の人は少し汗を垂らしながら言われたことを訳した。

 

「では、見てみる。私のファンなら握手くらいはしてやる、と……」

 

その映像はすぐに日本中に駆け巡った。

 

 

 

次にやってきたのは、アメリカ代表であるマジェスティーズプリンスさんだった。

マジェスティーズプリンスさんは日本のウマ娘に興味があるようで、しきりに押しかける記者に有名なウマ娘を聞いて回っていた。

そこでもはやり名前が出てくるのはシービーやルドルフの名前だった。

僕の名前も出てくるには出てくるが、僕の立場は微妙であるがために腫物に触れるようにしか出なかった。

 

マジェスティーズプリンスさんは歴戦のウマ娘だ。

戦績は43戦12勝。

ダートが主流の中で芝を好んで走り、アメリカの芝の覇者となったウマ娘。アメリカの芝といえば彼女ということ。

 

ベッドタイムさんとは違い、友好的に記者たちに接するマジェスティーズプリンスさんに注目も集まっていた。

ベッドタイムさんと同じような質問をされると、マジェスティーズプリンスさんは英語で答える。

 

『ああ、気合が入ってる……とはちょっと違うが、まあレースは楽しみだ。なにせ、ここは芝が主流なんだろう? それだけ強敵と戦えるってことだ』

『注目しているウマ娘! そうだ、私はそいつに会いに来たんだ。実は知り合いにいいウマ娘がいるって聞いてこっちに来ることに決めたんだ。だけど、知り合いが自分で探して見ろなんていうもんだから、てんでわからねえ。日本のウマ娘は知らねえからな。……おっと、気を悪くしねえでくれよ? ダートが主流なアメリカのウマ娘をあんたたちも詳しいわけじゃないだろう?』

『で、自信の話だが、悪いが賞金は持ち帰らせてもらうとだけ言っておこうか』

 

そう言ってマジェスティーズプリンスさんは豪快に笑った。

探しているウマ娘の話題になると、マジェスティーズプリンスさんは感心したように話を聞いた。

 

『なるほど? そのミスターシービーってのが去年の三冠ウマ娘で、今年はそのシンボリルドルフってのが三冠ウマ娘になりそうだ、と……』

『そんなにポコポコ生まれるもんなのか、日本の三冠ウマ娘は。え? 違う? ミスターシービーは史上3人目? なるほどなぁ、私はすげえ時に来ちまったんだな?』

『どっちかがそのウマ娘だと。なるほど。いや、ありがとう! それだけ聞ければ満足だ! 私の信条の一つに事前のレースを観ないってのがあるんだ。情報を持って奇策をされたらたまったもんじゃないからな。私はレース中の情報しか信じないんだ。だから、本番で探してみるよ』

 

マジェスティーズプリンスさんはそう言って、ホテルに行くからと行ってしまった。

 

 

 

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